2017年08月20日

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

打ち上げ花火青春の苦みが失われた打ち上げ花火。下から見る意味も横から見る意味もない。
あぁ、これは残念なリメイクだ。ただの数ある薄い青春映画の一本でしかない。珠玉の作品ではなくなってしまっている。
その理由はこの作品のタイムリープ色を強調しすぎたこと。強調すべきはそこではなく、青春の苦みだったはずなのに…。

オリジナルでは小学生だった典道やなずな。ところがこのアニメリメイク版では中学生に変更はされているものの、ストーリーやキーとなるセリフは変更されていない。
だから自然と違和感のあるシーンが続く。例えば、中学生にもなって花火が平べったいのか丸いのかと議論するのはどやねん?など。

これらは全て小学生だから許容できる会話であり、祐介がなずなの約束をすっぽかすのも素直になれない小学生ならまだしも、相手を思い遣る年齢に入り始めている中学生では正直「子供」ではなく「ガキ」にしか見えない。
そう、このリメイクは設定変更で既に大きな失敗をしてしまっているのだ。

なので、この映画で描かれるのはオリジナルと同じ「小学生が苦しむ青春の傷」なのに、それを中学生の物語で描いてしまったいるがために違和感が生まれ、逆に本来必須のはずの共感が生まれにくい状況になってしまっている。
そうなると当然ストーリーには入り込めない。映画にも入り込めない。なぜならこの映画は「誰かの青春の1ページ」であって、「自分の青春の1ページ」と何ら関わり合いを持たないからだ。「あぁ、この気持ち分かる…」といった共感が少なすぎるからだ。

だからオリジナルを見た30〜40代のオッサンたちがピュアな気持ちに戻って作品の良さを語るような、「ひと夏の思い出」「叶わぬ恋の記憶」といった岩井俊二作品独特の良さもない。

そうなると打ち上げ花火を「下から見るか?」「横から見るか?」という意味合いも、ただの事象にしかすぎなくなってしまっている。そこに込められた青春の苦みや喜び、悔しさ、無力感、怒り、美しさ、悲しさが希薄になっているのだ。

せっかくこのリメイク版でも「Forever Friends」を流し、時代錯誤と分かっていても「観月ありさ、好きだ〜!」だけは変更しなかった素晴らしさが、ガラス玉のなかに「if」を、町の名前を「もしも:茂下」にしての「if〜もしも〜」への遊び心も、これでは逆に勿体ないとも感じてしまう。
しかもそのくだりが夜の学校プールではなく夜の海というのも残念無念。海では忍び込んだという背徳感や罪悪感もなければ、それらを異性と共有する青春ならではの思い出にもならない。プールで人生の分岐点を迎えた典道となずなだからこその夜のプールだったはずなのに…。

てな訳で「物語シリーズ」の声優さん多数出演という状況がそう感じさせるのか、何となく身内だけで満足するような作品にしてしまったような、勿体ないアニメリメイクでした。

深夜らじお@の映画館は川村元気P印のアニメ作品とは相性があまり良くないようです。

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2017年08月11日

『スパイダーマン:ホームカミング』

スパイダーマンHCご近所ヒーロー。それが15歳のスパイダーマンだ!
何度リブートすれば気が済むんだ?とばかりに、また新たなシリーズが始まったスパイダーマン。しかも今度は活躍場所は基本的にご近所ヒーローだけど、アベンジャーズ準会員で、シリーズ最年少の15歳設定。
そしてこの「15歳」が良くも悪くもという青春映画でした。

なぜピーター・パーカーはスパイダーマンになったのかは既にトビー・マグワイア版で説明したので端折ります♪その代わりにアイアンマンでもあるトニー・スタークとの絡みはたくさん見せますよ♪という、もはやスパイダーマン単独作品ではなく、完全なるアベンジャーズシリーズの1作品に組み込まれてしまったこの新作。

しかも運良くキャプテンアメリカのシールドを奪ったことに舞い上がり、さらにトニー・スタークからの推薦にも舞い上がり、世間知らずで自分の実力を認めてもらうことを最優先にしてしまう15歳ならではの恥ずかしさ全開で日常を送る3代目ピーター・パーカーは、大人から見ると可愛らしくもあり、だけど恥ずかしくもあり、優しい気持ちで見守ってあげないとと思わせる、お子ちゃまな存在。

