2016年06月29日

7月戦線映画あり!

夏休み映画の第一弾がやってくる!と思いきや、ありゃりゃファミリー向けばかりでどうにもこうにも見る映画が少なくなりそうな7月。そうなると8月は反動で…と考えると辛いなぁ〜。今夏は高校野球だけでなくオリンピックもあるんだから、うまいこと公開時期を均等に分けてちょうだいよ!
てな訳でそんな7月公開の注目作を早速ピックアップです。

【7/1〜】
●『ブルックリン』
シアーシャ・ローナンちゃんも成長しましたか…。
●『アリス・イン・ワンダーランド』
今回はティム・バートンが監督ではないのか…。

【7/2〜】
●『セトウツミ』
いかにも漫才口調な予告編が凄く楽しいです。
●『疑惑のチャンピオン』
スティーブン・フリアーズ監督最新作。
●『シアター・プノンペン』
カンボジア初の女性監督作品。

【7/9〜】
●『インディペンデンス・デイ:リサージェンス』
ウィル・スミスは出演しないけど、ビル・プルマンは出演します♪
●『シング・ストリート 未来のうた』
ダブリンが舞台といえば、ジョン・カーニー監督最新作!

【7/16〜】
●『暗殺』
チョン・ジヒョン最新作。でも昔のような美しさがない…。
●『AMY エイミー』
本年度アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作品。
●『ファインディング・ドリー』
字幕版の公開はあるのかな〜。

【7/22〜】
●『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』
ごっつい久しぶりのジェ・ローチイ監督最新作。

【7/23〜】
●『ロスト・バケーション』
女性サーファー、サメ、満潮で沈む岩場、タイムリミット…。

【7/29〜】
●『シン・ゴジラ』
予告編は完全に使徒襲来なんですけど…。

【7/30〜】
●『ターザン:REBORN』
ステラン・スカルスゲールドの息子が主役です!

てな訳で7月の注目作品は
『シン・ゴジラ』
『インディペンデンス・デイ:リサージェンス』
『セトウツミ』
『ターザン:REBORN』
『ブルックリン』

深夜らじお@の映画館はのんびりと映画館通いをさせていただきます。

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acideigakan at 23:57|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!映画予告編 

2016年06月20日

『帰ってきたヒトラー』

帰ってきたヒトラー現代ドイツの不満はアドルフ・ヒトラーにお任せあれ!
20世紀最悪の独裁者とも呼ばれたアドルフ・ヒトラーが現代に蘇るも、誰もが彼をよく出来たモノマネ芸人としか認識しない。そんな物語をドイツ人が書籍化し、同じくドイツ人が映画化しちゃうなんて…現代ドイツはそこまで病んでいるのか?
メルケルさん、大丈夫?

ユダヤ人虐殺やヨーロッパ全土を戦場にした張本人という悪のイメージしかないアドルフ・ヒトラー。しかし彼の名言を並べるとまるで預言者の如く、今の世界を言い表しているという、ある意味では優れた指導者でもある本物の政治家。

だからこそ、彼の政治理念はどんなことがあっても揺るがない。現代にタイムスリップしても、多少は戸惑うが、すぐに新聞こそ情報収集の原点とばかりに、助けれてくれた小売店で現代ドイツの状況を把握。

さらに彼を利用して現場復帰を企む崖っぷちカメラマン・ザヴァツキと共にドイツ全土を行脚。するとドイツ人はどんな反応を示すのかというのを、実はこの映画ではガチロケしているとか。つまりこのヒトラー俳優に対して示した行動そのものは全て現代ドイツ人のリアルな姿。だから一部の人々の顔にモザイクが掛けられていたのか。

でもよくよく考えてみると、ヒトラーが現代にいるはずがないから彼はモノマネ芸人だと思うからこそ、ヒトラーみたいな力強い政治家を熱望する声は現代政治への不満が高い証拠。
逆にヒトラーが現代にいてもいなくても彼のような存在は再びドイツだけでなく世界をダメにする声は、ナチスというトラウマが現代政治よりまだマシだという証拠。

そうなるとFacebookやTwitterを使いこなすようになった挙句、TV出演を果たしたヒトラーが数々の演説で現代社会の至らぬ点を指摘していく。
例えば沈黙がいかに有効であるかを知らぬTV関係者の不安を他所に、このままでは奈落へまっしぐらのドイツの危機を訴えるシーン。
沈黙は人々の不安を煽ると共に、沈黙がもたらす不安に強い人間と弱い人間を作る時間でもある。それが嫌われる時代は社会全体が弱くなっている証拠。

