2007年08月28日

過去の旅を振り返るシリーズの最終回です(多分)。今回は昨年FC東京のプレシーズンマッチが行われたソウルです。
ソウルへは羽田からの夜行便で向かいましたが、終業後少し時間があったので、職場の近くで軽く飲んでから行こうと思っていました。実際は軽くが軽く終わらなかったので、ほろ酔いどころか酩酊状態で羽田に着きました。そんなわけであまり記憶の無い状態で韓国に入国。早朝着のため、まずはホテルで仮眠をし昼食にあわせて活動することしました。
即席ツアコンとなった友人の案内で、有名なサムゲタンの店で昼食をとりましたが、二日酔いの体には、非常に心地の良い食事でした。体に良さそうなものが詰まったニワトリを食べたおかげで体調もすっかり復調しました。
そして今回の旅の目的地であるソウルワールドカップスタジアムへ。駅と一体化したような非常にアクセスの良さそうな競技場でした。仮設ブースにて試合のチケットをもらい、FCソウルのグッズ売り場などを散策しましたが、これといって興味をひくものはありません。やることもないので入場すると、FCソウルのチームカラーでもある赤と黒のラバーバンドが配られました。取り放題のような雰囲気もあったのでお土産用にごっそり頂いておきました。
スタジアムの中にはファミリーマートの看板を出した売店があり、ビールも日本のスタジアムのようなボッタクリ価格ではなく非常に好印象です。キックオフを待っている間は、まだ日も高く非常に暑かった記憶があります。この試合はチェヨンスの引退試合&無料(?)ということもあり時間が経つにつれ観客席は埋まっていき、キックオフの時を迎えました。
AWAYゴール裏前段は日本人しか入れないようになっていましたが、なぜかそこで応援したいという韓国人青年がいて警備員に拒まれていました。それを見た友人が機転を効かせて?「俺の友達だ」と警備員を説得し、3人組を招き入れることに成功しました。その中の一人は日本語が堪能で、日本の応援に興味があるとのことでこちら側で一緒に応援したかったのだとか。よくわからないけど好青年だったので問題ありません。
FCソウルのことは、10番のパクチュヨン?の名前を聞いたことがあるくらいで、ほとんど知らなかったのですが韓国人青年がいろいろ教えてくれました。77番が一際歓声が大きかったので「彼は何ものか?」と尋ねれると「W杯で得点したから人気があるんです」とその理由を教えてくれました。韓国らしいわかりやすい理由ですね。あとその青年が「東京には青少年代表はいますか?」と聞かれ、一同「青少年代表?」という感じでしたがオリンピック代表だったかユース代表のことをそういうそうです。ちなみにA代表は国家代表というそうです。
試合はミス絡みもあり、3-0とスコア的には完敗でした。いい時間帯もあったのですが結局は無得点。この試合で得られたものがあったかどうかはわかりませんが、翌週の再開後の浦和戦でも完敗し指揮官のクビが飛んでしまったわけです。

試合後、スタジアムを出ようとすると小学生らしき韓国人が紙を持って近づいてきました。夏休みの宿題で日本人から一言書いてもらうといような趣旨だったみたいで「宿題やったか?、歯を磨けよ?」という恐らく彼には理解出来ないメッセージを残してあげました。そうこうしているとユーベのレプリカを着た韓国人が近づいてきて一緒に写真を撮らせてくれとのこと。断る理由もないので記念撮影をしておきました。
その後、ホテルの近くの閉店間際の焼肉屋で忙しく夕飯をとり、翌日は海鮮鍋の昼食と東大門市場散策、そして時間潰しに寄ったカジノでは、サンダル・短パンのため入店をお断りされるものの友人と靴を交換したりツアーバスの運転手の革靴を借りるなどして入店しました。しかしそこまでして入ったもののタダで貰えたお試しコインはあっという間に底をつき非常に退屈な時間潰しとなりました。その後深夜のフライトで韓国を後にしました。