だから今回の宿敵バルチャーの、政府と大企業の勝手な意向で仕事を奪われる俺らの気持ちが分かるか?という大人の世界の話もピーターには一切無関心なら、その話に15歳の少年ヒーローが悩むこともなし。

ただ彼はアベンジャーズとの戦いで残された宇宙人技術を用いた武器を密売するのはダメだ!という正義心のみで動いているので、宿敵が意中の少女の父親であっても無問題。
なのに、宿敵が死に直面する危機に晒されると助けに行くのも、やっぱり目の前のことにだけ全力で挑む15歳ならでは良さであり、それが勧善懲悪になり切れていない現実でもあるのも事実。

つまりこの3代目スパイダーマンは「青春映画」としては面白いが、「ヒーロー映画」としては物足りない、いわば異色のヒーロー映画。

トニー・スタークのお世辞を真に受けては毎日連絡を待っては、放課後にバイト感覚でヒーロー活動を行えば、覚悟もロクにないのに自分の手には余る事案にも首を突っ込んではアイアンマンの世話になり、内蔵カレンとお話が出来るハイテク・スパイダース−ツを没収されてしまう。
ワシントンD.C.で同級生を落下するエレベーターから救出するのも、自分のミスで真っ二つになったフェリーを完全に留めておくことが出来なかったのも、ヒーロー映画としてのドキドキはほぼない。

けれどキュートな笑顔で意中の少女リズを射止め、巨漢ヲタクのネッドから心身ともに強力な援護を受け、でも恋よりも正義執行を優先させる「こいつ、婚期を逃すぞ」と思わせる行動を連発する、少女にも伯母にも隠し事バレバレな15歳の少年トム・ホランド版ピーター・パーカーがトビー・マグワイアやアンドリュー・ガーフィールドよりも好感が持ててしまうのは、やはり15歳を経験した者全てが共感してしまう存在だからでしょう。

そんな「イスの男」という強力なバックアップを得て、2008年から婚約指輪を待ち続けているペッパー公認の記者会見付きアベンジャーズ新会員という立場を約束され、トニー・スタークからもハッピー・ホーガンからも大人になったと認めてもらった3代目ピーター・パーカー。

羽を広げた蝙蝠のように舞い降り、鳥のように舞うマイケル・キートン演じるバルチャーの登場が次回作でもありそうで、まずますピーター・パーカーが次はどんなヒーローに人生を、大人の世界を教わるのかも楽しみです♪

深夜らじお@の映画館の予想ではロキが大人のダークな世界を、ファルコンが大人の社交の世界を、ウルトロンが退屈な話を15歳の少年に浴びせそうな気がします。

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2017年08月07日

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

打ち上げ花火打ち上げ花火は下から見ると切ない。横から見ても切ない。
岩井俊二監督作品の中でも伝説的な人気作として語り継がれているこの作品を見て思う。『Love letter』と同じく瑞々しい映像と切ないストーリーを見て思う。
あぁ、これが岩井俊二監督作品だと。もう戻ってこないあの日を想う作品。それが岩井俊二監督作品だと。

もともとはTVドラマ「if〜もしも〜」の1作品として製作されたものが高い評価を得て、劇場用作品として再編集されたのがこの映画。
だから映像は基本的にTVドラマ用のカットばかりなので、映画として見ると若干の違和感は残るものの、それもほんの数分の話。いざ映画に向き合えば、そこには岩井俊二監督にしか描けない世界観が待っている。それがファンにとってはたまらなく幸せな時間なのだ。

思えばこの映画で描かれる少年少女は12歳という、男子はほとんどがまだ子供で、女子はほとんどが大人び始めているお年頃。
だからこの作品における少年少女の言動はどれも等身大であり、また懐かしさもある一方で、そこには大人になった我々の心の奥底に眠るあの年頃で抱いた中途半端さや恐怖、そして無条件に喜びたい嬉しさもしっかりと描かれている。

例えば少年たちが抱く「打ち上げ花火を横から見ると丸いのか?それとも平べったいのか?」という疑問も、それを確認するためにちょっとした冒険をするのも、まさに子供っぽい行動ばかりだ。

さらにクラスメイトのなずなに告白したいと言いながらも、クロール対決で勝利した祐介がいざ意中の少女から花火を見に誘われると怖気づいて約束をすっぽかすのも、それを男の友情と言い訳しちゃうのも、そして母親に連れて行かれる少女の姿を見ることしか出来ない情けなさも、無責任で無力な子供っぽい言動ばかりだ。