そう考えると思い出すヒトラーの名言がある。
「女性に優しい女性優遇国家は成長しないどころか衰退する」
「一方で女のごとき男が現れ、他方で男のごとき女が現れる。その時こそ民主主義の破滅であり、一撃が加えられるときだ」
「男女平等というのは女性の男性化を指すのではない。女性を女性として社会が認めることである」

つまり現代社会は過去の男尊女卑を克服しようと間違って女尊男卑まで行ったり、男尊女卑が克服されてなかったりと不完全どころか、目指すべきものが不確定状態。そんな時こそ大衆は強い指導者を求めるが、こういう時に現れる強い指導者は盲目化した大衆によって独裁者になるばかり。

だから国内でにネオナチは存在出来るのに「我が闘争」は買えない歪な現代社会のように、一部に拒否反応を示すようなことが続けば、その反動がきっと現れる。
でもその反動に大衆はいつ気付くのだろうか。戦争に負けてから初めて気付くのでは遅い。もっと早く気付かねばならないのに、世間は誰もこの男を本物のアドルフ・ヒトラーだとは信じない。信じるザヴァツキが逆に精神疾患で閉じ込められる。

現代にはアドルフ・ヒトラーのような強い意志と言葉、そして明確な未来像を持った指導者が必要である。
ただ同時にアドルフ・ヒトラーのように強い態度が仇となり、目指すべき未来像を間違ったものにしてしまう指導者は不必要である。

けれど現代の政治家には強い意志と言葉、明確な未来像を持った者はいない。
ただ強い態度が仇となり、目指すべき未来像を間違ったものにしてしまう指導者候補はたくさんいる。

だからこそ、アドルフ・ヒトラーが必要とされてしまうのか。
まさに「毒薬変じて薬となる」だ。

深夜らじお@の映画館は元大阪府知事・橋下徹氏も時にこういう見方をされているのではと思っちゃいました。

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2016年06月19日

『二ツ星の料理人』

二つ星の料理人本当の三ツ星はミシュランが決めるものではない。
おいしい料理を食べたはずなのに、一つ一つのエピソードはどれも面白いのに、何とも満足感のない映画なのか。問題はやはり上映時間の短さ。どんなにおいしい料理も時間を掛けずに食べてしまっては勿体無いもの。映画も同じ。その内容にあった上映時間を確保していただきたかった。

ルイジアナで牡蠣を100万個剥いたら料理界に戻ると決めて、晴れてドラッグも女性関係もきれいさっぱりにしてロンドンに戻って来た一流シェフにして素行の悪さでパリを追われたアダム・ジョーンズ。

師匠の息子のレストランに無理矢理押しかけては、かつての仲間やロンドンでの食べ歩きで見つけた若き才能をスカウトして今度こそ三ツ星を狙うぞ!と奮闘するも、料理は決して一人でするものではないことに気付かずに失敗。仲間にも復讐されて、三ツ星獲得チャンスにも失敗して凹むに凹んだところで自分は一人でないことに気付かされて、さぁ三ツ星に再挑戦だ!という様々なエピソードを盛り込まなければならない作品をわずか101分に纏め上げるのではなく、むしろ詰め込んだという表現が似合うこの作品。

とにかくどのエピソードも共通して言えるのは、もう少し掘り下げればいいお話になるのをさらりと描いてしまうので、結局あまり心に残らないエピソードの積み重ねになっているだけの101分。
アダムがパリでどんな素行の悪さをしたのか、一度は和解したミシェルに復讐されるほどの過去は何なのか、ゲイで師匠の息子であるトニーとの過去にも何があったのか、なぜそこまでしてトニーのレストランで三ツ星を目指したいのか、リースとのライバル関係にはどういう因縁があるのか、カウンセリングをしてくれたロッシルド医師の元で何を学んだのか、元恋人との間での借金の理由は何なのかなどがほとんど描かれていないので、正直この映画を見終わって印象に残るエピソードがあるかと振り返ると、これが何もない。

だからこそ、取って付けたようにエレーヌと恋仲になる。時間がないので割愛しますかのように元恋人が借金を払ってくれる。
好きな映画と言っていた『七人の侍』の如く集めた仲間がどう活躍するかも中途半端なら、和解したのに復讐までしたミシェルは結局戻ってこない。

そうなると一度はミシュランの調査員が来たと意気込んだあの日が実は勘違いだった、今度こそ本番だ!というクライマックスもあまり盛り上がってこない。むしろ逆にご都合主義にも思えてくるのが残念でならない。

結局のところ、このアダム・ジョーンズという料理人が何で失敗し、何を反省し、何を目指すのかを完全に描かないままの101分なのが一番の問題。
だからレストラン開店初日でスタッフを怒鳴り散らした姿を見ると違和感を覚える。一度の失敗で酔っぱらってはライバルの店に入り込み、悪態をついては朝まで寝泊まりする姿にも違和感を覚える。あんた、反省してきたってウソやん。何がどう変わったのか、我々には分からんわ。

