2017年11月10日

『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』

IT己のペニーワイズに打ち勝て!
スティーブン・キング史上最恐小説の映画化。だがホラー映画としての怖さはあまりない。
しかしこの作品に触れた誰もがあの映画を思い出しながら、その先にある幼き頃の実体のないモノに対する恐怖を懐かしむだろう。
そう、誰もが己の心に棲まう赤い風船と共に現れるピエロと対決してきたのだと。

予告編がネットで解禁されてから24時間での再生回数が1億9700万回という史上最多の記録を作り上げたことでも話題になったこの作品は、スティーブン・キングの小説を'50から'80に変更したことで、ジュブナイル作品としても、またノスタルジー作品としても大きな成功を収めた映画だ。

だがホラー映画を期待して見ると、物足りなさを感じずにはいられない。OPでのジョージーが排水溝に引き摺り込まれるシーンや、博識の小太り騎士ベンが図書室で首のないゾンビに追い回されるシーン以外では、さほどゾクゾクすることがないからだ。

しかし吃音のビルが行方不明になった弟ジョージーを想う一方で、紅一点ベバリーが性的虐待を課す父に、喘息疑惑のエディが病気で朽ちていくことに、ラビの息子スタンリーが部屋に飾られた奇怪な絵に、転校生ベンが友達のいない現実に、黒人マイクが両親を火事で亡くした過去に、口達者なリッチーがピエロに怯える姿を見て、それが恐怖ではなく郷愁だと感じ始めた方も少なくなかったのではないだろうか。

子供の頃は誰もが想像力が豊かだ。ただ経験と知識の不足が招く限られた世界での自由を奪われた想像力の豊かさは、時にどんなものでさえも恐怖の対象に昇華させてしまう。夜中に一人でトイレに行くことが出来ないのも、そんな事例の一つだろう。

ではそんな恐怖に対して我々はどうやって対処し、また克服してきたのか。それは紛れもなく「逃げずに恐怖と向き合う」ことだろう。心の支えを作り、その恐怖に挑み、自らの勇気で成長を勝ち得たからこそ、我々は大人として今この時を生きているのだ。

この映画で描かれるルーザーズ・クラブの7人の少年少女もまた、誰もが自分の抱える恐怖に対して、掛け替えのない友人を心の支えにし、恐怖に打ち勝つという冒険を繰り広げている。
それは『スタンド・バイ・ミー』でリバー・フェニックスたちが死体を見に行くと冒険に出た日々と同じ。
だからこそ、年上不良グループで父親殺しのヘンリーが若き日のキーファー・サザーランドにどこかしら似ているようにも見えるのかも知れない。

そんな懐かしさに心を奪われる一方で、やはりこの映画で絶対に語らねばならないのはスウェーデンの名優ステラン・スカルスガルドの息子でもあるビル・スカルスガルドが熱演したピエロこと、ペニーワイズだろう。

不気味な笑みを赤い風船で隠しながらも、高笑いは一切せず、顔を横に振りまくりながら突進してくるあの気持ち悪さ。
悪事を繰り返す犯人として子供たちに退治されたのではなく、どんなトラウマにも変身出来る不快な存在だからこそ子供たちに排除されたと表現するのが似合うくらいの存在感は、現実世界でもピエロと赤い風船の組み合わせに拒否感を覚えさせるほどだ。

そして不思議なことにこのクリーチャーピエロがまだ生きているという終わり方が、またあの気持ち悪さを味わえるという快感に繋がってしまうのだから、EDロール前でこの作品が「第1章」と知らされた時の複雑な気持ちは何と表現したらいいものか。

血判の絆で結ばれた7人の若き騎士たちがペニーワイズと再び対決するのは数年後か、それとも定期的に悲劇が繰り返される27年後か。
その時、ポエムの騎士がキスで姫の心を射止めることは出来るのか。それとも別れのキスを忘れられない思い出にした騎士が姫の心を奪い続けているのか。

そんな思春期の男女関係も気になる素晴らしきノスタルジーなジュブナイル映画だ。

深夜らじお@の映画館は早くペニーワイズが…いや第2章が見たいです!

