文捨場

こちらは「ライトなラノベコンテスト」のために作成したブログになります。 ※二次審査まで行きましたが、惜しくも落ちてしまいました。これ以降は普通の小説ブログとして活動していきたいと思います。 今まで書いてきた幻想文学寄りの小説を投稿していきたいと思います。 ほかの方々とは違い、基本的には一話完結型の短編を載せていくので、短編集のようになるかと思います。 更新は不定期です。 皆様のお暇つぶしの手助けができれば幸いです。

作品の説明とか。

単なる単語遊びです。お好きなものをどうぞ。
無断転載などはお控えください。

「記憶の彼女」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/1861537.html
写真部の青年と不思議な女性の、少しだけ酸味が聞いたお話です。


「幼馴染の幻灯」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/1903141.html
幼馴染の過去と、やまなしのクラムボンを合わせたお話です。


「揚げ物屋『昏々』」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/1962323.html
私が屋台を経営していたころのお話です。


「変わらない芥川」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2124020.html
少年少女の、淡くてありきたりなお話です。


「手作りの空」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2201843.html
その日の天気は彼女が変えているのかも。


「文学者サナトリウム」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2281541.html
たまに文章が動くときってありませんか? 


「今昔羅生門」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2342157.html
今も昔も変わらない古の都、京都。


「綴じられないもの」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2406026.html
写真とホチキス……似ていると思いませんか? 


「徒然なるままに」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2429322.html
私の自己紹介兼、今までの感想です。


「向こう側のお祭り」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2472459.html
青春と思春期は、似て非なるように思います。

「廃村に浮かぶ月 上中下」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2518379.html
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2534578.html
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/2608383.html
長いお話ですので、お時間のある時に。

「修学旅行」
http://blog.livedoor.jp/aburage_919/archives/21113222.html
頭のイカれた人の話です。


修学旅行

 清水寺の参拝が終わり、自由行動をしていた生徒たちが続々とバスに戻ってくる。修学旅行シーズンということもあってか、駐車場にはさまざまな種類のバスが停車していた。

「清水の舞台は凄かったねえ」

「お前、七味買ったか?」

皆が皆思い思いのお土産を持ちながら笑顔で帰る中、一人だけ、仏頂面をしながら帰ってくる生徒がいた。彼だけなぜか、手には何も持っていない。その表情は楽しい修学旅行とは無縁の物だ。

「なにそんな怖い顔してんだよ、半野」

その生徒の背中を、後ろから来た生徒がバンと叩いた。軽いじゃれあいのつもりで叩いたようだが、半野と呼ばれた少年はそう解さなかったらしい。さらに眉間にしわを寄せると、背中を叩いた生徒を睨んだ。

「加藤……貴様は……」

 明らかな敵意を向けられ、加藤という生徒があわてて口を動かした。

「わ、悪かった悪かった! ……でも、せっかくの修学旅行なんだから、楽しまないと損じゃないか?」

加藤が苦笑いをする。それを見た半野はため息をついた。

「君は楽観的でうらやましいよ。僕はどうにもそんな気にはなれない」

「いや、違うなぁ」

加藤はそう言って半野の言葉を否定すると、ちょっとだけ歯をむき出して嘲るような笑みをした。

「俺のモットーは『なんにでもポジティブシンキング』なんだ」

「お先」と軽く言って加藤がバスに乗り込む。半野はチッと舌打ちをして強く拳を握った。伸ばしきったままの爪が皮膚に食い込み、プツプツと血が浮かぶ。半野はその痛みに気がつくと、再び大きなため息をついてバスに乗り込んでいった。

 正直なところ、半野はこの修学旅行が楽しみではなかった。委員長として皆が楽しく修学旅行ができるよう働きかけたのだが、その代償はなぜか半野がどの班にも入れてもらえないというものだった。皮肉なことに、今度は半野が先生の働きかけで人数の少ない班に入れてもらうことになってしまった。

