2012年07月31日

『ディア・ピョンヤン』

ディア・ピョンヤン愛する母国の首都でもなく、革命の聖地でもなく、ただ愛する家族が住んでいるだけの街、ピョンヤン。
大阪在住の在日朝鮮人2世の梁英姫監督がご自身の両親を10年に渡り撮り続けたこのドキュメンタリーは、北朝鮮という国が在日朝鮮人の方々にとってどういう存在なのかを教えてくれると同時に、海と国境を隔てて暮らす家族の絆を映し出した見事な映画でした。

同じく梁英姫監督の『かぞくのくに』を見る前にと思いこの映画を見たのですが、まず韓国の政情不安や北朝鮮の安定政権が大きく影響して南朝鮮出身者でも北朝鮮に帰国していたという帰国事業、在日朝鮮人の方々にとっての故・金日成元帥の存在感の大きさは凄く勉強になりました。

特に日本で終戦を迎えた梁監督のお父様が語られる故・金日成元帥は植民地時代を知っている朝鮮人にとっては間違いなく朝鮮統一国家を再び築ける唯一の存在と心酔するほどの英雄だったのでしょう。
そして植民地化による屈辱、独立後も続く民族差別を二度と経験したくないという強い想いが盲目化を招き、金日成時代に経済危機があっても、金正日時代に大規模な飢餓があっても、それでも北朝鮮に忠誠を尽くそうとするのだと思うんですよね。

つまり金正恩が金日成の存在感にあやかろうとする傾向からも、この北朝鮮の支配層というのは屈辱や差別といった苦い過去を利用して朝鮮人を取り込んでいる詐欺師みたいなものと考えると、我々日本人にとってはお父様の30年前に息子3人を北朝鮮に帰国させたのは先見がなかったと少々後悔する姿も、娘・英姫に韓国籍に変更することを許可する姿も全て理解できるような気がするのです。

父親の長寿を祝う100人も集まるパーティ代全額25万円も親からの仕送りからでしか出せない息子3人の生活状況や孫たちの将来を考えると、いくら自分が過去の経験から北朝鮮を心酔しても、そこには明るい未来がないのは自明の理。
だからこそ日本に住む娘だけには息子3人の分まで幸せに生きてほしい。でも自分はもう生き方を変えることはできない。
そんなせめぎ合いが娘の結婚相手は朝鮮人であれば誰でもいいが、日本人やアメリカ人は絶対ダメという言葉の節々にまで現れているように見えるのです。

妹の「頑張って(生きて)」と兄たちの「(俺たちの分まで)頑張って」という同じセリフがここまで意味合いが違うことにも切なさを感じつつ、大阪から新潟、新潟から万景峰号に乗って元山、そして田舎道のような道の先にある平壌までの距離が徐々に年老いて行く父親にとって遠くなっていくように感じるラスト。
これだけ北朝鮮に忠誠を尽くしてきた方にも配慮を微塵も見せないあの国には人情があるのか。

この映画を見てピョンヤンは少しでも考えてくれないか。人情味ある決断をしてくれないか。

日本語とハングルがちゃんぽんになっている彼らの会話には在日朝鮮人の方々の日本での生活と朝鮮人としてのアイデンティティの間でのせめぎ合いが現れているような気がするからこそ、そんな在日朝鮮人2世の梁英姫監督が語る全てに強い想いを感じる秀作ドキュメンタリーでした。

深夜らじお@の映画館も妹が結婚して中国に住んでいるので梁英姫監督家族に共感できる部分が多々ありました。

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acideigakan at 18:04│Comments(0)clip!映画レビュー【た行】 

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