2018年04月23日

いや~また喧嘩稼業が読める月曜日がやってまいりました。

素晴らしい!!



——が、その次は一か月後かぁ~~(--;)





さて今回はついに始まる一回戦第五試合!!!


グラップラー刃牙における準々決勝、独歩対渋川先生の戦いを彷彿させる空手対達人合気の戦いだ!!



最初に攻撃するのはどちらか?


その攻撃は何か?


それは当たるのか? などなど


もう興味は尽きない!!!





さぁ早速、今月の喧嘩稼業行ってみよう!!!




















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2018年04月22日

先日のホラーの感想記事へのコメントにいただいた藤子・F・不二雄先生と藤子・A・不二雄先生の短編への非常に強いリスペクトから早速タイトルが上がっていた作品を読んでみたのでその感想を書いてみる。



きっかけはGamehard774さんのこのコメントであった。

あと一つ考えれば考えるほど恐ろしい作品を思い出しましたので追記します(笑)
藤子F不二雄先生の「アチタが見える」です
F先生のSF短編は全部見たはずなのに聞いたことないなぁ〜と思ったら長い事収録されてなかったみたいで、マイフェバリット作品の「流血鬼」を果たして越えるのか?っと見てみたら…



「アチタが見える」はたまたま既読だったのだが「流血鬼」は知らなかったので探してみて、更に「アチタが見える」も改めて読んでみた。


更にそこから「やすらぎの家」と「たのもしい顔」の比較もしてみる。



一応ネタバレあるので続きに書く。




































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ace_and_iceman at 23:46コメント(6)マンガ雑記

2018年04月18日

@10巻の記事へのコメントで文さんが櫻井に放った折れた左腕での煉獄が疑問というものをいただいた。


なるほど、勢いで納得していたが確かに冷静になってみると不思議に思うのも当然なので、コメントに返信した内容をもう少し細かく書いてみる。


まず、煉獄とはどういう技か?


正確な速度は不明だがガガガガという打撃音描写から1秒間に3発から4発程度ではないかと思われる。但し金田戦では経過時間と打撃数からもう少し遅い可能性もあるが、今回は無視する。


煉獄は連打という技のその性質上、一撃がどうしても軽くなる。食らった者はそれ故に脱出を試みるがどうやっても逃げたせず絶望を感じるのだ。

因みに軽い打撃のダメージはどの程度かと言うと、これが結構ヘビーである。

分かりやすい例を挙げると、自分の拳で頭を本当に軽く全く痛みを感じないレベルで小突いてみる。当たり前だが全く痛くない。同じ強さで同じ箇所を小突いてみる。やはり痛くない。

しかしこれを何度も何度も繰り返すと、信じられないほど痛くなってくるのだ。

軽い打撃でもダメージは確実に蓄積されるので煉獄は有効なのである。


煉獄に関して文さんが十兵衛相手に練習していた時、連打と連打の間に考えてしまい、連携が不自然になったという描写があった。

五手一組で七種類、左右で十四種類の組合せである煉獄はまずその十四種類の技が淀みなく打てる様になる必要があり、その次の段階として先の文さんが言っていた型と型の繋がりのスムーズ差が重要になる。


通常、こういった連撃、コンビネーションは数え切れない反復練習の果てに手癖レベルで無意識に動くレベルに持っていくのだか、その連打の速さが上がれば上がるほど当てるよりも出す事が目的になりやすい。

それはショットガンとかマシンガンのイメージだ。


しかし煉獄の場合、ただ打つだけでは意味が無い。相手に打ち込みダメージを与えつつ反撃を許さず逃げ道を塞ぎダウンさえも許さないという非常に高度な事をしなくてはならない。

これは打つ事だけを目的にした無意識の連撃では無理な芸当である。故に煉獄は相手の状態や反撃の気配を冷静に観察しつつ、次の型を選択し更に打ち込む位置や威力を調整しなければならないのだ。