またストーリーが巻き戻り、クロール対決で典道が勝利しても、意中の少女の言葉に戸惑い、でも浴衣から着替え化粧をした姿に見惚れ、なのにバスで駅まで辿り着いておきながら電車が来ると怖気づいて引き返す少女に振り回される、いわば後手後手に回る姿もいかにも子供っぽい。

一方で少女が取る行動も大人びてはいるものの、やはり所詮は12歳。子供であり、大人でありという中途半端さが滲み出ているのも、いかにもお年頃の女の子らしい。
「家出じゃない、駆け落ち」「歳を誤魔化して私が働いて養ってあげる」といった言葉を裏付けるかのような化粧をした大人びた姿の一方で、いざ決断を迫られると何も出来ずに逃げ帰るしかない。

ただ夜の学校のプールに忍び込んだ2人を彩る「Forever Friends」という楽曲に心を奪われながら、少年期を過ごした者として、なずなが典道に語る言葉に女心の奥深さを感じずにはいられなくなる。

既に親の離婚により夏休み中での転校が決まっているなずなが放つ「次会えるのは2学期だね。楽しみだね。」という言葉をどう捉えればいいのかと。少年時代は全くの謎だったが、大人になると色々と考えてしまう。あの言葉は少女なりの親への反抗心なのか、現状への切望なのか、それとも少年への期待なのかと。

いつの時代も少女は少年よりも一歩も二歩も先に大人になる。少年は少女を追い掛け、大人になろうと必死にもがく。

もし打ち上げ花火を横から見る少年たちの冒険に参加していたら、典道の心には叶わぬ恋を友人たちと慰め合う思い出と、意中の少女に対して無力な自分に対する怒りしか残らなかったのかも知れない。

もし打ち上げ花火を担任の先生に誘われ下から見ていたら、典道の心には叶わぬ恋とは知らずにその美しき光景をなずなと見たいと願う想いと、その後に待ち受ける何も気付いてあげられなかった無力な自分に対する怒りに出逢うだろう。

そう、青春とは思い出の中にしか残せない美しさと、無力な自分に対する怒りが表裏一体となっているもの。

だから、誰の青春にも苦い思い出と美しい思い出が必ず存在しているはずだ。どちらに比重が置かれてしまっていることはあれど、誰の青春にも「Forever Friends」に心を奪われる瞬間があったはずだ。
この映画を見ると、心からそう思えてくる。

深夜らじお@の映画館はシャフト製作のアニメ版も楽しみにしております。

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2017年08月05日

第99回全国高校野球選手権大会

夏といえば、やっぱり高校野球。しかも今年はついに99回大会!さらに初戦から好カードが目白押し!あぁ、今から熱い感動が待ち遠しい!
てな訳で昨日抽選会が行われた結果はイカの通りになったでゲソ。

第1日目(8月8日)
第1試合:彦根東(滋賀)−波佐見(長崎)
第2試合:済美(愛媛)−東筑(福岡)
第3試合:藤枝明誠(静岡)−津田学園(三重)

第2日目(8月9日)
第1試合:作新学院(栃木)−盛岡大付属(岩手)
第2試合:松商学園(長野)−土浦日大(茨城)
第3試合:前橋育英(群馬)−山梨学院(山梨)
第4試合:日大山形(山形)−明徳義塾(高知)

第3日目(8月10日)
第1試合:木更津総合(千葉)−日本航空石川(石川)
第2試合:開星(島根)−花咲徳栄(埼玉)
第3試合:聖光学院(福島)−おかやま山陽(岡山)
第4試合:早稲田佐賀(佐賀)−聖心ウルスラ(宮崎)

第4日目(8月11日)
第1試合:広陵(広島)−中京大中京(愛知)
第2試合:横浜(神奈川)−秀岳館(熊本)
第3試合:興南(沖縄)−智辯和歌山(和歌山)
第4試合:大阪桐蔭(大阪)−米子松蔭(鳥取)

第5日目(8月12日)
第1試合:滝川西(南北海道)−仙台育英(宮城)
第2試合:日本文理(新潟)−鳴門渦潮(徳島)
第3試合:北海(北北海道)−神戸国際大付(兵庫)

第6日目(8月13日)
第1試合:大垣日大(岐阜)−天理(奈良)
第2試合:三本松(香川)−下関国際(山口)
第3試合:明桜(秋田)−二松学舎大付(東東京)
第4試合:明豊(大分)−坂井(福井)

第7日目(8月14日)
第1試合:京都成章(京都)−神村学園(鹿児島)
第2試合:高岡商業(富山)−東海大菅生(西東京)
第3試合:青森山田(青森)−彦根東(滋賀)
第4試合:済美(愛媛)−津田学園(三重)

第8日目以降は追記にて。

大会4日目がとにかく凄い!優勝候補同士の激突が盛り沢山なうえに、どれもが好カードばかり。あぁ〜、この日に仕事さえなければ…甲子園が地元・兵庫県だけに直接見に行けたのに〜!

