2012年05月09日

『別離』

別離誰にも感情移入できない嘘つきの大人たちに、11歳の娘テルメーが不憫でならない。
第61回ベルリン国際映画祭金熊賞や第84回アカデミー外国語映画賞など世界の映画賞を総なめにしてきたアスガー・ファルハディ監督の最新作は、前作『彼女が消えた浜辺』以上に人間の負の部分をリアルに描いた会話劇の秀作でした。

外国への移住を望む妻シミン、アルツハイマー病の父親を心配する夫ナデル、妊婦なのにナデルの家で介護の仕事に就くラジエー、無職で激高型のホッジャト。
まず普通の映画ならこの4人の誰かに少しくらいは感情移入できそうなものなんですけど、この映画に限っては全くもって誰にも感情移入できないこと。

シミンはイランが娘の勉学にとっていい環境でない理由をまともに語れないうえに病気の義父に対する配慮もなし。ナデルは冷静さと良き父を装いながらも保身重視の嘘ばかり。ラジエ−は嘘に嘘を重ねるも最後の最後でイスラムの教えにビビる。そしてホッジャトはまるで金目当ての輩のよう。
4人が4人、別に誰が悪いとかではないのですが、全員子供や家族のために争っているはずなのに、その無様な姿は子供にはあまり見せられない情けない大人の姿ばかりなんですよね。

しかも判事や証人として呼ばれたギャーライ先生など登場人物全員をこの嘘の絡め合いに巧く参加させながら、自分の考えを持ち始める年齢でもある11歳の娘テルメーを徐々に際立たせていく脚本の素晴らしさに加え、決してテルメー視線でこの映画を見せることなく、観客をまるで第三者の大人としてこの小競り合いを見せる巧さが、ラストシーンをより虚しく見せてくれること。

特にシミンとナデルの離婚協議でテルメーがどちらの親を選ぶかと判事に聞かれるくだり。涙を流しながら「もう決めている」と言った11歳の少女がどちらの親を選んだかはこの映画では描かれていませんでしたが、私はあの「もう決めている」という言葉自体がテルメーがついた精一杯の嘘だと思うのですよね。

両親には離婚してほしくない。でも離婚はもう回避できない。父親か母親のどちらか一方を選ぶなんてできないけれど、これ以上両親の争う姿なんて見たくない。

そんな思いを抱いた娘の回答を待つため部屋を出たシミンとナデル。半分開いた扉を挟み会話もなくたたずむ2人がいる廊下の向こうで子供の泣き声と共に聞こえる別夫婦の離婚協議らしき怒号。
シミンとナデルがその怒号と泣き声を我が身に置き換えて聞くことができれば、目の前の半分開いた扉を多くの人が自由に行き交う様子を流さずに見ることができれば、きっと自分達の現状を思い知り、そして娘の気持ちに気付くことができたはず。
なのに11歳の少女にこんな嘘をつかせるなんて…。この先、私が親になる人生を歩むことがあれば、決してこんな親にだけはなるまいと思いましたよ。

シミンがナデルの元に戻っていれば、ナデルがラジエーの妊娠を知っていたことを始めから証言していれば、ラジエーが無責任に嘘に嘘を重ねることがなければ、ホッジャトが他人を見下す言動を繰り返さなければ…。

日本や欧米でこの手の話を映画化するよりも、チャドルで身を覆った女性が「コーランに誓う」というイスラム社会独特の宗教観で絵的に「嘘をつく無様さ」をより強烈に見せてくれたアスガー・ファルハディ監督。
同じくアカデミー外国語映画賞を受賞したボスニア・ヘルツェコヴィナ映画『ノー・マンズ・ランド』ほどではありませんでしたが、何とも言えない救いのなさが心にずしりと残る映画でした。

深夜らじお@の映画館は喧嘩ばかりする夫婦を見たらこの映画を見るように勧めたいと思います。

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この記事へのコメント

1. Posted by ノラネコ   2012年05月09日 22:15
イランと言えば中東の映画大国ですが、ファルファディはその中でもちょっと異質というか、今までいなかったタイプの作家だと思います。
この人のスクリーン内に観客を誘い込むような、独特の作劇はちょっとリアルすぎて怖いけど魅了されてしまいます。
2. Posted by にゃむばなな   2012年05月09日 22:19
ノラネコさんへ

マジッド・マジディなどの巨匠とは明らかに違う作風ですもんね。
リアルすぎて怖いけど魅了されるというのは私も同感です。
だからこそより見終わった後の感想がちょっと重くなるんですよね。
3. Posted by rose_chocolat   2012年05月09日 22:32
これほどまでに感情移入できない人たちをうまく重ねて捉えていると、ちょっと怖くもなりますね。
我々も、日常生活でもこういう例に少しづつ取り囲まれているかもしれません。
4. Posted by KLY   2012年05月09日 22:57
宗教が根底にあるのはイスラムの国として当然なんですが、実はそれ以外に関しては我々と何も変わらないと思うんです。それだけにリアリティがあるし、意外なほど身近に感じました。
面白いですわ、この監督の作品て。
5. Posted by にゃむばなな   2012年05月10日 21:40
rose_chocolatさんへ

こういう人たちに出会い、何かに巻き込まれることって普通にありえることですもんね。
だからこそ、より臨場感のある演出が嫌な怖さを生む。
監督の演出もお見事ですわ。
6. Posted by にゃむばなな   2012年05月10日 21:43
KLYさんへ

イスラム世界という特別なものを特筆せずに物語を見せやすい要素として描く。
この巧さは素晴らしいですね。
遠い世界のお話に見えないどころか、より身近に思えるお話でしたよ。
7. Posted by えい   2012年05月19日 21:22
確かに感情移入を拒否しているような映画ですね。
ある出来事を引き合いに、
人にはそれぞれの理があるということを
改めて見せてくれたこの映画、
そうだよな〜という
苦いため息が出てしまいました。
8. Posted by にゃむばなな   2012年05月20日 16:13
えいさんへ

誰にも感情移入できないからこそ、ラストでの11歳の少女の涙がより可哀想に思えてしまうのでしょうね。
監督の計算された演出は見事ですわ。
9. Posted by 悠雅   2012年06月13日 23:55
誰にも全面的には感情移入できないけれど、
それぞれの立場の、一部分だけはわかるところがあったりして、
だからこそ、リアルな重さを感じる内容。
「嘘」という形で伏せることで、物語の先を読ませず、ミステリアスに進めてゆく手法。
描かれる内容もさることながら、脚本の巧さに引き込まれました。
10. Posted by にゃむばなな   2012年06月14日 16:24
悠雅さんへ

誰にも感情移入できないんですけど、誰の事情も理解はできる。
この辺りの微妙さが巧いですよね。
そして最後に11歳の少女の不憫さが際立つ構成の巧さ。
本当に脚本の巧さが際立つ映画でしたね。
11. Posted by latifa   2012年12月16日 11:23
テルメー、可哀想でしたね・・・。
冷蔵庫に、彼女が赤ちゃんのころから現在に至るまでの家族写真が沢山貼ってあるのが目に留まりました。

私的には、あの無職の怒りっぽい旦那が一番イラつきました。
12. Posted by にゃむばなな   2012年12月16日 14:38
latifaさんへ

子供の不憫さを直接描かず、大人の身勝手さを描くことで際立たせるこの演出方法。
いや〜本当に巧いと思いましたよ。

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