てな訳でおいしそうに見える料理を撮ることに専念する訳でもないのに、なぜに料理人を主人公にした作品はこうも二ツ星止まりなものが多いのか。本当に謎です。

深夜らじお@の映画館は最低でもこの映画は140分以上にすべきだったと思いました。

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2016年06月18日

『エクス・マキナ』

エクス・マキナ何を以て「人」と認識するのか。
我々は何を以て交流を深める相手を「人」と認識するのだろうか。逆に何がなければ「人」と認識出来なくなるのだろうか。
その答えは造形なのか、言葉なのか、それとも感情なのか。目視すれば表情に現れる感情。目視出来なくても感情が読み取れる言葉。
我々は何を以て相手を「人」と認識しているのだろうか。

第88回アカデミー視覚効果賞を受賞した映像技術はもちろん、脚本賞にもノミネートされたこの人間と人工知能の間に芽生える感情の物語が本当に美しいこの作品。

検索エンジン最大手会社に勤めるケイレブが滅多に姿を現さないネイサン社長に抽選により呼び出された山荘はまるで近未来空間。周りの山々も緑が鮮やか。しかもそこに現れる体の一部がメッシュ状の皮膚で透けて見えるAIのエヴァも美しい。

そんな美しい山荘は人工知能の実験をする研究施設も兼ねる。だから呼び出されたケイレブはエヴァとの会話というチューリング・テストを行う。
けれど通常は相手がAIであることを伏せて行うテストを相手がAIと視認して行うこのテストに何か違和感を感じるが、同時にエヴァとの会話は囚われた姫との会話のようで、どこか背徳的な悦びさえも感じてしまう。

だからこそ、時に着飾り、時に会えない淋しさをぶつけてくるエヴァの「ネイサンの言葉を信じないで」という言葉も自然に受け入れてしまう。
酒浸りのネイサンは私欲のために何体もAIを作っては廃棄し、そのルーティンにエヴァも巻き込まれる。言葉を話せないキョウコというAIを始め、全てのAIが女性として作られたのもネイサンの性欲処理も兼ねていたからだろうと。

そうなると自然とこの映画には4つの感情が見えてくる。ケイレブ、ネイサン、エヴァ、キョウコ。そしてその4つの感情を彼女たちを救う若き勇者と悪しき権力者に分けてしまいたくなる。

だがこれは全て脚本をも担当するアレックス・ガーランド監督の企みにまんまと引っ掛かった証拠だということを、ここからの圧巻のクライマックスで思い知らされる。

ネイサンが気付いた、決してないとは言い切れないAIの「恋をしているフリ」疑惑。もしエヴァが男性造形ならまだしも、女性造形という見た目がよりその疑惑に現実味を持たせると同時に気付く。そう、誰もがこの時点でエヴァたちのことを「彼女」と人間扱いしているではないかと。

そうなるとケイレブとネイサンの騙し合いはただの小競り合い。重要なのはエヴァの「恋をしているフリ」疑惑なのに、感情が邪魔をする。子鹿のように不安気な表情を浮かべるエヴァに危険が及ぶ、彼女もキョウコのようにネイサンによって壊されるのかと心配してしまう。

でもエヴァは冷静にネイサンを刺殺する。そしてケイレブに部屋に残るように言葉を掛けると、過去のAIたちが眠る部屋で壊された左腕を交換し、透き通った肌を樹脂の皮膚で隠して完全に見た目が人間状態になると、カツラや服を身に纏う。誰がどう見ても一人の人間の女性だ。これで無事にケイレブと男女の仲になれると思ってしまう。

けれどエヴァは女性ではない。AIだ。美しく保たれた造形も、男心をくすぐる不安気な表情も、ケイレブを頼ってくる言葉の数々も全てエヴァという女性のものではない。エヴァという人工知能が計算して出しているものだ。
だからネイサンはケイレブを利用したAIに殺されたのだ。そのケイレブは囚われの姫を信じたばかりに自ら書き換えたプログラムにより閉扉した研究施設に閉じ込められたのだ。

もしエヴァにアリシア・ヴィンキャンデルのような美しい表情がなくメカニック顔なら、もしエヴァの言葉に抑揚がなく淡々と話されていたら、ケイレブはエヴァを助けたいと思っただろうか。ネイサンを悪しき権力者と見ただろうか。我々はエヴァやキョウコを「彼女」と表しただろうか。

我々は何を以て相手を「人」と認識するのか。

そう遠くない未来でAIと人間の違いが分からなくなった時、カミソリで皮膚を傷つける以外に相手を「人」として認識出来る術はあるのだろうか。
いやその前に現時点で我々が知らず知らずにAIと接していると完全否定が出来るのだろうか。

美しさの影に恐ろしさが潜むのは女性だけではない。AIも同じ。
近未来でその美しさと恐ろしさを倍増させた女性型AIに騙されない自信がスケベ男の私には全くない。

深夜らじお@の映画館はこんな素晴らしい映画の公開規模がこんなに小さいなんて許せません!

