2010年02月23日

『ヒロシマナガサキ』

ヒロシマナガサキ今までに見た中で最も怖い映画でした。悪趣味なクリエーターが作るホラー映画よりも、原子爆弾が人体に及ぼした数々の写真や動画の方が何百倍も怖いです。目を背けたくなるほどに恐ろしいです。でもこれらは決してフィクションでも何でもなく、史実であることがもっと恐ろしいと感じる映画でした。

1945年8月6日と聞いて、この日が何の日だか答えられない人が多い昨今。それは平和ボケなくらい平和であると同時に、原爆被害について国家レベルで学んでこなかった証でもあると思います。
人類史上唯一の核兵器使用例でありながら、核兵器の人体に及ぼす恐ろしいまでの被害をこの国は目の当たりにしてきながら、それでも原爆に対する知識の浅すぎる日本という異常国家。本当にたかが60年なのに1945年の日本と21世紀の日本は別国家であるようです。

特にそれを強く感じたのは原爆被害に遭われた方々を収める写真や動画の数々。私自身、昔の映像を見るのが好きだったり、またこれまでにも広島や長崎にも訪れたことがあるので、もちろん原爆に関する展示や資料もたくさん見てきたつもりでした。

でもこの映画で見る原爆の恐ろしさはまさに絶句の一言。言葉が見つからないではなく、言葉が出ない。言葉が出ないからこそ、内に溜まった感情が溢れ出す先を見つけれずに徐々に言い知れぬ恐怖へと変貌していく。そしてその恐怖に動けなくなる。
何と言うか、ホラー映画を見て自分の生命に危機感を覚えるようなあの恐怖ではなく、もっと恐ろしい人間の悪なる部分を見せられたような、とても人間が行いしことだと信じたくないような恐怖感。

それが本当の戦争の、核兵器の恐ろしさであり、その恐ろしさがこの映画にはたくさん収められているんです。もう観客の顔色なんて気にして映像や証言を選んでいるレベルではない、本当に伝えるべきことだけがこの映画に収めているのです。
ですからこの映画を見終わると、本当に核兵器や戦争に対する考え方が一層大きく変わると思います。

そしてこの映画を見て、私は残念ながらアメリカはいつか再び核兵器を使用すると思いました。また日本も核保有国が核兵器を使用することを絶対に止められないとも思いました。
エノラ・ゲイの乗務員たちが核兵器を使用した後悔の念を隠すように「戦争を終わらせるため」という正義を語っているのに、被爆者たちが涙を押し殺して60年前の悲劇を未来に伝えようとしているのに、彼らの想いが全く活かされていない現代アメリカと現代日本。「正しい戦争」という言葉をノーベル平和賞授賞式で用いるようなアメリカ。1945年8月6日と9日が何の日か分からない国民が少なからずいる日本。
ここに原子爆弾を使用した道義的責任、被爆国としての世界における道義的使命は全く感じられませんでした。

平和だと思っていた現代。でも60年前の悲劇を知識として残せていない現代。そんな状態で本当に今の時代は平和と言えるのでしょうか。
どんな戦争映画を見るよりも強烈すぎるくらいに強烈な映画。それだけに多くの方に見ていただきたい映画でもありました。

深夜らじお@の映画館は戦争が大嫌いです。

acideigakan at 21:25│Comments(0)clip!映画レビュー【は行】 

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