「信なくば立たず!」ピープルネット

ピープルは「人々・人民」の直訳です。大衆の視点から訴えるブログがモットーです。                                     「わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。」(イザヤ書5章20節) 賀川豊彦                                                                                                                                                                                                                                                                     

佐藤優氏について皆さんはど思われるでしょうか。私の周囲には「とんだインチキ野郎」(ある大学教授)、「彼は本物だ。凄い」(あるベテランジャーナリスト)という両極端な意見に別れます。
私は彼の専門分野である外交や神学などに関しては、それなりの人だと思いますが、専門外となると奇妙な意見が多いと思います。
佐藤氏と同じく「知の巨人」という評価を受けた立花隆さんも「科学ネタなどになると変だ」という似たような評価があったように思います。

第十二回ウルトラクイズを見てみると、平田由佳さんという女性参加者が目についた。アラレちゃん眼鏡を掛けて色っぽい感じはしないけど、「亀ちゃん」のあだ名で当時大人気だったそうだ。
現在でも彼女はウルトラクイズに因んだブログをやっている。ウルトラクイズというのは本当に根強い人気の番組だと思うが、第十二回では視聴率が既に20%を切っていた上に、全ての回赤字だったという。
クイズ好きの人には受けが良かった番組だか、幅広い視聴者を獲得しきれなかった番組だと思う。視聴率が益々シビアな最近ではもう出来ない番組なんだろうなと思う。
それにしても平田さんのファンはコアで30年近く経った今でもファンがブログに書込みしている。驚くばかりである。

訳あって長い間ブログを更新していませんでした。
最近、過去のアメリカ横断ウルトラクイズの動画を見て興奮しています。
どういう部分に興味をもったかをしばらく書いていこうと思います。

 映画『県庁の星』をレンタルで観た。ストーリーは県庁のエリート職員が、スーパーに研修に行くというものだが、「こんな地方公務員がいるかよ」と思ってしまったのは私だけではあるまい。官僚をテーマにしたということから、エリート風を矢鱈と吹かす公務員が主人公だが、霞ヶ関エリートじゃあるまいし、あんなプライドの高い地方の役人はみたことがない。それに、都道府県庁は市区町村より給料が少なかったりするので、変なエリート意識を持ちにくかったりするのだ。この前も地元の兵庫県庁の職員と話していたら「所詮は地方公務員やで」と寂しそうに言っていた。
 給与は安くても霞ヶ関のエリート官僚、あるいは国に対抗できる東京都都庁職員なら、プライドは維持できるが、香川県と思われる役所に織田裕二みたいな役人がいてなるものか。もっと野暮ったいはずである。
 でも映画自体は中々面白かったので、もっと早く観てればよかったと思った次第である。


 昨年はトランプ大統領誕生や朴槿恵大統領問題など、外交ネタが騒がしかったですね。鈴木敏文氏も退任し、セブン問題にも一区切りついたかな? と思います。
 今年は著作をいくつか出す予定ですので、期待しといてください。実は年を越してしまった企画があるのです。
 今年も元気に頑張ります!

 今年も今日で終わりです。紅白を観ながら過ごしています。今年もドタバタと思わぬことが続いた一年でした。来年はどうなるのしょうか? 順調にベストセラーでも出したいところです。村田紗耶香さんにあやかりたいな。それでは皆さん、良いお年を・・・。

 お久しぶりです。
 ところで今日で最終回を迎えるドラマ「砂の塔」を欠かさず観ているのですが、これは現代の「バベルの塔」の物語だと思ったね。バベルの塔というと高い塔を建設した住人同士の言語がいつしか異なり、挙句に塔そのものが崩壊したというストーリーだと記憶している人が多いと思うけど、「言語が通じなくなった」というのは「意思疎通できなくなった」という意味のようだ。それが正解だろう。
 砂の塔に出てくるタワーマンションの住人たちは、虚栄心、嫉妬、強欲に四六時中囚われ、自らが悪魔の所業を行っていることを自覚していない。悪魔というのは我々の身近にいる存在だ。それにしてもルターの言うように「悪魔は君たちが思うほど怠け者じゃない」というのは真実だと常々感じる

