2010年06月03日

『生きる』

生きる一切奇麗事のないリアルな人間描写。これにただただ驚かされる映画です。そして志村喬さんのボソボソと頼りなく話すあの演技。これにただただ見入ってしまう映画です。
1952年の作品にも関わらず描かれているリアルな人間描写は58年後の今も変わらず。やはり黒澤明監督作品は本当に時代も観客も選ばない魅力がありますよね。

30年間無欠勤、でも特に何もしない市役所市民課々長の渡辺勘治。彼が胃癌で余命幾ばくもないことを知り、市民から陳情されていた小公園建設のため各部署を回り書類申請の手続きに奮闘するというお話から、その奮闘ぶりが彼目線で描かれているかと思いきや、実は彼目線では一切描かれていないんですよね。

彼目線で描かれていることといえば、自分が胃癌と分かるや、これまでの人生を悔いては、でもこれから何をすればいいのかも分からず、酒屋で出会った作家に遊びを教えてもらってはただただ金を使うだけ。
また同じ市民課にいた若い女性・小田切とよに援助交際関係を願ったりと、誰がどう見てもダメ男のヘタレ親父。

でもこのダメっぷり、ヘタレっぷりが本当にリアルで、実際に人生につまづいて立ち止まってしまったことのある方なら分かっていただけると思いますが、自分は一体何をしたらいいのか悩みつつ、でもただただ時間だけが容赦なく過ぎていく残酷さにまた苦しむ負のループが見事に描き出されているんですよね。これが本当に見事でリアル。

またそこから立ち直る姿もこれまたリアル。何か分かりやすいきっかけがあるというよりも、うさぎのおもちゃという何でもないきっかけで人は誰でも真実に気付く。それを学生たちが誕生祝パーティで歌う「ハッピーバースデイ」をBGMにすることで、彼が生まれ変わったと見せる演出の巧さ。しかも胃癌に侵されたという前提が彼の最初で最後の誕生日という意味合いを強めているところも素晴らしいこと。

そして彼がどのように小公園建設に尽力したのかについては、彼の通夜の席で市役所の職員たちの証言により徐々に明かされていくのですが、これまた人間描写がリアルで素晴らしいこと。
人間の価値はその人が亡くなった時に涙を流してくれる人の数で決まると聞いたことがありますが、生まれ変わった渡辺勘治に涙を流してくれたのは小公園建設を願っていた主婦たちとたった一人の心ある市役所職員だけ。
あとは自分の出世のため奇麗事ばかり言う助役やら酒の勢いだけでその場限りの本音をぶちまける職員たちばかり。

でも酒の勢いとはいえ、これで市民課の職員たちも渡辺勘治のように心を入れ替えるのかと思いきや、最後に見せるこれまた本当に奇麗事など一切ないリアルな人間描写。そして心ある職員が失望しながら見下ろす完成した公園。
その公園であの雪の日、渡辺勘治が一人ブランコに乗りながら「いのち短し、恋せよ乙女」というゴンドラの唄を歌っていたことを思い出すと、何と悲しき世の中なのかと思うと同時に、この現状が今もなお過去のものとはなっていないことに改めて気付かされるんですよね。

黒澤監督はこの作品は市役所批判の映画ではなく、このテーマで映画を撮るにあたって分かりやすい設定として市役所職員を用いたそうですが、日本人の事なかれ主義も時と場合によるもの。立ち上がる時は立ち上がれ。
「生きる」ということはやればできる。ただやる気になれば。そうすれば自分にも何かができる。そう思うこと。
この映画は本当にこれから先も時代を問わず、全ての人が見るべき名作ですよ。

深夜らじお@の映画館も頑張って生きていきます。

acideigakan at 21:28│Comments(8)clip!映画レビュー【あ行】 

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この記事へのコメント

1. Posted by jamsession123go   2010年06月05日 12:41
レビューに同感です。
初めて見た黒澤映画ですが、この映画で黒澤初体験をしたことの幸運に感謝しています。
2. Posted by ディープインパクト   2010年06月05日 22:56
 黒澤明監督作品ではヒューマニズム映画の頂点を極めた映画だと思います。
 この映画のテーマに残りの人生をどう生きるかを考えさせられた映画ですが、2000年代に入ってこのような映画に『ぼくを葬(おく)る』『死ぬまでにしたい10のこと』『最高の人生の見つけ方』がありますが、既に50年前にこのようなテーマを撮っている黒澤明監督の凄さを感じます
3. Posted by にゃむばなな   2010年06月06日 15:07
jamsession123goさんへ

黒澤作品の名作は数あれど、kの映画の素晴らしさは本当に時代を選ばないですよね。
やっぱり日本映画だけでなく世界の映画における黒澤作品の偉大さを実感するにはもってこいの作品ですよ。
4. Posted by にゃむばなな   2010年06月06日 15:45
ディープインパクトさんへ

世界にはこういうテーマでの映画は数あれど、どれもやはりこの映画には敵わないような気がしますね。
やはりこの映画の凄さは主人公が自暴自棄になる様を丁寧に描いているところだと思いますよ。
5. Posted by ディープインパクト   2010年09月05日 13:59
 こんにちは。改めて再見しましたが彼の映画は時代を超えて訴えかけてきます。
 そして妥協の無いリアリズムには黒澤明のメッセージが観ている側の心に響くそんな映画でした。
6. Posted by にゃむばなな   2010年09月05日 14:59
ディープインパクトさんへ

黒澤映画って50年以上経っても面白いだけでなく、何十年経ってもそのメッセージ性が古臭く感じないんですよね。
常にリアルに感じるのは常に彼が普遍的なモノを描いているからなんでしょうね。
7. Posted by 隆   2019年03月30日 16:48
無気力に生きて来た人が、目標を持って、突如急変して若返る、というドラマティックな演出ではなく、へたれのまま、老いたまま、頑張る姿が、良いと思います。

その方が、リアルであって、夢や希望を無くし、一度挫折した人にしか分からない、深い努力があると思います。

志村喬が、偉いと思うのは、病気をカミングアウトせず、それによって、応援してもらいたい、といった、慰めを求めなかった事ですね。そこが、老いた人なりの、プライドであって、闘病生活を超越して、命を燃やせたわけでは無いかと思います。
8. Posted by にゃむばなな   2019年03月31日 01:08
隆さんへ

本当に凄い人ほど、その凄さを認めてくれる人、いや理解してくれる人が少ないのでしょうね。たかが小公園、されど小公園。この演出も素晴らしいこと。

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