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/8e16da63ccbf2769a676da0768ad7ab6/3f こねたみっくすgoo版

2017年11月03日

『マイティ・ソー バトルロイヤル』

マイティ・ソーバトルロイヤルサプラ〜イズ…。
あれれ、このシリーズってこんなコミカル路線だったか?と思えるほど、いろんな意味でサプラ〜イズな映画だ。もはやここまで来たら、アクションは二の次か?と思えてしまうのも良かったのか、物足りなかったのか…。
「ヘルプ」が十八番ネタのソーとロキちゃんの兄弟漫才コンビ「神様家」も微妙だったなぁ〜。

OPから鎖の都合で宿敵の話もロクに聞いてあげられないソーのマイペースぶりから、これまでとは明らかにコミカル路線がより強調されているこのシリーズ第3弾。

しかも予告編でも登場していたドクター・ストレンジが戦いに参戦するのかと思いきや、「オヤジさん、見つけといたよ」と魔術師としての成長ぶりを見せつけただけで出番が終了。
そのオヤジさんことオーディンも全知全能の神だったはずなのに、ドクターに遊ばれてヘトヘトのソーとロキに遺言を残すとあっさり退場。

さてそれではここからは喧嘩を繰り返して、いつの間にか剛と礼二のような絆を作り上げたソーとロキが新たに現れたヘラお姉ちゃんとの姉兄弟喧嘩へと挑みましょうかと思わせておきながら、ワープ中に飛ばされましたのでしばらくは余談でお楽しみください路線へと走ってしまうのだから、「最凶最悪の敵」と銘打った予告編でアクションを楽しみにしていた身には、本当に「サプラ〜イズ」でしかない。

その余談なのか、リベンジャーズ結成ストーリーと捉えるべきなのか、中途半端な立ち位置にあるサカールでのくだりも実にコミカル路線まっしぐら。
本来なら再会したインクレディブル・ハルクとソーとの強烈な一戦を楽しみたいところを、そんなことよりも屈強な友人同士の半端ないじゃれ合いをご覧くださいで突っ切るだけでなく、ハエ男グランドマスターの前で感情表現豊かなロキちゃんもお楽しみください、ついでにビリビリやられたり、雷を全身に宿すソーもお楽しみくださいなど、楽しいんだけど、求めている楽しさじゃないのよね〜という時間が続く続く。

なので、ブルース・バナーの脳内混乱模様も、地味にトニー・スタークよりも下半身は立派ですよアピールも、都合よくヴァルキュリーもリベンジャーズに参加も、ロキちゃんがヒネクレたのも「神様家」の十八番ネタ「ヘルプ」のせいやろ!も、面白いことは面白いものの、その裏で世界のアサノが討ち死にし、千里眼の監視者ヘイムダルが一人でアスガルドの民を守っていることを思うと、コミカルな面白さは満載でも、アクションとしての盛り上がりには欠けるよなぁ〜と思ってしまったのも事実。

となると、ハルク再び登場で大型犬はお任せあれも、ソー・ヴァルキュリー・ロキちゃんによるリベンジャーズも雑魚の相手しかしてませんな…も、タイカ・ワイティティ監督が演じていたと聞いてビックリの岩男戦士コーグの地味な活躍も、ハンマーがなくても大丈夫な独眼竜ソーの雷アタックも、もう少し盛り上がっても良かったのにと思えてしまったのも事実。

そして直接戦っても勝てません、リベンジャーズでぶつかっても勝てません、だから故郷でもあるけどヘラお姉ちゃんの元気の源であるアスガルドを壊しますというのも、何だかリベンジャーズの努力不足にも見えてしまったのも事実。

だからデスとロイヤーで民を守り抜いた寝返り戦士スカージの末路も涙を誘わない。それよりもアスガルドの民って中型宇宙船一隻で運べるほど少なかったの?地球での難民申請もこの人数でも大変やで。ブルース・バナーもロキちゃんも地球ではお尋ね者なのに大丈夫?またドクター・ストレンジに遊ばれるのでは?と思えてならないこと。

とまぁ、あれこれツッコミどころも違和感も多いけれど、楽しめる作品には違いない。
ただここまでいろんなキャラを絡ませると、アベンジャーズの構成員は増える一方。仮面ライダー大集合よりもカオスな状態になってしまうのでは?とちょっと心配です。

深夜らじお@の映画館は原作者に散髪されたソーやんに続き、ロキちゃんもいつかは…と思うと、そんなシーンを早く見たいと願ってしまいます。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/ee5ab2bb6dd15a0abdd6f1a613645107/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月31日

11月戦線映画あり!