韓国というと反日のイメージがあり、実際10年前にはそうした雰囲気を感じたのですが、今回は非常にフレンドリーな印象を受けました。また物価が安いというイメージがあったのですが、円安の影響もあり逆の印象を受けました。以前は、あまり行きたくない国でしたが、この旅のあとは毎年向こうでプレシーズンマッチをしてもらってもいいかなぁなんて思いました。



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2007年08月22日

ドイツW杯最終日の記録です。

ニュルンベルクで友人と別れ、この日から完全一人旅となりました。当初の目論見では日本の決勝トーナメント初戦を見届ける予定でしたが、既に日本代表の姿はありません。
試合前にチケットセンターで事前に予約してあったチケットを引き取りましたが、案外スムーズに受け取りが出来て少しビックリしました。その後、カイザースラウテルンのオフィシャルショップでセール品などを購入したのちスタジアムへ入りました。
スタジアムは山の上にあり、長い階段を上ってやっと辿りつきました。違うルートもあるのかもしれませんが、お年寄りには厳しいスタジアムですね。座席はゴール裏の中段やや上よりでしたが、傾斜があって非常に見やすいスタジアムでした。同じサイドのやや離れたところにオーストラリアサポーターの席があり、応援がよく聞こえたのですが、やや音痴でした(笑)。前日のオランダ人の声量が脳裏に残っていただけに、非常に聞き苦しく感じました。
試合は非常に激しい戦いでしたが、オーストラリアの勝利と延長戦だけは勘弁(帰りの電車の都合)と思っていただけにトッティーがPKを決めた時は非常に嬉しかったですね。
今回のW杯で行く先々で当時解説者だった原博実さんに会いましたが、一人で列車で移動する姿は我々と何ら変わりがなく、この人は本当にサッカーが好きなんだなぁと思いました。

29回に渡ってお届けした旅の思い出シリーズですが、次回2007/8のソウル編で最終回です。



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2007年08月21日

ドイツW杯観戦2日目の記録です。

この日もチケットはないものの、オランダvsポルトガルが行われるニュルンベルクへ移動しました。
駅前の広場はオランダサポーターで埋め尽くされており、オレンジ色の2階建てバスなんかも広場の周りを周回していました。そんななか有名なニュルンベルクソーセージを食べましたが、噂どおり非常に美味しいソーセージでした。
試合まで少し時間があったので、酔いざましに小高い丘にある旧跡を観光。普段あまりしない行動ですが、思わず昼寝したくなるような気持ち良さでした。

別会場で行われていたイングランド戦のキックオフの時間が近づいてきたので、パブリックビューイングの会場へ移動しましたが、暑くて普通には見られない状況だったので少し離れた丘の上の日陰より画面を眺めていました。すると駅前にいたバスを連ねてオランダサポーターが行進してきて、普通には通れないと思われる駐車場もバスとともに突破してきました(笑)。そんなのアリですか?って光景でしたね。

いよいよ問題のチケット入手です。筋金入りのダフ屋と思われる人もたくさんいましたが、まだ非常に高い値段でした。そのまま会場方向へ歩いていると一人の少年が歩いてきました。プロ集団よりは安い価格設定だったので、希望額よりはまだ高いものの、機を逃すよりは良いかと思い、取引することにしました。
日付とマッチナンバーを確認し、透かしてICチップの影も確認できたので代金を支払いました。すると少年は走り去るようにして逃げていきました。この行動が少し不安を駆り立てました。もしこれが盗品だったら入場した瞬間か席についた瞬間に御用となるのかな?と

そんなわけで無事チケットを入手したものの不安な状態で会場へ入りました。手荷物検査後、アトラクションを散策し、チケットチェックゲートへ。赤ランプが灯ることもなく無事通過。座席はオランダサポーターのど真ん中でした。ギリギリまで自分の席にはつかずにいましたが、自分の席以外がほぼ埋まったので、席に座りました。特に捕らわれることもなく無事試合を観戦できました。荒れた試合となりましたがオランダサポーターは、いろんな意味で迫力がありましたね。体も自分より二周りくらい大きいし

