2017年02月18日

『たかが世界の終わり』

たかが世界の終わり家族はあなたが望む港ではない。
親しき中にも礼儀あり。例え家族であってもその例外に漏れないはずなのに、誰もが望む。家族だから分かってくれるだろうと。その甘えが家族をまとまりのない集団へと変えることも理解せずに。
だがそれでも愛する家族には変わりない。例え私が死ぬとしても、それはたかが私の世界が終わるだけだから。

ケベックの美しき天才:グザヴィエ・ドランが描く、とある家族。その物語の中心にいるのは劇作家として成功したルイ。12年ぶりに自分の死が近いことを家族に伝えるために帰郷したルイ。

冒頭、ルイがタクシーで帰郷するシーンで彼が見た様々な人たちの表情が描かれる。談笑する者、余所者に警戒心を強める者、走るタクシーさえ気に留めない者。その誰もに家族がいる。帰るべきはずの家がある。

けれど「家族」という言葉を聞いて好意的な印象を持つ者もいれば、そうでない者もいる。
幼少期に会って以来の再会となる妹シュザンヌは次兄ルイを有名人として、騒がしい母マルティーヌは息子ルイを成功者として、天邪鬼な長兄アントワーヌは弟ルイを嫉妬の対象として、アントワーヌの妻カトリーヌは義弟ルイを初対面の他人として接する彼らは恐らく本心では前者でも、その言動は外からは後者にしか見えない。

ではなぜこの家族には言い争いが絶えないのか。それはここに父親がいないからではないだろうか。
恐らくこの家族の言い争いは昔からあったもの。それを父親が一喝して収めていたのだろうが、その重しがなくなった途端、家族だから分かってくれるはずという甘えが素直になる心を忘れさせ、こんな家族へと変貌させたのではないだろうか。

だからルイも家を出たのではないだろうか。だから彼にとって12年ぶりの帰郷で最も話し易かったのは元は他人でもある義姉カトリーヌではなかったのではないだろうか。

人は誰でも相手を想い、言葉を選び、会話をする。特に相手が他人であれば、人は誰でも無闇に言葉を選ばない会話はしない。礼儀を弁えた言動をとる。
でも相手が家族となると、相手を想う優しさを忘れる。言葉を選ぶ慎重さを忘れる。会話をするという大切さを忘れる。ただただ相手が「家族だからという理由だけで」自分の話を聞いてくれると思い込んで。

この家族が言い争いをすることで絆を保てるのなら、間違いなくその輪に入ろうとしないルイは「他人」である。
けれど、そんな言い争いが絶えない家族でも大切にしたいという想いを優先させるルイは間違いなくここの「家族」でもある。

彼がデザートの時間に兄アントワーヌの妄言に付き合い、急に帰ると言い出したのも、彼なりにどの選択をすれば家族が傷つかないで済むかを一人で悩み抜いた結果だろう。
兄一人を悪者にするよりも、ここで自分が身を引けば少なくとも現状より家族の関係性が悪くなることはないだろうと。

しかしそこにはルイの意志が存在していない。12年ぶりに帰郷して、自分の死期を伝えて、その後家族にどうして欲しかったのかというのが彼の望みだったはず。
なのに、その望みさえも言葉にせず、彼は言い争いの絶えない家族を残して実家を去る。まるで外に出られずに死んだ小鳥のように、自分一人が死んだところで誰も気に留めないだろう。たかが私の世界が終わるだけではないかという悲しい背中を見せながら。

けれどそれは彼なりのこの家族への愛情表現。12年ぶりの帰郷により他人のような状態でもこの家族と共に育った人生。そこに家族に対する愛がないはずがない。
でもその愛情表現がこんなにも切ないのは、天邪鬼な兄が、浮き立つ妹が、騒がしい母が、何も関わろうとしない義姉が、ルイが大切にしている「家族であっても親しき中にも礼儀あり」という大切な心を忘れてしまっているからだろう。

昔のゲイの恋人がガンで死んだ。その恋人に逢いに行ける。もしルイがそう思ってしまっていたのなら、「たかが世界の終わり」は彼なりの強がりでもあるが、そんな悲しい強がりなんて家族には必要ない…。