年末差し迫る、木枯らし1号に身を震わせる11月。あぁ、今年ももう少しで終わりか…と思いきや、何とgooまでがトラックバック機能を11月中にサービスの停止を行うことを発表。せっかくlivedoorからTB機能だけを引越しさせたのに…。gooよ、お前もか!
てな訳でそんな心まで淋しくなる11月公開の注目作をピックアップしたいと思います。

【11/3〜】
●『マイティ・ソー バトルロイヤル』
ロンゲ神様がショートカットにされているじゃないですか!
●『氷菓』
何て暗くて静かな「私、気になります」なんだ…。
●『ノクターナル・アニマルズ』
トム・フォード監督、最新作。
●『シンクロナイズドモンスター』
アン・ハサウェイが怪獣と一緒に踊ります♪

【11/10〜】
●『ジグソウ:ソウ・レガシー』
まだこのシリーズは終わらせませんか…。
●『ザ・サークル』
何でそこまでして私生活をSNSにアップしたいのかな〜。

【11/17〜】
●『GODZILLA 怪獣惑星』
今度のコジラはジャパニメーションだ!
●『不都合な真実2:放置された地球』
京都議定書とかパリ協定とか、どないなってるんでしょうね〜。

【11/18〜】
●『ローガン・ラッキー』
スティーブン・ソダバーグ監督、お久しぶりです。

【11/23〜】
●『ジャスティス・リーグ』
地味な5人ですけど、地球を守ります!
●『火花』
又吉先生の相方はようやく渡米されたそうです。
●『gifted/ギフテッド』
マーク・ウェブ監督、最新作。

【11/25〜】
●『光』
三浦しをん原作X大森立嗣監督。


てな訳で11月の注目作は
『ジャスティス・リーグ』
『マイティ・ソー バトルロイヤル』
『光』

深夜らじお@の映画館は11月をもってトラックバック機能の利用から卒業しようと思います。それまではまたよろしくお願いいたします。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

acideigakan at 23:59|PermalinkComments(2)clip!映画予告編 

2017年10月30日

『バリー・シール/アメリカをはめた男』

バリー・シールバリー・シール。トム・クルーズの笑顔がやたら似合う男。
これはある意味トム・クルーズが演じていなかったら失敗作になっていたかも知れない、まさにトム・クルーズにピッタリの映画。55歳にして若々しいというよりも、何も考えていないけど笑顔はステキで若く見えるトム・クルーズだからこそ成立した映画。本当にただそれだけ。

TWAのパイロットとしての仕事は退屈過ぎる。キューバからの葉巻の横流しがバレてもCIAからのお誘いで密輸パイロットに転職した。そんな型破りな人物が実在したという、まさに型破りなアメリカらしいこの実話。

しかし映画はテンポはいいものの、どうもノリがよろしくない。本来ならコミカルに描いて観客を乗せていくものを、そんな心地よさもない。だからこんな型破りな人物がやたらと似合うトム・クルーズだからこそ、辛うじて成功した映画にも思えてくるのが残念無念でならない。

たださすがは普段からあれこれ考えているのに、頭が空っぽのような笑顔を振りまくのが上手なトム・クルーズだけあって、このチャラ男でムチャばかりするバリー・シールという人物が憎めないし、また何だかんだ言っても最後まで見せてくれるのは素晴らしいの一言。

でもよくよく考えてみると、このバリー・シールという「パイロットさん」、CIAの要請で中南米のゲリラ基地を空撮するだけでは機内のスペースが勿体ないと「運び屋さん」も副業でこなすようになるのは、ある意味合理的といえば合理的。

しかも麻薬に浮輪をつけて目的地で落とす手法も、現地で中佐やら麻薬王やらとコネクションを築いては、そこで仕事をもらって機内スペースが「空」のまま帰りませんというのも、「運び屋さん」としては優秀なお仕事ぶり。

要はこの中南米から北米への新ルートを開発し、顧客の望む「特殊な」モノを運搬することで、ニッチ企業が独占企業として大儲けしているだけの話。ビジネスの話でいえば、市場リサーチ、顧客リサーチがしっかり出来ているうえに、自分の優秀な操縦技術も加味させているのだから、自己リサーチもしっかり出来ているだけの話。

でもそこに敵対する組織の間に入って両者から旨味を掻っ攫うことで、秘密の仕事をお願いしている側は時にその秘密を守るために違法も不問にしなければならないという、顧客の弱みも握る。それが経営者として優秀なお仕事ぶりなのだから、大したものだこと。

そんな優秀な「パイロット」兼「運び屋」兼「経営者」も身内にはご苦労されたみたいで、特に義弟のアホさぶりは大変だった模様。いくら妻の弟でも、ああいう輩はファミリーに入れちゃダメ。絶対に組織崩壊のきっかけになっちゃうのでね。

また夫の稼ぎがとんでもなくなっても不問状態の妻も妻で、夫が住む田舎町に口座を次々と開設するだけでなく、野球場まで作って、家もリフォームして、ビジネスパートナーの麻薬王に逢わせてもらっても、どこまでも反対の声一つ上げないのも恐ろしい話。
まさに女性は金に転ぶとはこのことか。夫を愛していたのか、夫が稼ぐ金を愛していたのか。いくら大金を稼ごうが他の女に使わない夫といい、この夫婦の愛情感覚も不思議でした。

