2011年08月17日

『光のほうへ』

光のほうへ大人がすべきこと。それは子供たちを光のほうへ導くこと。
「ゆりかごから墓場まで」という高福祉制度が充実し、世界一幸福な国と呼ばれているデンマーク。しかしその高福祉制度の裏側でも希望を見出せずに苦しんでいる人が確実にいることを明らかにしたこの映画は、昨今子供が虐待される日本の行く末を見ているかのようでした。

まずこの映画を見ていると、昨今日本各地で虐待により幼き命が失われている現状が凄くリンクしてきます。
別に幼き兄弟がアルコール中毒で育児放棄の母親から目に余る暴力を受けるシーンが多用されている訳ではないのですが、唯一の希望の光だった生まれて間もない末弟の死というトラウマで大人になっても苦しむこの兄弟の姿を見ていると、どこか実親から虐待を受けている日本の子供たちの未来像にも思えてくるんですよね。

しかもこの映画はこの兄弟の苦しみを同時に描かず、前半では前科者として臨時宿泊施設で暮らす兄ニックの姿を、後半ではニックの弟もしくはマーティンの父としか名前のない弟の姿をじっくりと見せることで、デンマーク社会の影の部分を丁寧に描いているのが素晴らしいこと。

兄は出所したばかりで何もすることがない生活。友人のイヴァンやソフィーはちょっとイカれているし、元恋人のアナには別の男性との子供がいる。
弟は同じ麻薬中毒の妻を亡くし、一人で息子マーティンを育てている生活。しかし麻薬の誘惑に負けてばかりで、毎日の食事さえマトモに確保できない日々。
そんな2人に共通していること。それは「負のループから抜け出したい。でも希望の光を見出せないから、どこに向かえばいいのか分からない」という、生活以上に苦しい心の苦しみ。

通常、人は誰でも成長していく過程で両親や周りの大人から「希望を見出す術」を自然に教えてもらう生き物です。でも育児放棄や虐待をする親からはそんなことを教えてもらえなかった子供たちが大人になれば、当然マトモな生き方などできずに犯罪に手を染めてしまうだけ。暴力に頼ってしまう生活を送るだけ。

でもどんな人生を送ろうとも、人間には希望の光だと思える友人や子供を守る最後の手段がある。それが友人の代わりに逮捕され、子供のために自ら命を絶つという自己犠牲。

多分この兄弟には自分の人生を差し出せば、二度と末弟を失うような悲しいことが繰り返されることはないだろうと信じたかったのでしょう。
しかし彼らの希望は既にマーティンという名前に全て込められていたんですよね。それに気付くのが遅かっただけなのかも知れません。

例えどんなに福祉制度が充実していても、所詮人間という生き物は希望が無ければ無意味な人生しか送れないもの。
その希望を見出し、人生を「光のほうへ」と導く術は大人が責任を持って子供たちに教えなければならないこと。

最高の福祉制度。それこそが子供を愛する家庭環境。
やがて大人になる子供たちを光のほうへ導くのか、それとも苦しみの闇へと導いてしまうのか。大人にはそんな重き責任があることを全ての大人が認識しなければいけないと思える映画でした。

深夜らじお@の映画館はこういう映画こそ本当にいい映画だと思います。

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acideigakan at 20:48│Comments(2)clip!映画レビュー【は行】 

この記事へのコメント

1. Posted by にいな   2011年08月17日 21:17
福祉国家のデンマークが抱える闇の部分が浮き彫りになった作品でした。あれだけの福祉が充実しているのに何故・・

国の豊かさと個人の幸せは比例しないのですね。

兄弟だけで行った洗礼シーンが美しかった。
2. Posted by にゃむばなな   2011年08月18日 12:28
にいなさんへ

いくら福祉制度が充実していても、それはある一定の条件を満たした人が対象になっているような感じのする映画でしたね。
万人に向けての高福祉制度のはずなのに…。

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