「不公平だろ……」

一人きりの座席で、半野は力なくうなだれた。事実、半野にあまり友達がいないというのも要因の一つなのだろうが、半野はそれを素直に認めることができなかった。高校生活最後の、いい思い出になるはずだった修学旅行。それは二度と味わえないだろう物に変わってしまった。やがてバスが動き出し、添乗員が気を利かせてカラオケのスイッチを入れる。その音で盛り上がる車内とは正反対に、半野の心は沈みきったままだった。

 

 *

 

 初日目のルートが終わり、旅館の風呂から上がってきた半野はたいして広くもない部屋を見渡して小さく唸った。

「どう工夫して布団を敷いたとしても、全員分の布団が敷けないな」

呟いてから、半野は当たり前かと舌打ちをした。普通なら9人しか泊まることのできない部屋に11人が泊まっているのだ。大部屋という話だったが、他の部屋よりも畳が二つか三つ多いだけだ。畳に寝転がっている奴を尻目に布団を敷くと、敷いたそばから誰かが布団の上に乗ってしまい、我が物顔をしながら寝ころんでしまう。結局、敷けた布団は十枚。蒲団が敷けていないのは半野だけになってしまった。

「じゃんけんでもするのかと思っていたけど……」

半野は今日何回目かわからないため息をついて、さっきから目についていた押し入れの中へと自分の荷物を投げ入れた。買ってきた缶コーヒーを持って押し入れに入る。こんなことのために持ってきたわけではない、性能の良い懐中電灯を取り出してスイッチを入れる。暗い押し入れの中に一筋の光が落ち込んだ。それを見ていると、半野はなぜか自分がとてもみじめな存在に思えてしょうがなかった。しばらくすると、部屋長を務める村井が近づいてきた。

「悪いな、半野。全員が寝られないなんて思ってもいなかったよ」

愛想笑いをする村井。言い訳も甚だしい。彼はほかにも大きな部屋があったというのに、他の班の班長達と裏で取引をして、わざとこの部屋を選択したのだ。おおかた、報酬は漫画かゲームだろう。しかし、だからと言ってこんなところで騒ぎ立てても明日が嫌になるだけだ。そう思って、半野もまた愛想笑いをした。

「……しょうがない」

ひとりごちながら缶コーヒーのプルタブを引き上げる。村井がいなくなったことを確認してから、半野は缶コーヒーを一口飲んだ。芳醇な香りが口の中にゆっくりと広がっていく。半野はここではじめて修学旅行というものを錯覚した。

「大富豪やろうぜ、大富豪!!」

その芳醇な香りを吹き飛ばしながら、押し入れの外から明るい声が響いてきた。せっかくの香りを台無しにした声に憤りを覚えつつも、半野は布団を敷き始めた。少しカビ臭いが、寝られないわけではない。

『学校って面白いですね』

『そうねぇ、お正月の福袋みたいなものよ。いろんなものがギュッと詰め込まれた、福袋のようなもの。だから面白いんだけどね』

微かに開けた押し入れの向こう側で、テレビが他人の声をしゃべっている。

「…………そうかな」

誰に問いかけるもなく、半野は呟いた。

「本当に、福袋みたいな、そういうのなのかな」

今度は自分に問いかけるように。もうテレビのチャンネルは変わっていたが、それでも、半野の頭の中では「福袋」の二文字がぐるぐると回っていた。

「おい、次は七並べな!」

再び聞こえた明るい声。半野は我に返ると、かすかに開いていた押し入れの扉をしっかりと閉めた。

 

 起床時間はとうに過ぎ、朝ご飯も食べ終わったというのに、半野以外の人たちは皆ぐったりとしていた。あんなに夜遅くまで起きているからだ、と半野はため息をついた。

「部屋長、貴重品取りに行かなくていいのか?」

心配そうな顔をしてそう言うと、村井はぼんやりと半野の顔を見て、

「あ~…………半野、頼むわ」

と面倒くさそうに答えた。その横に転がっているコンパクトゲーム機を見て、半野の眉間に再び皺が寄る。半野は昨日だけでおさらばしたかった仏頂面をしながら、部屋の扉を蹴破るような勢いで開けて、階段を下って行った。