深夜らじお@の映画館はグザヴィエ・ドランの登場人物の表情を上下左右多角的に撮るカメラワークも選曲センスと同じく凄い才能だと思います。

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2017年02月16日

第70回英国アカデミー賞

アカデミー賞発表前の最期の前哨戦、英国アカデミー賞。その結果が発表されました。
うむ、これでオスカーの行方もほぼ決まりですな。

【作品賞】
『ラ・ラ・ランド』

【英国作品賞】
『わたしは、ダニエル・ブレイク』

【監督賞】
デイミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』

【主演男優賞】
ケイシー・アフレック『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

【主演女優賞】
エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』

【助演男優賞】
デヴ・パテル『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』

【助演女優賞】
ヴィオラ・デイヴィス『Fences』

【脚本賞】
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

【脚色賞】
『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』

【撮影賞】
『ラ・ラ・ランド』

【編集賞】
『ハクソー・リッジ』

【プロダクションデザイン賞(美術賞)】
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

【衣裳デザイン賞】
『ジャッキー/ファーストレディ最後の使命』

【メイクアップ賞】
『マダム・フローレンス!夢見るふたり』

【音響賞】
『メッセージ』

【視覚効果賞】
『ジャングル・ブック』

【作曲賞】
『ラ・ラ・ランド』

【アニメ作品賞】』
『クボ・アンド・ザ・トゥー・ストリングス』

【ドキュメンタリー賞】
『13th-憲法修正第13条-』

【外国語映画賞】
『サウルの息子』(ハンガリー)


アカデミー最多タイ14部門ノミネートの余波をさほど受けないのがさすが英国アカデミー賞。なるほど、この部門は『ラ・ラ・ランド』が制し、この部門は他の作品が受賞したかというのが面白い結果になっていますね。
しかし興味深いのはNY批評家協会賞、LA批評家協会賞、全米批評家協会賞では監督賞を制しているのは『ムーンライト』のバリー・ジェンキンズ、主演男優賞はNYと全米の批評家協会賞でもケイシー・アフレック、作品賞はNYが『ラ・ラ・ランド』でLAと全米は『ムーンライト』と見事に分かれているんですよね。
さて時代が悪くなるとミュージカル作品が受賞するオスカーの歴史に倣い、作品賞は『ラ・ラ・ランド』でも監督賞はどうなることやら?
まさか『ラ・ラ・ランド』が『カラーパープル』の記録を超えることはないとは思われますが…。

てな訳で監督賞の結果も凄く楽しみになった第89回アカデミー賞の受賞結果発表は日本時間では2月27日です!

深夜らじお@の映画館は今年も前日までにアカデミー予想をします。

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2017年02月11日

『サバイバルファミリー』

サバイバルファミリー電気がつかなければ、つけた知恵を使えばいい。
あれ?矢口史靖監督作品なのになぜか笑いが少ないぞ。声を出して笑えるようなコメディではなく、結構マジメに映画を撮っているじゃなイカ!
だからこそ、より一層心と頭に刻み込まれる「電気で成り立つ生活」が当たり前ではイカンという現実。電気なしでも生き延びよ!

スマホのある生活が当たり前どころか、ありとあらゆるものが電気なしでは成り立たない生活体系になってしまった現代社会。あれもこれも電気なしでは使えないだけならまだしも、電気なしではあれもこれも出来ないでは生きていくことさえも出来ない社会になっていることを多くの方は実感出来ていない現代社会。

阪神大震災や東日本大震災を経験された方なら誰しもが電気のない生活がどのようなものかを知ってはいるものの、この広い日本では逆にそういった方は少数派。大多数の方はちょっと待てば電気が復旧するだろうという安易な考えを捨てられずに生活していることにさえも気づいていないのが現実。

だからこそ、口先だけで実は何にも出来ない団塊世代の代表格でもある鈴木家の父親・義之は電気消滅による東京脱出後も何をやっても成功しないどころか、偉そうに言うだけで何の役にも立たない。
また片思い中の大学生でもある息子の賢司も、スマホでの会話が出来ないと現実世界での人間関係もロクに結べない女子高生でもある娘の結衣も、電気がない生活を知らないためになかなか現実を受け入れられないが、そこは若さが勝るのか、徐々に現実に対応していく様は父親よりはマシなもの。

ただどこの家庭でも同じように、やはり一家の「本当の」大黒柱は母親。ペットボトルの水を安く買い叩いたり、家族の喧嘩を「お父さんが頼りないのは始めから分かっていることでしょ!」と仲裁したりと、その活躍ぶりはさすがの一言。

そんな家族4人が自転車で向かうのは母親・光恵の実家・鹿児島。猫缶を食べ、精製水を飲み水にし、顔が整い過ぎの時任一家から新たな知恵を授かり、通天閣の下で家族分裂の危機を乗り越え、神戸・須磨水族園で桂雀々さんから配給品切れを宣告されながらも、岡山で親切な田中さんの世話になりながら家族の絆と逃げ出した豚を取り戻し、山口で一家離散の危機と野犬の襲撃を乗り越え、やっとのことで辿り着いた鹿児島の地。