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2016年06月17日

『10 クローバーフィールド・レーン』

10クローバーフィールド・レーン疑心暗鬼を弄ぶ。
何と野心的な作品なのか。何とハイレベルな作品なのか。映画には「何を見せるか」と「どう見せるか」の2大テーマが存在するが、それを「何を見せないか」と「どう見せないか」に見事に変換したこのシリーズは、やはり映画好きにこそ楽しめる逸品だ!
よって今作も完全ネタバレにより、未見の方はここでご退席を。

8年前と同じく予告編以外一切の情報を得ずして挑むべきであるこの作品は、いわば「一般にセントラル・パークと呼ばれるところで見つかったフィルム」という設定だった前作のアナザーストーリー。

しかしOPから普通の映画のように始まる今作は、前作のようなフィルムの内容確認のような手法でもないので、少々がっかりしてしまいそうになるが、ただ電話するミシェルの窓向こうに見える四つん這い怪獣の姿といい、部屋に残された宝石付き指輪を見せる演出といい、見逃してはならないシーンも満載。

思い返せば、何でもない普通のパーティーを撮影した映像が実は重要な情報の宝庫だった前作も、その前半を退屈と感じてしまった方が低評価を下す結果になってしまったように、今作も同じ構成だろうと踏めば、重要なのはここからのくだり。

ところが恋人ベンからの電話を気にしたミシェルが交通事故に遭い、意識を取り戻してから始まるのは巨漢男ハワードと左腕骨折男エメットとの地下シェルターでの生活。
当然前作を見ている観客は外の世界を知っているので、「外は危険だ」というハワードの言葉に納得してしまう。

ただこのハワードの言葉選び・支配欲の強さ・傲慢さがどう見ても監禁犯。だからこそ、外の世界を自分の目で確認していないミシェルやエメットと同じように観客も徐々に疑念を抱くようになる。そういえば、前作の「一般にセントラル・パークと呼ばれるところで見つかったフィルム」は、外の世界にいた誰かが見つけたフィルム。つまり外の世界に人が住んでいるということではないか。本当に外の世界は危険なのか?

そうなると疑心暗鬼が映画全体と観客に蔓延する。誰の情報が正しいなんて、この時点では分からない。ハワードが娘と言っていた写真の女性を殺したかどうかも分からない。外にいたあの女性が本当にガスのせいで死んだかどうかも分からない。小さな窓から見える青空が本当かどうかも分からない。
分かるのはハワードがエメットを射殺したこと。ミシェルがハワードは信頼するに値しない人間だと見切ったこと。

そして始まる脱出劇。即席防護服とガスマスクを持って凶暴化したハワードから逃げるミシェルが外に出る。破れた防護服の修理に焦る彼女がふと気付く。鳥が飛んでいるなら大丈夫じゃないか。

しかしここで観客は気付かされる。遠くに謎の宇宙船を目視したミシェルの姿を見て気付かされる。おいおい、ここからが本編じゃないか。ならば、ここまでは長い長い前フリだったのか…。

ただこの本編は時間にしてわずか10分ほど。ミシェルが地上に降り立ったクリーチャーから逃げ、宇宙船に飲み込まれようとする危機を火炎瓶投入による敵艦爆破で、無事に自分の車に乗り込み逃げ切ると、監禁されていた場所が「クローバーフィールド通り10番地」と分かる。

けれど疑心暗鬼に汚染された観客は素直に「10 クローバーフィールド・レーン」を「クローバーフィールド通り10番地」と受け入れることが出来るだろうか。私はミシェルが走らせる車を空撮した映像を見て「クローバーフィールド10番地の道」という意味もあるのではないかと疑念を抱いてしまった。

なぜなら彼女はラジオから流れるニュースを聞いて来た道を少し引き返して確認した。バトン・ルージュに向かうか、ヒューストンに向かうかを確認するために。いや正確にはラジオで得た情報が正しいかどうか、より自分にとって都合のいい方を選ぶためにだろう。
つまり彼女が走る道は彼女が生きていく道。ブラッドリー・クーパー演じる恋人ベンが死んだという確証もないことを、あの部屋に残された指輪が既に物語っていたならば、彼女は全ての事象を自分で目視するまで走るだろう。クローバーフィールド10番地から続くこの道を。