こうしてようやくドイツでW杯を生観戦することが出来ました。翌日は苦労して獲ったチケットのイタリアvsオーストラリア戦です。



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2007年08月20日

昨日に続いてW杯の続編1日目です。

初日は日本からフランクフルトへの移動のみで現地で友人と待ち合わせて同じホテルにチェックインしました。夜は川沿いのパブリックビューイングに行ってみましたが、仮設オーロラビジョンの映像を見るだけなのにそれなりのセキュリティチェックなどもありました。

翌朝ホテルのロビーでもう一人の友人と待ち合わせてミュンヘンに移動しました。ちなみにこの友人は10年前から「サムライ」と名乗り、今回も侍装束に手作りのW杯トロフィーを持参していて、現地でもかなりの人気者でした。
私ともう一人の友人は、この日の試合のチケットを持っていないので、まずはミュンヘン駅でチケットを探しましたが条件の折り合う相手は見つからず、スタジアムへ移動することになりました。
地元ドイツの試合ということもあり会場へ向かう地下鉄は何本見送っても乗車できない状態だったので、一旦逆方向へ向かい手前の駅より地下鉄に乗ってスタジアムへ。
セキュリティーゲートの手前あたりには、ダフ屋とチケット難民が価格交渉をしていました。
我々も早速交渉に入りましたが、キックオフ時間になっても希望額まで下がることはありませんでした。また、目の前で素人ダフ屋が警察に捕まる光景も目撃しました。
今思えば多少高くても買っておけば良かったかなぁとも思いましたが、この試合は縁がなかったということで、市内に戻ってカフェでTV観戦しました。
深夜フランクフルトのホテルへ戻り、観戦初日(生観戦出来なかったけど)は終了しました。
翌日は、ニュルンベルクのオランダvsポルトガルです。



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2007年08月19日

昨日の敗戦のショックもあり、ネタを考える気力もないので、1年前のW杯観戦を振り返ります。

実現すれば3大会連続となるW杯観戦ですが、日本の決勝トーナメント進出も期待して、決勝トーナメント3試合観戦を狙った日程を組みました。飛行機はかなり早い段階で貯まっていたマイルを使い無料航空券を手配。最大の難関はチケットでした。今回はそのチケット予約の記録です。

チケット販売はいくつかのフェーズに分かれていましたが3次販売あたりから参戦しました。しかし開幕1ヵ月前の5次販売までチケットを手にすることは出来ていませんでした。その5次販売は5/3に始まったのですが、狙いのR16のチケットが放出されたのは5/5あたりから・・・

5/5 19:00頃 アクセス開始
5/6 01:00頃 約6時間粘るも目当てのチケットが出現せず断念
(このあと3:00〜6:00に大放出された模様)
5/6 06:00頃 アクセス再開。しかしアクセス制限をなかなか突破できず
5/6 12:30頃 ようやく第1関門突破。最終画面まで少しづつ進む
5/6 13:30頃 最終画面でエラー発生。予選突破の権利消滅
5/6 21:00頃 アクセス再開
5/7 07:20頃 朝まで格闘して第1関門突破
5/7 08:20頃 時間切れにより権利消滅
5/7 10:00頃 2回目の第1関門突破
5/7 10:30頃 マッチナンバー#53チケット予約手続き完了!!

結局、2日間かけて何とか1試合のチケットを事前に手配することができました。2日目は13時間以上パソコンの前で格闘していたことになります、ホント馬鹿ですね・・・



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2007年08月09日

イラン出発特にこれといったニュースも無いので、昨日に続いて観戦記です。
今回は2006年W杯の最終予選、AWAYのイラン戦です。さすがに、ちょっと気楽にという感じの目的地では無いので、チャーター便のツアーで参加しました。
出発前に、青い服を着たおばさんとかが登場して、決起集会というかセレモニーみたいなものが行われましたが、恐ろしく温い雰囲気でした。8年前は、みんな血走っていたような気がするんですけどね・・・・