それまで父親らしいことを何も出来なかった義之が父親らしく我が身を捨ててでも家族を守り、子供たちが一切口にしなかった「お父さん」という言葉も飛び交い、それでも発煙筒が離れ離れになった家族の再会を演出し、形見の品にされかかった父親の部分カツラはお役御免になるも、子供たちが親の馴れ初めを初めて聞き、電気のない生活がこの鈴木家に会話と笑顔を取り戻したことは、震災当日の夜、家族が全員同じ部屋で各自の貯金箱や財布を枕元に置いて並んで眠りに就いた我が身の経験を思い出させるもの。

だからこそ思うことは、やはり情報が安易に入手できる時代だからこそ、「いざ」という時のための知恵はつけておかねばならないという事実。電気がないと使えないものなんて電気がなければ所詮は無用の長物。電気がなくても使えるものでどう生き延びるか。それを知らない者はこの地震の多い日本列島では生きてはいけませぬからね。

てな訳で竹中直人を探せ!が今回もなかったのが残念ではあったものの、高速道路を封鎖しての撮影だけでなく、SLを走らせたり、日本各地で大規模なロケを敢行したりと、かなりの製作資金を掛けているのがよく分かる映画に三つモノ申す!

一つ、
須磨水族園で魚を全部食べちゃうということはラッコもイルカもペンギンも食されてしまったの?それは悲しすぎるじゃあ〜りませんか!
二つ、
野犬たちのあの緊張感のなさは何とかなりませんでしたの?こういうところにもっとお金を掛けるべきだったのでは?
三つ、
3ヶ月以上掛けて東京から鹿児島まで自転車で移動してゲッソリ痩せない鈴木家の中でも特に男性陣の髭が全く伸びていないのはなぜ?私なんて10日間髭を伸ばしただけで愛犬に不審者と思われて吠えられた経験があるのに!

深夜らじお@の映画館は電気がなくても多少は暮らせる自信があります。

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2017年01月31日

2月戦線映画あり!

世界中の映画ファンが待ち望むアカデミー賞の発表がある2月。授賞式までに候補作を見れるなら一本でも多く見ておきたい者としては、この1ヶ月はまさに正念場。
でも最近職場ではインフルエンザの流行もあって人員が足りず、休日出勤も多々ある状態。映画を見る時間も作るのが大変なら、健康を維持するのも大変。
果たして私のこの1ヶ月はどうなるのでしょうか?
てな訳でそんな2月公開の注目作をピックアップしたいと思います。

【2/3〜】
●『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』
ティム・バートン監督最新作。

【2/4〜】
●『ニュートン・ナイト/自由の旗をかかげた男』
白人と黒人の友情は南北戦争時代から存在していたのですよ、新大統領!

【2/10〜】
●『王様のためのホログラム』
トム・ハンクス主演なのに公開規模が小さい!
●『マリアンヌ』
ロバート・ゼメキス、ブラッド・ピット、マリオン・コティヤールなのに公開規模が小さい!

【2/11〜】
●『相棒-劇場版-首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断』
タイトルが長い!多分劇場での待ち人の列も長い!
●『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』
難民問題、ドキュメンタリーにて。
●『サバイバルファミリー』
矢口史靖監督最新作。
●『たかが世界の終わり』
グザヴィエ・ドラン監督最新作!
●『ホワイトリリー』
放課後に好きな女の子の笛を舐めていた中田秀夫監督、初のロマンポルノ。

【2/18〜】
●『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』
ジェイク・ギレンホール、亡き妻を想う旅に出る。
●『一週間フレンズ』
アニメ版の良さが壊されないことをお祈り申し上げます。
●『もっと猟奇的な彼女』
なんで続編なんて作っちゃったの?

【2/24〜】
●『ラ・ラ・ランド』
今年の作品賞は恐らくこのミュージカル作品だ!
●『トリプルX 再起動』
いったい何年ぶりの続編だ?

【2/25〜】
●『彼らが本気で編むときは、』
荻上直子監督最新作。
●『素晴らしきかな、人生』
名作『素晴らしき哉、人生』とは別物?