 

 法隆寺の百済観音像は、相変わらず不思議な微笑を浮かべながら半野たちを迎えてくれた。その微笑はクラスの中の誰の笑みよりも神聖な輝きを放っている。それを見ていると、半野は自分の心が少しだけ和らいだような気がした。

「相変わらず、だな」

無表情でそう呟くと、ポンポンと肩を叩かれた。

「…………」

「よ、半野」

首を動かして後ろを見ると、去年同じクラスだった峰崎が立っていた。

「なんだ、峰崎か」

「なんだとはご挨拶だな」

峰崎が眼鏡をかけなおす。

「すまない、口癖でな」

雰囲気が変わりつつも元気そうな峰崎の姿を見た半野は、少しだけ笑った。この修学旅行で最初で最後の笑顔だった。

「新しいクラスはどうだい?」

そう言いながら、今まで暖かくて柔らかい雰囲気に包んでくれていた百済観音像に背中を向ける。

「まあまあかなぁ」

峰崎は顎に手を当てながら答えた。

「こっちはお前がいなくなってからというもの、楽しみが随分と減ってしまったよ」

「そうなのか?」

半野にとって峰崎は親友だった。自由行動ということもあり、半野は峰崎と久しぶりに長話をできることが楽しみでもあった。

「なにか変わったことはあるかい?」

そんな風に聞くと、峰崎はちょっと困ったような顔をした。

「ん? どうした?」

峰崎は辺りをきょろきょろと見回して、人がいないことを確認すると、かすかな声で呟いた。

「……いや、彼女ができたんだ」

半野の顔から、笑みが消えた。恋愛のことで彼は良い思いをしたことがない。むしろ、頭の中に思い浮かぶのは、二度と思い出したくもない記憶。

 荒い呼吸、見たくもない素肌、生臭い香り。じっとりと汗ばんだ自分の肢体を包み込む、優しそうな姉のような仮面をつけたなにかの白い肌と、黒くて艶のある長い髪。下腹部にひやりとした感覚を受けて、彼は身震いをした。そしてその感覚を、今度は親友だった峰崎が感じるのかと思うと、半野は言い知れない不安に包まれた。

「……やめとけやめとけ。ろくなことにならんぞ」

手をひらひらと横に振りながら答える。だが、「峰崎はいいじゃないか」と続けた。

「一年生なんだけどな。結構身体もきれいで……」

そこまで言ったところで、半野の後ろから峰崎を呼ぶ声がした。振り返らなかったから真相は分からないが、どうやらその女の子が峰崎を呼んでいるらしい。姉とは違う清純な声を聞いて、半野は少しだけ胸をなでおろした。

「じゃ、また」

「あ、ああ……」

峰崎の嬉しそうな背中を、半野は呆然としながら見送る。その背中が消えた後、半野は百済観音像を静かに見上げた。今はもう離婚し、父のもとへ行った義姉であるあの女は、半野のことを弄ぶことが日課だった。毎日毎日凌辱させられ、時には義姉の友人にまで辱められたあの日々を思い出したくはない。それも、一応はあの女に惚れてしまっていたという記憶まであるのだから。

「峰崎……そんなに簡単に、人を信じるな」

自分にも言い聞かせるように、半野は呟いた。

 

 唐招提寺はとても簡素な造りで、半野はその余韻に浸りながら薬師寺までの道のりを歩いていた。

「母が勧めていたのがわかる気がするな」

そう言いながらも、半野は相変わらずの仏頂面だった。京都に来てから、いや、修学旅行に来てから何一つとして面白いものはない。深い、深いため息をついたその時だった。

「ガイドさん、今俺らの目の前に歩いているあの男居るじゃないっすか」

「え、どれどれ? ……ああ、彼かあ」

「実はあの男、ガイドさんが勤めているバス会社の名前を間違えたんですよ!」

「え、そうなの?」

その一言で、後ろのクラスを案内していたガイドさんがプッと吹き出す音が聞こえた。

「いったいどこをどうしたら間違えるんだろうね~」

……声は、後ろから。後ろの嫌味な奴らから。確かに、半野は昨日このバス会社の名前を間違えた。だが今更それを掘り起し、つまらないネタにしたところでなんになるのか。ましてや、本人が目の前にいるというのに。