てな訳で今年もプラカード担当の市立西宮高校ガールズも暑さに負けずに頑張ってください!

深夜らじお@の映画館は今年も7回以降にアルプススタンドで応援する女子高生の姿が中継されるのが楽しみなので、西浦達雄さんの楽曲が流れなくても、もちろんABC朝日放送系列で見ます。

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acideigakan at 22:30|PermalinkComments(0)clip!スポーツ 

2017年08月04日

『トランスフォーマー/最後の騎士王』

トランスフォーマー最後の騎士王犠牲なくして勝利なし。
マイケル・ベイもそろそろ犠牲を払う時期に来たのではないでしょうか。もうこのシリーズも終わらせてもいいのではないでしょうか。というか、最近このシリーズ以外の監督業ってしてますの?
もはや凄いのは進化する映像だけ。ストーリーも複雑に見せて単純なうえに、どこかで見たことのあるシーンの連続ではねぇ〜。

トランスフォーマーたちがなぜ地球に来るのかという謎を描くだけのはずが、トランスフォーマーとアーサー王伝説を組み合わせちゃったがために、描かなければならないことが増えすぎて、単純なはずの話をややこしく見せてしまい、結局何が言いたいのかが分からなくなってしまっているこの映画。

要はアーサー王時代に魔術師マーリンによってトランスフォーマーから受け継がれた杖を人類とオートボットが守るか、ディセプティコンが奪いに来るかの話に、アメリカではオートボットが迫害されているので彼らを匿うケイドはお尋ね者になったとか、オックスフォードで教鞭をとるヴィヴィアンが実はマーリンの子孫だったとか、ハンニバル博士がトランスフォーマーたちを古くから知る騎士団所属の騎士だとかとあれこれ混ぜた上に、オートボットのリーダーだったオプティマス・プライムが創造主クインテッサに簡単に騙されて簡単に騙されていたことに気付いて反省する無意味な展開までくっつけてしまうものだから、正直もうどうでもいいわとしか思えなくなること。

しかも肝心要の映像も確かに凄いことは凄いものの、その映像が使われているシーンがどれも既視感だらけ。
例えばシボレーやGTRが疾走するシーンは『ザ・ロック』っぽい、地球に異星が衝突する寸前って『アルマゲドン』そのまんま。さらに人間たちが傾く地面から滑り落ちそうになるシーンは『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』もそのまんま。

というか、過去のシリーズの予告編を見ていると、本当にこのシリーズって描いているシーンがほぼどれも同じものばかり。それがマイケル・ベイ監督の特色でもあるのですが、でもそれをもう10年に渡って5回も見せられたらねぇ〜。

Tetsuya-komuro Rave FactoryではないTRFも何の存在感もなく消えちゃうし、人類側もトランスフォーマー肯定派否定派でいがみ合っても地球の危機にはすんなり協力しちゃうしと、相変わらず無駄なシーンも満載過ぎるこの作品。

そろそろマイケル・ベイ監督降板か、それ以前にスティーブン・スピルバーグ製作降板かしないと、新たな作品は作れないような気もする酷い映画でした。

深夜らじお@の映画館はマイケル・ベイ監督のシリーズもの以外の新作が見たいです。

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2017年07月31日

8月戦線映画あり!

大作は多いのに、これといったヒット作が登場していない様子の今年の夏映画。どんぐりの背比べ状態といいますか、満足度の高い作品は今のところ出逢えておりません。
そんな夏映画もまだまだこれから。大作も話題作も多いだけに、そろそろ満足度の高い作品に出逢えることを期待しつつ、出来れば婚活でもステキな異性と出逢いたいものです…。
てな訳でそんな8月公開の注目作をピックアップしたいと思います。

【8/4〜】
●『トランスフォーマー/最後の騎士王』
最近のマイケル・ベイはこれしか撮っていないのでは?
●『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない第一章』
なぜジョナサンでもジョセフでも承太郎でもなく、仗助なんだ?