てな訳で2月の注目作は
『ラ・ラ・ランド』
『たかが世界の終わり』
『サバイバルファミリー』
『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』

深夜らじお@の映画館は今年もアカデミー賞直前予想を行います。

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acideigakan at 23:52|PermalinkComments(6)TrackBack(4)clip!映画予告編 

2017年01月30日

『ドクター・ストレンジ』

ドクター・ストレンジだまし絵を動画で見ているような映画だ!
もう訳が分からん!いったい何がどないなってるのやら訳わかめ…という表現しか出来ないほどにぶったまげた映像が圧巻すぎるではないか!まさかこの時代に映像に酔いしれる作品にまた出逢えるとは思いもしなかった。
もう今年のアカデミー視覚効果賞はこの作品で決まりでしょう!

マーベルの新たなヒーローは最新技術にも破壊的なパワーにも頼らない魔術師という設定がとにかく新鮮なうえに、安易にヒロインが戦いの中に巻き込まれるという定番の設定もなければ、主人公がこれまでの経験をダイレクトに用いる展開が妙に心地よく感じるこの作品。

特にミスターもマスターも断り、とにかくドクターに固執するスティーブン・ストレンジが交通事故により両手の細かい感覚を失ったことで医者の道を完全に忘れるのかと思いきや、技術を披露する術は失っても医学的知識は失っていないのだから、新たなる魔術の道を歩んでもこれまでに得た知識はバンバン使いまっせ!という精神的強さも面白いこと。

しかもさすが医者というだけあって、魔術の鍛錬も覚えが早ければ忍耐という面でもすぐにその頭角を現すうえに、あれだけ傲慢な態度を何とかしなさいと魔術師匠のエンシェント・ワンに言われても「時と場合を選んで控えます」程度にとどめてしまうのに、なぜかこれが憎めないのだから、このキャラクターはこれまでのマーベルヒーローと比べても異質なのに特質で面白いこと。

さらに面白いのはエンシェント・ワンが闇の魔術を使って長寿を維持していたということを知っても、マジメ一筋のモルドとは違い、「そりゃ、人それぞれ事情があるんやから仕方ないやろ」と理解を示す彼には、世界を救うという正義感もそれほどある訳でもない。

むしろ教本の一部しか読んでいないカエシリウスが自分の無知も知らずに勝手に行動されるとNY支部を任されているこっちにも迷惑掛かるねん…とばかりに、「ほんま、しゃーないヤツやな〜」とゼロッツ軍団の阻止に向かう様も面白いので、そんな彼がどうやって敵を倒すのかと思えば、何と敵を倒さず交渉でまとめるという展開にも驚き。

しかもその手段も医者の必須分野である忍耐を用いて「エンドレスエイト方式」でストロング・ゼロッツが交渉に乗るまで同じことを繰り返すのだから、まさに腕力よりも知力で勝負するこのヒーローはやっぱり異質だけど面白いと思えてくること。

なのでモルドが去っても内心では「アイツの頭では今はまだ理解でけへんかな」「でもまた理解出来る日がくるやろ」「それまでのんびり待とか」と考えているような余裕ぶりもいいではありませぬか。

だからこそEDロール途中では、まさかまさかのトニー・スターク社長でもニック・フューリー大佐でもなく、神様ソーと交渉しているではないか!神様の身内話にも一枚嚙んでしまうこの度胸と頭脳。医者が魔術師になると神様と同等に渡り歩けるのか!と笑いも止まらなくなること。こりゃシリーズ化がますます楽しみで仕方ないですな!

てな訳で『インセプション』の映像がもはや前時代だと思わせるこのとんでもない映像技術を語ろうにも、あれを言葉でどない語ればいいねん!ただただ大きなスクリーンで見てほしいとしか言えない、そんな映画に出逢えるなんて…。まさに『マトリックス』に次ぐ衝撃的な映画でした。

深夜らじお@の映画館は常に口が半開き状態のティルダ・スウィントンのスキンヘッド姿が妙に色っぽく見えてしまいました。

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2017年01月29日

『ヒトラーの忘れもの』

ヒトラーの忘れもの戦争の後片付け。そこに愛は存在出来るのか。
ナチスドイツが去ったデンマークで実際に行われたという、捕虜となったドイツ人少年兵による地雷撤去作業。非人道的兵器を非人道的手段にて行うという憎しみの連鎖を断ち切ることこそが戦争の後片付けなのに、なぜ大人の尻拭いを明日を夢見る少年たちに強いるのか。

LAND OF MINE:俺の国だ。この言葉を連呼するデンマーク人軍曹のラスムスン。そこにはナチスだけでなく、ドイツ人に対する憎しみしか存在しない。
だからこそ、彼が浜辺の地雷撤去に駆り出された少年兵たちに慈愛の眼差しどころか、同情の眼差しさえも向けることは一切ない。なぜなら彼らは母国を侵略したドイツ人でしかないからだ。