(……不公平だ)

今まで心の中で重く動かなかった何かがごろっと外れてしまって、半野は谷底に落ちてしまったような感覚がした。そして、自分が落ちてしまったせいで、自分の中の気持ち悪い感情が見る見るうちに膨れ上がっていくのを感じた。

(なぜ俺には、こんなに不公平なことばかり起きるんだ……)

強く唇を噛むと、ブツリといやな音が耳の中を木霊し、やがて血の味がじんわりと口の中に広がった。かまわずに半野は噛み続ける。

(なぜ俺が……)

止まっていた足を無理やり前へ抛り出して歩き始めた途端、道の向こう側から芝刈り機の音が聞こえた。

「殺してやろうか」

その音を聞いて、半野は思わずそう呟いていた。

 

 *

 

朝から半野の様子はおかしかった。その顔には昨日よりも笑みが浮かんでいるが、それは不気味な崩れきった笑いだった。瞳には一筋の光もなく、口は微妙な角度に吊り上り、まるで能面が貼りついているような表情をしたまま、半野は座って上体を前後左右に揺らしていた。はたから見れば、それは非常に滑稽な絵に見えるだろう。

「半野、大丈夫か?」

部屋の生徒から連絡があったのだろうか、気が付くと担任の先生が横に座っていた。上体を動かすのをやめ、先生が次に何を言うのかと面白そうに目線を合わせる。すると、先生は一言だけ、それも半野を諭すように言った。

「お前がしっかりしないとだめなんだぞ?」

「…………」

その一言は、半野の心に最後の一押しを加えるには十分すぎた。

「半野、半野?」

名前を何度も呼ばれて、半野はゆっくりと首を縦に振った。

「よし、なら、頼んだぞ」

先生は安心したように息を吐き、部屋から出て行った。

 

班行動をするように言われたのに、半野は一人だけで三十三間堂をふらふらと歩いていた。相変わらずその顔は能面のまま。班員はそんな半野を気味悪がり、さっさと先に進んで行ってしまった。

「…………」

お堂の中に入り、千一体の千手観音像を嘲るような目で見る。ゆっくりと一体一体の顔を見ながら歩き続けた。どれも自分には似ていない。それを知って、半野は少しだけ首を横に振ろうとした。けれどその瞬間、一番最後に安置されていた千手観音像と目があった。それは間違いなく半野自身の顔をしていた。半野がその顔をじっくりと眺めていると、千手観音像は表情を変えて、あの、優しい義姉の表情になった。半野はその千手観音像を殴りつけようとして、そしてなぜだか笑いが込み上げてきた。

「アハ、ハハハ、ハハ」

不気味な笑い声を上げながら三十三間堂の外に出る。風に流されるように歩いていくと、いつの間にかお土産屋の並ぶ通りを歩いていた。

「ハハハハ、ハハハ、ハ」

笑いが止まらない。笑いが止まらない。身をよじりながら歩いていると、お土産には似合わないようなものがショウケースに飾られているのが視界に入った。

「ハハ、ハ…………?」

足をぴたりと止めて、それを食い入るようにじっと見つめていると、半野の心の中から静かに化け物が溢れ出した。人を殺せる、滑らかな刃が目の前にある。化け物はショウケースを力いっぱい叩き割ると、その包丁の柄の部分をつかんで笑いながら走り出した。

「誰か、誰か止めろ、その少年を……」

店主が気付いて叫ぶが、半野の姿はすでに人ごみの中に消えていた。

 