現地に着くと、かなり旧式のベンツのバスがお迎えに来てくれましたが、窓ガラスは割れていたりして「大丈夫か?」と心配になるくらいボロいバスでした。我々のツアーだけですけど。そして、仮眠所のホテルでバイキング形式の昼食ですが、うまいものは、何ひとつなかったような気がします。確か1時間ちょっとの仮眠時間があったと思うのですが、掃除もされていない使用後の部屋みたいな感じで、結局仮眠は出来ませんでした。

またボロいバスでスタジアムに向かうと、現地の車やバイクが結構煽ってきます。隣に座った人が「ボク浦和サポーターなんでAWAYを感じることは無いんですけど、これはAWAYって感じですねー」と話しかけてきましたが「そうですね」と軽く流しておきました。
イラン外そんな感じでスタジアムの敷地内へ入りますが、写真に見える縦のスジがガラスが割れている様子です。
軽い投石もありましたが、その前から割れてました(笑)
この後、バスの駐車場がなかなか決まらず、一度はスタジアムの中までバスが入りかけたんですが、結局、その柵の少し手前で降ろされてスタジアム入りしました。それなりの警備体制で、スタジアム内の上から見られていた以外は、現地人との接触もなく、スタジアムの中に入れました。

イラン中スタジアムでは落下物を避けるため、1階席最後方の2階部分が屋根になる位置を選びましたが、その斜め上に、2階席の通路があり、通路の壁が金網になっているため、そこから種みたいなものを投げられたり、謎の液体(多分トイレの水)をかけられたりしましたが、大きな物は降ってこなかったので、一応は安全でした。
試合中、前の方にいた女性は上から落ちてきた何かが頭に当たり、応急手当を受けていましたので、こういう時はヘルメットを被るか(笑)、屋根の下に陣取った方が良いですね。

試合はイランに専制され、福西のゴールで一度は追いついたものの、結局負けてしまいました。帰国後、当時の後輩に「行くと勝てないから、行かないでもらえませんか?」みたいなことを言われたわけですが、確かに最近は勝率悪いですね・・・・

最後に、イランの空港でお土産を物色したんですが、リスのエサみたいなものしか無かったのが、非常に印象に残っています。

次回はドイツW杯の予定です。

 



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2007年08月08日

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久々の旅の記録シリーズです。今回はFC東京の海外遠征、スペイン・ラコルーニャ編です。
この遠征は、デポルティーボ・ラコルーニャがシーズン開幕前に行う「ファンアクーニャ・トロフィー」という親善試合がメインです。このファンアクニャートロフィーですが、非常に縁起のいいトロフィーという噂があり、前年の勝者FCポルトは、このトロフィーを手にした後、ヨーロッパチャンピオンになっています。そしてFC東京もこのトロフィーを手にし、3か月後に初のメジャータイトルであるJリーグカプ(ナビスコカップ)を手にすることになるわけです。

