2012年05月01日

『わが母の記』

わが母の記良くも悪くも「わが母」の記。それがこの映画の評価の分かれ目。
故・井上靖先生の自叙伝を映画化し、第35回モントリオール国際映画にて特別大賞を受賞したこの作品。違和感なき雰囲気を醸し出す役所広司さんと違和感を違和感と感じさせない樹木希林さんの共演シーンがとにかく凄い一方で、この家族像に共感を覚えにくい部分が多々あったのが残念に思えた映画でした。

まずこの映画を見終わって思ったのは「井上靖って金持ちやな〜」でした。文豪と呼ばれるだけの小説家なのでお弟子さんや住み込みさんがいるのは分かるのですが、軽井沢の別荘に娘・琴子と母・八重とカタツムリの瀬川を半年近くも住まわせるわ、次女・紀子をハワイに留学させるわ、八重の誕生会をホテルで行うだけでなくラテンバンドまで呼ぶわなど、いわゆるインテリ上流階級の生活をたんまりできるだけの財力があれこれと描かれているんですもん。

ですからごく普通の一般家庭における「わが母」の記とはちょっと違うテイストで語られる部分に共感しにくいという人も少なからずいらっしゃると思います。
事実、私も「豪華客船」に乗り込むはずだった洪作が「ダンプカー」に乗り込んだ八重と琴子に沼津の海で出会うくだりなどは、ちょっと温度差がありすぎたようにも感じましたからね。

ただそれでも自分のことを忘れても母親には変わりない八重を洪作が沼津の海岸でおんぶするくだりや、洪作が記憶の奥深くに仕舞いこんだ子供の頃に書いた初めての作品を八重がずっと大事にしていたくだりなどは、素直に涙腺が緩みます。
その涙腺が緩む刺激が持続しないのがこの作品のもったいないところでしたが、長年息子をやっている者にはかつて自分を捨てたと思っていた母親に対して「恨む敵が自分を忘れているんじゃ勝負にならない」と母親への愛憎の間で苦しむ洪作の気持ちは凄くよく分かります。

特に親の気持ちが分かるような年齢になると、八重がずっと大事に持っていた息子の初作品は、きっと訳あって自分の手で育てられなかった息子の8年間を知る唯一無二の手掛かりなんだろうなと思えてくるのですよね。
子供は日々成長するもの。洪作は娘たちから過保護と言われるほどしっかりと子供の成長を見てきたけれども、八重は子供の成長する姿を8年間も見れなかった。幼少期の洪作が土蔵の婆ちゃんのために本家からの食事の誘いを断っていたというエピソードも八重にとっては母親として嫉妬に狂いそうなくらいに悔しいものだったはず。
そんな淋しさや悔しさ、そして息子への罪悪感など様々な感情が痴呆により姿を現し始めることに、自分も親になった洪作がたまらず涙を流す。

母の愛は海よりも深い。
だからこそインテリ上流階級の人間の話ではなく、ごく普通の一般家庭の話として描いていれば、樹木希林さんの痴呆演技に中高年の客層が笑い声を上げることもなかったのかも知れない。
そんなことも思えてしまうほど、ちょっともったいない感じも残る映画でした。

深夜らじお@の映画館は樹木希林さんの英語表記だけが「Kilin Kiki」ではなく「Kiki Kilin」になっていたのが不思議でなりません。

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この記事へのコメント

1. Posted by KLY   2012年05月01日 22:34
私小説故に設定は致し方ないですなぁ^^;でも私は確かにお金持ちの一家だったけど親子の関係は一般人と全然かわらないんだなと、逆に普遍性を持った気がします。樹木希林さん、この人ホント凄い。唸りました。
2. Posted by ノルウェーまだ〜む   2012年05月02日 00:04
にゃむばななさん☆
そうなんです!良くも悪くも私小説でしたね。
確かに上流階級の話は感情移入しにくいです。
もともと昔は金持ちしか小説なんて書いていなかったし、おめかけさんが居るくらいだから、実家が金持ちだったのでしょう。
涙が持続しないのは、本当に勿体無かったです。
3. Posted by にゃむばなな   2012年05月02日 16:24
KLYさんへ