廃村に浮かぶ月 下

歩いている人々を押しのけながら走る。やがて大きな道に出ると、村の広場に、神輿に乗せられて絶望の表情をしている文乃が見えた。

「助けるぞ!」

「うん!」

「もちろんだ!」

 わめきながら突っ込んで、神輿を担いでいる人々を片っ端から殴っていく。すると、若い頃の親父が俺を殴り倒した。

「ふざけたことをするんじゃない!」

 その声がなぜだか懐かしく思えて、笑ってしまった。昔の俺なら縮みあがってしまっていただろう。

「黙れ! もう怖くないんだ、いくら親父でも容赦はしねえぞ!」

 親父を殴り返したところで、神輿が勢いよく揺れた。文乃が神輿から放り出される。

「きゃっ……!」

「文乃っ!」

 立ち上がり、走る。落下地点に勢いよく滑り込んで、文乃を体全体で受け止めた。

「大丈夫か、文乃」

「……冬彦」

 文乃は俺の顔を見ると、安心したように微笑み、そして頷いた。

「ナイスだ、フユ! こっちはまかせろ!」

 博之が空になった神輿をひっくり返す。

「今だ!」

 その隙に、俺と翔太は文乃を連れて一目散に駆け出した。


  *


逃げている最中、空を見ると、夕暮れはいつの間にか夜になり、煌々と輝く満月に俺達は照らされていた。

「はあ、はあっ……」

 息を整えようとして止まると、後ろから何人もの足音が聞こえてきた。

「まだ諦めないか……しつこいな……」

「冬彦、秘密基地に行こう。あそこなら時間稼ぎができるはずだよ」

「わかった。文乃、こっちだ」

 月明かりのように白い文乃の手を引いて、俺と翔太は秘密基地に向かった。


 秘密基地は木の上にある。

 辺りを見回すが、村人達の松明は見えない。これで一時はしのげるだろうか。

「……文乃、俺、覚えてる?」

 文乃に向かって聞いてみると、彼女は小さく頷いてくれた。

「僕は?」

 翔太が心配そうに聞くと、文乃はくすっと笑った。

「しょーぼうでしょ? 覚えてるよ」

 でも……。そう言って文乃は下を向いてしまった。

「ごめんね、私のせいで。こんなことに巻き込んじゃって……」

俺は翔太と顔を見合わせる。そして、二人とも笑顔を作った。

「なに言ってんだよ。俺達幼なじみだろ」

「そうだけど……」

それに、と文乃は続ける。

「私と博之は……幼なじみじゃなくて……」

「それも知ってるよ」

翔太が笑いながら答える。

 ……いつからか、気が付いてしまっていた。俺も翔太も。

 文乃が視ているのは、俺でも翔太でもなくって、博之なんだってことを。

 でも、なぜだか四人とも幼なじみという関係を気にしてしまい、どこか居心地の悪さを感じながらも、今まで生きてしまっていた。

 こんなことになるならば、早いうちから文乃と博之のための時間をあげてやれば良かったと、後悔する自分を悟られないように、俺はまた笑った。

「いったい何年間幼なじみやってると思ってんだよ。言ってくれれば、二人っきりで良いムードにもしてやれたのに」

「そうそう。僕も冬彦と同じ意見だな。君と博之が笑っていられれば、それで良かったのに」

文乃が驚いたような顔をする。

「……知ってたんだ。なら、良かった……」

そう言って、文乃は泣き始めてしまった。ごめん、ごめんねと繰り返しながら。

「……博之、大丈夫かな」

 小さく呟くと、翔太がわからないと答えた。

「でも、そろそろ行こう」

翔太が真顔になる。彼の視線の先には、何本もの松明の明かり。

「そうだな。でも、どこに……」

「フユ」

「文乃?」

 振り返ると、文乃は涙をこらえて、真剣な顔つきになっていた。

「あそこに、私を連れて行ってくれない?」