今回の旅も個人手配でした。JALのマイルの恩恵に授かる意味もあり、フライトはJALで予定を組みました。往路はオランダ経由バルセロナ。まずはバルセロナに1泊し、友人とカンプノウ観光を。そして、乗り継ぎ回数の問題で、別切りで手配した航空券でラコルーニャへ。しかし、ここで最初のトラブル発生。航空券の予約時に使用したクレジットカードを忘れ、航空券が発券出来ず・・・。わたしも同行者も語学が堪能でないため、どうなることかと思いましたが、熱意は伝わるもので(笑)、無事違うカードで航空券が発券されました。
このラコルーニャという街は、スペインの北西に位置し、ポルトガルにもやや近い位置にある小さな街です。気候もよく、ビーチもあり、さらに治安も抜群で是非また行きたいなぁと思う街でした。
ラコルーニャ到着の翌日夜が親善試合だったので、到着した日はビーチで、翌日の昼間は市内観光などをして時間を潰しました。この辺りではタコ料理が有名らしく、食してみましたが非常に柔らかい食感のタコでした。個人的には、タコに歯ごたえがないのは、物足りない感じだったんですけどね。
試合は、ガラガラのメインスタンドで観戦。すぐ隣がVIPエリアで、クラブの役員の方らしき人なども座っており非常に見やすい席でした。先制点はデポル。ゴール前をショートパスで奇麗に崩すあたりは、さすがです。ただ開幕前で、まだ仕上がっていない感じはしたんですけどね。このままやられるかと思ったら、すぐに同点に追いつき、圧巻は終了間際の梶山の逆転弾。あのミドルはちょっとワールドクラス入っていたと思いますよ。
そんなわけで敵地でトロフィー獲得です!!
翌日は、サンチアゴ・デ・コンポステラという隣町へ電車で移動し、そこからロンドン経由のフライトで帰国しました。このサンチアゴ〜という街は宗教の聖地でもあり、観光地としても有名らしいのですが、例によって神社仏閣系観光はパスなので何もせず後にしました。
またいつか、東京とともに海外遠征してみたいと強く思った旅ですね。

次回は2005/3 イランです。



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2007年06月27日

昨日の続編です。
まずはサンプドリアvsラツィオの行われたジェノバへ。この年、柳沢がサンプドリアへ移籍しましたが、彼を目当てに選んだわけではありません(笑)。試合前に露店を散策すると早くも柳沢グッズが並んでいました。お土産のネタとしては申し分なかったのですが、まさに相手の思うつぼのような気がして、この試合とも全く関係ないカターニャのマフラーを購入しました。(色が青赤だったので)
スタジアムに入場し、メインスタンドに座っていました。ラツィオのファンは、最初は1階のガラスで仕切られたスペースに閉じ込められていたのですが、入りきれなくなったみたいで、私のいたメイン席2階の端に上がってきました。それでも入りきれなくなると、辺りを仕切っていた警官が暴挙に出ます。さらに1ブロック中央寄りまでその区画をずらしたのです。そして緩衝帯なしで私の隣がラツィアーレのエリアになりました。指定席エリアに食い込んでいるので、後から来て正規の席に座れない客が席の取り合いをするような光景がアチコチで見られました。どう見ても地元のファンなのに。でその警官は「遅れて来たお前が悪い。どこか空いてる席にでも座れ」とでも言っている感じでした。とにかく日本じゃあり得ない光景ですね。試合はラツィオが順当に勝ったので、隣のファン達も上機嫌で歌っていましたが、微妙な展開だったらどうなっていたんでしょうね・・・・
翌日は、中田の在籍していたパルマへ。こちらはもう日本人だらけでした。当日券の買えるメインスタンドの一角は、とにかく日本人だらけ。現地の白髪の老人が近くにいましたが、日本人のキャーキャー騒ぐ姿に少し呆れているようでした。この試合は爆竹や発煙筒は皆無で、平和ボケした日本人が作り出す雰囲気もあり、非常にのどかな光景でした。最近でも暴動が話題となったイタリアのサッカー界ですが、日本の若い女性が多数詰め掛けることで安全なスタジアムになっていくのかもしれません(笑)。なおこの試合で最も印象に残ったのは、その後インテルに戻るアドリアーノのプレイです。迫力・スケールともに別格でしたね。



