2006年12月01日

キャラ変えてみました

さて、月も替わって当ブログの方向性もそろそろ変えていこうかと思う次第であります。もうね、街の西部や巷の金子気取りのサッカーブログは世に溢れてるわけですよ!3バックでも4バックでもTバックでもALL OK!な健全な青年男子といたしましては、ビタイチ銭にならない当“野生の勘”という名の風説の流布とはいえ、せっかくエントリーした脳内垂れ流しを少しでも多くの人に感染させたいという卑しくもみみっちい英雄に憧れ的な心理も多少はあるわけですよ。要は反町はさっさと高萩を使えっちゅうことですよ。
そこで私は考えた。ありふれたサッカー談義を続けて、果たして、「このままでいいのか?」と。
オシムは言った「日本オリジナルのサッカーを目指す」と。だから私も言ってみる!
「キャラ変えて超オリジナリティー溢れる電波ブログやるわ」と。

ここまで前フリに付き合ったあなたはDQN認定ってのは置いといて。じゃあ、たまには戦術的な話でもやってみるか!?ヲイ!どうなんだい?俺のメタボリック症候群?
ガキの頃さー、「待ちに待った運動会」とかいうよくある卒業生答辞の風景でさ、「待ちに待った」を「街に待った」だとリアルにインパク知してた俺が言うのもあれだけどさー、いよいよ明日は街に待った最終決戦だわな。ガンバが優勝するには浦和に対して3点差以上での勝利が必要というわけで、常識的に考えれば相当厳しい条件だよな。
最初から2点差までは失ってもよいとするサッカーを実行するのは浦和クラスの戦力と戦術理解度があるチームであれば案外簡単だと思うぞ。要はいつも通り普通に試合に入っていけば負けたとしても1点差くらいが両軍の戦力差だろ?おそらく、後半に入っても同点、或いは空気を読めない浦和がリードしちゃってるよヲイ!、もしくは、ちょい視聴者がwktkになる1点ビハインドという、そのままなら浦和にとって優勝が決まる状況であれば東京戦の後半のようにあまり無理はしてこないと思うよ。つまり、田中マルクス級ユウジムルザニさんの「勝ち点3を取りに行く。攻めるよ」発言はブラフよ。
ガンバにとっては前半、少なくとも60分までに2点以上リードというプランでゲームに入らないと埼スタ力に飲み込まれるだろうな。
そこで、俺が考えた。
西野監督を漢にする為に諸葛亮もびっくりするような戦略をこの1週間営業外回りの車中で考えた。
では、ガンバはどのような戦術で3点差を狙うのか?
シコースキー監督よろしくお願いします!

俺:「3-0で勝とうと思うな。喝ッ!!」。
あのな、ゲームを作ったら届かないっちゅうことですよ。ゲームをぶち壊す勇気が必要だわな。5-2、6-3という巨人対横浜的なスコアじゃないとガンバにフレディーマーキュリーは歌ってくれんよ。ボヘミアンラプソディじゃねぇぞ。
まぁ、俺が監督なら闘莉王をとにかくどうにかしたい。
アッーーー
じゃなくて、浦和の堅牢強固な守りを崩すには闘莉王を攻略したいよな。
ガンバはマグノ・中山の2トップでスタートするべきだよね♪
うん。中山は【回天】だょ。
その昔、学徒にまで召集令状が届いた太平洋戦争に於いて【回天】と呼ばれる人間魚雷があったと聞く。。
中山にはできる限りの挑発と削りでマルクス級のタコメーターを上げてもらいたい。落武者のような頭から湯気が沸き立った頃合いを見計らって自らも退場覚悟の回天アタックを敢行するのだ!
前半のうちにマルクス級と浪速のゴンがキムチ券をもらうという「アリエナイ瞬間がアル」になったらすかさず播戸投入だよな!
当然、DF一枚削って勝負にでるのよ。後は中盤省略してバンバン放り込めば浦和混乱が目に浮かぶ…

と、無意味に字数を稼いだ電波は別として、90分終了の笛が鳴るまで結末のわからない試合展開を見たいよな。「最終節にドラマはない」などとうそぶいた俺だけどガンバには最後まで抵抗してほしいのは事実だぞ。


まぁ、当日は違うスタに居るから試合は見れんけどな

追記
鳥栖の鈴木孝明獲れ>ALL
achiran at 22:33│Comments(4)TrackBack(0)競馬 | スポーツ

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この記事へのコメント

1. Posted by デビッドボウイ   2006年12月01日 22:57
フレディは素晴らしい。高校3年生の夏、ボヘミアンラプソディーという曲に出会った私の知り合いの青年は、一夏その曲を聴き続け、英語の勉強をしたという。
『ママ、人を殺しちゃったよ、奴の頭に銃口をつきつけて引き金を弾いたんだ』私もまたクウィーンとはアンダープレッシャーという曲で共演している。
明日の試合もクウィーンの名曲のようなドラマチックな展開になることを望む。
『たいしたことじゃない、わかるだろ?たいしたことじゃないんだ。僕にとっては。風がどっちから吹こうともね。』
地獄へ道連れ!
2. Posted by シコースキー   2006年12月03日 00:18
キラークィーンも好きだな。
地獄に道連れは勘弁!
レッツダンスでどうよ?
3. Posted by デビッドボウイ   2006年12月03日 14:48
レッツダンスなど忘れてくれ。あれはレコード会社の売り上げに協力してやっただけだ。
ブルーススプリングスティーンがディランのような詩を書いてロイオービンソンのように歌いたいって言った時、私は鼻で笑ってしまった。
でも私はブライアンのようなギターを弾き、そしてフレディーのように歌いたい。
それは誤魔化しようのない事実なんだ。
キラークウィーンは素敵な曲だ。

あぁ、それにしても私は気付いてしまったのだ。
マラドーナやロナウド、ジダンにロベカル、ロナウジーニョ、リバウド、ロマーリオ、更にはライーにストイコビッチと私の心に住み着いたサッカー選手は数いれど、ディランやフレディー、ジョンにフロイド、シドヴィシャス達が私に与えたインパクトと比べたらビッグバンと東海地震くらいの差があるのだ。

4. Posted by デビッドボウイ   2006年12月04日 00:12
そうなのだ。
岡本太郎氏の発言を引用すると、『芸術は爆発』なのだ。 演歌では爆発は起こらない。 マラソンや野球は芸術にはなりえないのだ。 その点、サッカーは時に芸術になりうる。
ロナウジーニョはアーチストともいえるかもしれない。
Jリーグでは未だ芸術はみられていない。 入れ替え戦などで演歌的な涙がみられるのみだ。
小さな爆発でもいい。人の心に爆発を起こせる日本人サッカー選手の誕生を心より願う。

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