 文乃が指さした方向を見る。そこには、まだあるはずのないダムがあった。


  *


 後ろから何人もの村人の足音が響く。

「まずい、追いつかれるかも!」

「あと少しだ、翔太!」

 森のなか、俺達は走り続ける。木の根につまずき、草であちこちを切り、クモの巣にひっかかり……それでも俺達はダムを目指して走り続けた。

 木々がなくなり、いきなり開けた場所に出る。隣町に続く道路だ。

「たしか、この先にはトンネルがあったと思うんだけど……そのトンネルの先が、あのダムと繋がっているみたいだ」

「急ごう!」

 俺は再び文乃の手を握る。その途端、いきなりあたりが明るくなった。

 追ってきていた村人達がやってきたのか? そう思ったが、明らかに人数が違う。光の中、道路端に何台ものトラックがあるのを見て、待ち伏せされていたのかと強く唇を噛んだ。

「あまりてこずらせるなよ、ガキども。さあ、そいつを渡せ」

村長と二人の男が、俺達の前に来る。

「嫌だ。文乃は渡さない」

 俺と翔太は文乃を隠すように前に立ち、村長を睨んだ。

「そいつがどんな立場なのか知らないから、そんなことが言えるのだろう? そいつは竹取の姫の末裔、つまりかぐや姫の末裔だ」

「えっ」

 翔太が小さく声を上げた。それに反応して、文乃が俺の手をぎゅっと掴む。

……そんなこと、とうの昔から知っている。幼なじみの間で知らないのは、多分、翔太だけだろう。俺は平然と言い放った。

「たとえそうだとしても関係ない。文乃は文乃だ。絶対に渡さない」

村長の顔がみるみるうちに鬼のような形相に変わっていく。白髪が逆立たんばかりの顔をして、俺達を睨み返した。

「そいつが人柱になれば丸く治まるんだよ! ……昔から、何か起きたときはそうしてきた。生け贄は必要なんだ。生け贄になれば、もしかしたら政府は考え直すかもしれない、何か奇跡が起きるかもしれない。廃村にもならないし、村がダムに沈むこともないんだよ! 村の危機を救う、そのためだけにそいつはいるんだよ!」

「ふざけるんじゃねえ!」

 本気で怒鳴った。怒鳴り返した。

「てめえ、文乃はそんなことに使われるためだけに生きてるんだと思ってたのかよ!」

 震える文乃の手を、ぎゅっと強く握り返す。

「俺はこいつが人柱にされたとき、親父が怖くて暗がりで泣いていたんだ! たかが鎌で脅されただけで怯えて、家の隅っこで小さくなって泣いていた! 文乃の助けてっていう声だって聞こえてたのに、出ていったら助けられたかもしれないのに!」

 ああ、こんな風習が残っていたのなら、この村はかえってダムの底に沈んでいる方が良いのかもしれない。

今も昔も変わらない人間の私利私欲は、時と場合によって、同じ人間を平気で殺すのだ。殺しておいて、彼ないし彼女は、我々のために尊い犠牲になったのだとうそぶきやがる。

こんなくだらない薄汚いモノが残っているのならば、それがいつか自分達の心に無意識のうちに芽生えてしまっただろう。この村は、制裁を受けるべきなのだ。

「だから神様はチャンスをくれたんだ! 今度は絶対、絶対に文乃を助ける!」

 村長が鎌を持つ手に力を込めた。

「ごちゃごちゃとわけのわからない事を! なら貴様も道連れだ!」

 鎌が振り上がる。そのとき、翔太が叫びながら突進し、村長を突き飛ばした。

「翔太!」

「行け、走るんだ、冬彦! トンネルさえ抜けてしまえば、あのダムに行けるから! ここは僕にまかせてよ!」

「でも!」

翔太の足が震えている。怖いのだ。村人達に殺されるんじゃないかと。ここで死んでしまえば、どうなるのかわからない。未来に戻れないかもしれない。しかし、翔太は俺に向かって笑った。