バベルの塔
バべルの塔

『聖の青春』はアマゾンのカスタマーレビューを見ても特に批判はなかった。一部、弟弟子の死などの記載がおかしい? という指摘があったが、村山さんの生き方自体を否定したのではない。おそらく、この本の著者の大崎さん以外の人が村山さんを取材し書いても、やはり村山さんは天才棋士だし、慈善精神の持ち主だったということは偽りないからだ。現に「嘘くさいルポルタージュにうんざりしたが、この本は違う」という僕と同様の意見も散見された。
 大体、感動系ノンフィクションは大体、3パターンある。1つ目は重病や障害を乗り越えて頑張った人の話(村山さんもこれ)、2つ目は不良やヤクザの更生物語、3つ目は田中角栄元首相や松下幸之助さんのような「おしん」型叩き上げ物語である。佐村河内は心得たもので、この3つの要素を経歴に取り入れた。
 お陰で村山さんのような「本物」もいるが、佐村河内とまでいかなくても、そんなに貧しくないのに極貧だったとか、精々、チンピラ程度の不良やヤクザだったのに、幹部メンバーだったとか、経歴を盛るような本が後を絶たない。
 普通のサラリーマン家庭の子弟が努力してして成功したというのは面白がらないんだ(羽生名人やイチローがこれ)。重い病気とか、超貧乏とかでないと感動してくれないんだ。おかしいだろうと思う。
 病気や障害の子供を持って、酷い差別を受けて苦しむとか、家庭崩壊しかねない状況になったとか、そういう醜い現実には眼を向けたがらない。その癖、ダウン症の人を差別している人とか本当に多い(僕も2ちゃんでダウン症と誹謗されたことがある)! 差別意識はないが、高齢出産でダウン症の子が生まれた人などは、本当に悩むものなのだ。やはり、健康体の子が良いし、病気の子をいつまで面倒見られるかわからない現実がある。昔は、そういう子供を殺して始末した例もある。
 「障害者の彼(あるいは彼女)を支えていく!」と言って障害者と結婚しようものなら、どんなに肉親の反対に遭うかという現実も取り上げる人は少ない。「障碍者の人と暮らすのは経済的に大変よ」というならまだしも、古い考えの人なら、容姿などに対して差別言辞を並べて反対してくる。
 そういう話を「現実を直視しよう」と言って取り上げようとすると、どうせイヤーな顔をされるに決まっている。
 う〜ん、感動物のルポを書きたいと思ったけど、天邪鬼な僕は、これまた美談ではなく醜悪な世間の裏側を書きたいと思ってしまうのだ。だが、無暗な美談というのは社会にとって有害ではないか。村山さんのような良い人ばかりではない。その村山さんのご両親も彼が幼い頃、教育に相当苦労されている。病弱な彼の我がままを許すしかなかったからだ。将棋で才能を開花させたから良かったものの、何の特技も無ければ介護疲れで殺していたことだってあるかもしれない。村山さん自体は立派だったと思うが、こういう着眼点だって必要である。
 綺麗事、美談ばかり並べて満足するのはおかしい。

