2012年10月

2012年10月24日

TM 東海大

場所はメドウに変更となっていた。天候は晴れ。45分×3本。

  27中島 32アブダ 9梅田
29廣田 15山崎 23橋本 2野田明  
  34新井 20三田 3池田
       22多田

1本目は右サイドに野田明弘しか居ない。3-6-1のクリスマスツリーのような物をやっていた様子。東海リーグよりも、流石に個人技や動きなどに幅がある。野田明宏の精度の高いロングパスなども見ることが出来た。

しかし、梅田や中島に収まらず、アブダは周りとの連携のような物も見えず、しばしば持ちすぎ状態になっていた。東海リーグで散々見てきた守備から入るクリスマスツリーだが、トップ下をレジスタにやらせるのではなく、キープ力や運動量に劣るFWにその真似をさせるのは、無駄に見える場面が多い。

山崎はもう少し足元勝負での拘りがあれば。橋本は受け方に課題。森安はプレーが堅く、村上不在の穴は埋まっていない様子で、これなら秋田や岐阜Ⅱの吉岡の方がいい。野田明宏も一度カバーに回った方が良さそうな場面でオフサイドトラップに失敗している。

東海大にはCK2発でやられる。ニアにタイミング良く走りこまれたものと、選手の負傷による一時中断の後にあっさりとやられた。逆に岐阜ⅠのCKは工夫もなく、プロなのだから、せめて棒立ちでキーパーの飛び出しにカットされるようなものばかりではなく、前年まで野垣内や秋田がやっていた囮になる動きや、キッカーの合図に連動した物が見たいと思われた。

練習生が混じった2本目と3本目には、40番の体の大きいセカンドトップが起点となり、中島なども割りと前目でプレーできて、裏を取る機会も多く、上手くバイタルエリアに侵入してのシュートで逆転に成功した。
acekiller6 at 08:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)FC岐阜TOP 

2012年10月21日

FC KAWASAKI vs 浜松大学FC

今週も晴天と爽やかな気温に恵まれる。昇格も降格もかからない、見る側には気楽な観戦。場所は各務原フェニックスグラウンド。山本、小寺、堀江あたりが不在だったらしい。

試合の方は、前半は形はやや浜大FCが優勢の様子。川崎のチャンスはロングクロスから生まれるものの、それだけでは厳しい。浜大の方が溌剌としている。

後半に入ると、西から東だった風が、南から北へと浜大FCの追い風と変わる。そして一方的な展開へ。FKをニアに入ってきた選手に合わせられる、サイドを突破されて低いクロスからのこぼれ球を押し込まれる、裏に抜け出されるといった形で0-3。

川崎も数本裏に抜け出したが、飛び出してきたキーパーにセーブされる。こぼれ球は中盤ダイナモ7番長野に拾われていた。

思えば、川崎も長良もこの人工芝のフェニックスグラウンドでは非常に成績が悪かった。ボールが転がりやすく、人も走りやすいからか、運動量に優る学生や、スピードのあるカウンター得意のチームに見事にやられていたような印象がある。

トップから深く追い込んでいく意識なども必要なのかもしれない。来年もホーム開催でフェニックスを使用するのであれば、両チームとも何らかのフェニックスグラウンド対策は必要ではないかと思われた。

2012年10月16日

10月16日ブラジル戦

前半はセカンドトップのオスカルとレジスタのラミレスに自由にゲームを作られている様子。共にチェルシー所属。そこにカカやパウリーニョが絡んでくる。

日本は遠藤が本気になっているが、後は苦戦している、あるいは寝ている。本田は故障明けとか。親善試合だから仕方は無いのか。状態が良いはずの海外組と若手の途中起用は間違ってはいないと思われる。

日本はボールを下げると、ブラジルのカウンターの準備が整うのが気になった。一層の奮起を期待したい。

ブラジルは仕上がりが早かったが、ここから更に新鮮力等の上積みは見込めるのだろうか。


        11ネイマール 10オスカル
   (9レアンドロ・ダミアン)(19チアゴ・ネーヴィス)

8カカー    7ラミレス   5パウリーニョ   20フッキ
(17ルーカス)(16サンドロ) (18ジュリアーノ)