「僕だって、大好きな女の子が死ぬとこなんて見たくない。だから僕だって……いつも運動音痴な僕にだって、やれることが絶対ある!」

「そのとおりだ、翔太」

翔太に襲いかかろうとした男達が、弾き飛ばされる。

「かっこいいこと言うじゃないか。運動音痴の癖に」

傷だらけの博之が、翔太の横に立っていた。

「フユ、頼む。文乃を逃がしてやってくれ」

「……それはお前の役目だろ。ここは俺が」

「いいから早く行きやがれ!」

博之の怒鳴り声が、俺の声をかき消して響き渡る。俺は舌打ちをしつつも、泣き出しそうな文乃を引っ張ってトンネルの中へと進んでいった。


トンネルから出てみると、そこはもう湖の岸辺だった。

 タイムカプセルを掘っていた時よりも、明らかに水かさが増している。

固定していた縄が取れ、波の力でこちらまで移動してきたのか、博之の持ってきたゴムボートが岸に乗り上げている。それを見て、俺は文乃をそれに乗せ、湖の中心へと勢いよく漕ぎ出した。

 月明かりが水面に乱反射して目がチカチカする。それを見ていると、なぜか目になにかが刺さるような痛みを覚えた。村長が言っていたように、文乃がかぐや姫の末裔なのだとしたら……もしかしたら、この光は月の光ではないのかもしれない。

ある程度漕いだところで、文乃が顔を間近に寄せてきた。

「ここでいいよ、冬彦。本当にありがとう」

彼女がそう言った直後、大きな光の輪がゴムボートの回りを囲んだ。

「……文乃。本当に、かぐや姫の末裔なのかよ。というか、お前、本当は全部わかってるんだろ」

 俺がそう問いかけると、彼女は寂しげに微笑んだ。

「そうだよ」

「お前……」

彼女の表情から、幼い文乃の面影が消えた気がした。

「知っていたと思うけど、私の家族は、全員かぐや姫の末裔なの。代々巫女として、この村で儀式をしてきた。そして、結局この村は廃村になることが決まり、そして私は生きたままここに沈められた」

 でもね、と文乃は続けた。

「私、どうしても博之と一緒にいたかった。生きて、彼と添い遂げたかった。私たちの祖先のように月に帰ることもなく、湖に沈むこともなく……ただ平穏な日々を過ごしたかった。だから、沈んでいく最中、タイムカプセルに入れたペンダントに、私の力を残したの。あれは……祭器の一部を削って作られていたから」