金持ちだろうが一般家庭だろうが、親子愛は変わらない。
この普遍性を分かりつつも映画に入っていけるかどうか。
こういう映画を見ると、映画って難しいなぁ〜と思いましたよ。
4. Posted by にゃむばなな   2012年05月02日 16:28
ノルウェーまだ〜むさんへ

そういう時代背景も含めれば、主人公が金持ちであることに違和感はないはずなんですけど、ただやっぱり金持ちの話は感情移入しにくいのが一般庶民ってもの。
だからこそ映画に入り込むタイミングを逃すと評価が厳しくなってしまうんですよね。
5. Posted by ジョニーA   2012年05月05日 03:22
井上靖さんの『しろばんば』好きとしては、
おぬいばあさんなどのエピソードは嬉しか
ったッス。
若き日の希林さんを内田也哉子が演じると
いうのは、もうお約束事項になってますナァ

6. Posted by にゃむばなな   2012年05月05日 18:16
ジョニーAさんへ

まぁ樹木希林さんほど特徴のある顔立ちの女優さんの若き日を演じれる女優といえば、娘さんしかいないでしょうからね。
いづれ也哉子さんも希林さんのような女優さんになっていくのでしょうかね。
7. Posted by PGM21   2012年05月06日 13:26
何時もお世話になっております。

まあ当時としてはお金持ちで今のように老人ホームもあまりない時代を考慮してもお金持ちにしかできない介護という印象が拭えませんね。お金持ちでも家族の絆は一般家庭と変わらないものだと描きたかったのでしょうけれど、背景的な面を踏まえても今の時代には不釣り合いかな?と思います。周りより不便な描き方の方が受けやすいですが、周りより有利だとちいうのはあります。
うちも10年近い祖母の介護を見てきただけにその大変さは理解しますが今の時代に描く作品かな?と言われると難しいかなと思います。
8. Posted by にゃむばなな   2012年05月06日 16:07
PGM21さんへ

そうなんですよね。金持ち一家を描いているために、伝わりにくいことが多いんですよね。
母親に対する思いを描いているだけに、見る人が共感しにくいというのはちょっともったいないと思いましたよ。
9. Posted by たいむ   2012年05月06日 21:01
こんにちは。
金持ちなところはさすがに違うよなぁと思うものの、金持ちでも病気にはなるし、家族というくくりは同じだなぁと思ったところでした。
なにより、役者が良かったので私は満足してます。
10. Posted by にゃむばなな   2012年05月06日 21:44
たいむさんへ

役者の素晴らしさは文句なしでしたね。
金持ちも一般家庭も同じ親子愛があるのはよく分かるんですけど、何か心にまで響いてこない理由を考えると、やっぱり金持ち生活を描いているからなんでしょうね。
11. Posted by FREE TIME   2012年05月13日 23:16
こんばんは。
豪華キャストの持ち味は充分に発揮された映画でしたね。
樹木希林さんの演技が中でも素晴らしかったです。
あと、自分も伊上家のブルジョアぶりに目がいってしまいました。
12. Posted by にゃむばなな   2012年05月14日 21:12
FREE TIMEさんへ

金持ち一家の話というのが少し気に掛かるところでしたが、まぁ役者陣の素晴らしさは文句なしでしたね。
特に樹木希林さんは素晴らしかったですわ。
13. Posted by kajio   2012年05月27日 05:08
先日観てきました。

伊上先生一家は一昔前の言葉で言うと、確かにバブリー極まりないですね。

テレビが有りながら、有るのが当たり前の家だから、映るシーンが一切無かったのがかえっていやらしいぐらいで(苦笑)

あくまで井上靖先生ありきの物語だから仕方ないのかも知れませんが、

バブリー加減を減らしてサザエさん風大家族ものの色を強めるか、

バブリーなままでもうちょい主要登場人物を減らすかをしていれば、もっと大傑作!になっていた様な気はしました…。
14. Posted by にゃむばなな   2012年05月27日 08:59
kajioさんへ

ほんま、その通りやと思います。
金持ちで大家族。これでもか!と言わんばかりに見せるバブリーさ。
金持ちか大家族かどちらかに絞れよって思いますよね。

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