2012年04月05日

『ポエトリー アグネスの詩』

ポエトリー アグネスの詩詩はその人の分身。何を書くかは何を感じるかということ。無視していい感情などは何もない。
第63回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの映画は、現代韓国社会の汚い部分を美しい詩を書こうと悩むアルツハイマー病に侵されつつある老女を通して描く、イ・チャンドン監督ならではの静かなる名作。
重いテーマを扱っているはずなのに、見終わった後にはその重さを全く感じない不思議な映画でした。

孫と2人暮らしの、詩作教室に通う老女ミジャに次々と降りかかる不運。孫が自殺した女子中学生暴行事件に関わっていたという事実、その示談に必要な500万ウォンという大金、医者からのアルツハイマー病初期段階だという宣告、ヘルパーの仕事先で老会長から女性として身体を求められる侮辱。

まずこのミジャを見て思うのは彼女には自分自身というものがない空っぽ人間で、しかも綺麗事しか受け付けないうわべ人間なのに、それを全く理解していないということ。
例えば周囲からオシャレだという世辞に気をよくして着ているだけのように見える彼女の年齢には似合わない服装や、暴行6人組の父兄と示談について会合する場から無言で席を外し花を愛でに行く自分勝手な行動は、彼女が厳しい意見や汚い現実に耐えうる自分がないから「本音や真実」を意識的に避けている具体例だと思います。

また詩の朗読会で下ネタを織り交ぜる刑事を気嫌うくだりも、「詩は美しいもの」という固定観念の下で「美」ばかりを求めて「醜」を一切見ようとしないうわべ人間の典型例だと思うのです。

そもそも「美」は「醜」があるからこそ、その美しさが際立つものです。「醜」から目を逸らし「美」ばかり求めていても本当の「美」には辿り着けないんですよね。
これは下ネタを聞き流せない人ほど本音を話してくれない人が多いという下ネタを好む人なら誰もが一度は経験する現実と同じで、この世で最も美しいものが本音や現実だと知るためには下世話ネタを完全拒否してはいけないのです。

ですからうわべ人間のミジャが美しい詩を書けないことに悩むのはある意味当たり前。逆に被害者の母親に会いに行くもアルツハイマー病のせいで世間話だけして帰ったことを悔やむも「会えなかった」と嘘をついたことをきっかけに、老会長に身体を許し、それをネタに500万ウォンを脅し取り、孫の食卓に自殺した女子中学生の写真を飾るという自分の中にある「醜」を曝け出した時に美しい詩が書けたというのは凄く理解も納得も出来るんですよね。

子供は「美」を知らないからこそ「醜」も知らない。しかも知識もない空っぽ人間だからこそ凶悪な事件でも平気で起こす。
一緒にバトミントンで遊んでいた孫が刑事に連行されるも一切気に留めず、あの下ネタ刑事と共にバトミントンに興じるミジャの姿は孫に「醜」を見て来いという態度なのか、それとも単にアルツハイマー病の進行なのか。

ミジャと自殺した女子中学生の想いが重なるラストと、詩を朗読する声がいつの間にか入れ換わるEDロール。「醜」を知って初めて「美」を知った元・空っぽ人間が残した一編の詩にはミジャと自殺した女子中学生の本音が詰まっているような気がしました。

深夜らじお@の映画館の調べでは下ネタを好む人ほど実はピュアだという傾向があります。

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acideigakan at 22:11│Comments(8)clip!映画レビュー【は行】 

この記事へのトラックバック

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『シークレット・サンシャイン』のイ・チャンドン監督がなんと16年ぶりにスクリーンに復帰した女優ユン・ジョンヒを主演に据えた作品だ。孫息子を育てる初老の女性が一編の詩を紡ぎだそうと努力する中でとある事件と対峙していく姿を描く。共演に『宿命』のアン・ネサンや
2. 『ポエトリー アグネスの詩』 (2010) / 韓国  [ Nice One!! @goo ]   2012年04月05日 22:56
原題: POETRY 監督: イ・チャンドン 出演: ユン・ジョンヒ 、イ・デヴィッド 、キム・ヒラ 、アン・ネサン 、パク・ミョンシン 鑑賞劇場: 銀座テアトルシネマ 公式サイトはこちら。 LA批評家協会賞(女優賞)(2011年) カンヌ国際映画祭(脚本賞)(2010年...
3. *『ポエトリー アグネスの詩』* ※ネタバレ有  [ 〜青いそよ風が吹く街角〜 ]   2012年04月06日 22:09
2010年:韓国映画、イ・チャンドン監督、ユン・ジョンヒ、イ・デヴィッド、キム・ヒラ、 アン・ネサン、パク・ミョンシン出演。
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5. ポエトリー アグネスの詩・・・・・評価額1750円  [ ノラネコの呑んで観るシネマ ]   2012年04月07日 13:29
残酷な現実に彷徨う老女が、最後に辿り着いた「詩」とは。 「グリーンフィッシュ」「ペパーミント・キャンディー」「オアシス」「シークレット・サンシャイン」、そして「ポエトリー アグネスの詩」。 42...
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{{{[]}}} {{{: ■解説:「オアシス」「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督が、アルツハイマー症に冒され徐々に言葉を失っていく初老の女性が、一編の詩を編み出すまでを描いた人間ドラマ。釜山で働く娘に代わり中学生の孫息子ジョンウクを育てる66歳のミジ