 映画化されるというので棋士である故・村山聖さんのルポルタージュ『聖の青春』を読んでみた。村山さんのことは、昔ドキュメント番組を観たぐらいで殆ど知識がなかった。だが、この本を読んでみると、幼い頃から難病に罹ったため、常に寿命を意識しながら将棋に全力投球した人生は炎のようだ。
 入院するたびに将棋本を愛読して腕を上げたらしいが、こうした努力だけではなく、天才的なセンスの持ち主だったこともわかる。ライバルだった羽生名人は対局するたびに村山さんの終盤でのセンスに驚いたそうだ。羽生名人が買った勝負でさえ、終盤で諦めたという対局があったそうだ(村山さんのミスにより大逆転できたという)。一方で村山さんは羽生名人を「本当にすごい」とライバルを越えて尊敬していたようで、天才とはこういうものかと思う。
 幼い頃から同世代の人が亡くなるのを目の当たりにしてきた所為か、とても繊細で優しかったらしく、少女漫画を愛読したり、阪神大震災やアフリカの孤児に多額の寄付をしたりというエピソードがいやらしくないのも村山さんならではである。要するに偽善者的な感じが全くしないのだ。こうしたエピソードは本人が積極的にPRしたのではなく、周囲の人や将棋メディアの人が知って広げた話なのだ。
 あのマザー・テレサでさえ偽善者説があり(これについては議論の余地がある)、福祉活動をしている人が偽善者呼ばわりされたり(実際、偽善者もいる)、自分も偽善者呼ばわりされて、ウンザリすることがあるが、村山さんのような疑いなき慈善精神の持ち主の人には敬意を払ってしまう。もっとも本人は慈善家などと考えたのではなく、幼くして死の恐怖を体験した思いから、弱いものを大切にするという考えが自然と生まれたにすぎないのだろう。
 感動もののルポタージュと言うと、やれ佐村河内やら元不良の教師の経歴誇張の更生物語とか、あるいは元AV女優疑惑のある乳がんの花嫁さんとかが眼について、嫌になっていたのだが、『聖の青春』は本当に純粋な感動を得られる本だ。



 
 

 「トランプ氏がイデオロギーを重視する人物だとは思わない。結局は実利的に行動する人物なのではないか」
 とオバマ大統領が発言しているが、自分も同感だ。要はエンターティナーのトランプ氏が本気で人種や宗教差別をしているとは思えないのだ。人種差別と言っても不法移民などを批判しただけで、黒人やインディアン、ヒスパニック系の人々を差別した訳ではない。合法的に国籍主したアメリカ人を非難してはいないのだ。
 イスラム教徒差別についても本気で迫害する気はないらしく、イスラム教徒に対する嫌がらせについて「やめなさい!」とか言ってる。一方で「共和党を労働者の党にする」とか左翼みたいなことを言っている。
 要は今のアメリカの大衆層の本音の部分を誇張しただけで、選挙で発言した半分は本気ではないだろう。だが、TPP脱退などは大統領権限で可能なため安倍首相は焦ったのだろう。
 トランプ当選について日本のリベラル・左翼系の人々の主張を見てみたら、批判的な人がほとんどいないのだ。差別発言を除いてはTPP脱退など一致点が多いからだ。北朝鮮もトランプ氏に好意的だという。ロシアとは親密にするつもりらしいし、中国とも距離感があるが、そんなに悪い関係にしようという訳ではないだろう。冷戦時代に対立した国とは親しくするつもりのようだ。
 極右・タカ派のように思われているが、実は相当リベラルな人ではないか? という見方が出てきている。
 あと、ハマコーみたいに本音を言う人なので政府機密でもばらしてくれたら面白いなと思う。UFOマニアが大好きなケネディ暗殺とアポロ問題に関する真情報をばらしたりすると歴史に名を遺すのにな。

 トランプ当選に世界が動揺しているが、意外とトランプは出鱈目なこともしないのではないか? と思っている。彼は「共和党を労働者の党にする」などと言っているように、都合に合わせて物を言うタイプだ。本当に移民排斥などをやれば大顰蹙を買うので意外とやらないと思う。
 経済に関しては悪くはしないのではないか? 彼の支持層は非大卒労働者らしいが、エリートビジネスマンにも支持者が結構いるはずだと思ったら、在日アメリカ人の弁理士でトランプに投票したという人が新聞に載っていた。経済政策に期待するという。
 外交に関しては、これは佐藤優氏の見方だが、彼はアメリカ孤立主義で意外にも穏健な外交をするのではないかと予想している。確かにブッシュのような侵略的戦争を行ったりはしないだろう。と言うより、そういう連中を粉砕すると言っているのだ。
 TPP問題など差別発言を除いては日本のリベラル派と一致してしまった。サンダース候補も「差別などをせず中間層を再建するなら協力する」と発言している。ビジネスマンのトランプは「いいとこどり」をするのではないか? 無論、政治の素人だし恐るべき破壊政策路線を歩む可能性もある。どちらか極端な結果になるような気がする。