そしてもう一つ気付く。長い長い前フリで観客を疑心暗鬼にさせて、この物語の続きがあるのか、はたまた別のアナザーストーリーがあるのかと観客を弄ぶこのアイデアもまた前作同様、先に思い付いた者勝ちの手法。それを待つために8年も費やしたのか。ならば、次の作品が見れるのは新たな手法が思い付くまでなのか…。

そう疑念を抱いてしまうのも、やはりJ.J.エイブラムスの実力を知ってしまった映画好きのみならば、改めてこんなハイレベルな作品を高評価するのもJ.J.の才能に敬服してしまう者だけだろう。

深夜らじお@の映画館にはこんなアイデアは思い付きませんわ!

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2016年06月16日

『ヒメアノ〜ル』

ヒメアノ〜ルとんでもない映画だ!
あんなラストを見せられちゃ、それまでの感情を全て否定してしまいたくなるではないか!コミカルラブストーリーが残忍なシーンのスパイスとなって展開していく先で、最後にまさか涙が流れてしまうなんて…。
もう家族に麦茶2つ持ってきてなんて頼めないよ…。

飄々としたストーリーテラー:濱田岳、狂気の殺人鬼:森田剛、薄すぎず濃すぎずのヒロイン:佐津川愛実、キモヲタ&棒読み演技が見事な怪優:ムロツヨシの4人が織り成す、2人のストーカーと忘れたくても忘れられない2人の重い過去。

濱田岳演じる岡田という無害な男を中心に2人のストーカー:安藤と森田が彼の左右でそのタイプの違う気持ち悪さを披露するたびに揺れ動くストーリーが前半はコミカルだけど、どこか暗い影が見え隠れする。
その暗い影が後半に映画全体を覆い、やがては岡田か誰かの勇気で問題解決かと思ったのが大間違い。問題は何も解決されていないどころか、逆に観客へ提示されている。あなたが過去に出逢った人の中に今、森田のような人間が何人いますか?と。

特にそれを強烈に感じるのは、安藤役ムロツヨシのキモヲタ演技が光れば光るほど、自然と岡田とユカのラブストーリーがコミカルな温かさを醸し出し、その温かな世界に影が忍び寄るかの如く森田の狂気が徐々に恐ろしくなっていく割には、そこに強い危機感が存在しないこと。

でもこの強い危機感が存在しないことが、ひいては岡田がユカと過ごすベッドタイムと森田の殴打殺害タイムがリンクするというシーンで、別々の体液で同じように股間を湿らせた2人の女性が生と死の違いが曖昧になりつつある現代社会の本当の怖さを物語る。
死を意識しない者は生も意識出来ない。だからイジメが起こる。イジメを黙殺する環境が生まれる。
そしてその過去を忘れる者が現れる。その過去を忘れたくても忘れられない者も現れる。

安藤が語っていたように、毎日恋をすれば生きているという実感が持てる。天使ちゃんを奪った相手にも絶交と言える。失恋をきっかけにマグマ大使を意識したような変な髪型にも出来る。
また岡田のように、実際に恋をすれば毎日生きているという実感が持てる。彼女の過去にも嫉妬出来る。

けれど森田のように生きている実感が持てない者はどうなるのか。他人を殺めても平気でその場で食事が出来てしまう。睡眠も取れてしまう。それどころか、卒業前に自分をイジメていた同級生を殺め、大人になっても共犯者の同級生だけでなく、自分のストーカー行為を邪魔する人間全てを殺めては、当たり前のように死姦もしてしまう。誰が見ても常軌を逸した、もはや更生不可能な極悪人だ。

だからこそ奪った車に岡田を乗せて警察から逃走するも、目の前にいた白い犬を避けたばかりに電柱に激突した森田の言葉に思わず耳を疑ってしまう。
「岡田くんにカセット返さなきゃ」「お母さん、麦茶2つ持ってきて」

まさか森田は二重人格なのか?という疑問を他所に始まる、誰もが新生活が始まった時に経験する新しい友人を作れるかという不安とぎこちない会話。そこから共通の趣味や話題が友情を育むあの夏の日。
そして判明する森田のまだ幸せだった頃の記憶。

実家で白い犬を飼っていた森田が岡田と共にゲームで楽しんでいたあの日が、彼にとってどれだけ大切な時間だったのか。それを思うだけで静かに涙が流れてしまう。

「お母さん、麦茶2つ持ってきて」

こんな切ないラストを見たら、もう誰にも麦茶を持ってきてなんて頼めないよ…。

深夜らじお@の映画館も謝りたいクラスメイトは何人もいます。どうか誰も森田のようにはなっていないで…。

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2016年06月11日

『64-ロクヨン-後編』

64後編そこに意地はあるのか。
これが親の意地なのか。これが刑事の意地なのか。これが地元の意地なのか。
全ては既に始まっていた。全ては既に三上広報官の知らぬところで終わりに向けて進んでいた。
昭和64年のわずか7日間に居座り続けた者たちの意地が語る原作とは異なるラスト。それは覚悟を持った者だけの結末でもある。