【8/11〜】
●『スパイダーマン:ホームカミング』
そういえば某オスカー映画で初代バットマンはアイアンマンに嫉妬してましたな…。

【8/12〜】
●『海底47m』
夏の暑さを忘れさせてくれる映画ですか?

【8/18〜】
●『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
あの名作が蘇る…!!

【8/25〜】
●『ワンダーウーマン』
マザコンヒーローたちよりも彼女の活躍が楽しみなんです♪
●『エル ELLE』
イザベル・ユペールがGG賞で主演女優賞を受賞した作品。
●『きみの声をとどけたい』
オリジナルアニメ作品が夏映画の台風の目になるのか?

【8/26〜】
●『関ヶ原』
ひらパー園長が石田三成でおまって…。負ける方の大将でっせ。
●『幼な子われらに生まれ』
バツイチ子持ち同士の結婚による家族の物語。


てな訳で8月の注目作は
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
『ワンダーウーマン』
『エル ELLE』
『スパイダーマン:ホームカミング』
『きみの声をとどけたい』

深夜らじお@の映画館は現在整体に通って体調を整えております。

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acideigakan at 23:59|PermalinkComments(2)clip!映画予告編 

2017年07月30日

『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』

ザ・マミーモンスター作品のごった煮。ただし味付けはしておりません。
よくもまぁこんなご都合主義でスカスカな脚本が会議を通ったものです。アベンジャーズやジャスティス・リーグに対抗すべく、ユニバーサルも複数企画大集合を考えているみたいですが、これではお先真っ暗としか言い様がありません。まさに「ダーク・ユニバース」ですな。

1932年製作の『ミイラ再生』を『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』でリメイクしたのとは別に、「ダーク・ユニバース」という新たな古典作品リメイク企画第1弾で映画化した、何が「トム・クルーズ主演映画史上No.1」なのかも分からないこの作品。

古代エジプトで王位継承の欲望から死の神セトに魂を売り渡した王女アマネットをご都合主義トレジャーハンター・ニックが蘇らせてしまったがために、しかもなぜか彼がアマネットの「選ばれし者」になっちゃたがために、仕方なく責任取って、秘密組織の協力も得たうえでどないして取り押さえましょうか?というだけの単純な話に、ミイラだのゾンビだのジキル&ハイドなども取り込んでしまったがために、何をどうしたいのかが全く分からなくなっているんですよね。

料理でいえば、まさに鍋に食材だけ放り込んで味付けは放棄したような状態。食材が各々味を出してくれるだろうと思ったら大間違い。料理も映画も方向性を示すという味付けがなければ、中途半端な味のマズイ作品にしかならないのに、よくもまぁこんな脚本にユニバーサルも資金を出したものですよ。

ですからこの映画の見所なんて王女アマネットの美しさ以外何もないこと。トム・クルーズはいつもよりも眩しすぎるアメリカンスマイルを連発しているものの、その行動原理も不明ならば、行動結果もどれも「何か分からんけど上手いこといったわ」程度のものばかり。

さらにヒロインのジェニーは魅力でもアマネットに完敗してますし、相棒のヴェイルに至ってはゾンビになってからしか活躍しない有様。ロンドンで巻き起こる砂嵐に顔が浮かび上がる映像なんてブレンダン・フレイザー主演作品でILMの3軍4軍が作った映像で既に見たわと言いたくなりますし、それならばせっかくのキャスティングでもあるラッセル・クロウがジキル博士ということでハイド氏になるとどう変わるのかと期待しても顔色が変わっただけで他は何も変わらず仕舞い。というか、それ以前にラッセル・クロウも少しは痩せろよ!

結局モンスターに対抗するにはこちらもモンスターになるしかないという結論の下、不死という中途半端なモンスター状態のニックが完全にモンスターになりましたけど、後の展開はまた次の作品で♪という映画なんて撮る意味あったのか?としか思えなかったこの作品。

この先、透明人間とか狼男とかいったモンスターたちがジキル&ハイドとタッグを組むそうですが、『ハムナプトラ』のリブートでも『ヴァン・ヘルシング』のリブートでもないような中途半端な作品なら、もうそんな「ダーク・ユニバース」という企画なんて止めちまいな!ですよ。