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2007年06月26日

フィレンツェ旅の思い出を振り返るシリーズは2003年9月のイタリア編を2回に分けてお伝えします。この年の旅行は、今までに貯めたマイルを使って、特典航空券で現地入りしました。従って現地の滞在費以外は一切かかっておりません。
前半は試合を観てないフィレンツェ&ミラノです。フィレンツェの目的は、当然フィオレンティーナの試合を観戦しようと思っていたわけですが、この名門チームも経営破綻してセリエC2からのリスタートとなっていました。そして2003シーズンの開幕を前に、セリエBのチーム数を増やすゴタゴタ?に乗じて、C1を飛ばしてセリエBへ昇格し、名前も元に戻ってセリエA復帰を本格的に目指すことになっりました。ところが、そのゴタゴタの絡みや放映権でセリエBが予定どおり開幕せず、私が現地に着いた日も試合はあるのか無いのかわからない状態でした。
そんな状況だったので少しでも早く現地に入って情報収集しようと思ったのですが、スタジアムはシーズンオフのように人気が全くなかったので、市内で時間を潰すことにしました。9月のフィレンツェは気候も良く、観光客でごった返していました。中でもドゥオモと呼ばれる高層建築物は一際人気が高く、物凄い行列でしたがサッカー観戦旅行において神社仏閣・美術館系はすべてパスする人間なので、そんなものには目もくれず、友人から聞いていた「熱いサッカーおやじ」のいるショップを探しました。しかし、キーワードの美術館&ブランドショップはいたるところに点在し、結局、見つけることが出来ませんでした。そして再度スタジアムに戻ったのですが、やはり気配がないので、空振り&野宿だけは避けたいと思い前線基地のミラノへ帰りました。でも結局、試合は行われたようです(上部写真)
翌日は試合もなかったのでサンシーロスタジアムを見学。スタジアムの周りをウロウロしていると呼んでもいないのにダフ屋が近付いてきます。昨年経験したW杯に比べると、電卓さえ叩ければ交渉も楽に出来るのですが、終わった試合のチケットを買わされたり、初級マジックで金をたくさん取られたりするケースもあるそうなので実践する方は注意してください。それから言葉によほど自信のある方以外は単独交渉は避けた方がいいですよ。2人ないし3人で相手より多い人数で交渉した方がいろいろな面で安全です。ちなみに私はサンシーロのチケットを買う必要がなかったので、相場だけ聞いて終りにしました。

結局、イタリア滞在2日間は、試合をみることもなく終わりました。明日は後半のジェノバ(サンプドリアvsラツィオ)&パルマ(パルマvsペルージャ)です。

 



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2007年06月17日

連日の旅の回顧シリーズですが、今日はコンフェデ2003でフランスvs日本が行われたフランスのサンテチエンヌです。今思い出しても何が目的だったのか思い出せないのですが、恐らくその年の秋に行ったイタリア旅行の特典航空券に僅かに届かないマイルを補充を兼ねて出かけたのだと思います。
この大会はジーコジャパン初の公式戦だったと記憶していますが、実はジーコジャパンは日本で観るより海外での観戦回数の方が多かったのです。最も全体的な観戦数もそれまでに比べると格段に少ないのですが。
今回の目的地のサンテチエンヌは、プラティニが在籍していた時代があるというくらいの知識しかなく、どこにあるのかも全くわかりませんでした。ある程度の規模の都市であれば、とりあえずその中心部まで辿りつけば地下鉄などで、スタジアムへ行けるのですが、地方都市だと、そこまで行けても、スタジアムまでのアクセスに難があったりします。そこで、このときはパリ発着の現地邦人向けバスツアーを利用しました。フランスのバスツアーといえば、W杯のナント行き地獄のバスツアーが思い出されるのですが、今回もその時と変わらぬ過酷なツアーでした。満員のバスはシートピッチも狭く、とにかく窮屈です。外人は体もデカいハズなのに、どうしてフランスのバスはこうも狭いのだろうかと思う窮屈さでした。かなりの長時間移動でしたが、どれくらい乗っていたかは思い出せません。
スタジアムは歴史を感じさせる作りで、コンパクトでスタンドには傾斜もあり非常に見やすいスタジアムでした。試合は2−1で敗戦でしたが、中身はなかなか内容のあるものだったと思います。
帰りは、行きと同じく深夜移動のバスツアーです。リクライニングしない状態での深夜移動は本当にキツかったです。パリに着いたのは早朝ですが、まだ電車も動いておらず、怪しい人がたむろする駅で時間を潰すのも結構ツラいものがありました。

次回は2003/9イタリア(フィレンツェ・ジェノバ・パルマ)です。


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