深夜らじお@の映画館は「運び屋」さんのお仕事はお断り致しております。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/a75f9680dd702756f2d0b060aab9debd/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月28日

『ブレードランナー2049』

ブレードランナー2049奇跡を見たことがあるか。
SF映画史に燦然と輝く名作の30年後を描く35年ぶりの続編。それは映画史に残る素晴らしき傑作。
名作をなぞるのではない。名作を独自解釈で語るのではない。名作のテーマを突き詰めるがゆえに、あらゆる形で「人間性とは何か」を表現する。
その結果、「Tears in rain」は雨天の日にこそ名曲と化す。

「人間もどき」と揶揄される新世代レプリカント。物静かなブレードランナー。Kと呼ばれるその無表情な男を誰もが人造人間として見ようとするが、どうしても人間として見てしまう。

旧型レプリカント:ネクサスシリーズを「解任」という名で処分する職務を全うしているからだろうか。上司マダムが人間らしく接するからだろうか。電子彼女ジョイと慎ましく自宅で過ごしているからだろうか。それともこれがこの世界観の魅力だからだろうか。

人間には喜怒哀楽がある。愛や恐怖もある。だがこれらはレプリカントにもある。
しかし何かが足りないと我々はそこに人間とレプリカントの違いを見い出す。それは何なのか。

恐らく愛を意味し、テニス用語ではゼロを意味する「ラヴ」がその答えではないだろうか。我々は愛を感じないと、そこに人間であることを意識出来ないのかも知れない。

例えばKが移植された幼少時の記憶を自分のものだと信じたい気持ち。それは自分が何者であるかを証明したいという想いであると同時に、誰かと繋がっていたい、孤独から抜け出したいという、愛を求める願い。それらがライアン・ゴズリングの無表情ともいえる豊かな表情で表現されている。

また肉体を持たぬ電子彼女ジョイと心でしか繋がれないのは分かっている。だからこそジョイと同化したマリエットと肉体関係を持つ。でもそこにマリエットの心が見え隠れする。そんな複雑な3人の心の交わりを2人の女性が映像的に同化しながらも、動きがズレるという見事な映像で表現されている。

愛が様々な形で表現されていくたびに、我々はレプリカントが妊娠するはずがないという先入観を捨ててでも、あの遺骨がレイチェルであることを受け入れてしまう。Kがその息子であるかも知れないという偶然を願ってしまう。「ありえない」を「奇跡」に変えたいと願ってしまう。

だが、30年を経てもレイチェルの目は緑色だと即答できるデッカードの前では、ウォレスが目論むレプリカントによる生殖活動も「ありえない」から抜け出せない。「奇跡」も起こらない。

しかしジョイを失ったKには「奇跡」の意味が分かる。彼女が最後に残してくれた「愛してる」という言葉。彼女を失った喪失感。例えシステム上、怒りが込み上げてこないとしても、自分がレイチェルの息子ではなかったという虚無感が、娘の存在を旧型レプリカントと隠し続けたデッカードにアナ・ステリン博士を逢わせてあげたいという想いが、彼に愛の意味を体現させる。

前作で雨の日に「哀」と共に流れた「Tears in rain」が、35年の時を経て雪の日に「愛」と共に静かに降り注ぐラストシーン。

マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーのライブは映像データとして永遠に残すことが出来るが、その舞台を見た感動はデータとして残すことは出来ない。
同様にこの素晴らしき続編を見た感動もまた、データとして残すことなどは出来ない。

不穏と不安を煽る音楽で観客の心を掴み、照明と影を巧みに操り、漢字と日本語とハングルをワンポイントで使うことでで世界観を踏襲し、そして「人間性とは何か」というテーマを考えた者が深層心理で本当に見たかった物語を描いたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。

改めて「人間性とは何か」を問うと、「愛のテーマ」を聞きたくなる。

深夜らじお@の映画館はこの続編もまた名作と評します。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/42fae3cbd2ab8781386e0644a3ac3e48/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月23日

『あゝ、荒野 後篇』

あゝ、荒野戦え!覚悟を決めたら、どんなに辛くても逃げずに戦え!
スクリーンから目を逸らせなかった。いや目を逸らすことが逃げることだと分かっているからこそ、覚悟を決めた者たちの姿を瞼に焼き付けたかった。
これは映画史に残るボクシング映画だ。命を賭けた青春映画だ。
そして2017年を語るうえで改めて外せないと確信した映画だ。