14レアンドロ・カスタン ダビド・ルイス 4チアゴ・シウバ 2アドリアーノ

           1ジエゴ・アウベス


acekiller6 at 22:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

長良クラブ vs FC KAWASAKI

両チームともに昇格と降格の可能性が消滅して、後は3試合を残す川崎には長良クラブの上の3位に届く可能性があり、長良クラブとしては今年度最終の総決算という試合。

天候は晴れ。風はほぼ無風で日差しの下だが暑くはない。

        1坂井
5青木 28蓮池 26大久保 6冨田
15丹羽 31山田 14西沢 13町井
     10小寺 9田中
─────────◯─────────
     17青木 13板津
10原田 19久野 8山本 7岩田
25松井 5小寺 24中村 12堀江
       33鈴木

121014長良川崎長良は攻めの姿勢が強く、川崎は守備から入って反撃を狙うという形だが、どちらも流れの中からは決め手を欠く。

そしてセットプレーでの決め手を持っているのが川崎。前半中頃のCKがショートコーナーで原田に入り、縦に持ち込んでグラウンダーで折り返し、中村が決めた。

後半になっても状況は大きくは変わらない。長良は個々では頑張っているが、川崎の守備ブロックを崩せず小寺のシュートも決めきれず、川崎も多くはないチャンスが長良の大久保のカバーリングなどを崩しきるまでには至らない。

長良の山田と川崎の久野は随分とチームに馴染んできている。そして山田は面白い変化を付けるようにもなってきている。

長良は羽賀や西沢直、川崎は藤田などの切り札を投入。長良の丹羽がセカンドトップに上がったことでボールが収まることを期待したが、川崎の守備ブロックがその先の連携を寸断して、その先の組み立てがない。

長良守備陣の、攻撃陣に期待するか、後ろからの組み立てで打開するかで生まれたギャップに、ATのミドルカウンターで原田が抜け出てきて、PAに入った辺りからカーブシュートを決めて、そのまま2-0で終了。

双方の得点力不足は、岐阜Ⅰと同じような問題があると思われる。

長良に関しては、田中の1トップは、結局田中が競り合いを頑張っても戻すかファールを誘うかしかなかった。岡田と2トップを組むか、夏原を左ウィングで使うかで、裏を狙ってもらう以外では、相手のゴールマウスが遠い事が多かった。岐阜Ⅰも佐藤の1トップで同じような苦労をしている。随分と改善はしているが、小寺と西沢朋の隣接させての併用は、インサイドとは言え推進力の点でデメリットが大きい。

川崎に関しては、アンカーに味方を前に出させやすくするプレーが少ないという部分だろうか。まだ服部が李漢宰とのバランスに気を使って前に出にくいのと同じような状況の場面が多いように思われる。

2012年10月13日

2014年大河ドラマ「軍師黒田官兵衛」

livedoo NEWS
専門筋が期待寄せる V6岡田准一の「黒田官兵衛」


如水円清10日にNHKで再来年の大河ドラマの題材が発表され、黒田官兵衛に決定した。歴史が好きな方であれば、このブログのタイトルの官兵衛の事だと気付かれたかと思うし、たまたまブログ検索で来てしまった人もおられるかもしれない。

josuikoeisその少し前には明智光秀を題材とすることが有力になっていたとの報道もあったので、2012年の今年は平安時代の平清盛、2013年の来年は明治時代の新島八重と選ばれていて、2014年の再来年は戦国時代から、光秀か、大坂の陣開戦400年後に当たることから真田幸村という候補のどちらかの武将が選ばれるのではないか、黒田官兵衛は姫路城改修事業が終了する2015年以降と思っていたし、大方の予想もそうだったのではないかと思われる。

黒田官兵衛も、関係自治体で大河誘致をされていたことは勿論知っていて、むしろそれら以前から実現を願い応援していた1人が私で、地道に官兵衛をアピールしたいと思っていた。研究者レベルの知識を持っている人には役に立たない程度のものだが、人類が知っている官兵衛の知識の総量の、意外と多くが私が発信した情報が経由されている可能性もあるかもしれない。

