2011年01月12日

『サウンド・オブ・ミュージック』

サウンド・オブ・ミュージック音楽と歌の素晴らしさを語る上で、これ以上最適で完璧なミュージカル映画は他にない。そう言い切れるほど素晴らしく、そして永遠に色褪せることのない不朽の名作。
あの「ドレミの歌」がこんなにも素晴らしい歌だと、あの「エーデルワイス」がこんなにも愛のある歌だと改めて気付かされるミュージカル映画史上最高傑作だと思います。

フジテレビの「ハウス世界名作劇場」第17作「トラップ一家物語」としてアニメ化までされたマリア・フォン・トラップの原作をミュージカルに仕立てあげたこの映画。

まず言わずも知れた名曲の数々は本当に素晴らしいの一言。別に歌詞の内容が心を打つものであったりする訳ではないのですが、誰もが子供の頃に学校の音楽の授業で何度も耳にした「ドレミの歌」や「エーデルワイス」をこのようなミュージカルで見せられると、「こんなに素晴らしい歌やったっけ?」と思ってしまうんですよね。

確かに歌や音楽は読んで字の如く「音を楽しむ」ものですが、ここまで突き抜けるほどに楽しく歌われると、何かもう別の曲みたいな感じさえ受けちゃうんですもん。特に「ドレミの歌」をマリア先生と7人の子供たちが歌うシーンは完璧に計算された立ち位置とカメラワークにもはや脱帽しかできませんでしたよ。

また7人の子供たちがトラップ家で催された晩餐会で「さようなら、ごきげんよう」を披露するシーンでも影を効果的に使うことで、まるで舞台で歌う役者を見ているような立体感を感じさせる演出も本当に巧く、映画を見ているのにどことなく舞台を見に来ているかのように感じさせてくれるところも素晴らしいこと。

ただマリアとトラップ大佐の間にロマンスが生まれ、彼らが結婚するまでの描き方はちょっと早足だったかな?という感じが否めませんでしたが、その後ザルツブルクでトラップ一家が音楽コンクールで歌うシーン、特に「エーデルワイス」を歌うシーンは凄く感動的でしたよ。トラップ大佐一人から始まり、マリアや子供たちが加わり、やがて会場にいた全てのオーストリア人が一緒になって歌う。
反戦というテーマをあれこれ語るのではなく「エーデルワイス」一曲を歌うシーンだけで表現する。これは本当に映画史に残る名シーンだと思います。

あとこの映画を見て思ったのはミュージカル・恋愛・反戦などいろんなことを描きながらも、随所に笑いを入れるのが巧いということ。
もちろん前半はマリアの明るく前向きなキャラが生み出す笑いが大半でしたが、修道院に隠れていたトラップ一家がナチスから逃亡する緊張感のあるシーンでも、2人の老シスターたちに「院長様、私は罪を犯しました」と言わせながら隠し持っていたナチスの車の部品を見せるという笑いを持ってくるあたり、本当に巧い演出だな~と思いましたよ。

てな訳で改めてこういう作品にリメイクの話がほとんどないのはやはり色褪せない映画はリメイクする必要がないからなんだと思いましたよ。やっぱり秀逸な映画はどんなに時代が変わってもその秀逸さに対する評価だけは変わらないんですよね。そんなこともふと思った素晴らしいミュージカル映画でした。

深夜らじお@の映画館は歌うより聞く方が専門です。

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acideigakan at 18:00│Comments(8)clip!映画レビュー【さ行】 

この記事へのトラックバック

1. サウンド・オブ・ミュージック  [ ☆彡映画鑑賞日記☆彡 ]   2011年01月12日 20:39
 コチラの「サウンド・オブ・ミュージック」は、AFI(アメリカ映画協会)が選ぶ名画百選にも選出されている不朽の名作ミュージカル映画です。ミュージカル映画好きとしては、外せ ...

