アラブ連盟は16日シリアに対して3日間の猶予付きで、連盟の調査団(約500名)の受け入れを求めましたが、19日0600のbbC放送は、シリアが調査団の規模を縮小するとの条件で、原則これを受け入れたと報じていました。
この点につき(と思われる)、19日付のal jzeerah net の記事は、シリア提案の内容は報ぜずに、連盟事務局長のアラビー氏は、アラブ連盟は調査団に関するシリアの訂正案について検討中と語ったと報じています。

このal jazeerah の記事は他の国際的動きも報じていますが、アラブ連盟の調査団に関しては以上だけで、シリアの訂正案の中身も報ぜずに、検討中もないものだと思いますが、それともかく3日の猶予と言えば19日の本日がその期限のはずです。
因みに上記ネットの別の記事は18日少なくとも14名が殺されたと報じています。

そもそもこのような重大な問題について、シリアの参加もなしで、3日間と言う短期間の猶予を与えると言うことは、通常の外交感覚からすれば、相手が応じてこないことを見越しての最後通牒のようなものだと思いますが(シリアが本当に反政府派の弾圧を即時中止して、アラブ連盟の調査団に、これまでせっせと人民を殺してきた地域への立ち入りを認めると想像できますか?)、それにしてもシリアの対応は図々しいと言うか、敢えて言えば立派ですね。
今回の一連のアラブの春が起きてから、特にイエメンとシリアの対応を見ていると、2枚腰どころか3〜5枚腰で、アラブ連盟やGCCや国連等から厳しい要求が出てくると、取りあえず(原則的に)受諾すると表明しながら、実は全く要求を実行する意思もなく、相変わらず弾圧を続行し、また・・・・と言う繰り返しです。
シリアもアラブ連盟内の会議で、各国から厳しく糾弾されても、平然として自己の立場を主張して、決して自分から尻をまくって退席などしない。
何故こんなことを書いたかと言うと、日本外交の対応と比べて、流石手練手管の中東の連中はすごい、と思ったからです。
と書くと、大方の方は、ははんと思われると思いますが、満州事件に際して当時の松岡外相が、国際連盟のリットン調査団の報告書に憤激して、大見えを切って、退場して日本が国際連盟から脱退して、その後の大東亜戦争への道を作った事件を思い出したからです。
更に今から読み返せば、リットン報告書は、満州は中国の領土ではあるが、特殊な地域であるとの認識も示していて、結構列強の1国である日本にも配慮したものだったはずで、日本もメンツとか言って脱退せずに、連盟の中で図々しく居直ることは十分可能だったと思われます(確か松岡自身も脱退はやばかったと思いながら日本へ帰ってきたら、国民から大歓迎を受けて息を取り戻したと言っています)。
このような日本の対応は潔い、と言うか手練手管の国際政治の中では、極めて初心な対応だったと思っていましたが、今回のシリアとイエメンの対応を見ていると、感心するばかり(皮肉ですが)で、我が大日本帝国もこのような外交ができなかったものか、と昔のことながら悔やまれるところです。

http://www.aljazeera.net/NR/exeres/56AE2597-2360-4B44-93D4-F51613D23C4A.htm?GoogleStatID=1
http://www.aljazeera.net/NR/exeres/6D8818EB-D3B5-49AD-9E28-63A31C15D62F.htm?GoogleStatID=1