因みに現実の闘いで1分以上一方的に高速で蹴りも交えて連打し続けるシチュエーションはまずあり得ないのだが、仮にそれをした場合一番辛いのが呼吸である。

とにかく辛い。

肺が爆発しそうになるわ、手足は重く硬くなるわで本当に辛い。


そこに加えて思考しながら、である。


とにかく脳が凄まじく酸素を消費する。コンビネーションを何故無意識レベルまで持っていくかというと反射レベルの速さも目的だが同時に酸素の消費を抑える意味もあるのだ。


そう考えると煉獄という技が如何に難易度が高いかがわかる。


煉獄は脳を最大限に稼働させながら、意識で無意識レベルの連打を繰り出し続けないといけないのだ。


単に型だけ覚えても真似が出来ない所以である。


つまり煉獄とは無意識と意識とをゆらゆらと行き交いつつ、打ち続ける技なのだ。



ここまで煉獄の仕組みを理解した上で今回の試合を考えてみる。


まず文さんは虎の姿勢で腕の骨を元の位置に戻している。これは無極を使っている。


そして櫻井の一撃をずらすと同時に鈎突き。

ここでの無極は完全に痛み止めである。


無極の極意は怪我そのものを脳に忘れさせるところにあり、その長さは錯覚の深さ、度合いによると思われる。


この痛みの無視は通常の無極であればそのまま継続するのであろうが、今回の場合どうしても意識がいってしまう煉獄という技、更に打つごとにダメージが深まる事からも痛みを無視して打つのは最初の一撃が限度なのだろう。

アドレナリンの効果もあって脳が痛みを自覚しにくいが、それでも徐々に騙されている事に脳が気づこうとするので、それを先回りして意識をずらしていく。


無意識直前まで高めた連携ではなく初めての手順で考えながら打つのだから、当然煉獄の繋がりも速さも威力も悪くなる。

それは対戦している櫻井にも伝わるので櫻井は考えざるを得ない。

煉獄本来の威力なら強引に脱出を選択したであろが、明らかに最初より弱体化した打撃の威力と淀みが出てきた技の繋がりから、この技がリスクを負ってまで脱出すべきものでなく、ただ単に息切れを待てば良いという判断をする。


そう判断するのはこの後も試合が続くトーナメントという性質、実力と判断力で文さんを上回る櫻井ならば必然である。


そして、文さんはそこまで読んでいたのだ。

櫻井の強さを、櫻井の判断の的確さを読み、それ故に櫻井が待ちに徹する事に賭けたのだ。


文さん自身、骨折の痛みをいつまでも誤魔化せない事も左腕を庇いながらの連打でも倒せない事も十分分かっていたし、そう長くない連打の内にそのチャンスが訪れる事を確信していた。いや、来なければいずれにしても勝機はないので確信させざるを得なかったのだ。


そして櫻井は文さんの読み通り、ほぼ確定した勝利の為に無理をせず待ちに入り、その隙を突かれて無防備に文さんを懐に入らせ、担ぎ上げられた。あれが鉄塊の最中で無ければまだ対処のしようもあったが、身体を極限まで緊張させ打撃を防ぐという鉄塊故にまるでマネキンが担がれる様にされるがままになってしまったのだ。

それは担ぎ上げられる櫻井が鉄塊の態勢のままであり、担ぎ上げられる際に足がだらりとせずまっすぐ伸びている事からも窺える。


文さんが左手を使わなかったのは痛みがあったからではない。打てなかったからでもない。


最後の高山で左手で最低限櫻井の頭を固定させる為に温存しなければならなかったのだ。


高山の態勢から投げ落とすまでは無極は使っておらず、ぼんやりと痛みが強まりつつある状態で、そこから無極を連発しているので痛みは感じていない。


これが僕の考えるあの試合の煉獄から勝利までの流れである。




















ace_and_iceman at 15:30コメント(10)喧嘩稼業
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