しかし食料の調達さえも行われない現場で、空腹のあまり家畜の餌を食べたがために体調を崩したドイツの少年たちを見て思う。近隣農家の主婦が「いい気味だわ」と体調を崩した少年たちを嘲笑う姿を見て思う。本当にこれは正しいことなのかと。

憎しみを憎しみで返す。母国を侵略されたから捕虜に非人道的作業をさせる。当然の報いだと誰もが言う。
だがそこにはこの少年たちにも「LAND OF MINE:俺の国」という言葉があることを忘れさせているという事実も存在している。
ただ親兄弟に逢いたいだけで帰国を願うのではない。荒れ果てたからこそ自分たちの手で復興させねばならないという愛と希望で帰国を夢見る少年たちの母国だ。

戦争は大人が始めたことだ。だから戦争の後片付けも本来なら大人がすべきことだ。
でも軍曹の目の前では母国を復興させると夢見た少年たちが一人また一人と地雷撤去作業中に命を落としていく。それを見過ごすことは大人として正しいことなのか。

そんな軍曹が自問自答しながら少年たちと共に過ごす時間を作る。時にサッカーを楽しみ、時に浜辺を走り、時に沈む夕日を共に見ながら話す。

しかし憎しみの連鎖を断ち切ることは容易ではない。愛犬が地雷により命を落とすと軍曹も平静を保てなくなる。だから悪いのは地雷撤去作業を怠ったドイツ人だと怒る。彼らに地雷撤去作業が終わった浜辺を列になって歩けという非人道的な命令も下す。

でも本当は自分たちデンマーク人が見落としていた地雷ではないかという疑念が軍曹の中で罪悪感となっていく。大人の尻拭いを少年たちにさせているという意味では憎きナチスと同じではないかと。

だから軍曹は彼ら少年兵を一人でも多く母国へ帰したいと願う。農家の娘が地雷原で遊んでいた時も勇気ある少年たちが彼女を救おうと必死になった姿に、兄を作業中に失い、自らも冷静さを失った弟が自ら命を絶った姿に、一人の大人として思う。
憎しみの連鎖を断つには愛が必要だ。寛容が必要だ。相手を想う優しさが必要だ。

なのに撤去作業中の一人の少年兵が「つい」気を抜いてしまったがために、トラックに積まれた信管を抜いた地雷が多くの少年たちの命を奪う。白い浜辺に対を為す青い空に白煙が上がる映像が軍曹にも恐怖と悲しみを植え付ける。

それでも残った4人の少年たちだけでも母国に帰したい。
軍上層部が彼らを新たなる地雷原に送り込んだとを聞いて、大人として約束通り彼らを帰国させることこそが自分の責務だと確信した軍曹が新たなる任務地から少年兵たちを呼び寄せる。
そして国境付近で彼らをトラックから下し、走って母国に帰るように促す。

軍曹は敵兵を帰国させたのではない。ドイツ人を母国に帰したのではない。ただ自分と同じように母国を愛する少年たちを帰したのだ。
その大人が子供に向ける愛に一人の少年兵が振り返る。その様子を軍曹はただただ見つめる。これが大人としての責務だと信じている男の姿が夕陽に眩しく映る。

2,000人の少年兵が150万基の地雷を撤去した史実。その半数の少年兵が無事に帰国出来なかった史実。

世界の独裁者たちよ、ポピュリズムに走る政治家たちよ。
あなたたちに大人としての責務を果たす信念はあるのか。

深夜らじお@の映画館はこういう映画こそ新しいアメリカ大統領にも見て欲しいと思いました。ただ彼が理解出来るかどうかは分かりませんが。

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2017年01月25日

第89回アカデミー賞ノミネート

世界中の映画ファンが注目する第89回アカデミー賞のノミネートが発表されました。今年は何と言っても「キング・オブ・ザ・ワールド!」以来の歴代最多14部門にノミネートという快挙を成し遂げた『ラ・ラ・ランド』。さてこのミュージカル映画がいったい何部門受賞するのか、これは楽しみでなりませんよ!
てな訳で現地時間2月26日に受賞結果が発表される第89回アカデミー賞ノミネーションはイカの通りでゲソ。

【作品賞】
『ラ・ラ・ランド』
『ハクソー・リッジ』
『メッセージ』
『Hidden Figures』
『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
『ムーンライト』
『Fences』
『最後の追跡』
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

