サウディの皇太子は世界中があっと驚くような素早さで、サウディのほぼ全権を掌握したかに見えますが(英のthe economist などは、女性解放をはじめ、彼がサウディの偉大な改革者であると喧伝さえしたように思われた)、このところ彼は裸の王様で、彼は真の改革者ではなく、彼の独断専行がサウディ王室の安泰を害しつつあるとの論調が見られるようになってきました。

勿論世界でも最も秘密主義のベールに覆われたサウディ王室内の話ですから、何が事実で何が噂に過ぎないのか、判断するのは容易ではありませんが、本日のal qods al arabi net とal jazeera net は、彼の政策に極めて批判的なthe news week とthe timesの記事をそれぞれ紹介しています。

前者は、皇太子の政策がサウディ王室の統治の基盤を失わせつつある、という趣旨のようで、後者は、皇太子の時代は終わりつつある、と題してサウディの国王でさえ、皇太子の政策の失敗に失望しつつあるという趣旨の様です。

勿論サウディ系のal arabiya net はこのような記事には一切触れていません。

このようにサウディ皇太子に極めて批判的な記事2つが、同じ日にアラビア語メディアで紹介されたのが、単なる偶然か、誰かの手によるものかは不明ですが、なかなか興味のある記事のようですので、それぞれの要点のみ(英語の記事のアラビア語メディアによる紹介ですから、どこまで正確なものかは不明)取りあえず、要点のみそれぞれ次の通り。

【The Timesの記事の要点】
英国の歴史学者によれば、サウディ皇太子は改革者でもなければ、協力もなく、彼の時代は終わりつつあるという。
それによると彼の目覚ましい台頭で欧米は彼を改革者として期待したがこれは望みでしかなく、彼の父親の国王でさえ、彼の政策に疑問を抱きつつあるという。
彼の経済政策「2030年」は、国王がARAMCOの株の5%を世界市場で売ることに反対した(その理由は9.11事件の被害者団体が、サウディ政府の関与を裁判で訴えているので、米裁判所がARAMCOの資産を接収する可能性があるための由)ので、その資金繰りは行き詰った。
また外交面でも皇太子の政策は批判を浴びているが、特にイエメン介入については、毎月50〜60億ドルが戦費に費やされていると言う。
また彼のカタール孤立化政策も失敗したという。
記事は皇太子は改革者でもなければ協力もないという、と言うのは国王がその気になればいつでも彼をすげ替えることができるからの由。
何しろサウディの王族の間には、彼に対する不満が増大しつつあり、皇太子は常に厳重な警備下にジェッダにヨットを用意させていると言われている由(亡命用か?)

【Newsweekの記事】
皇太子の指導下で、サウディの体制は緩やかな崩壊の軌跡をたどっているように見える。
2011年のアラブの春の時は、サウディ政府はイスラム主義者(穏健、過激派を問わず)民主化運動家等を弾圧することで、これを乗り切った。
現在、皇太子が一人ピラミッドの上に立っているが、彼の政策のおかげで、サウディは、直接力に訴えることなく、体制の安定を保証してきた多くのものを失ったという。
記事を書いた歴史家によると、これは極めて危険な兆候で、サウディ体制は徐々に崩壊の危険を抱えつつあるという。
まず、皇太子はこれまで長いことサウディ体制の公式イデオロギーとして、その安定を保証してきたワッハービイ主義の影響力を削減した。
皇太子は改革派として批判されることを恐れ、過激な思想であれ、急進的な思想であれ、彼に批判的なものは牢屋にぶち込んだ。すべての彼の批判者が、映画館の開放や女性の運転に反対した訳ではないというのに・・・
このためサウディ社会には空白が拡大し、皇太子はこの隙間を埋めるには、直接力を使う以外にない。
第2に皇太子は経済的改革を通じてサウディを近代化することを目指し、若者たちに、ポスト石油のサウディでは綺麗な都市で、満足できる仕事を有する生活を約束した。
当初はこの約束は若者たちの夢と希望を掻き立てたが、直ぐ失望にとってかわられた。その代表例がARAMCOの株5%の国際市場での上場であった。

若者たちは現在、学校を卒業すると夢の仕事どころか失業が待ち構えていることを感知している。

また2016年に、他の王族を排除して、皇太子一人に権力を集中したことはサウディ王室の意見一致の伝統を、永久になくした可能性がある。この点で、王族等の大量逮捕は、彼らがクーデターを計画することを阻止する予防的措置であったと見るものもいる。
皇太子は余りに多くの敵を作ったために、今後さらに弾圧を強めることなくして、体制の正統性を守れるかの問題が生じている由。

皇太子は外交面では、イランを包囲し、彼らの勢力をアラブ諸国から追放することは「新たな砂漠の勇士」との称号を勝ち得るものと考えた。
確かにTVの中ではサウディ兵は大きな成果を勝ち得ているが、現実は全く異なっていて、戦場は停滞し、多くのミサイルが首都リヤドの近辺にも降り注いだ。

要するに、皇太子は勝利の見込みもなく、脚を抜く戦略もないイエメンの泥沼にサウディを引きずり込んだのである。
イエメンでの殺戮の増大と悲劇に対する国際的な非難の拡大に対して、サウディとしては英米の庇護に頼る以外に道はないのである。

然しながら、このような状況が近い将来のクーデター等体制変化を意味している訳ではない。サウディ体制の弱化と崩壊は長い期間をかけて徐々に進んでいくものと見られている。