大風呂敷を広げた前篇での人間関係を全て回収出来ていないという批判もあれど、新宿新次とバリカン建二の2人の「生き様」に焦点を当てたこの後篇には、もはやそんな批判は気にもならない。

なぜなら二木建夫が新次の父親の自殺に関係していようと、芳子とその母親が顔を合わせることがなかろうと、「自殺防止研究会」の恵子と建二に男女の交流がなかろうと、覚悟を決めた者だけが持つあの重量感の前では、それらは全て些細なことでしかないからだ。

逆に注目すべきなのは戦う男たちの「覚悟の差」だ。
例えば立花劉輝への贖罪のために戦う山本裕二と、その山本裕二をぶっ殺したいと思い続けた新宿新次。同じ「勝ちたい」ではない。「勝ちたい」と「倒したい」でもない。「敵意」と「殺意」の差だ。
その微妙でも明確な差が山本裕二を敗者にし、新宿新次に行き場のない苛立ちを残した。

一方で「新次にはなれない」というその真意を悟ったバリカン建二は、破水した西口恵子や二代目社長・石井和寿との出会いを経て、新次との友情、海洋ジムへの恩義、恵子との関係、父親との因縁、誇れる仕事、それら全てを捨ててまで欲しいものは己の手で掴み取るという道を選ぶ。
涙を流しながらも綴った手紙に込めた、「新ちゃん、あなたと戦いたい」という願いを実現させる荊の道を選ぶ。

そんな建二の覚悟に全ての関係者が向き合う。その覚悟が全ての関係者を引き戻す。海に捨てた靴が戻ってくる皮肉は自身の覚悟が中途半端だと悟り新次の元を去った芳子も、何のために生まれたのかと問うた恵子も、生きる意味を探すマコトも。

だがリングの上で繰り広げられる、勢いと手数で勝る新宿新次と相手の懐に入って重量パンチを喰らわすバリカン建二の戦いは生半可なものではない。
しかもどちらにも肩入れ出来ないこの戦いは見ているだけでも辛い。早く終わってほしいとも思えてくる。

しかしそれは覚悟を決めた2人の前では決して願ってはならないこと。だからどんな結末になろうと絶対に目を逸らさないから最後まで戦えと全ての観客が、関係者が2人を見守る。そしてラウンドを増すごとにその想いが自然と流れる涙へと変わっていく。

そんな様々な覚悟と涙が交錯するなかで語られる建二の想い。
ぼくはここにいる。だから愛して。

だが建二がカウントする新次の拳の数が増せば増すほど近づいてくる、片目が、馬場が、芳子が望まぬ結末。
それでもやっと己の手で掴み取ったこの時間を離したくない。誰よりも大切な親友とずっと拳を交えていたい。その想いに新宿新次が全力で応えてくれているこの時間を。

そんな建二に誰も立つなとは言えない。
ただ止まらぬ涙を流しながら、塞ぐことの出来ない口から洩れる嗚咽を耳にしながら、改めてどんな結末になろうと決して最後まで目を逸らさないという想いを自分に言い聞かせながら、建二が命を賭けてでも手に入れたかったこの時間を目に焼き付ける。

人は何のために生まれてくるのか。それは誰かに愛され、誰かを愛するため。
人は何のために生きるのか。それは欲しいものを己の手で掴み取るため。

あんたはアニキのように覚悟を決めて生きているのか。
人生の荒野に踏み出しているのか。
こちらを睨む新次の眼差しがそんな無言の問い掛けを投げ掛けるラストシーンに、バリカン建二の、新宿新次の「生き様」を青春映画の歴史に刻みたい。

深夜らじお@の映画館はこんな映画に出逢えたことを心から誇りに思います。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/8e57c0a396cf59cf5629585a32d67a22/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月22日

第48回衆議院総選挙

自民党の電撃解散による衆議院総選挙は、野党の共闘どころか再編がほぼ為されぬ状況下で、お約束通りに与党の圧勝で終わりそうですが、ふと前回の第47回衆議院総選挙時の記事を読んでみると、あらまぁ同じことが繰り返されているだけではありませんか。
しかも4年前も同じく選挙当日は天気が悪かったみたいですし…。

さてそんなに自民党が圧勝しても、新たな「お騒がせ問題議員」を生み出すだけなのに。それならいっそのこと48人ほどピックアップして「OSG48」にしちゃえばいいのに、枝野幸男・立憲民主党首が欅坂48の「不協和音」を十八番にしているんですから、ちょうどいいのでは?と思っちゃった今回の総選挙について、あれこれ記したいと思います。

【1】森友学園・加計学園問題
自民党が選挙で圧勝しても、全く解決されないこの「もりかけ」問題。個人的には総理の口利きはないものだと思っていますが、その一方で役人や官邸による忖度はあったと思います。
ならば行政の責任者として総理がすべきことは、疑惑の丁寧な説明よりも、問題の本質である「なぜこのようなことが起きたのか?」を解明し、対応策を立てること。
野党もそれを追求すべきなのに、安倍批判ばかり。問題の本質を分かっていらっしゃるのでしょうか?