【監督賞】
デイミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』
メル・ギブソン『ハクソー・リッジ』
ドゥニ・ヴィルヌーヴ『メッセージ』
ケネス・ローガン『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
バリー・ジェンキンス『ムーンライト』
トム・フォード『ノクターナル・アニマルズ』

【主演男優賞】
ライアン・ゴズリング『ラ・ラ・ランド』
アンドリュ・ガーフィールド『ハクソー・リッジ』
ケイシー・アフレック『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
デンゼル・ワシントン『Fences』
ヴィゴ・モーテンセン『はじまりへの旅』

【主演女優賞】
エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』
イザベル・ユペール『Elle』
ナタリー・ポートマン『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
ルース・ネッガ『ラビング 愛という名前のふたり』
メリル・ストリープ『マダム・フローレンス!夢見るふたり』

【助演男優賞】
ルーカス・ヘッジ『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
ジェフ・ブリッジス『最後の追跡』
デヴ・パテル『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
マハーシャラ・アリ『ムーンライト』
マイケル・シャノン『Nocturnal Animals』

【助演女優賞】
ミシェル・ウィリアムズ『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
ナオミ・ハリス『ムーンライト』
ニコール・キッドマン『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
オクタヴィア・スペンサー『Hidden Figures』
ヴィオラ・デイヴィス『Fences』

【脚本賞】
『ラ・ラ・ランド』
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
『最後の追跡』
『ロブスター』
『20th Century Women』

【脚色賞】
『ムーンライト』
『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
『メッセージ』
『Hidden Figures』
『Fences』

【撮影賞】
『沈黙-サイレンス-』
『ラ・ラ・ランド』
『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
『ムーンライト』
『メッセージ』

【編集賞】
『ラ・ラ・ランド』
『ハクソー・リッジ』
『メッセージ』
『最後の追跡』
『ムーンライト』

【録音賞(音響調整賞・音響賞)】
『ラ・ラ・ランド』
『ハクソー・リッジ』
『メッセージ』
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
『13時間 ベンガジの秘密の兵士』

【美術賞】
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
『ラ・ラ・ランド』
『メッセージ』
『ヘイル、シーザー!』
『パッセンジャー』

【衣裳デザイン賞】
『ラ・ラ・ランド』
『マダム・フローレンス!夢見るふたり』
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
『マリアンヌ』
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

【メイクアップ賞】
『スター・トレックBEYOND』
『幸せなひとりぼっち』
『スーサイド・スクワット』

【音響編集賞】
『ラ・ラ・ランド』
『ハクソー・リッジ』
『メッセージ』
『ハドソン川の奇跡』
『バーニング・オーシャン』

【視覚効果賞】
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
『Kubo and the Two Strings』
『バーニング・オーシャン』
『ドクター・ストレンジ』
『ジャングル・ブック』

【作曲賞】
『ラ・ラ・ランド』
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
『LION/ライオン〜25年目のただいま〜』
『ムーンライト』
『パッセンジャー』

【主題歌賞】
『ラ・ラ・ランド』
『モアナと伝説の海』
『ラ・ラ・ランド』
『Trolls』
『Jim:The James Foley Story』

【アニメ作品賞】
『Kubo and the Two Strings』
『モアナと伝説の海』
『My Life as a Zucchini』
『レッドタートル ある島の物語』
『ズートピア』

【長編ドキュメンタリー賞】
『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』
『I Am Not Your Negro』
『ぼくと魔法の言葉たち』
『O.J.:Made in America』
『13TH-憲法修正第13条-』

【外国語映画賞】
『ヒトラーの忘れもの』(デンマーク)
『幸せなひとりぼっち』(スウェーデン)
『セールスマン』(イラン)
『Tanna』(オーストラリア)
『ありがとう、トニ・エルドマン』(ドイツ)

とにかく『ラ・ラ・ランド』の圧巻ぶりにただただ驚くばかり。もしかしたら歴代4作品目になる最多11部門制覇も夢ではないかも。
さらに驚きといえば助演部門における非白人率の高さ。近年アカデミー賞が白人だけの賞レースと言われ問題になっていた反動にしては大きすぎるほどのこのメンツ。さて誰がオスカー俳優になるのか、こちらも楽しみですよ。

まぁ、何はともあれ昨年以上に楽しみな第89回アカデミー賞の受賞結果発表は日本時間では2月27日です!