この記事へのコメント

1. Posted by YUKKO   2011年01月12日 18:22
5 これは、私の思い出の作品です!小学生の時、習っていたピアノの先生が映画館に見に連れていってくれたのです。あまりに感激して、サントラのLPを買ったくらいです。英語で歌を覚えちゃいました。スイスの山を越えた時は泣きました。これは、リメイクできない名作ですね。また、見たくなりました。
2. Posted by miyu   2011年01月12日 20:40
本当不朽の名作、それについてはまったくもって
異論がございません。
この作品をリメイク出来ないってのもなるほどですが、
でも名作を無謀にもリメイクしちゃってるのも
無きにしも非ずですよね(;・∀・)
3. Posted by にゃむばなな   2011年01月12日 20:44
YUKKOさんへ

うわぁ、その思い出いいですね~。ピアノを楽しむ一環としてこの映画を見に行くというその先生のセンス。素晴らしいですわ。
英語で歌を覚えてしまうのも納得です。
4. Posted by にゃむばなな   2011年01月12日 20:49
miyuさんへ

確かに無謀にもリメイクしちゃっているケースってよくありますよね。
『フットルース』もどうないなんねん?っちゅう話ですわ。
でもこの映画だけは永久にリメイクしないでいてほしいです。
5. Posted by シュレーダー   2011年05月01日 23:55
反戦?エーデルワイスはトラップ大佐の祖国愛を誇らかに歌っていますが…。

第一次大戦後欧州を支配したその反戦思想が、一時の平和のため、チェコを、オーストリアをナチに供し、ヒットラーの野望に歯止めをかけられなくしたのではないですか。
トラップ大佐は皇帝の軍人にして、共和国政府にもクエッション・マーク?ナチなど論外という、東洋風に言えば先帝の遺臣という孤高の人物。
演じたクリストファー・プラマーの品格を含め、戦後デモクラシー的文脈からは、決して出てこないと思いますよ。
6. Posted by にゃむばなな   2011年05月02日 20:12
シュレーダーさんへ

ご高説ありがとうございます。

でもこの映画を見て反戦を感じない人はいないと思いますよ。
だって祖国愛を歌っただけの映画がこんなにも語り継がれる映画にはならないと思いますから。
7. Posted by シュレーダー   2011年05月04日 02:06
前のコメントの方、
歴史をごく普通に学んで下さい。
ヒットラーは一発も撃つことなくチェコやオーストリアを飲み込みました。当時のヒットラーはヨーロッパに平和を約束していたのです。反戦といったって、ナチスと妥協することが平和を守ることになると思っていたのですな。ナチスに対して最初から警鐘を鳴らし続けたチャーチルは、かえって「戦争屋」として、嫌われる始末でした。

トラップ大佐は 現実のオーストリア国家の終焉を覚悟しており、彼の祖国愛はそれ故、永遠性を帯び、もはや超地上的なものとさえ言えるでしょう。だから「エーデルワイス」なのではありませんか。敢えて言えば、ドゴールの、祖国フランスに対する態度と似ています。

映画をごく普通にご覧になって下さい。舞踏会の場面で、先の大戦の戦勲により皇帝から賜った勲章を誇らかに佩用している人物の、どこに「反戦」気分があるのでしょうか。史実でも彼は歴戦の艦長であり、国民的英雄でした。彼が卑怯者だとは(本人も含め)誰一人思っていません。当時のオーストリア政府の不甲斐なさは、ま、昨今のどこぞの国によく似ていますが。

もう一人、伴侶になるマリアは ご存知、修道尼見習いでした。カトリック教会との深い繋がりは、最後の脱出行でもさり気なく、かつユーモラスに描かれていますが。
祖国ともう一つ、神の国に仕えるのが ヨーロッパのクリスチャンの基本的な態度であり、例えそれが、自らと家族を危険に曝すことがあっても、です。

そのどちらも持たない、想像さえつかなくなった戦後社会の日本人の「私小説」ならぬ「私音楽」に比べれば、サウンド・オブ・ミュージックは、ずいぶん広々としたアルプスの野原へと、或いは山々の高みへと、私らを連れて行ってくれるようですよ。
8. Posted by にゃむばなな   2011年05月04日 11:08
シュレーダーさんへ

再びご高説ありがとうございます。

ただ個人個人違う映画の感想を史実がこうだからと固定するのはよくないですよ。
仰りたいことは分かりますし、私もそうしてしまうことも時折ありますが、やはりそれは相手に対して失礼なこと。
それと長文になった場合は「長文失礼しました」くらいは入れましょう。

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