黒田官兵衛は、毛利輝元、明智光秀、柴田勝家、長宗我部元親、島津義久、北条氏政などの大きな敵対勢力を相手に、豊臣秀吉の天下取りに武将、参謀、外交官などとして、大きく貢献した。当時の人々がそれらを称えるのを、自らは「中才(二流)」と評したが、現代でも海音寺潮五郎や司馬遼太郎などが絶賛している。

司馬遼太郎の言葉を引用すると、「官兵衛の家は、播州御着の小寺(こでら)家という主家に仕えていた。つまり地方大名の一家老に過ぎなかった。官兵衛はその程度の分限でありながら、織田勢力を播磨に引き入れて播州と天下の形勢を変えようという大構想を立てた。そのあたりにこの男のおかしさがある。」となっている。現代で言えば岐阜県議員程度の分限が、国政勢力に影響を与えようとしたと言うところだろうか。

一方で官兵衛のイメージの大方は、江戸時代から現代にかけて様々な講談などで作られた、腹黒い謀略家というものかもしれない。多くの人間は、謀略家に騙され、痛い目に遭ってからその事に気付く。しかし、気付いたら反撃もし、また割合としては少なくとも、騙される前に気付く分別者もまた多い。

つまり、謀略だけで成功し続けられる人間などは殆ど居ない。ましてや地方の小物が長年付き合う主君や家臣に信用され、代表として岐阜にやってきて信長や秀吉ほどの分別者に取り入ろうとしても、すぐにボロが出ただろう。

本来の姿が覆い隠す様々な俗説が作られた原因は、秀吉や官兵衛に敗れてきた地方や武将たちの、地元贔屓や先祖贔屓と言ったものもあるだろうが、何よりも生き方や考え方が難しく理解されなかった事が最大の原因だと思われる。スポーツでも勉強でも、高度になれば、何が正しいか間違っているかの判断が難しくなり、間違えないように間違った時の大変さを思い出し、不信感を用いて慎重になろうとする。

しかし、それが結局は古代で言えばギリシャの哲学が、近代で言えば坂本龍馬の思想が、宗教や尊皇攘夷思想などに埋もれ、あるいは骨抜きにされ形骸化されていったのと同じでは無いかと思われる。

逆に言えば、この人物を良く見れば、歴史と言うものが色々と多く見えてくる1人であると思われる。その類例に、上杉謙信や稲葉一鉄と言った人物も含まれてくるとも思われる。予想よりも少し早かったが、黒田官兵衛は現代人が知るべき人物の1人だと思う。大河化が決定してからまだ数日だが、更にまた新しい官兵衛の知識が得られてとても嬉しい。

大水牛また、岐阜にとっても、黒田官兵衛と親しかった竹中半兵衛が再注目される切っ掛けになると思われる。半兵衛は当時の記録に武将としての逸話は乏しいが、官兵衛は半兵衛からの教えや友情、そして息子の長政の命を助けられたなどの恩義を後々まで忘れなかったという。黒田家は水牛の角をモチーフとした大水牛脇立の兜でも有名だが、金の丸の前立は竹中家の黒餅のデザインを借りたものである。

Kuroda_Nagamasaまた更に後年、息子の長政は半兵衛の遺品である一の谷兜を福島正則から譲り受けると関ヶ原の戦いなどではそちらを着用していた。




明智光秀に関しては、独自の知名度や人気を持っていて、出身地でもあり縁の深い岐阜にいい影響をもたらしてくれると思うが、岐阜の歴史の勉強している限り、まだ光秀の事は十分な研究がなされていない。

本能寺の変において、稲葉一鉄のような同僚たちや、斎藤利三のような家臣たちが、岐阜に大きく関わった人物でありながら、岐阜においてもまだまだ研究は中途で、光秀の決断にどのように関わったのかなどの考察が、まだようやく始まったばかりで不十分。

官兵衛の大河化は、誘致の会が立ち上がってから7年目で、それでも他の候補と比べれば早い方で、それは、ただNHKを訪問して頭を下げるだけではなく、主体的に熱心に官兵衛の研究と広報を、こなされていたからこそだと思う。

明智光秀の大河化も、4~5年先の実現を目指し、主体的な研究や広報に務められる方が良いと思われる。実現のために、私も勉強している事が少しでも役立てばと思う。
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