 まだ大統領選開票途中だがトランプが逆転しそうな勢いである。ヒラリーややリードの形成を覆すかもしれない。ここに来て言うのはずるいが、トランプの方が熱狂的支持者が多いので底力を発揮する可能性があると思っていた。ヒラリーややリードという下馬評には余計に燃えただろう。
 それにしてもトランプに期待を寄せる人の思いは何か? 報道では白人の底辺労働者中心が支持層というが、それだけではないだろう。彼が不動産王で「アメリカンドリームを復活させる」という主張に共感する人も多いハズだ。
 アメリカ経済も良くないので、「この際、実業家のトランプに賭けよう」というバクチ的な思いで支持している人も多いはずだ。ハチャメチャだが何かやるかもしれない・・・という好奇心だ。それにヒラリーには良からぬ評価が沢山あるので「ヒラリーよりはマシ」という消極的支持者も多いと思われる。私がアメリカ人なら消極的にトランプを支持したかもしれない。だが、やはりどちらにも投票するわけも行かず、白票や無効票が相当多いハズだ。史上最低の大統領選になること間違いない。

 「角田は夜逃げした」
 と事実無根の誹謗中傷を行っているある人物から、大家さんに意味不明な督促状が送られてきた。訴訟での一部未払い金を払えということだったが、大家さんは呆れていた。前にも奇妙な電話があったのだ。
 実を言うとこの人物に対して(’2ちゃん誹謗中傷犯人と思われる。また、削除せずに残しているが、当ブログを散々荒らしまくって顰蹙を買った)、IT専門弁護士や情報開示請求ノウハウを蓄えて包囲網を形成中だ。それにビビったらしい。証拠が整えば、彼の社会生命は終わるだろう。冗談でなく。
 しかも、被害者は私一人ではなく、弁護士事務所、出版社、市会議員・・・と様々な人に及ぶ。一見、こうした相手に強がっているように見えるが、ネット・中でも2ちゃんの匿名性を利用した卑怯者である。不覚にも私は実名でこの人物を批判したため、証拠・証人を提示したものの裁判で敗訴したが、その理由を分析してみたらフリーメールでこの人物が送信した内容が証拠採用されなかったためだ。完全に裁判所を納得させるには情報開示などが必要と判断し、IT関係者などの知恵を借りて同様の被害案件の調査・研究を進めて来た。
 ITに疎い裁判官を騙せたと喜んでいるようだが、そんなものが長く続くものか。自分の社会生命を失いたくなかったら、謝罪は今のうちである。そんなことは絶対しないだろうが。これを読んでまた大家さんに妙な手紙を出すのか? 勝手にするが良い。

 それにしても80年代の金八先生を見直して面白い部分を見つけた。金八先生は名取裕子さん演じる田沢悦子先生に思いを寄せているのだが、二枚目のケンブリッジ大学博士号取得者という彼女の婚約者が表れて、たちまち意気消沈してしまうところだ。確かにこの時代でケンブリッジ大学院卒業生などと言えば東大法学部どころの騒ぎではない。頭が良く金持ちしか行けない超セレブ・エリートだ。
 今や僕の身近にもケンブリッジ出身者はいるが、それでも国内の東大・京大のポスドクと違ってケンブリッジ大で博士号を取得したなら、まあ現在の日本でも大学や研究機関から引く手数多だろう。
 ましてやこの時代、福岡教育大学卒業の公立学校教師の金八にとっては雲の上も良いところだ。まあ、所詮
ドラマだから二枚目というのは出来過ぎているけどね。
 それで、倍賞美津子さん演じる養護の天路先生と結婚するのだが、この夫婦役ハマっているんだよね。
 ハーバード大学を卒業して吉本の芸人になる人がいる今の時代なんて想像がつかなかったろうな。一方で、教壇で「学歴が人間すべてじゃありません!」と熱弁している金八でもケンブリッジ大学などというのは宇宙の彼方のような存在だったのだろう。何しろ、この頃の教師の給料ではハワイ旅行に行くのも十二分に贅沢だったのだ。
 だけど呑気な時代だね。それに下手にケンブリッジを出てアメリカなんかの教授になるといつクビになるかわからないシビアな世界だから、今なら安定株の地方公務員の方が良いって女の人も多いかもしれない。それにしても公務員も偉くなったなあ・・・。
 