深夜らじお@の映画館は今年も前日までにアカデミー予想をします。

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2017年01月24日

『ザ・コンサルタント』

ザ・コンサルタント一種のヒーローものとしては面白い。けれど難点が多すぎる。
ベン・アフレックの新たなるヒーローものとして是非シリーズ化を望みたいほど、面白くなる要素が満載。ただそれが「面白くなる要素」から抜け出せていないのが、とにかく残念でならない。
だからこそ、あえてこの作品を導入モノとして受け入れるので、是非シリーズ化を!

昼間は地方のしがない会計士。ただ世界各地で裏稼業の帳簿を握る仕事もこなす会計士。しかも用意周到な暗殺稼業まで営む男、クリスチャン・ウルフ。
これまでも多数存在した、いわゆる「2つの顔を持つ男」の最新版は主人公を自閉症という環境においているがために、多方面にわたるズバ抜けた才能がとにかく凄い。

たった一晩で大企業の15年間に及ぶ膨大な帳簿から不正を見つけ出す数学力、どんなに長距離でも確実に標的を仕留めるライフルでの狙撃力、、『ザ・レイド』でもお馴染みのシラットも使いこなす体術、そして倒した相手には必ずトドメを刺す完璧主義。

ただなぜかこの映画は盛り上がりに欠ける。これだけ「面白くなる要素」は満載なのに、そろそろ面白くなるかな?と思わせては、なかなか観客を興奮の渦には巻きこんでくれない。

その理由はやはり映画の構成とキャストの使い惜しみにあるのではないか。
特に構成においては、クリスチャン・ウルフの過去を現在とリンクして描いている割には、程よく疑問点を解決しないどころか、なぜそこを描いてくれないのかという点がそのままクライマックスからラストへ向けての謎解きに直結してしまっている。

なので、宿敵だと思われたブラクストンが、姿を見せず電話でしか後方支援をしてくれない女性が、実は弟だった、幼少期にパズルのピースを拾ってくれたリタだったという驚きにならない。本来ならもっと驚いてもいいはずなのに、その盛り上がりに欠ける。

さらにJ・K・シモンズやアナ・ケンドリックといった個性派俳優たちの起用法もただただ勿体無い。そのJ・K・シモンズ演じるレイモンド・キングの後継者となったメリーベスがクリスチャン・ウルフの正体に辿り着いても何もしないのもただただ勿体無い。

だからこれだけ「面白くなる要素」が満載なのだから、自然とこれら難点はシリーズ化における導入部分での「まだまだ見せないよ」「これから登場人物たちの絡み合いが始まるんだよ」というネタフリだと勝手に解釈したくなる。
いや、そう解釈しないとこの映画には不満しか残らなくなってしまう。これだけ魅力的なキャラを、魅力的な俳優を多数揃えておきながら、それが活かされない状況に不満だけを並べてしまいたくなる。

クリスチャン・ウルフが物事に集中する前に両方の指に息を吹きかける仕草など、「これからクリスチャン・ウルフの本気が始まるぞ」という憎たらしいくらいに粋なものだけに、こんなにも存在する「面白くなる要素」を是非「面白い要素」に昇華していただきたい!
よろしくお願いしますよ!

深夜らじお@の映画館はベン・アフレックは無口でヲタクっぽい役が似合っていると思います。

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2017年01月22日

『沈黙-サイレンス-』

沈黙-サイレンス-ここにはいない神を信じるのか。それともここにある現実を受け入れるのか。
なぜ神は沈黙するのか。「信じる」とはいったい何なのか。ほぼ音楽のない映画が問い掛ける。28年間の想いを経て遠藤周作先生の原作を映画化したマーティン・スコセッシが問い掛ける。
だが本当に神は沈黙しているのだろうか。

神を信じることは尊いことである。素晴らしいことである。だからこそ遠き島国・日本で師匠でもあるフェレイラ神父が棄教したと聞けば、弟子のロドリゴとガルペはその噂を疑うのは当然である。神のご加護を信じる者として当然である。

しかし江戸幕府が切支丹を激しく弾圧する長崎では、日々信仰を捨てない者たちが怯えながら暮らし、時には惨たらしい形で処刑されていく。
長崎では神のご加護がもたらされていないのか。水磔にされたモキチが落命した映像が、まるで塚本晋也の細い右腕が千切れてしまうのではないかと思わせる映像がそんな疑問を投げ掛ける。

だからこそ信仰を捨てているようにも見えるキチジローが卑怯者にも思えてくる。処刑されていく村人を目の当たりにしては苦悩するロドリゴとガルペの安否が心配になる。隠れ切支丹を弾圧する江戸幕府の精神的弱さに怒りを覚える。