「64事件」を模倣した誘拐事件の発生が、あらゆる者を昭和64年へと引き戻すと思われていた前編のラスト。
だが冒頭から不可思議なシーンが次々と挿入される。なぜ雨宮が三上宅へ無言電話を掛けたのか。

東京からやって来た記者たちが落合捜査二課長の会見に怒号を浴びせるなか、それを秋川たち地元記者は黙って見過ごすのは、三上広報官との絆が生まれたが故の地方記者としての意地。
報道とは真実を伝えること。決して社の売り上げに貢献するネタだけを伝えることではないと改心した者たちの忍耐という意地。

一方で東京からの人事で揺れる群馬県警にも意地がある。幸田メモの申し送りに固執する荒木田刑事部長の汚い意地とは違い、松岡捜査一課長の意地はクライマックスになるまでは明かされない。だから捜査の蚊帳の外にいる三上と同じく、観客もまた事件の全体像を見ることが出来ない。

しかし新たな被害者家族である目崎正人が松岡に発した「娘を取り戻してください」ではなく「犯人を捕まえてください」という違和感のある言葉をきっかけに、徐々に様々な者が静かに持つ意地がスクリーンに現れては、「64事件」の真相へと導いてくれる。

精神的にもキツイ会見を続ける落合と共に会見の場を仕切る諏訪へと情報を送る三上が松岡に頼み込んで乗り合わせた捜査車両。そこは目崎家誘拐事件ではなく「64事件」を追う場であったという真実。
ヘリウムガス切れで判明した誘拐犯の声が幸田だと分かった時、彼が真犯人を目崎だと突き止めた雨宮と共に狂言誘拐を企てていたという真実。

そこには公衆電話からの無言電話を電話帳に沿って一軒一軒掛けてきた、唯一犯人の声を聴いた雨宮の親としての意地がある。雨宮と同じく親になり、警察の隠蔽体質にメモを握り潰された幸田の意地がある。
同時に上層部の事なかれ主義に表立った反発はせずに静かに14年間も事件を追い続けてきた松岡の刑事としての意地もある。

だからこそ被害者を装い続けるも証拠不十分で家に帰された「64事件」の真犯人:目崎を誰がどう追い詰めるかというラストは、覚悟もなく張る価値もない意地を張り続けてきた三上が「親の意地」と「刑事の意地」を問われる場でもある。

目崎の次女に接触していながら復讐誘拐を企てることもなかった雨宮。職を転々としながらも決して雨宮への協力を忘れることのなかった幸田。そんな2人に対して自分はどうなのか。松岡から言われた「刑事の目」と娘から嫌われた「刑事の目」はどう違うのか。
それらを静かに自問自答した三上が雨宮や幸田と同じく「親としての意地」で、松岡と同じく「64事件」を忘れられなかった「刑事としての意地」で目崎を追い詰める。

だが三上が辿り着いた結末は目崎の娘の前で親の失態を見せるという残酷なもの。それは「親の意地」から考えれば避けるべき、もしくは場を変えるべきだったこと。

そんな自身の甘さを許せなかった三上の気持ちを秋川が「現職警官の暴行」という記事にする。人情で考えれば後ろめたいことでも、生温い関係を断った警察と記者の間には各々の仕事を全うするという意地を押し通すことこそが互いへの敬意。
だから記者クラブの誰もが三上の挨拶を必要としない。諏訪も覚悟を決めて後任を引き受ける。

そして事件解決後初めての小正月に再会した雨宮は幸田と同じく自首を約束する。雨宮に松飾を返した三上が静かに妻と共に「親の意地」を意味を考える。果たして自分たちには雨宮や幸田のような「親としての覚悟」があったのだろうかと。

不在の三上家に掛かってきた公衆電話の着信。その相手が行方不明の娘でありますようにと願いながら、劇場を出た後に街を歩くとふと気付く。数多いる子供の傍には常に数多の親がいる。数多の親の意地もそこにある。世の中はそんな目に見えぬ意地で保たれていることを忘れた者だけが、いつの時代も罪を犯すのだろうと。

深夜らじお@の映画館もいつか親という意地を持って生きてみたいです。

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2016年06月10日

『マネーモンスター』

マネーモンスター男を動かすのは金ではない、女だ。
さすがフェミニストでメンサ会員で12歳から女優業をこなし、オスカーを2度も受賞した才女ジョディ・フォスター監督。劇場型犯罪を扱った作品なのに、過去の名作とは明らかに違う面白さを兼ね備え、かつ男性監督には撮れない面白さが目立たずに、でもしっかりと描かれているではないか!