 そう言いながら彼女がポケットから取り出したのは、小さな三日月の細工が付いた、ペンダントだった。

「……これが、君の」

「もしかしたら、これがすべてを変えてくれるかもしれない。私はその小さな可能性を信じて、ここにとても大きな呪を残したの。でも……」

「博之だけが来るかと思ったら、俺たちも一緒に過去にきてしまったのか」

「本当にごめんなさい、巻き込んでしまって」

 文乃は申し訳なさそうな表情をした。それが演技だったのか、本心だったのかはわからない。けれども、もう、既にどうでもいいように感じた。

「……気にすんなよ」

「えっ」

俺はペンダントを受け取ると、それをポケットに突っ込んだ。そして、笑いながら彼女の肩を叩いた。

「親友だろ。逆になんで巻き込まないんだよ」

 俺の答えに、文乃は微笑んだ。ありがとうと小さく呟きながら。

「じゃあ、お願いね」

文乃がそう言った直後、光が強くなった。目を手で覆いながらそれを見ていると、文乃が手を振りながら空に浮かんでいくのがかろうじて見えた。

「……これで、いいんだろ」

そう呟いた直後、銃声がして、ゴムボートの側面からバンッという音がした。

「えっ、撃たれ……うわっ!?」

ゴムボートが破裂した衝撃でバランスを崩す。湖に投げ出され、思い切り水を飲みこんでしまう。

「冬彦っ!」

 誰かが名前を呼んでいる。けれども、次の瞬間、俺はふっと気を失ってしまった。どんどん水の中へと沈んでいく感覚を感じながら。


  *


 強く揺すられているのを感じて目を開けると、俺の顔を心配そうに翔太が覗きこんでいた。

「……翔太?」

「起きたかい、冬彦。痛いとことかない?」

 翔太の疲れ切った顔と声の感じで、現在に戻ってきたことがわかる。右手を見てみると、大きな絆創膏が貼ってあった。

「……ああ、とりあえず大丈夫だ」

「そう、なら良かった。……といっても、僕もさっき起きたところなんだけど」

 体を起こすと、ここがダムの駐車場だということが分かった。変わっていることと言えば、夜になったことぐらいか。

 岸にゴムボートが置いてある。立ち上がってその近くまで行こうとすると、翔太が穴は開いてないよと首を横に振った。

「穴どころか、冬彦はあの時溺れていたはずなのに、服の裾さえ濡れていない。……あれは夢だったのかな」

 ふと思い出して、左ポケットに手を突っ込む。冷たい感触。これがあると言うことは、夢ではなかったのだろう。

「……博之は?」

 翔太が向こうを指さす。そちらを見ると、博之は溜め息をつきながらタイムカプセルを閉めていた。多分、これが見つからなかったんだろう。左手の中に冷たい感触があるのをもう一度確かめて、俺はしっかりと博之のほうを向いた。

「博之」

「おお、起きたか、フユ」

 嬉しそうに答えながら、博之がこちらを見る。だが、それは演技だろう。俺は左手を前に突き出し、ゆっくりと広げた。

「探し物、これじゃないのか」

 アクセサリーを見て、笑っていた博之の顔が崩れだした。ゆっくりと歩いてきて、震える手でそれをつかみ、そして胸の中心に当てた。

「きちんと手渡ししたかったんじゃないかな。確かあの日は、お前の誕生日だったろ。でも、文乃は村長達に捕まって……」

「本当に、馬鹿だよな」

 博之が俺の声を遮った。

「本当に、馬鹿だよ……かぐや姫は不死の薬しか残しちゃいけないんだよ……燃やせないだろ、忘れることができないだろ……」

足元に、小さな水滴が落ちる。

「なあ、博之。君は文乃がかぐや姫の末裔だったこと、知っていたのかい?」

博之は翔太の問いかけに答えず、泣き崩れてしまった。

「博之……」

「しばらくはそのままにしとこう、翔太。後で必ず答えてくれるから」

 そう言うと、翔太は小さくそうだねと呟いた。

 暗闇がいつもよりも一段と濃い。顔を上げて夜空を見てみるが、月はどこにも見当たらなかった。日付を携帯で確認してみると、今夜の月はどうやら新月のようだった。


  *


 自宅でタイムカプセルから取り出したミニカーを見ていると、家内が俺の隣に座って、ビールを差し出してきた。

「懐かしいわね。それ、あなたと仲良かった子が持っていたものだと思うけど」

 確かに、このミニカーは翔太のものだ。あのあと、翔太が友情の印にと俺にくれたのだった。けれど、それはもう俺には会うことはないという証明のようにも思えた。

「一昨日かな、友人と三人でダムに行ってきたんだ。その時に友人からもらったんだよ」

 ビールを受け取りながら、笑顔で答える。

「あ、友人で思い出した。今日こんなものが届いていたわよ」

そう言って家内が差し出したのは、一通のはがきだった。何の気なしに裏を見て、俺は愕然とした。

はがきの裏には、博之と文乃の幸せそうな写真。「付き合い始めました。そちらに行くときには、どうぞよろしく。」文章にはそう書いてあった。

「文乃ちゃんは、確かクラスでも人気者だったわね。長い黒髪にぱっちりとした目……私も惚れ惚れしちゃうくらいだったわ」

「そうか、これがすべてを変えるって……」

 ぼそりと呟くと、家内が不思議な顔をした。

「あなた、どうしたの? 幽霊でも見たかのような顔をして」

「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

 文乃の首元に、あのペンダントが輝いている。それを見ながら、俺は力なく笑った。

 一昨日のことを、俺は一生後悔しながら生きていくだろう。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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