ホムスのババアムル地区は政府軍に制圧されましたが、1日づKの仏figaro international net は、この地区に突入した政府軍はアサド大統領の弟のマーヘル率いる第4師団であるとして、この弟がアサド{父}の時の弟のりファート・アサドと同じように、反政府派に対する容赦ない弾圧を一手に引き受けている、としてホムスの住民を気遣う記事を載せています。
マーヘル・アサドが仮借ない弾圧の張本人であることは良く知られていますが、記事はその辺の事情を良く取りまとめていると思われるので、記事の要点のみ次の通り。

ホムスのババアムル地区は制圧されたが、その先頭に立ったのが容赦ない弾圧者で知られるマーヘルの率いる第4師団と言われる。
第4師団はシリア軍のエリートで、装備も最高の者を有し、その兵員15000名の殆どがアサドと同じアラウィ派である。
マ−ヘルは残虐な弾圧で知られ、トルコ首相はアサド大統領に対して、彼の更迭を勧告したが実現しなかった経緯がある。
マーヘルはアサド家の末息子であるが、長男のバシルが交通事故で死亡した後、父親が後継者を選ぶときに、マ−ヘルはその候補とされていた。しかし父親は結局英国で眼科医をしていて、軍事的経験の全く無いバシャールを後継者として選んだ。
それは父親が彼の乱暴な性格を嫌ったからで、彼は義兄弟などとの喧嘩の時に、拳銃を抜いて威嚇射撃をしたと言われている。
彼の叔父{リファート}と同じく、マ−ヘルはずっと軍事畑を歩み、1994年以降共和国警備隊{旅団)の司令官をしていたが、その後同時に第4師団の司令官も兼務した。
バシャールは表の顔で、裏で汚い仕事はマ−ヘルが一手に引き受けてきた。
抵抗運動の開始以来、彼は常に弾圧の先頭に立ってきており、特にダラア、バニアス、ホムスではまさに彼が弾圧の先頭に立ってきており、彼が自ら非武装の民衆に発砲するビデオが流れたとも言われている。また彼の部隊から脱走した兵士は、発砲する時は頭か胸を狙って発砲し、とにかく多くを殺すように命じられた、と証言している。
昨年5月米国及びEUは彼が弾圧の先頭にいるとして非難したし、アラブ連盟加盟国は彼に対して制裁を課している。
http://www.lefigaro.fr/international/2012/03/01/01003-20120301ARTFIG00768-maher-el-assad-le-bras-arme-du-regime-syrien.php