中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

英国

オサマビンラーデンの影?

アルカイダを創設したオサマビンラーデンはパキスタンで米特殊部隊に殺害されました(殺害を信じない人もいるようですが、マスは間違いなさそうです)、彼の息子hamzaは生存していて、欧米で新たなテロを計画しているとされているようで、英国がその有名な特殊部隊SASで追跡しているとの報道がある模様です。

実はそのような報道は、若干前に、アラビア語メディアでも流れていたのですが、そもそもアルカイダの2代目統領はアイマンザワヒリになっており、その影響力も落ちている上に、hamzaも特に指導的立場にあるとのニュースもなかったように思われ、どうもスパイ小説の類の話かと思い、特に紹介もしませんでした。
然るに、al arabiya net が、自由シリア軍東部軍幹部の話として、hamzaがシリアに居るという話に疑問を挟んだとの報道と合わせて、英dayly mail の記事を再度報じているので、信頼度はともかく、取りあえず記事の要点、下記の通り、ご参考まで

・自由シリア軍の北部報道官はal arabiya net に対して、hamzaがシリアに来ているとの報道は正確ではないと語った。彼によると、この説は2か月前に、彼がイドリブに来ているとされ、その後デリゾル地域に移ったとされる由。
かれはhamzaのシリア滞在は、噂の類で、情報とまでは行っていないとしつつも、その可能性が皆無ではないとしている。
というのは、彼は10年ほどイランに滞在していたので、イランがパキスタン経由等で彼をシリアに移すことは、容易だからとしている。
・英dayly mail 紙が、英国のSASのコマンドが、彼を殺害または逮捕しようとしたと報じていた。これは、hamazaがその支持者向けのビデオで、西側諸国で個人による激しいテロを呼びかけたからである。
・英紙のえた英当局からの情報では、hamzaはシリアに潜伏しているとされていて、SASは生死にかかわらず彼を捕捉することを重要な任務とされた由。
・英国は米とも協力し、現地勢力とも協力し、彼の追跡に全力をが得ているので、遅かれ早かれ、彼が何らかの間違いを起こせば、これを捕捉するであろうとしている由。
情報収集には偵察機とドローンも使われ、また自由シリア軍の2のソースも協力している由
http://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/syria/2017/10/02/مصدر-وجود-حمزة-بن-لادن-في-سوريا-غير-مؤكد-.html
















英国のイラクへの増派

al qods al arabi net は英国が、イラクへ工兵隊を増派すると伝えています。
イラクでのIS掃討作戦に、かなりの目途が付いた段階で、何故増派?と言う疑問はありますが、今回増派される44名の工兵隊員は主として、兵舎や事務所等の軍インフラの整備の任務と言うことですから、もしかするとISとの戦闘の一段落を踏まえ点、今後のイラク軍の強化の一環かと言う気がします。
今回増派される工兵隊員44名は半年の予定で、al asad 空軍基地に配備されるが、同基地の英軍兵士はこれで300名を超え(同基地にはイラク兵士の他には数百名の米兵、デンマーク兵士が駐屯している由)、イラク全土では、その数は600名になる由
http://www.alquds.co.uk/?p=782411














イエメン情勢(安保理決議案)

イエメンでは国連特別代表が対話再開を試みていますが、al jazeera net は、英国の国連常駐代表によれば、英国はイエメンに関する決議案を作成し、14日にでもメンバーに配布し、数日内に投票に付される予定の由。
決議案の内容は、イエメンにおける即時停戦と政治的解決の動きの即時再開を求めるものの由。
なお、英代表は、先日のサナアでの葬儀に対する空爆のあと、安保理がこれに関する非難声明を発出しようとしたら、和平交渉にも関係していない1国だけ(ロシア)が反対し、つぶれてしまったが、我々は一貫してイエメンの和平を求めるために決議案を提出すると語った由。
ロシアが議長声明案に反対して理由についてロシア代表は、「表現が弱すぎるから」と説明していた由。
http://www.aljazeera.net/news/arabic/2016/10/14/مشروع-قرار-بريطاني-بمجلس-الأمن-بشأن-اليمن
安保理では、「表現が弱すぎる」との理由で声明案や決議案に反対することはよくあることで、格別驚くにはあたらないが、シリアで空爆で多数を殺している国が、イエメンに関しては非難が弱すぎるとするのは、皮肉というか、無責任な態度と言うべきか、首尾一貫しない態度と言うべきと思うが、ある意味では国際政治では、これも良くあることで、格別驚いてはいけないことなのでしょう。