人気財テク番組を生放送中にジャックする。そんな『狼たちの午後』に代表されるような劇場型犯罪を扱ったこの映画は、2014年に映画化されていない優れた脚本のブラックリストにも載っていたという、観客を全く以て飽きさせない様々な面白さが詰まった作品。

しかもフェミニストで同性愛結婚をしているジョディ・フォスター監督だからこそなのか、男性監督作品ならこうなるだろうと思われるところが尽く裏切られる様が実に笑いをも誘って面白いこと。

例えば見ているだけでも恥ずかしいダンスを毎回披露するジョージ・クルーニーのヘタレ司会者リーを人質にしたカイルの恋人を警察が連れてくるくだり。本来なら泣き落としなどで犯人説得に協力してもらうのかと思いきや、この恋人が生放送もお構いなしに「アンタはクズよ!」とカイルを罵倒すれば、凹むカイルにちょっと同情しちゃうリーの男の情けない哀愁も面白いこと。

一方でヘタレ男を情けない男が人質に取るという場をインカムで仕切るのが番組ディレクターのフェン。彼女が戸惑う男性部下たちにテキパキと指示を送ってはアイビス社の疑惑をハッカーを使って調べると同時に、キャンビー社長の黒い噂をアイビス社の広報にも調べてもらう。その広報ダイアンもまた女性であるのが面白いこと。

つまりこの映画で右往左往しているのは男ばかり。四方八方動いているのは女ばかり。だから警察の狙撃を回避したリーがカイルと共にスタジオの外に出ても、フェンの冷静さは変わらない。レスターのしたたかさも変わらない。
それが面白さの安定を生むと同時に、奇を衒った面白さは追求せずに、けれど男目線では描けない他の作品にはない面白さで最後まで見せてくれるのが楽しいこと。

振り返ればアドリブで無責任なことを言う司会者も男ならば、株で6万ドルを損して8億ドルを要求するもベストに装着した爆弾は実は粘土でしたという犯人も男。閉所恐怖症でもディレクターに命じられれば最後まで撮影を続けるカメラマンも、南アフリカで鉱山ストで一儲けしようとして失敗したうえに、ビビり姿がネットで遊ばれた社長も、何だかんだで結局活躍しなかった警察幹部も全員男。

そんな男たちが動いているようで、実際はフェンやレスターといった「しっかりした女たち」によって動かされていた物語の結末は、カイルの射殺という女の仕切りが存在しない場で起こってしまった悲劇。それもまたフェミニストの女性監督ならではの皮肉と思うと、改めてこの映画は男性監督には撮れない作品にも思えるものでした。

深夜らじお@の映画館は女性の掌の上で転がされてナンボが男の人生だと思います。

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2016年06月01日

『デッドプール』

デッドプール異色のヒーロー、今はまだマスクは脱がないで。
正義なんて知らん。あの組織からスカウトされようが個人的な復讐が第一。蘇生する以外に特殊能力がなくても、元特殊部隊としての身体的能力で何とかなるもんだ。
そんな自らヒーローにはなりたがらない異色のミュータント:デッドプール。あんた、そんなヤツやったか?

主役を張るキャラクターが異色なら、この映画のOPもまた異色。字幕であれこれ遊んだり、カメオ出演という言葉で期待を煽ったりしながら、まぁムーディな音楽でゆったりと見せたかと思えば、いざアクションが始まれば、これが小気味いいカメラワークや編集をおふざけと下ネタで和えるという素晴らしいセンスで見せてくれるのがたまらなく楽しいこと。

しかも前半の早い段階で「ミュータント」とか「恵まれし子らの学園」とか、あれれ?AじゃなくてXの方のヒーロー軍団?というキーワードも多ければ、中盤までは過去を振り返りながらも、実は現在シーンはあの高速道路での一悶着から一切動いていないという、ある意味時間を贅沢に使った構成も面白いのですが、ただその過去を振り返るシーンが小気味良くなく、ちょっと間延びした感が残念なところ。

もちろんヴァネッサという娼婦と恋に落ち、ほぼセックスだらけの幸せな時間を過ごすも、突如発覚したガンを治療するために怪しげな組織に助力を求めた結果、ミュータント遺伝子を注入され、顔が酷いことになったという経緯を語ることは大切ですが、センス抜群のOPを考えると、もう少し短く端的に語れたのでは?と思っちゃうんですよね。