【2】希望の党、躍進できず
小池都知事が希望の党を立ち上げた時は、いよいよ日本初の女性総理の座を狙いに動き出したのかと思いましたが、その直後に民進党からの移籍組に対する排除・選別発言で見事に失速。希望を失望に変えちゃいましたね。
まるで近鉄バファローズ解散後に優良選手ばかりを引き抜いたオリックスバファローズみたいで、そりゃ岩隈久志投手みたいに立腹した方が初志貫徹する姿に応援が集まるのは自明の理。
兵庫が元地盤も小池都知事、オリックスバファローズと楽天ゴールデンイーグルスの今期の順位と対戦成績をご存知ですか?それが希望の党と立憲民主党の未来になるかも知れませんよ。

【3】日本維新の会、消えそうです…
橋下徹氏がいなくなった途端にこの失速ぶり。やっぱり松井一郎代表のあの女々しさを前面に押し出した演説手法がダメなのかも?
まるで男にフラれたダメウーマンが「私って可哀想でしょ?」「私、こんなにも頑張ったのに!」「どうして私を認めてくれないの?」と言っているみたいなんですもん。
もっと堂々と「私にはこれだけの実力があるから、こんな実績を作った」「それを認めるかどうかはアナタ次第!」と男らしく言えばいいのにって、毎回思っちゃいました。

【4】立憲民主党、大躍進
やっぱり日本は判官贔屓なのか?いや、初志貫徹する姿にサムライ魂を感じるのかも知れない。民進党を分裂させるために代表選挙に勝った前原代表の覇気のない顔を見ると、あの代表選挙で枝野代表が勝っていたら、この選挙も動静がどうなっていたことやら。
ほんと、前回の民主党代表時といい、前原誠司議員ってトップに立つと毎回失敗されますよね。お家芸ですか?

【5】比例復活、不要論
暴言を吐いた政治家といい、おんぶされた政治家といい、小選挙区で負けても比例で復活する道が残っているというのはどうなんでしょうね?
いっそのこと、「このハゲ〜!」発言が今年の流行語候補になりそうな政治家と同じ様に無所属で出馬してくれたらよかったのに。実力があれば、無所属でも当選する方は当選しますよ。

てな訳で次の総選挙もどうなるんでしょうかね?
投票しない=意思表示をしない人ほど、政治に関心がないといいながら、現状に文句ばかり垂れているような気がするのですが、そんな方々が文句ばかり垂れておらずに、大人として意思表示をするだけで、世の中は大きく変わると思うんですけどね〜。

深夜らじお@の映画館は地方選挙も国政選挙も一度も休まずに皆勤賞を続けております。これは大人として当然の行動だと思っていますから。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

acideigakan at 23:53|PermalinkComments(0)clip!政治/経済/社会 

2017年10月20日

『アトミック・ブロンド』

アトミック・ブロンドシャーリーズ・セロンはいつ歳を取るの?
1975年生まれの現在42歳。それでこの美しさは何たることか!肌のシミやたるみはこの女優の辞書には載っていないのか。
そう思えるほど、'80sの楽曲に反応しなかった世代には、複雑で難解なストーリーよりも美しすぎるシャーリーズ・セロンにひたすら目を奪われるだけの映画でした。

氷漬けのバスタブから上がってきたシャーリーズ・セロンの裸体には無数の傷。さらに綺麗なお顔には殴られた傷や青痣まで。
そんな異様なOPから、華麗な女スパイの活躍を待ち望んでいた方の期待は大きく裏切られる。

なぜならこの女スパイ:ロレーン・ブロートンはMI6に属していながら、ジェームズ・ボンドのような華麗なアクションも披露しなければ、特殊な武器も使用しない。さらに異性をたぶらかすこともなければ、服装や容姿の乱れを気にして戦うこともしない。
上司に対しての態度もデカく、まるで「わたし、失敗しないので」と言いそうな雰囲気を醸し出しながらも、実際はあっぷあっぷな状況を切り抜けただけの、まさに優雅・華麗とは真逆の、肉弾戦ばっち来い!タイプなのである。