この記事へのコメント

1. Posted by KLY   2012年04月05日 23:03
そうですね、醜さを知らなければ美は紡げないです。彼女はあまりにピュアで美しいものしか感じられなかったが故に書けなかった。醜さにまみれて初めて美しい一編の詩を生み出せたんですよね。ただし、恐らくそれが彼女にとって最初で最後の詩だったのでしょうけども。
2. Posted by にゃむばなな   2012年04月06日 10:09
KLYさんへ

世の中って常に表裏一体なものの両面を見ないと、真実は見えてこないですからね。
辛いものがあるから甘いものはより甘く感じるのと同じで、醜いものがあるからこそ美しいものはより際立つんですよね。
3. Posted by ノラネコ   2012年04月07日 13:44
現実に目を瞑り、空虚な美に拘っていたおばあちゃんが、ついにこの世界の本質と向かい合い、本当に美しい詩となってスクリーンに消えて行く・・・
巨匠イ・チャンドンならではの、正に一片の映像詩でした。
4. Posted by にゃむばなな   2012年04月07日 18:17
ノラネコさんへ

一片の詩を映画にするだけでここまで素晴らしい映画になるものかと驚きでした。
こんな監督は日本では園子温監督くらいしかいないでしょうね。
5. Posted by クマネズミ   2012年04月09日 06:49
お早うございます。
TBをいただき、誠にありがとうございます。
この作品については、おっしゃるようにまさに「静かなる名作」と思いました。
そして、「「美」は「醜」があるからこそ、その美しさが際立」ち、「「醜」から目を逸らし「美」ばかり求めていても本当の「美」には辿り着けない」のであり、ミジャは、「汚い現実」、すなわち「醜」に目を向けたからこそ、一編の詩が書けたのではないかとクマネズミも思います。
ただ、「にゃむばなな」さんは、ミジャについて、「彼女には自分自身というものがない空っぽ人間で、しかも綺麗事しか受け付けないうわべ人間なのに、それを全く理解していない」人間だと解釈されておられますが、クマネズミは、むしろ至極純な心を持った人間ではないか、「年齢には似合わない服装」をするのもその現れではないか、と思いました。
それで、その後のミジャの行動についての解釈も随分と違ってくるようです。
例えば、ミジャが「被害者の母親に会いに行くもアルツハイマー病のせいで世間話だけして帰ったことを悔やむも「会えなかった」と嘘をついたこと」というところは、途中の道端で会った女性が被害者の母親だとは知らずに話し込んでしまい、後でその家に行くも誰もいなかったため「会えなかった」と報告したのではないか、さらに「一緒にバトミントンで遊んでいた孫が刑事に連行されるも一切気に留めず」というところは、ミジャが既にパク刑事に話していて、孫が連行されるのも承知済みだからではないか、などと思いました。
勿論、どんな解釈も十分成立しますから、「にゃむばなな」さんが間違っていると申し上げたいわけでは全然ありません。逆に、クマネズミの解釈の方が成立しないのかもしれません。
ただ、一つの映画を見て様々な解釈ができるということ自体が随分面白いことだなと思い、つまらないコメントを差し上げてしまいました。ご容赦下さい。
6. Posted by にゃむばなな   2012年04月09日 09:37
クマネズミさんへ

気を遣っていただいたうえに、丁寧なご説明、ありがとうございます。
そう、このミジャを少女のように純粋な女性と捉えていらっしゃる方はたくさんいらっしゃいますよね。
いろんな方のレビューを拝見させていただいて、なるほど〜と思いました。

たった一つの解釈の違いが映画が進むにつれて、各々のシーンが持つ意味合いも変わってくる。
いやぁ、映画って本当に面白いですね。

あとこういうコメントは全然つまらなくないですよ。
むしろありがたいくらいです。
7. Posted by えい   2012年04月10日 00:18
クマネズミさんの書かれたこと、
そして、それに対するにゃむばななさんのお返事、
とてもオモシロいです。

というのも、
被害者の母親の件に関しては、
ぼくはにゃむばななさん、
孫の連行に関しては
クマネズミさんと同じ解釈だからです。

服装に関しては
自分の趣味だけど、
それが世の中から浮いていることに気づいていない…
そう、解釈しました。

水野晴夫さんじゃないですが、
いやぁ、映画って本当に面白いですね。
8. Posted by にゃむばなな   2012年04月10日 09:41
えいさんへ

この映画のレビューって、まさに十人十色。ここまで微妙に、でもはっきりと解釈が分かれるのは凄く面白いです。
一つの解釈が同じでも別の所では解釈が違う。
ほんと、映画って本当に面白いですね。

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