けれど奉行の井上がロドリゴに語る言葉に、不気味な笑みを絶やさない通辞がロドリゴに説明する言葉に、それらが一方的な視点でしかないことに気付かされる。
役人たちは誰もが百姓の心根までは干渉しない。ただこの国のルールとして形だけでいいから踏み絵を行えと「妥協案」を提案しているにすぎないからだ。

だが百姓たちはその妥協案を受け入れない。ロドリゴたちも受け入れない。神を信じる者としてそんなことは出来ないからだが、果たしてそれは本当に正しいことなのだろうか。

神は「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい」と説かれた。ならば、そんな神が「信仰を守るために、私の絵を決して踏んではならない」と説かれるだろうか。愛を説く者が信徒の命を危険に晒すことを強いるだろうか。

神は沈黙する。だからこそ信徒はその沈黙を自分にとって有益なものとして理解しようとする。別の言い方をすれば、自分にとって都合のいいものとして勝手に理解しようとする。
それは井上奉行の言葉を借りるならば、「相手の話を聞かない、賢明でない者」の行動だ。神の存在を理由に他者からの愛を受け入れない愚行にしかすぎない。

己が信じているものこそが正しい。それがまかり通る世界は無法地帯と同じ。どの国にもルールがある以上、そこには必ず安寧を維持するための「妥協案」も存在する。他者を受け入れるという度量が存在している。

しかし他者を受け入れなさいと説いていた者が、それを信じていた者が、その「妥協案」を拒んでいた。信仰という美しさに見惚れてしまい、踏み絵後に小者のように背を丸めて逃げるしかないキチジローの賢明な判断さえも蔑んでいた。

それらは全て神の沈黙を曲解したツケである。神は一人しかいないと信じ込んだツケである。道理を真理と見誤ったツケである。

神はキリスト教の世界では一人しかいない。けれど世界には神は一人しかいない訳ではない。それをマーティン・スコセッシ監督がOPとEDロールで真っ暗な画面と共に流れる様々な自然の音で語り掛ける。
自然に畏敬の念を払う日本では八百万の神が様々な自然の音として我々に語り掛けている。
そう、日本では神は沈黙していないのだ。

深夜らじお@の映画館はこういう映画こそ見応えのある映画だと思います。

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2017年01月17日

阪神大震災から22年

あの日も火曜日でした。ただあの日は3連休明けの火曜日でした。
1995年1月17日から今日で22年。兵庫県に住む約4割が震災未経験者という状況からも、あの日の記憶さえも太平洋戦争の記憶と同様に歴史となりつつあることに淋しさと共に、今後起こるであろう東南海地震への対策にどれだけ活かされるのだろうかという不安も大きく残ってしまいます。

私も14年目にあたる2009年から毎年何かしら記事を書き続けてきましたが、やはりこの9年間で変わらず書いていることは風化への懸念、そればかり。

本来なら国家としてこの悲惨な記憶を語り継ぐべき行動を起こさなければならないところを、未だに地方自治体レベルに任せっ放しなのが、個人的にはどうなんだろうと思うのです。

太平洋戦争をご経験された方々があの忌まわしき戦争の記憶を語りたくないという想いを抱き続け、命尽きる年齢になってようやく語る必要性を感じてこられたことが、時に遅いのではないかと若い世代が思ってしまったように、やはり悲惨な記憶は語りたくないのが心情であっても、人の命に関わることは経験者が語るしかないと思うのです。

悲惨な記憶には、それを経験された心情がこもる。だから聞き手にもその悲惨さが伝わり、それがやがて二度と起こしてはならないという新たな世代の決意へと繋がっていくもの。
ただ先の戦争ではその記憶を語り継ぐという行為を早い段階から行っておられた方が少なかったがために、今になって様々な危機感が生まれてしまったのなら、まだまだあの震災を経験した者たちが語り継がねば、本当の意味での防災は行われないと思うのです。

人が防災について意識するのは、やはり震災を経験してからでは遅いのです。震災を経験して生きていられるという保証がない以上、経験していないうちに知るべきことはたくさんある。伝えていくべきこともたくさんある。
それをこの国はなぜ国家レベルで行わないのか。

兵庫県が苦しんだ22年前から今日まで、新潟が、東北が、長野が、熊本が、鳥取が地震を経験しては兵庫県と同じように苦しまれている。
その苦しみの繰り返しをいつまで続けるのか。今年も1月17日を迎え、そう思ってしまいました。

深夜らじお@の映画館はあの日を死ぬまで忘れません。

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