中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

ビンラーデン

アルジェリアのテロ事件

アルジェリアのテロ事件は多くの日本人が犠牲者になったという点でも衝撃的な事件でした。
未だ犠牲者の正確な数さえも判らない段階で、何らかのコメントをするのは、全く時期尚早とは思いますが、取り敢えず思いついたところを書いてみると次のような所です。
勿論アルジェリア軍の行動に多くの問題があったことは間違いない所と思いますが、国際社会(欧米のみならず国連安保理も非常に強い調子で、テロを非難した)の反応に比して、日本国内の反応(マスコミのみならず、当初の政府の反応も含めて)がテロリストを非難するよりは、アルジェリア政府批判に重点が置かれていたことは、テロ問題に関する日本の特質的反応かと言う気がしています

現場はサハラ砂漠の南部ですが、サハラでは90年代の内戦とも言えるテロ時代(10万人が死亡したと言われる)にも、厳重な軍隊等の警備に守られて、殆どテロ事件は発生せずに石油、ガス施設の操業も無事行われていたと記憶しています。
当時激しいテロと軍隊の弾圧があったのは、むしろ海岸地帯の山岳地帯等で、首都のアルジェも警戒は厳重を極めていました。
それが現在のブ―テフリカ大統領の就任以来、(時々これまた海岸の方、と言うことは北部でテロはあるが)本格的なテロのキャンペーンは基本的に鎮静化し、治安状況も正常化しつつあると見られていた時に、テロの最盛期でさえ無事であった南部の砂漠であのような大規模なテロが発生したのは、ある意味で皮肉なことです。
おそらく、その背景としてはアルジェリアを取り巻く国際環境の変化が最大の要因ではないでしょうか?

90年代のテロ旋風は(確か)91年の議会選挙で、イスラム勢力のFISが大半の議席を獲得する勢いであっとことに対して、軍がクーデターを行い、政治を横取りしたところから始まった、いわばアルジェリアの国内問題であったかと思います。
勿論、その背景には非常に豊富な石油、天然ガス資源を有しながら、ソ連スタイルの重工業化政策をとった経済政策の失敗から来る生活の苦しさ、独立以来のFLNの政権独占と腐敗等に対する国民の積み重なった不満があったことは言うまでもありません。
当時も、例のmokhtar belmokhtarのようなアフガニスタン帰りの、いわゆるアフガーニが中心的テロ戦力をなしていましたが、テロの背景、目的等はアルジェリア国内問題であったと思います。

それに対して、今回のテロの実行者が「マグレブ・イスラム諸国のアルカイダ」の一分派であることからも明らかな通り、現代のイスラム過激派は国際的なテロ組織として、特定の国の民主化、社会的不公正等を問題にするのではなく、テロ国際連帯として行動しているところが大きく異なると思われます。
アルカイダにしろ、アルカイダ本体がオサマビンラーデンが殺されたほか、多くの幹部が殺害または逮捕され、その活動力が大きく減殺されているのに対して、多くのテロ活動を行っているのが、このマグレブのアルカイダと「アラビア半島のアルカイダ」です。
当初からアルカイダは規律ある統一的な組織体ではなく、ネットでつながったいわばアメーバー状(確か別の表現が用いられていたかとも?)であると言われていましたが、今や頭は押さえられても、その脚や腕が活発に動いている爬虫類のようにも見えます。

そのようなテロリスト側の状況に加え、さらに重要なのはアルジェリアを取り巻く国際環境です。
その最大の要因はアラブの春で、これまで原理主義を厳しく取り締まってきたリビアとチュニジアの独裁政権が倒され、その後に未だに力の空白が残り、広大なサハラ砂漠地帯がテロリストや無法者にとって自由に行動できる地域になったことだと思います。
カッダーフィが健在の頃には、その国境付近でこれだけのテロが起こることは想像できませんでした。
又チュニジアのベンアリも他の総ての政策が間違っていたとしても、テロを厳しく抑え込んだと言うことで、アルジェリアの無法状態とよく比較されたものでした。
そこにリビア政府の武器庫からの近代兵器が大量に流出したのですから、テロリストにとっては極めて好都合な環境ができたということだと思います。
それと、現在も進行中のマリでの対テロ戦争に象徴される、サヘル地帯の諸国の、政治的、社会的弱体化とイスラム過激派勢力の伸長があげられるが、イスラム過激派の行動はアルジェリアのすぐ南にとどまらず、ナイジェリア等にまで及んでいます。