 

 昔から「社会の荒波」という言葉がよくわからない。不自由な学校より社会の方が自由度が高いと思う。それにしても1980年代を見直して思うのは、この頃の社会なんて荒波なんて言えるもんではない。「これからの時代、高卒・大卒でなければ通用しない」とか言われていたが嘘。中卒でも求人は沢山あった。電通クラスの大企業になれば福利厚生はガチガチで、慰安旅行なども沢山あった。漫画『からあげ君』に出てくるようなスーダラサラリーマンでも取り敢えず居場所はあった。
 今の社会は確かにシビアだ。学校社会は「ゆとり」だが、社会にゆとりはまるでない。良くも悪くも実力主義が徹底してきているので、かつならエリートコースの人間でもサボれば即閑職かリストラである。自殺した電通の女性社員もそういうプレッシャーにやられたのだろう。
 出版業界などマスコミ系は元々実力主義だが、ドンドンそれがシビアになっている。いくらブランドが高い企業でも売れなければ話にならないからだ。これはどの業界にも言えるが。かつてのように消費者は付き合いで買ってくれない。例えばソニーのファンでも「ダメになってもソニーを応援する」という動機で商品を購入しない。判断基準は質の高さだ。逆に言うと、ソニーでも質の高い製品はまだあるので、そういう物は購入する。
 うーん、こうして考えると70年代、80年代は受験戦争や管理教育などで学校社会の方が厳しくて、実社会の方が緩やかだったと言える。終身雇用・年功序列制で誰でもある程度まで出世できた。現に精神科医で受験指導家の和田秀樹氏はその時代のような教育方法の方がメンタルヘルスに良いと言っているが、それも違うだろう。あくまで経済成長が順調だったから、学校を出たら終身雇用・年功序列が保証されたのである。それに、大学受験まで突破すれば、「大学はレジャーランド」と言われた時代に高等教育が破壊されたのは重大な問題だ。
 

 森田童子さんの『孤立無援の唄』の中に「春になったら就職するかな」という文句がある。その中には「結局、サラリーマンになるしかないかあ」という諦め感がある。逆に言えば、この頃は高校・大学を卒業すればいくらでも就職があったのである。
 金八先生で杉田かおる演じる浅井雪乃が出産を決意するのは、「中学を出て働く」という決意のもとだった。実際、相手の男子生徒も牧場の求人などを探したりしている。結局、男子生徒の父親が建築事務所を経営しているため、そこに勤めるか、あるいは金八が下宿している駄菓子屋さんで引き取るかという話になるのだけれど、まあ、そんなものだったのである。
 一方で高校までの学校生活が受験戦争で超過酷だ。家業を継いだ男子生徒が高校進学した生徒の話を聞いて「高校行くのも楽じゃないんだな!?」と驚く様子がある程だ。だが、皆が20歳になるころのスペシャルでは、サラリーマンや職人・大学生になったりしていて、パート1組は涼しい顔をしている。この時期は社会人の方が気楽だったのである。90年代までそうだったと思う。「勉強嫌いだから仕事する」という輩が結構いたものだ。だけど、ゆとり世代とは違って一定の学力は担保されていた。「分数の出来ない大学生」なんて考えられなくて、どんな落ちこぼれでも高校生にもなれば分数ぐらいは理解していた(88年放送の金八先生パート3では、クラス一の劣等生のみが分数が出来ないという設定である)。
 だけど森田さんの唄は長期不況になった現代にも合うような気がするんだな。普遍的な青春歌と言えるかもしれない。