そんな女スパイが壁の崩壊が直前に迫ったベルリンでの仕事を語るというストーリーは、とても人物関係が難解で、時に退屈にも思えてくる。
世界中で暗躍するスパイリストを奪還するだけのはずが、怪しすぎるMI6支局員パーシヴァルに、百合関係に発展しそうなフランス諜報員ラサール、どこにでも現れるKGBに、黙ってロレーンの話を聞くだけのCIA責任者カーツフェルド。

裏切りが裏切りを生み、騙す相手に騙される展開は、途中から話を追っていくのもしんどくなるほど。個人的には少々疲れている時にこの映画を見たものだから、この謎解きを楽しめなかったのは残念無念ではあるものの、それならと期待したアクションも見ているだけでも痛々しい、鍵を頬に刺し、黒電話で殴り、車を体当たりさせて川に沈めるといったものばかり。

そしてオチはロレーンはKGBとの二重スパイサッチェルだったのか!と思わせておきながら、実はCIA所属でした…というのも、一見すれば面白そうではあるものの、逆にMI6やKGBはロレーンのことも見抜けない組織なのか?CIAはMI6やKGBよりも優れているとでも言いたいのか?とも思ってしまったのは、やっぱりこの映画に出逢ったタイミングが悪かったからなのだろう。
ほんと、この映画は体調のよろしい時にご覧になられることをオススメします。

ただ、そうは言ってもシャーリーズ・セロンの美しさだけは記憶に残ってしまうのだから、改めてこの驚異的な42歳には全てにおいて度肝を抜かされる。
特に7分半に渡る肉弾戦からカーチェイスまでをスタントなしにやってのけるのだから、その女優魂といい、演技といい、まさに現場ではデヴィッド・リーチ監督に「わたし、失敗しないので」と言い切って、このシーンに挑んでいるかのようだった。

深夜らじお@の映画館は「ドクターX」のハリウッドリメイク話があるならば、是非シャーリーズ・セロンでお願いしたいです。「致しません」の連呼もね♪

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/e4535f74acf604b8cc9f9a6b03224608/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月15日

『ブレードランナー』

ブレードランナー人間とレプリカント。どちらが命の意味を理解しているのか。
SF映画史においてエポックメイキングな作品として語ら続けているにも関わらず、劇場公開時は不人気がゆえに早々に打ち切られた伝説まで持つ、フィリップ・K・ディックの遺作を映像化したこの映画。
2019年が迫った今、改めて見るとその素晴らしさに言葉を失う。

人間と同じ形状で同じ能力まで持つレプリカントと呼ばれるアンドロイド。そんなレプリカントを奴隷のように扱う植民惑星から脱走してきた4体を始末する特捜班:ブレードランナー。
そんな設定を聞けば、今の時代なら誰もが派手なアクションを期待し、人間の傲慢さを皮肉ったストーリーを堪能したいと思うのではないだろうか。

だがこのSF映画史に燦然と輝く名作は、そんな派手なアクションもなければ、人間の傲慢さをこれ見よがしに皮肉ったストーリーも存在しない。
逆に主人公であるデッカードがレプリカントのロイに追い詰められたり、自分をレプリカントと気付いていなかったレーチェルと愛し合ったりするストーリーは、この時代だからこそ、新鮮に感じるかも知れない。

そもそもレプリカントの反乱を恐れてその寿命を4年としたことに対して、人間の側から見れば、それはまさしく「保険」以外の何物でもないが、レプリカントの側からすればどう思うかなど、この作品で描かれるまで多くの方は考えたこともなかったのではないだろうか。

感情が芽生えぬ間はただのロボットでしかなかったレプリカントも、感情が芽生えてしまえば、そこに人間との垣根はほぼなくなったも同然になってしまう。
それは人間の側からすれば、ある意味恐怖だ。見た目も感情も同じとはいえ、根本が違うものに恐れを抱く人間には所詮受け入れることが困難な存在なのだから。

しかしレプリカントの側からすれば、限られたごく短い寿命は、己が経験してきた悔しさや哀しみ、愛しさといったもの全てが無にされてしまう切なさでしかない。だからこそ、そのタイムリミットを解除してほしいと願うのも当然の話なのだ。

ロイがデッカードを追い詰めた先で命の灯が消える前に独白した内容もそんな切なさが滲み出ているようにも思える。
そしてそんな彼の想いは、レーチェルというレプリカントを愛してしまったデッカードだからこそ、伝わることが出来たのではないだろうか。

ただユニコーンの夢といい、レーチェルと逃避行を決行する前に玄関で見たユニコーンの折紙といい、デッカードもレプリカントではないかという疑惑を残すラストシーンに関しては、個人的には彼は人間であって欲しいと願ってしまう。
レプリカントだから同種の気持ちが分かるではなく、人間でも異種の気持ちが分かる方がヴァンゲリスの「愛のテーマ」がより心に響くからだ。