英国のイラク戦争に関する独立委員会の報告

英国のイラク戦争参加についての独立委員会の報告書が6日発表され、委員会はその中で、あの戦争は最後の手段として正当化されるものではないと、時のブレア首相に対して厳しい立場を示した、とのことです。
報告書についてはBBCやCNNもくわしく報じていて、おそらく邦字紙等も詳しく報じるでしょうから、関心のある方は、そちらを見ていただくことにして、イラク戦争に関する若干の個人的コメントだけ書いておきます。
いずれにしても、当時サッダムが大量破壊兵器WMDを有していなかったこと(核兵器の開発はイスラエルの原子炉爆撃で頓挫し、化学兵器と生物兵器については、国連の調査チームの活躍のおかげで、現存のものは廃棄されていた)は、その後明らかになっていて、その意味では、戦争が正当化されないという結論は、特段目新しいものではないでしょう。

イラク戦争に、その後のISの台頭をもたらした最大の責任があるという議論はよく聞くところで、非常に大局的には、そういうことかもしれませんが、現実にはもう少し詳しく検証の必要があると思います。

まず、最大の疑問は、あの時点でなぜ、ブッシュがそれまでアフガニスタンに大軍を派遣して、オサマビンラーデンをパキスタンとの国境地帯の山岳地帯にまで追い詰めて、もうひと努力というところまで行っていたのに、突然イラク戦争を始めて、アルカイダをとり逃したのかということです。
当時一般には、ブッシュ政権の中枢を占めていた、対イスラル強硬派のネオコン(国防次官とか国務次官とかだったか?)が、イスラエルにとっての最大の敵であるイラクを叩くべし、という強硬な意見で、ブッシュがそれに引きずられたという説明だったかと思います。
勿論、ブッシュが突然イラクに舵を切り替えなくとも、オサマの首を挙げられたかどうかはわかりませんが、当時の米国の情報機関の中の多くのものが、イラク戦争がオサマというかアルカイダの命を救ったとみていたことは間違いなさそうです。
そもそも、ISの元が「イラクのアルカイダ」であったことを考えれば、仮にあの時オサマを追いつめていれば、その後のアルカイダの活動、ひいては現在のISの活動にも大きな影響が出てきたことは必定であったと思います。

次の疑問は、イラク戦争に勝ち、実際上イラクの支配者となった米国が、これまた突然、イラクの正規軍(確か警察もか?)を全面的に解散してしまったことです。
私たちも含めて、中東を少しでもフローしていたものは、多分皆唖然としたものです。
サッダムの支持基盤である共和国防衛隊とか、その種の所謂バース党の私兵は、あまりにサッダムの手兵として血にまみれていた(クルドやシーア派に対する弾圧その他)ので、これを解散するのは当然として、またバース党でもサッダームに近い上級幹部を追放、逮捕するのは当然だが、バース党員であったというだけですべての党員を追放にしたことも驚きでした。
何しろサッダムのイラクですから、正規軍の内部でも有能な幹部は粛清されていたとは思うが、米国のように帰化イラク人も多く、CIAのような情報機関を有している国では当然、サッダムに代わる人間というかある程度のグループを用意していたのだろうと思っていましたが、正規軍の解散と聞いて唖然としてものです。
これがイラクの秩序を完全に破壊し、その後の無秩序、テロの根源となったことは明らかだと思います。
まあ、歴史的に見ればナチスドイツの悪の象徴はその私兵のSS(waffen SSを含む)であって、ドイツ正規軍はナチスと同一視はできない、ということに似ているかもしれません