これらの状況を考えると、今回のテロリストが声明したように、その目的がマリへの軍事介入に対する反発ではないとしても(何しろマリで仏軍と戦っているansar al din がアルジェリアのテロとは関係なく、自分たちの目的は純粋にマリ国内問題であると表明していることから考えても、今回のテロリストがマリの原理主義者と協力して、そのために行動を起こしたとは考えにくい)、これらの地域の問題が関連を有していることは否定できず、mokhtar 等の退路を断ち、その根拠地を叩くためには、結局のところアルジェリア、リビア、チュニジア、モロッコからサヘル地域一帯で、それらの諸国が協力して、国連、英米仏等の協力も得て、テロ撲滅作戦のための国際協力を行う必要に迫られるのではないかと言う気がします。
その意味では、今回のテロ事件は、今後かなり長く続く国際社会の北アフリカ、サヘル地域における対テロ戦争の第一歩となる可能性があるような気がしています。
ちょうどマリでの仏軍、アフリカ諸国軍の作戦が始まったところであることも、このような印象を強化するものです。

若干アラーミング(大げさな)な見方かもしれませんが、取り敢えずのコメントなど

対テロ戦争(イエメン)

アルジェリアの砂漠でのアルカイダの人質事件が注目を浴びていますが、もう一つのアルカイダとの戦いのニュースです。
20日付のal arabiya net とal qods al arabi net は、19日イエメンのマーレブで、ドローン(何処の物かは書いてないが米国のものであることは間違いない)がアラビア半島のアルカイダの拠点を攻撃し、9名のアルカイダメンバーを殺害した(これはal qods al arabiの報道。al arabiya の方は8名殺害で、そのうち少なくとも4名はアルカイダメンバーとのこと)と報じています。
記事によると、これで昨年12月24日以来殺害されたアルカイダのメンバーは23名に上る(al arabiyaの方では22名)とのことです。
記事によるとドローンの襲撃は3回あり、1回は失敗で、残りの時にアルカイダの車に命中したとのことです。

記事の要点は以上ですが、12月末からそれほど多くのドローン攻撃があったとはしりませんでした(それ以前から米軍のドローンがイエメンで活動していて、アルカイダメンバーを殺害していることは時々報じられていたが)。
アルジェリアの事件と言うか、マグレブ・イスラム諸国のアルカイダと並んでアラビア半島のアルカイダが目下の欧米のイスラム過激派テロ戦争の最前線であることを示す数字だと思います。
http://www.alquds.co.uk/index.asp?fname=latest\data\2013-01-20-08-27-10.htm
http://www.alarabiya.net/articles/2013/01/20/261452.html

オサマ・ビン・ラーデンの後継者

オサマ・ビン・ラーデンの殺害後、その後継者問題が注目を浴びていますが、10付けのal qods al arabi net の記事は、米国の放送を引用して、CIA等は元パキスタン軍の一員で現在アルカイダの指導部に居るeliyas kashimiri(と言うことはカシミール出身なのでしょうか?)が有力な候補として浮上してきたと見ていると報じています。
それによると、彼は現在でもアルカイダのテロを計画しており、特に2008年インドのムンバイ襲撃の後で、欧州各地で多発テロを計画していたと報じています。
またアルカイダのNo2であったアイマン・ザワヒリについては、一部に人気がなくて指導者への昇格は難しいと見られるとも報じています。
なお、米情報機関もかなり前から、この人物に注目し、パキスタン西北部で無人機で襲撃したこともあったが、その殺害に成功しなかったと報じています。