芸者印の「強力わかもと」の映像が強烈に残る映像があまりにも有名だが、果たしてヴァンゲリスからハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュに代わった音楽も含めて、どこまでオリジナル要素を出して観客を楽しませてくれるのか。
前作から30年後を舞台にした、35年ぶりの続編『ブレードランナー2049』が楽しみでならない。

深夜らじお@の映画館は「愛のテーマ」を聞くとABCアシッド映画館が放送終了を迎える午前3時もしくは午前4時の淋しさを思い出してしまいます。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/c23fb4cd4953c87cd5856ff09850f2d6/3f こねたみっくすgoo版

2017年10月13日

『猿の惑星:聖戦記』

猿の惑星聖戦記ところでチャールトン・ヘストンと自由の女神は?
う〜ん、何なんだろか、この消化不良な気持ちは…。
映画はとにかく面白い。あの偉大なる1作目へ通ずる様々な布石も満載な上に、シーザーの苦悩や彼を演じ続けたアンディ・サーキスの素晴らしい演技も堪能出来る。
でもこの映画を見て、次に1作目を見たいとは思えなかった…。

「いかにして地球は猿の惑星へと変わったのか」ではなく、「なぜ人類は言葉を失い、猿類が言葉と知能を得るようになったのか」を描いているこの前日譚最終章は、『スター・ウォーズエピソード3/シスの復讐』のように、徐々にシリーズの原点である1作目へと近づく高揚感を煽るようなシーンを期待した者にとっては残念にも思える作品だ。

もちろんこの映画は面白い。『新世紀』でのコバとの一件を経て、人類とは離れた山奥での平穏な暮らしを奪われたシーザーが復讐の鬼へと変わっていく苦悩といい、冷静さを失ったがために仲間に虐待とも言える強制労働をさせてしまう辛さといい、まさに1作目へと繋がるための前日譚というよりは、シーザーの生き様を描いた作品に昇華しているからだ。

またカーツ大佐のようなウディ・ハレルソン大佐が我が子の命を奪ってまでも人類の退化を止めようとした背景には、人類の無謀な進化の代償が、逆に人類の退化だけでなく、猿類の異様な進化になってしまったのも、ある意味人類の愚かさの象徴とも言えよう。

だからこそ、様々な戦争映画へのオマージュで彩られたこの作品は、まさにシーザーをモーゼのように、猿類の収容所脱出を「出エジプト記」のようにも描いてる。争い合う人類を巻き込んだ雪崩も海割れといったところだろう。

ただこの前日譚最終章には、チャールトン・ヘストンを意識させるような俳優も出てこなければ、自由の女神もNYも出てこない。『創世記』で描かれた行方不明になった宇宙船も、「行き先NY」の飛行機も完全に忘れ去られている。

前日譚シリーズがシーザーの生き様を描くシリーズへと変化した、つまりは地球が乗っ取られる前にストーリーが猿類に乗っ取られたのだから、ある意味仕方のないことなのかも知れないが、それでもあの偉大なる1作目までに空いたタイムスパンを考えると、もう1作品くらい撮れるのではないかとも思えてしまう。シーザーが命の灯を静かに消し去って終わりでは物足りないとも思えてしまう。

恐らくそれは私がまだこのシリーズを「人類目線」で見たいという想いが強いからだろう。地球もストーリーも猿類に乗っ取られても、私のこのシリーズへの期待値だけは乗っ取られたくないという深層心理もあるからだろう。

でも前日譚シリーズである以上、やはり求めてしまうのは今作を見た後に改めて1作目を見てみようと観客に思わせる。個人的にはこれではないかと思うのである。『スター・ウォーズエピソード3/シスの復讐』で味わったあの高揚感なのである。

そんな高揚感がなかったのは残念ではあったものの、バッド・エイプのコミカルさといい、ルカに代わるロケットの勇ましさといい、モーリスの参謀ぶりといい、もはや猿というよりは猿の風貌をした人間の役者のようにしか見えなかったこの作品の映像技術は素晴らしいとしか言い様がない。

けれども1作目を見た時の、あの猿の仮面を被った様がより宇宙人ぽく見えた怖さと比べると、どうしても残念というか、消化不良の気持ちが強くなってしまうのは私だけだろうか…。

深夜らじお@の映画館はウディ・ハレルソン大佐が後頭部をカミソリで剃る姿が衝撃でした。スキンヘッドさんたちはあんなにも器用なのか!

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

■TBアドレス:http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/d51d07eadeb32fa6d732a038ced3a0a4/3f こねたみっくすgoo版

昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る
Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載