深夜らじお@の映画館は最近のトム・クルーズの作品選びに不安を覚えております。

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2017年07月29日

『君の膵臓をたべたい』

君の膵臓をたべたい桜良の、そして春樹の膵臓をたべたい。
あぁ、何とも可愛らしいストーリーではないか。ベタベタな展開も、唐突なラストもさほど気にはならない物語ではないか。
でも演出と脚本に練りが足りなかったのだろうか、これほど人生観を変える出来事に出逢った少年少女の悩む姿がほぼ描かれていないのは残念でならない。

笑顔の絶えないクラスメイト女子、山内桜良。そんな彼女に隠され、「共病文庫」に綴られ、偶然知ることとなった、膵臓の病で余命1年という秘密。

「僕」こと志賀春樹にとってその秘密を守ることは特別なことではない。彼女にこれまでと「変わらぬ日常」を過ごさせるのも特別ではない。他人との関わりをあまり好まぬ彼にとっては、彼女の秘密を知ろうが知るまいが「いつも通り」でしかないのだから。

でもクラスで3番目に可愛い彼女と過ごすうちに抱き始める友情以上の感情。けれどそれを愛情に昇華させることは彼女から「変わらぬ日常」を、自分から「いつも通り」を奪ってしまう禁断の感情。

だから彼は、感情は「変わらぬ日常」だが、行動は「特別な日常」を彼女と過ごす日々を無意識に選ぶようになる。彼女が図書委員に立候補しても、彼女と福岡へ食三昧お泊り旅行に行っても、彼女の家へお邪魔しても、出来る限り頑なに「友情」を優先する。男として生殺しの状況下で彼が取り続ける行動は地味だがとても男前だ。

ただ彼女が検査入院をすると聞いて、彼女の入院期間が延びると聞いて、彼女が季節外れでも桜が見るために旅行をしたいという願いを聞いて、彼は自分の気持ちに正直に向き合う。彼女のために季節外れの桜を探し、肉まん改め板ガムくんとの友情を育み、親友を奪い取る男として睨んでくる恭子とも話をするようになる。

だが一時退院が実現した彼女と約束した桜を見に行く北海道旅行の日、「君の膵臓をたべたい」というメールの返事は来ず、失意の帰り道にニュースで彼は知る。余命少ない彼女が通り魔によってその命を絶たれてしまったということを。

残された時間なんて、余命なんて、誰にも分からない。病や老衰で命の灯を消すと決まっている訳でもない。それを理解していた彼女と彼にとってのこの唐突な結末はある意味唐突でない結末でもある。偶然が必然であるのと同じ。誰の人生にでも起こりうることなのだから。

けれど心の整理をしたはずの彼が彼女が遺した「共病文庫」を読んで溢れる涙が止まらないシーンを見て思う。「闘病」ではなく「共病」と題された彼女の想いを理解しているはずの彼の現在の姿を見て思う。なぜ教師になり、母校に赴任した彼が「辞職願」を持っているのか。そんな苦悩が彼のどこにあったのかと。

教師はなりたくてなれる職業ではない。試験に合格した努力家にしかなれない職業だ。ならば、桜良から勧められたとはいえ、彼女への想いがベースとなって「志賀先生」となったであろう春樹にとって教師を辞めるほどの悩みとはいったい何なのか。それはこの映画では一切描かれていない。彼が教師になる努力も決断も描かれていない。だから彼の中の「彼女」の存在感が曖昧でしかない。

それは結婚を控えた恭子も同じで、中学時代の孤独から救ってくれた親友を亡くした後、男選びと友達選びに難を抱える彼女がどんな苦悩と努力を経て花嫁になる日を迎えたのかというのも描かれていないので、ここでも彼女の中の「親友」の存在感が曖昧でしかない。

山内桜良と出逢い、掛けがえのない日々を過ごし、彼女を失いまでは描かれている。その後に重要な、春樹と恭子がどう悩み、どう努力してきたかが大事なのに、それが全く描かれていない。だから泣ける作品にまで昇華しきれていないのだ。

病気を治すために患部と同じ臓器を食べていた先人を真似るのではなく、大切な人をずっと自分の中に取り込み続けたいという意味での「君の膵臓をたべたい」はとても面白く巧いタイトルだ。そしてその後にEDロールで流れるMr.Childrenの「himawari」も素晴らしい選曲だ。

でも青春映画を撮るうえで大事な「悩む」というシーンを削ってしまったこの映画は、恐らく原作の面白さを未読者にも映画で伝えるという作業が抜けてしまった、既読者目線で作ってしまった映画なのだろう。だからもったいないという感想が強く残ってしまう。