(少なくとも私は)この名前を見るのは初めてで、果たしてこの情報がどの程度信憑性があるのか全く不明ですが、目下のトピックでもあり、取りあえず。
http://www.alquds.co.uk/index.asp?fname=latest/data/2011-05-10-13-18-21.htm

ビンラーデンの殺害

いやあ、驚きましたね。山にこもって寒い、寒いなどと言っていたら、ひょっと覗いたネットがオバマ大統領がビンラーデン殺害を発表したと報じていました。

とりあえず見たところではパキスタン首都のイスラマバッド近郊の町で隠れ家にいるところを米特殊部隊に襲撃されて、交戦の末死亡した(息子の一人も死亡の由)とのことですが、これから米マスコミ等でいろいろと報じられると思いますので、山の中で情報もないところから図々しく物申すのも気が引けますが、どうせまともなことが言えないならば早く勝手なことを言っておくのも一つの方法かなと思い、とりあえずのコメントすれば次の通りです。

それにしても読み直してみたら、あまりに貧弱なコメントです。

,海譴泙琶瞳涯敕の情報ではビン・ラーデンは国境地帯に潜伏とされていたように思いますが、イスラマバードの近郊にいたとは、正直言って意外でした。これにはまさかパキスタンの軍情報機関ISIが関与してはいないと思いますが、どこか引っかかります。
もっともアラブ紙のコメントではパキスタンの情報機関が米軍の襲撃に協力したとのことですから、どうなっているのでしょうか?

▲僖スタン政府との関係は?同じくアラブ紙報道では、パキスタン政府はこの事件について直前まで知らなかったとのことですが、襲撃はパキスタン政府の承認のもとで行われたのでしょうか?そうでなければ米・パキスタン政府間の重大な外交問題になる可能性があります。もしパ政府が承認していたとしたら、国内的に米軍に自国領域を使わせたとしてイスラム主義者などから大きな批判の対象となる可能性があるでしょう。

アルカイダですが、ビンラーデンがパキスタンの、特に首都に近いところに隠れていたということは彼は、最近アルカイダの実質的な指導から離れていたということでしょうか?そうとしたら、だれが現在アルカイダを指導しているのでしょうか?No2とされてきたアイマン・ザワヒリなのでしょうか?
また米軍の執拗なアルカイダに対する攻撃でそのテロ組織としての能力は相当程度そがれていたのでしょうか?

いい困譴砲靴討皀咼鵐蕁璽妊鵑了猖瓦妊▲襯イダのテロ能力に大きな変化はあるのでしょうか?アルカイダはもともと非中央集権的なアメーバー敵組織として知られており、象徴的な存在のビンラーデンの存否はあまり実質的な影響はないのでしょうか?

ト爐了Τ欧紡个垢詒娠はやはり報復テロということでしょうか?その場合、米本土の防衛はかなり厳しそうですので、やはり欧州とかその他の地域での作戦ということになるのでしょうか?その場合日本では?

Ω什瀉翕譴燃萍しているアルカイダ系の組織としては、アラビア半島のアルカイダとイスラム・マグレブ諸国のアルカイダの2つの組織がよく知られていますが、これらの組織の間にはほとんど連絡、調整はないように思われますが、実際はどうなのでしょうか?またその他に中東で活動しているアルカイダ系の組織は無いのでしょうか?

Ц朕妖な、全く根拠もない推測としては、ビン・ラーデンは一応アルカイダの顔ではあったが、現実の作戦からは最近遠ざかっていたようで、彼の死亡が直接アルカイダの作戦に影響を与えることはないのではないのではないか?ただし象徴としての彼を殺害した西欧キリスト教文明圏に対する報復はあるであろう、いずれにしても一時世界を震撼させたアルカイダの時代は終わったのではないか、もしかしたらガザとか各地で過激派としてそのテロが問題とされているサラフィー主義者などがその後継者となるのか?

┐い困譴砲靴討皀咼鵝Ε蕁璽妊鵑アルカイダを始めたきっかけは湾岸戦争での米軍のサウディ駐留に対する反感からで、あれから20年、イスラム原理主義運動の側でも世代交代の動きがあるのではないか?
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