紳助親分がテレビ界から姿を消してから、3か月余りがたとうとしている。
その間、怒涛のごとく「裏の顔」が報道され、紳助親分は裁判を起こすという実力行使に打って出た。
はたして紳助親分はなぜ、こうした転落人生を歩むことになったのか???

名物ディレクター【佐藤義和】氏が「紳助の断末魔」を明かす。

『80年代にスタートした「THE MANZAI」。そして、その翌年から放送された「オレたちひょうきん族」。
2つの巨大ヒット番組をフジテレビのディレクターとして手掛けたのが佐藤義和氏。

空前の漫才ブームに乗った島田紳助も、この番組で全国区の知名度を獲得し、のし上がっていった。



そんな紳助の同期と言えば、「明石家さんま」。


紳助は、さんまを物凄く意識しています。『どっちが売れているか、自分の冠番組を何本持っているか・・・』
とにかく、凄い遊びましたね、かつては。

さんまが女優と結婚したら、紳助は「その悔しさ」で女優と付き合ったりと、張り合っていました。
いろんな意味でライバル関係なんですね。

今、紳助に助言するとしたら「女に気をつけろ」ですよ(笑)
手を出した女は(何か事が起きると)足を引っ張りますからね。
女との付き合い方をもっとうまくしていれば、紳助のいろんな女性関係の情報がマスコミに出ることがないものを・・・』と語っている。


引退後の紳助は、大崎(吉本興業社長)にハメられたと言っていた。

大崎社長と言うと、【ダウンタウン】の育ての親!



『大崎社長の路線から外れ、引退に追い込まれた原因は、紳助がダウンタウンの「親分ヅラ」をしていたからでは・・・』
と、前出の【佐藤義和】氏が語っている。

【佐藤義和】氏はもう一つ二つ原因があると、続けて語る。

先輩芸人が後輩を正すのは当たり前だけど、あれはやりすぎだったと言うのが『東京03事件』と、女性マネージャー暴行!
東京03事件に関しては、昔だったら局スタッフ、芸人仲間、会社(吉本)等、周囲が止めていました。
でも、止める人がいないと言う事は紳助は孤立した裸の王様だった。
結果として1人の貴重な才能が無くなった事には寂しいけど、新陳代謝、世代交代が早まった。
現に、紳助の引退後「行列の出来る法律相談所」では、「ネームバリューが紳助ほどでなくても番組は続くんだ」、と言う事にテレビ局が気付いた。「高いギャラを払わなくても新しい人材を使ってできる」と。

だから各局とも、もう紳助なんていなかった事になっていますよね。そんな人、いたっけみたいな。