中東の窓

長年、日本の外交官として中東に深く関与。中東から見た国際関係を日々発信するブログ。

パキスタン

ムスリム同胞団最高指導者に対する終身刑

先日はムルシー前大統領に対する確定判決(禁固20年だったかと思う)が出たことを報告しましたが、エジプトの大法院は26日、ムスリム同胞団の最高指導者muhammad badia とその他37名から出されていた上告を棄却し、最高指導者の終身刑を確定したとのことです
もっとも、ムルシー前大統領の場合には、判決は最終的で、恩赦以外には変更できないと書いてありましたが、今回はそのような記述はありません(エジプト司法制度はややこしいので、単に記事が書き忘れたのか、ムルシーの場合をは違うのかは不明)
また、今回の判決は「カリオビアの道路遮断事件」とされていますが、確か最高指導者はその他の罪名でも起訴されえていて、中には死刑を求刑されていたのもあったような気がします(ずいぶん昔のことで記憶も薄れた)が、その辺がどうなっているのか不明です。
取り敢えず
http://www.alquds.co.uk/?p=619898
https://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/egypt/2016/10/26/تأييد-المؤبد-لمرشد-وقيادات-الإخوان-في-قضية-طريق-قليوب.html

アヤソフィアからのアザーンの再開(イスタンブール)

20a496[1]この画像は言わずと知れたイスタンブールのアヤソフィア(現在は博物館とされている)ですが、al qods al arabi net は、トルコ宗教評議会議長が、アヤソフィアにイマームを任命し、その4つのミナレ(尖塔)からアザーン(礼拝への呼びかけ)が流れることになったと報じています。
アヤソフィアは、ビザンチン帝国の大教会堂でしたが、オスマントルコの征服以来、モスクとなっていたところ、ww1後、ケマルアタチュルにより博物館とされ、現在に至っているところ、トルコのイスラム教徒の間では同所をモスクに戻す動きがあり、それに対してギリシャが反対してきたとのことです。
今回の動きが、アヤソフィア全体をモスクに戻す動きの一環であるのか否か知りませんが、1991年にはトルコ政府が、アヤソフィアの中にあるqasr hounkarはもともとのアヤソフィアの一部ではなく、オスマントルコ時代に建て増された建物であるとの理屈でそのqasr hounkar をイスラム教徒の礼拝の場として開放した由。
記事はしかし、エルドアン政権(イスラム主義政権)誕生以来、2004年には77151しかなかったモスクが、トルコ全体で2015年には87000で、10%も増えているとして、上記トルコの新政策は欧米、特にギリシャの怒りを呼ぶことは間違いないとしています。
http://www.alquds.co.uk/?p=616782
当方宗教問題には疎いので、上記の動きがアヤソフィア全体をモスクに戻す動きの一環であるのか否か、得るドンの本心は?等良く解りませんが、印象的には、このような措置は脱世俗主義、イスラム化の動きの一環である印象を受けます。

対テロイスラム国家連帯(パキスタンの事情)

先日突然サウディがテロと戦うイスラム諸国軍事同盟を発表しましたが、その時にもいかにも拙速の感があると書いたかとおもいますが、案の定、パキスタンは15日、同国がどの程度参加するか検討するためにより詳細な情報を待っている、との声明を出したとのことです。
これをほうじるal qods al arabi net は、先にパキスタン外務省書記官が、サウディの発表した参加国リストに自国の名前を見て驚いた、と語ったと報じています。
おそらくは、十分な協議もなく、一部の連絡だけで、パキスタンも参加ということにしたのではないか、と疑われますが、確かしばらく前にレバノンも自国の参加に疑問をつける発言をしていたかと思います(この点記事が消えているので自信はないが)。
そもそも軍事同盟のような重大な決定をするからには、事前に十分事務レベルで協議をして、かなりのところまで具体的な点について合意をしたうえで、政治レベルで賑々しく全体会議など開いて発表するのが普通(もっとも、ソ連時代には、ソ連が有無を言わさずに衛星国に同盟を押し付けていたかと思う)、今回はそのような手続きがあったという方もなく、突然の発表だったので、おそらくはそのほかの国についても、パキスタンのような事情がある可能性があります。
ということは華々しく発表はされたが、実効性となるとかなり疑問のある同盟ということになりそうです。
http://www.alquds.co.uk/?p=451754

