2008年02月05日

『ぼくのバラ色の人生』

ぼくのバラ色の人生女の子になりたい男の子をテーマにしたこのフランスとベルギーの合作映画。昨今TVドラマでも扱われている性同一性障害と言ってしまえば一言で終わってしまうことかも知れませんが、でもそんな一言では何の解決にもならない難しい問題です。
でもこの映画はそんな難しい問題を丁寧に、かつ誰にでも分かりやすいように描いた秀作です。知名度も低く、映画ファンの間でもあまり知られていない作品だそうですが、1997年にはヨーロッパ映画賞で脚本賞を受賞するなど、その内容の素晴らしさは世界に認められているみたいです。

これはあくまでも個人的な考え方なんですが、人間誰にでも心の中に男性と女性がいると思います。多くの人は自分の性別と同じように男性は男らしく、女性は女らしく生きていますし、そうしなければならないと思い込んでいると思います。
この映画でも主人公の7歳になる男の子は将来の夢が好きな男の子と結婚することだったり、かわいい女の子になることだったりと、世間一般に思われている年頃の男の子らしい夢ではありません。もちろんこの男の子の両親もそんな息子を心配し、何とか普通の男の子らしい生活をさせようと努力するもその効果は現れるどころか逆効果になる始末。

でもこの親子のやりとりを見ていると性同一性障害とか小難しい問題よりも「個性って何なんだろう?」とか「自分らしく生きるって何だろう?」ということが終始頭を過ぎるんです。
よく教育現場でも社会でも個々の家庭でも「個性を持て」とか「他人のマネをせず自分らしく生きろ」とか言われますが、私はそんな言葉は偽善にしか思っていません。
所詮今の世の中で言われるところの個性なんてものは、世間一般に半分以上迎合したうえにほんの少し作られる他人との小さな差異だと思います。ケータイの着メロを換えただのそんな微々たることに個性を主張しているくだらないものだと思います。
一方で地べたに平気で座り込むなど迷惑行為をして勝手に個性だと主張するお門違いさんもたくさんいます。

しかし個性っていうものは周囲の意見に左右されず、己の意見を持ち、時に周囲の人間を自分の世界に引き込む力を持つものだと私は思います。ケータイの着メロなどそんな微々たるもので表現されるものでもないですし、迷惑行為で周囲を困らせるものでもないはずです。
要は無理解な人のことなど気にせず、自分の信念に従って生きていくことで自然と周囲の理解を得ていくものなんだと思うのです。

この映画でも後半、女の子になりたい息子を嘆いていたこの一家が引越し先で男の子のように過ごす女の子を優しく見守る一家に出会うシーンは少し拍子抜けした感じで妙に笑えてしまます。今まで周囲の目ばかり気にして息子のことを見てこなかった自分たちを小さな人間だったと恥じたり、今までの努力は何だったんだろう?と思ってしまうそんな一家を見ていると、個性を声高に叫んでいること自体が胡散臭く思えるほどでした。

自分らしく生きる、それは周囲の無理解を理解に変える力を持つ素敵な行為だと思います。でも世の中は会社や学校の色に半分以上染まることが正しいと考えられています。無理解な人がまだまだ多い世界ですが、自分の生き方に理解を示してくれる人を大事にしたいと改めて思えた素敵な映画でした。

深夜らじお@の映画館も幼き頃は女の子になりたいと思った時期がありました。

acideigakan at 18:00│Comments(0)clip!映画レビュー【は行】 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る

にゃむばなな

Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載