 ドラマ『高校教師』のテーマソングで話題になった森田童子さんのCDを聞いている。森田さんの唄は青春時代の唄だけど、明るく楽しい青春ではなく、若者特有の悩みだとか、青春の暗部にスポットを当てている。森田さんは学生運動の挫折の影響を受けたらしいが、それにしても思春期・青春期の暗さをよく歌っていると思う。
 森田さんが活躍していたのは、70年代後半で学生運動や新左翼運動は内ゲバの真っ只中。「例えば僕が死んだら」という歌詞などは内ゲバに関与している人の心理を表したのかもしれない。時代としては高度成長を終えた経済の安定期として「古きよき時代」として記憶している人が多いだろう。だけど、受験戦争は異常を極め、『金八先生』では中学生の妊娠問題が取り上げられたりと、若者文化には何処か頽廃的な雰囲気が漂っていた。
 中核派はこの頃、革マル派との内ゲバを「戦争的内乱」とか言っているのだけれど、勿論、当時の日本は全然内乱でもなんでもない。ただ、学生運動の挫折感から内ゲバを「内乱」と規定することで、自らを納得させようとしたのではないか? これは森田さんの音楽を聞いていて思ったことだ。森田さんの世界は、どうってことのない若者の日常だけど暗く切ないのだ。森田さんが内ゲバをどう捉えていたのかは不明だが、やるせない思いで観ていたのは確かだろう。それが音楽に反映されているような気がする。





 

 電通の女子社員が過労が原因で自殺したことが話題になっている。原因を調べてみると、トヨタに対して水増し請求を行っていたらしく、彼女はその請求書作成を任されていたようだ。
 おそらく、彼女のような社会人一年生には耐えられないことだが、おそらく「企業は綺麗ごと言ってちゃ成り立たない」とか「不正なんて青臭いこと言うな。大人になれよ」などと言われたのではないか。程度の差はあれ、こういうことを社会人になって言われてショックを受けた経験のある人は多いはずだ。自分などこういうことを何度言われたかわからない。それがいつだったか・・・? 10代から言われたような気がする。
 しかし、こういう不正請求を行っていたのは、コンプライアンス意識に乏しく、資金的にも余裕のない中小企業が多いと思っていたが、電通クラスでもあるのはビックリした。もしかすると電通は経営悪化しているのではないか? 
 何がブラック企業か単純に言えなくなっている。大企業だから優良企業とは限らないというのは、今や社会常識だが、東芝やシャープのようにある日突然、経営難が表面化することも多いので、『四季報』などを読んで「この会社なら大丈夫」と断言は出来ないのだ。
 例えば、今後フジサンケイグループは解体するかもしれない。産経新聞は赤字だし、大本のフジテレビも視聴率が落ち込んでしまったのでは、今後の見通しは暗いだろう。こういう大雑把なことは予測できるが、ネームバリューの高い企業だが、経営難などが表面化しないだけで、実は待遇が悪化している・・・。というのは見抜きにくいのだ。
 かと思えば中小零細企業で堅実経営で待遇も良い会社もある。
 それにしても、東大卒→大企業というかつてなら絵に描いたようなサクセスストーリーが崩壊したことを改めて実感せざるを得ない事件だけに世論の衝撃も大きいのだろう。意外なほど、まだ「大企業神話」を信奉している人は多いものだ。あれだけメガバンクの統廃合や金融機関の相次いだ破たん、雪印など不祥事による倒産。東電のように天災による急激な経営難など、この「失われた20年」で大企業神話の崩壊を散々思い知らされたはずだが、おめでたいことに頭の古い人たちは大企業信仰が抜けないらしい。だから、こういう問題が起きるのだ。大人たちも同罪なのである。
 
 

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