山内桜良を演じた浜辺美波という若手女優が女の子の持つ笑顔の魅力を思う存分発揮し、それを北村匠海という若手俳優が地味ではあるがしっかりとした演技で応えていただけに、演出と脚本の練りが足りなかったのは本当に残念でならない。

深夜らじお@の映画館もクラスで3番目以降に可愛い女子の方が好きでした。

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2017年07月19日

『彼女の人生は間違いじゃない』

彼女の人生は間違いじゃない遠回りしてしまった人生、それも決して間違いじゃない。
廣木隆一監督自身の小説を自ら映画化したこの作品が描くもの。それは東日本大震災で人生を狂わされた人々の不安と葛藤、そして甘えと覚悟。
どんなに苦しい人生も誰かが助けてくれる訳ではない。自分で勝手に助かるだけ。それが人生なのだから。

東日本大震災での福島の災難はまさに理不尽だ。福島ではなく東京で消費される電気を作っていたがために原発事故に見舞われ、その負債は東京都民ではなく福島県民が背負わされているのだから。

でも同時に福島を始めとする東日本は東京の恩恵を授からずには生きていけない環境下にもいるのも事実。共に切磋琢磨する京阪神を要する関西とは違い、デカ過ぎる東京という巨大都市を無視できないその環境は、精神的にも東京依存という歪な甘えも生む。そしてその「東京依存症」から逃れるには自分で頑張るしかないのだが、そこでもデカ過ぎる東京という存在が邪魔をする。

だから多くの人が上京しようとする。上京すれば何かが変わると信じている。上京すれば新しく出会う人が自分を変えてくれると期待してしまう。

平日は市役所で働き、週末は英会話教室に通うと嘘をついては東京でデリヘルとして働くみゆきも元々はそういう人間だ。性産業に足を踏み入れたのも半分が母親が震災で亡くなった際に彼氏とデートすることで現実から逃げていた弱い自分への戒めで、後の半分は自分を助けてくれる誰かに出逢いたいという願望からだろう。

それは後半で明かされるデリヘル嬢としての面接シーンで泣きながら全裸になる姿に対して、彼女をスカウトした三浦が放つ言葉からも分かる。彼女はずっと誰かが助けてくれると期待していた。

またその弱さは父親の修も同じで、「農家しか出来ない」と言ってはパチンコで保証金を使い果たそうとするも、壺を買わそうとする男に怒ったり、近所の子供とキャッチボールをする優しさを自分の強さと認識出来ずに、終いには亡き妻と出逢わなければ今頃彼女は秋田で幸せに暮らしていただろうにと弱音を吐く姿もまた誰かの助けをひたすら待ってるだけだ。

本来なら市役所で孤軍奮闘する新田勇人のように、いくら祖母や母親が新興宗教に嵌ろうとも、幼き弟の世話も嫌がらずに、また東京の女子大生からの配慮のない質問や墓地探しに苦悩する老夫婦の期待に応えられない現状にも耐え、それでも福島の現実を伝えたい女性カメラマン:山崎沙緒里に写真を多くの人に見てもらう機会を作るといった行動が必要なのに、そんな強き行動が取れる人間はそうそういないものなのか。

いやそうではない。誰もが外部からの不安や葛藤で苦しみ、自分の強さを見失っているだけなのだ。そして自分を助けてくれる誰かを待っているという甘えた自分に喝を入れ、覚悟を以て戦うという機会を得ていないだけなのだ。

現実は誰も助けてくれない。自分で勝手に助かるだけだ。でもいつも誰かが必ず「きっかけ」は与えてくれる。後はその「きっかけ」を自分が「好機」と捉えることが出来るかどうかだ。

みゆきは舞台と場で前へと歩み出すデリヘルドライバーだった三浦の姿を見て、彼の父親になる覚悟を知る。
修は沙緒里が撮った写真に記録された桜並木を楽しむ家族の姿を見て、妻の衣服を妻が眠る海に投げることによって、娘が「買ってきた」ではなく「拾ってきた」子犬の世話をすることで農家としての再起を決める。