同時に、当時米主導でイラク全土で(たぶん共和国になって以来初めて)公正で自由な選挙があったことは大いに評価されたことで(当時ブッシュは「大中東民主化構想」などと大見えを切っていたかと思う)したが、問題は多数のグループからなるイラクで、最大の勢力がこれまで歴史的に常に圧迫されてきたシーア派であったことを考えると、単純な数の上での民主主義は、シーア派の優勢をもたらし、他のグループ、特にこれまでの支配階級スンニ派の反発を招き、クルドとの問題も起きることは必至、と思っていましたが、その通りになってしまいました。
おそらくは、連邦制なり、なんなり少数派の利益を守る制度を考えておくべきで、あの頃の時点ならまだそれも可能であったかと思います。
またそれをしておけば、その後のイランの影響力の増大も少しは食い止めえたかと思っています。
今となっては手遅れでしょうかね?しかし、イラクという国家を守るためには、どうしても無視できない問題であると思います。

もう一つの問題はオバマの責任です。オバマはイラクとアフガニスタンからの米軍の撤退を掲げて当選し、両国でこれを実行しましたが、少なくともイラクでは、彼のしたことがISの台頭を許しました。
というのは、米軍のぺトレウス司令官等は、特にアンバール県等スンニ派が多数居住する地域での過激派(当時はアルカイダ)をつぶすためには、米軍の増派とスンニ派部族の武装化が必要と考えて、これを実行し、2006年以降、過激派の拡大は食い止められ、民間人に対するテロも激減しました。
ところがオバマが大統領となり、米軍を撤退させ、ISに対する戦闘の責任をイラク政府に渡したとたん、(ある意味では当然のことだろうが)マリキーというシーア派強硬論者でイランの手下が、スンニ派部族に対する支援を取りやめ、それを契機にスンニ派の中のIS支持派が増大し、テロも再活発化してきました。

このため、米国もマリキーを見限り(それまでオバマはマリキーをほめそやしていた)イラク軍の再建と空軍による空爆強化、更には米特殊部隊の派遣等に踏み切らざるを得なくなったもので、それらの効果がようやく出始めているというのが現状だろうと思います。

とまあ、こんな誰でも知っている経緯をもう一度書いてみたのは、物事というのは、それほど単純に一直線で動くものではなく、イラク戦争自体は過ちであったことは事実ではあるが、その後のやり方が、さらに事態を悪化させたもので、イラクでもオバマではなく共和党の大統領が当時出ていたら、もしかしたらISの興隆はなかったかもしれない(もちろん、さらに酷いことになっていた可能性もあり、歴史でif などということは意味がないが)という気がしています。
勿論トランプのような候補であれば、共和党の大統領は世界の惨事であることは間違いないと思いますが・・・・
http://www.aljazeera.net/news/international/2016/7/6/لجنة-التحقيق-بحرب-العراق-تنتقد-أخطاء-بلير
http://www.alquds.co.uk/?p=561876
http://www.alquds.co.uk/?p=561860

英国のEU離脱(風刺画)

c716f5b3-2bfb-408c-9933-8cf8fc4ed56b[1]英国のEU離脱に関する風刺画です。
UE(スペルから見ると仏語の欧州連合の頭文字でしょう)と書かれた木から一枚落ちた落ち葉には「秋の始まり」と書いてあります。
…一葉落ちて天下の秋を知る。ということでしょうかね?
それにしても人様の話だと風刺もさえるようです
http://www.aljazeera.net/news/caricature/2016/6/26/كاريكاتير-انسحاب-بريطانيا-من-الاتحاد-الأوروبي
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