2013年01月27日

『アウトロー』

アウトロー正義という名の法を施行する者を無法者と書いてアウトローと読む。
クリント・イーストウッドの西部劇を語る上で外せない作品として多くのファンを獲得しているこのアメリカ建国200周年記念作品。単なる復讐劇ではなく、南北戦争時代に生きた一人の無法者を通してアメリカの原住民に対する非道と、そこから学ぶべき正義の歴史をも描いた秀作だと思います。

北軍直属の「赤足」部隊に妻子を殺された農夫がレジスタンスとなり、やがて早撃ちのガンマンとしてお尋ね者になるという設定をサラッと描き、しかもその赤足に対する復讐も最後の20分ほどで描き切ってしまう構成に、単なる復讐劇として見ると不満の残る作品だと思います。

ただ無法時代にこそ問われる正義とは何かをクリント・イーストウッド演じるジョージー・ウェールズを通して見せてくれるので、この映画を見ていると杓子定規では測れない「本当の正義」こそ、実は現代アメリカに欠けているものではないかとも思えてくるんですよね。

そもそも罰則規定のある法に縛られなければ好き勝手なことをするのは、マナー以前に人として凄くレベルの低いこと。逆に人として素晴らしい生き方というのを考えると、行き着く先は武士道精神や騎士道精神を根底に持つ文化の中で生きてきた旧き良き日本人や欧州人になると思うんですよね。
周囲の色に簡単に染められることもなく、自分の道をしっかりと見つめ、一人でも集団でも生きていく強さ。そういう人の周りには自然と人が集まってくる。

このジョージー・ウェールズというお尋ね者も、考えてみればまさにそんな人物。どんな場所でもツバを吐くのも、仲間を信頼しつつも自分の戦い方に絶対の自信を持つのも全ては自我の強さ。そしてその男として一本道を歩む強さは同じ男性としては「兄貴」と呼ぶのに相応しい存在でもあると思うのです。

時に原住民の女性を白人の虐待から救い、知恵のある老いた原住民を心から信頼し、カンザス移民の老女と孫娘を助け、寂れた町の人たちにも酒を振る舞い、酋長と義兄弟の契りを交わす。その男義に惚れた仲間は赤足の襲撃に対しても全員で立ち向かう。新居を奪われないためにという目的だけでなく、ジョージー・ウェールズを守るという目的と共に銃を手にする。

ですから裏切り者のレッテルを張られたフレチャーがお尋ね者に出会った時にどうするかと問われた時に、「先に撃たせる。彼にはその義理がある」と返答したのもレジスタンスの仲間への贖罪の念とジョージー・ウェールズへの男義が見事に混じり合っているんですよね。
しかもそんなフレチャーに対してジョージー・ウェールズは相手の立場も考慮に入れて「全ては戦争のせいだ」と答える。うぅ〜、この男と男の渋いやりとりがたまりませんわ〜。

てな訳で孤高の男を演じさせると彼の右に出る者はいないと思えるほど、改めてクリント・イーストウッドは渋さに唸らされた映画でした。

深夜らじお@の映画館はクリント・イーストウッドにまた西部劇を撮ってもらいたいです。

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acideigakan at 16:30│Comments(0)clip!映画レビュー【あ行】 

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