「もう元の生活には戻れない」「私は何か悪いことをしたのでしょうか」
そんな言葉が福島の現状を、不安を、葛藤を静かに語る。

けれどその言葉に対する答えは福島の人にしか出せない。しかもその答えを出すのは容易ではない。きっと多くの人が悩み、苦しみ、人生の遠回りをするだろう。

でもその遠回りした人生も決して間違いではない。むしろその遠回りがあってこそ、いまの自分が形成されるのだから。

ストレートに幸せな道を歩んで歳を重ねる人生なんて、ほぼほぼあり得ない。誰もが悩み苦しみ、そして人生の遠回りをして今の自分を作り上げている。

福島の、東北の本当の強さは何か。
今を生きる全ての人が持つ本当の強さは何か。

静かに苦しみ、そして強く立ち上がる演技を見せてくれた瀧内公美という素晴らしい女優を見て思う。

遠回りする人生もいいじゃないかと。

深夜らじお@の映画館も人生の遠回りをして今の自分を形成しました。

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2017年07月17日

『パワーレンジャー』

パワーレンジャーあぁ懐かしや、スーパー戦隊魂!
雑魚のみなさんもいなければ、変身してからの戦闘もメカに乗ってばかり。合体シーンの高揚感もなければ、フェイスガードはほぼオープン状態と不満を挙げればキリがない。
けれど5人のレンジャーが並ぶ様を横から撮るカットや意味なく採石場で戦うなどのお約束シーンには、思わず涙が…流れたよ!

以前から東映の「スーパー戦隊」シリーズがアメリカで新たな形でヒットしているとは聞いていたものの、その頃の情報では「人種のサラダボール」国家アメリカらしく、黒人はブラック、アジア人はイエロー、女性はピンクと人種や性別に合わせてレンジャーの色分けも分かり易く仕分けされていたとか。

ところがこの映画ではそういった色分けはほぼないに等しい状態。一応リーダーがレッド、女性がピンクというのは受け継がれているものの、なぜか黒人がブルーで、アジア人がブラック、ヒスパニックガールがイエローという始末。

しかもブルーにサブリーダー的要素もなければ、イエローにカレー好きという要素もない。ただ「臆病な」という意味も併せ持つイエローには宿敵からの裏切りのお誘いがあったのは如何にも英語圏らしい設定かなと。

さらに使命や宿命としてレンジャーとして集い人類を守る責任感の強い「スーパー戦隊」に対して、アメリカ版ではおバカさんや変人さんの高校生5人がたまたま同じ場所にいたという理由だけでレンジャーになるうえに、なぜかそんな状況下でも不真面目だった彼らは毎日立ち入り禁止区域に出向いては真面目に「レンジャーになるための訓練」を受ける始末。

だから自然と思えてくるのは、彼らって本当は凄く純粋な少年少女ではないのかと。ただ単にアメフトスターとしての周囲からのプレッシャー、女友達との歪な友人関係、亡き父親への想い、病状の母親への心配、自分を認めてもらえない孤独に苦しみながら、そんな自分の悩みを共有できる仲間を探していただけではないかと。

そう思えてくるとブルーが一度亡くなって復活する辺りからの5人の「人間としての」成長ぶりが微笑ましくも思えてくること。けれどこの辺りまでほぼ変身がないのは本当に辛い。青春ストーリーに少々重きを置きすぎたのは残念無念。

だがそんなことさえも吹っ切ってくれるのが、やっとこさ変身してからの戦闘シーン。特に何がいいって敵のリタが意味なく採石場を戦いの場に選んでくれる本家本元への愛情や、変身した5人が一斉に並んだ姿を横から見せるあの「戦隊シリーズ」特有のカット、そして左足を基軸に右足だけで連続横蹴りをする戦い方。これが素直に「懐かしい〜!」と思えてくるのがたまらんばい!

アクション映画の公式を無視して雑魚のみなさんとの戦いも適当ならば、等身大の怪人を倒してからの巨大化怪人を合体ロボで倒すお決まりもないのが淋しければ、画面割をしての合体シーンが一番興奮するのを知らんのか!という合体シーン見せずも淋しい。
宿敵リタの倒し方が「バイバイキ〜ン」なのもどうかと思えてくるうえに、合体してからの必殺技もなくビンタで終了なのも淋しい。

それでも「クリスタルを狙う者はまだ他にいる」というリタの言葉に、パワーレンジャーのロゴ完成に、またこのレンジャーたちの活躍が、いや正確には「スーパー戦隊」の名シーンへの愛情が見れるのが楽しみでならない。

深夜らじお@の映画館はアジア人枠を本家本元に配慮して日本人を起用しなかったことを評価したいと思います。

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