2005年11月22日

女帝議論

女帝議論がほぼ終わったらしい

結局、

女系天皇を認める
内親王も宮家を設立する
継承順位は第1子優先

ということだ。


かねてから言われていたが、結論を出すのが性急すぎるようだ。
数人のメンバーが密室で1年間、数回話し合っただけでここまで決まってしまった。しかも専門家がほとんどいない。

しかし、世論は女系天皇を認めるほうが優勢なため、疑問や批判の声はほとんどあがっていない。
世論は「女性天皇」と「女系天皇」の違いを分かっているのだろうか。


なぜ議論が急がれたのかというと、もし継承権を持つならば、もう3歳になった内親王は「帝王学」を学ばなければならない年頃であるからだという理屈らしい。


やはり女系天皇を認めるのはまだ早い。
旧宮家の復活や、旧皇族を養子にとるなどの策を取るべきだ。「女系を認めるのは、万策尽きてからだ」という意見に賛成。
「2600年続いた伝統を、現代人の判断で変えていいのか」という声もある。女系容認派は「捉われるな、仮に今世代は乗り切れても、いずれ同じ状況がまたやってくる。今が変える時だ」と言うのだろうが、それならばもっと国民を交えてしっかり議論してから判断すべきだ。この程度の議論で世界最古の伝統の判断を変えられたらたまったものではない。

しかし、「旧宮家の復活」といっても、GHQによって廃された宮家はいずれも、正統皇族との共通の祖先まで600年も遡るらしい。これは確かに大きい。
前例では、最大でも5代200年程度らしい。

さらに「旧皇族の養子」。旧皇族とはいえ、その身分を離れて60年。今の世代は生まれたときから民間人。突然天皇家の養子になるとしたら無理があるというのも分かる。そのまま漫画や小説になるようなストーリーだ。
しかし、これを「国民の理解が得られないと判断した」と会議は言っているが、その根拠がどこから出てきたのかは疑問。国民に調査したわけでもないだろうに。


当事者達が自らの所存を述べれば、誰も逆らうことはないだろう、と思ったのだが、皇族の意見は政治的に意味を持たない、むしろ政治的意見を述べることが憲法で禁じられているので、それは無理だった。

しかし、三笠宮が「独り言」と称して意見を述べた。皇族として初めて女帝議論に意見した。
女系には反対だ、という内容のものだった。
しかし皇室者会議は「議論に影響するものではない」とのコメントを出した。このことについては特に文句はない。


さて、ここでさらに興味深いことが起きた。
旧宮家・竹田家の子孫(30歳)が、この問題に関して近く本を出版するという。
「旧皇族とその子孫の男子は、天皇を継ぐ覚悟をしなければならない」という概要だ。
すなわち女系反対派である。
これは非常に興味深い。なんとしてもこの本は読まねばならない。

この本に収録されているエピソードの一つが、その新聞記事の中で紹介されていた。

鈴木貫太郎が、内侍従か何かの人間と、宮家が廃されることによりもし天皇家が将来断絶の危機に陥ったら、という話をしていた。
鈴木がこの懸念を話すと、相手は言った。
――その時は、旧宮家の方で、国民から尊敬を受けられるような方が天皇家に養子に入ることで解決しましょう。もしそのような方がいらっしゃらなければ、それは天が皇族を必要としないという思し召しなのでしょう。

・・・という類の話だったはずだ。うろ覚えなので少し間違っているかもしれん。
しかし唸らされた。


女帝自体は前例があるので問題ない。
ひとまず男系女子のみ継承権を与え(これで30年猶予が伸びることになる)、それからさらに議論を深める、さらに旧宮家も復活させる、或いは復活まで行かずとも帝王学を学ぶなどの準備をすれば、世論もいずれ復活・養子派に慣れていくのではないか。


内親王が旧皇族男子と結婚すれば万事収まりそうなものだが。

その場合は女系否定のままということになる。


aceace123 at 13:51│Comments(0)政治経済社会 

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