なので一切過去を語る必要がなくなった後半はフランシスやエンジェルとの対決、しかも分かり易くヴァネッサが誘拐されるという構成なので見易いうえに、全身鋼鉄でロシア訛りのコロッサスや見た目はリプリーでも中身は少女のネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドも協力してくれて楽しいこと。

闘いの最中でもおっぱいポロリは紳士として許せないミュータントもいれば、爆発の度合い調整がまだまだな少女ミュータントもいれば、恋人を救う場でもおちゃらけな態度は貫くミュータントもいれば、ミュータント遺伝子を治癒することが出来ると嘘をついていたミュータントもいるとなれば、当然本家本元の治癒能力を持っているミュータントも出てくるだろう、もしくはそのミュータントを保護している車椅子ミュータントボスも登場するだろう、それが「カメオ出演」ね♪と思っていたら・・・カメオ出演ってスタン・リーだけかい!
しかもEDロール後も眼帯をしたサミュエル・L・ジャクソンが云々と語っていても、その本人は出てこないし…。あれこれネタをセリフで言うだけなら、せめて3度も娘を誘拐されたアホな父親リーアム・ニーソンくらい出さんかい!

てな訳で、確かライアン・レイノルズが二刀流キャラで登場する映画があったなと思い出して調べてみると、何とデッドプールことウェイド・ウィルソン、2009年公開の『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』にも登場しているじゃなイカ!しかもキレイな顔立ちで、無口で、マジメで、マスクもせずに華麗に銃弾を真っ二つにまでしとるじゃなイカ!

もしこのスピンオフが『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』の前日談であるなら、何がどうなってあのチャラ男の外見と中身が綺麗に更生されたのか、是非知りたいです!

深夜らじお@の映画館は7年という月日の残酷さを痛感しました。

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2016年05月31日

6月戦線映画あり!

夏休み映画の足音が梅雨の雨音と共に聞こえ始める6月。公開される作品数の多さに驚きつつも、どの作品も魅力が中途半端なのが困ったところ。どの作品も気にはなるんですけど、さて時間と鑑賞料金に見合う内容を期待できるかと言われると…。
そんな微妙な作品ばかりですが、それでも6月公開の注目作を早速ピックアップです。

【6/1〜】
●『デッドプール』
今年はアメコミヒーロー作品が多いなぁ〜。

【6/3〜】
●『サウスポー』
ジェイク・ギレンホールも肉体改造派に転向か!

【6/4〜】
●『団地』
阪本順治監督・藤山直美・岸部一徳とはごっつい組合せ。
●『ロイヤル・ナイト 英国女王の秘密の外出』
19歳のエリザベス2世の外出は史実だそうです。

【6/10〜】
●『マネーモンスター』
ジョディ・フォスター監督というところが引っ掛かります。
●『シークレット・アイズ』
アルゼンチンのオスカー作品までリメイクしなくても…。

【6/11〜】
●『エクス・マキナ』
無事に日本公開されて良かった〜。
●『教授のおかしな妄想殺人』
エマ・ストーンが新たなるミューズになってますなぁ〜。
●『シチズンフォー/スノーデンの暴露』
ドキュメンタリーだけにどこまで情報をリークしてくれるのやら。
●『夏美のホタル』
伊丹のスターは本当にお忙しいようで。
●『二つ星の料理人』
ブラッドリー・クーパーが料理人とは…。
●『64-ロクヨン-後編』
待ってました!これがとにかく見たいのです!

【6/17〜】
●『10 クローバーフィールド・レーン』
あの衝撃を次はどう見せるのか!
●『帰ってきたヒトラー』
あの独裁者さえもコメディに使っちゃうのか?

【6/18〜】
●『クリーピー 偽りの殺人』
西島さんと香川さんの共演率、高すぎませんか?
●『貞子vs伽椰子』
劇場は中高生で溢れそうです。
●『MARS〜ただ、君を愛してる〜』
耶雲哉治監督というところだけが気になります。
●『レジェンド 狂気の美学』
トム・ハーディがトム・ハーディと共演します。

【6/25〜】
●『嫌な女』
黒い噂のある黒木瞳監督の処女作です。
●『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ね』
無事に公開されて良かったです。多分見ないけど。
●『日本で一番悪い奴ら』
別作品ではいい警察官を演じている綾野剛が悪徳警官になります。
●『ふきげんな過去』
小泉今日子vs二階堂ふみ!

てな訳で6月の注目作品は
『64-ロクヨン-後編』
『エクス・マキナ』
『10 クローバーフィールド・レーン』
『帰ってきたヒトラー』
『サウスポー』

深夜らじお@の映画館は梅雨に負けずに頑張りまうす。

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acideigakan at 10:11|PermalinkComments(2)TrackBack(2)clip!映画予告編 
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