パキスタンのシーア派

パキスタンではしばしば過激派が、少数派であるシーア派のモスクや集会を襲撃するテロを起こしていますが、al jazeera net は、パキスタンのシーア派はシリアで、イランの命令系統の一部として、戦闘に加わっていると報じています。
このような情報はイスラム世界では良く知られているのかもしれませんが、あらためて大きく報じられると、パキスタンでまた彼らに対するテロが起きそうな気がして、心配です。
記事の要点は次の通りです。

これまで、パキス他のシーア派はシリアで、アフガニスタンのシーア派の部隊ファティマ旅団の一員として戦っていたが、昨年夏から自分たちの部隊ザイナブ旅団を結成した。
専門家は、イランがイラク兵士が自国内でISと戦うために帰国した穴を埋めるために、これらのシーア派戦闘員をリクルートしたと考えている。
最近ではイラン兵士の死亡は注目をひかないが、先月パキスタンのシーア派兵士2名がダマスのザイナブ地域で死亡したことは、大きな注目を引いた。
事実イランは数か月前から、ザイナブ旅団にリクルートしており、先日はそのネットが1000名のメンバーのうち53名を失ったと報じている。
又イランはアサド政権を守るために、レバノンのヒズボッラーに加え、アフガニスタンのシーア派であるハザラ人をリクルートしている。
専門家によれば、パキスタンのシーア派の中には、自分たちを守るために武器ヲとる勢力があり、いらの革命防衛隊はそのような分子を利用している由。それらのシーア派は一部はイランに居住しているが、一部はパキスタンのパシュトゥン部族地域に居住している由。
彼らによると、第1次訓練は45日間で、第2次訓練はシリアで6カ月行われ、給料は1100ドルで、戦死者の家族も手当てを受ける由
http://aljazeera.net/news/reportsandinterviews/2015/12/10/الشيعة-الباكستانيون-ذراع-إيرانية-بسوريا

ムスリムのIS非難

相次ぐISのテロに関して、イスラム教徒の多くが彼らはイスラム教を語ってはいるが、イスラムとは関係のない少数の過激派で、本当のイスラム教徒こそその被害者であるとしているところ、非イスラム教徒の側からは、イスラム教徒はより明確に直接の行動で、ISに対する非難の声をあげるべきであるとの声が聞かれます。

この点に関して、ロンドンのムスリム同胞団事務所は25ページからなる文書で、暴力とテロはイスラムではないとして、これを拒否する声明を発したとのことです。
他方、エジプトのイスラム教の総本山のアズハリ総長も、IS等のテロは精神的な病気であり、イスラムの教えに反するものであると確認した由。
更にロンドンのムスリム活動家は、昨年行った「彼ら・・・ISのこと・・・は我々を代表しない」キャンペーンを、パリテロに関連して再開することにした由
たしか、これまでサウディのムフティ等も厳しく、ISの暴力を非難してきたと記憶します
http://www.alquds.co.uk/?p=438234
http://www.alarabiya.net/ar/arab-and-world/egypt/2015/11/21/شيخ-الأزهر-الإرهاب-مرض-فكري-ونفسي-لا-دين-له.html
http://www.aljazeera.net/news/international/2015/11/21/مسلمون-بريطانيون-يطلقون-حملة-تنظيم-الدولة-لا-يمثلني
これらの発言、行動はそれ自体は重要かと思いますが、問題はそれらがISの宣伝によるムスリム青年に対する影響に比して、弱弱しことではないでしょうか?
又、現実に多くのアラブ諸国は、ISと実際に戦っていますが、それ以上に問題はこれらの国(チュニジア、イエメン、スーダン、モロッコ、エジプト、サウディ等の湾岸諸国)から多数の若者が、IS等の過激派組織に参加して、イラク、シリアで戦っていることで、アラブ、イスラム諸国は国を挙げて、反ISのキャンペーンを行い、参加した者については政府に情報が集まる仕組みを作り、出入国の際の水際逮捕等で、若者の過激派の戦等への参加を阻止すべき時に来ていると思います。
そうでなければ、これらの戦闘参加の経験豊富な青年が帰国して、それぞれの国で、テロ活動を行うことは、目に見えて明らかで、今のうちに断固たる措置をとっておかないと、それこそ90年代にアルジェリアがアフガンからの帰国戦士al afghani などが中心になって、10年にわたる血の海を経験した(犠牲者は10万人とも言われる)ことの繰り返しが起こる可能性も否定できないでしょう
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