2014年03月16日

『あなたを抱きしめる日まで』

あなたを抱きしめる日まで信仰心の前では怒りさえも無力になるのか。
これは50年前に生き別れとなった息子を探す母親の物語ではありません。フェロミナ・リーという一人の女性の物語です。
そしてこの結末も例えマーティンと同様に赦せないものであったとしても、この作品がフェロミナの物語である以上、それを受け入れねばならない物語なのです。

閉鎖的な空間ほど罪深き空間になる。これは『es-エス-』『汚れなき祈り』で描かれた史実が物語るように、外部からの干渉を拒む空間では支配層が絶対的正義へと変貌し、結果として何をしても許されるという歪な現実が生まれてしまうもの。

これは人間関係にも通じるものがあり、例えばフェロミナのように片田舎しか知らない高齢層が案外自分の正義を他人に押し付けるのもその一つでしょう。
確かに人生経験も豊富ですが、その反面出身校で人を判断する傾向もあるのも事実。マーティン・シックススミスのようなジャーナリストとは違い、狭い世界で限られた人間関係の中での豊富な経験は時として正義の質を見間違えることもあるもの。

ですから営業を仕事とされている方なら、フェロミナのような老人の身勝手さが目についてしまうのではないでしょうか。
本を勧めているのに内容を全て語り、ホテル従業員と話すたびに100万人に1人の割合で出逢える親切な人だと信じ込み、しつこい営業を断るとお説教を始める。

でも逆に限定的な空間で過ごしてきた方の立場に立って考えてみると、それは単なる心配性なだけにも見えてくるんですよね。
それを象徴していたのがフェロミナが生き別れた息子アンソニーの現状を心配するくだり。「ホームレスになっていないか」「戦死していないか」「アメリカ育ちだから肥満になっていないか」というのは老婆心の一言で片付けられる反面、情報の少なさが起因になっているものでもあると思うのです。
つまり広い世界を知らないから情報も少ない。だからこそ心配や不安だけ増えるのです。

そんなフェロミナとは対照的なのがある意味観客の感情の代弁者でもある、彼女と共に旅をするマーティン。決して正義に燃える人物ではないものの、ただアンソニーの死が判明し、さらにアンソニーのゲイ恋人との面談で息子もまた母を探してあの修道院を訪ねていたにも関わらず、シスター・ヒルデガードたちはその事実だけでなく、彼の墓が修道院の敷地内にあることさえも隠し続けていたことに怒りを覚えるのは当然のこと。
しかも修道院は母親たちを半ば強制的に同意させたうえで幼い子供をアメリカ人に売買していたことも分かれば、例えフェロミナがシスターたちを赦すと言って人間の感情として赦すことなどは到底出来ない。

でもその怒りさえもフェロミナの厚い信仰心の前では無力に感じるだけ。彼女は彼女なりに、若き頃に肉体的快楽に溺れたことへの罪悪感と向き合った結果、その信仰心からこの史実を受け入れているだけ。これを無神論者のマーティンやフェロミナほど信仰心のない者がとやかく言う事は出来ない。

シスターたちが閉鎖的な修道院で続けてきた身勝手な振る舞いも、その理由を肉体的快楽という罪を犯した娘たちが悪いと言い訳も、一般論としては到底赦せないもの。
ただその一般論に「他人よりもまず自分自身に向き合う」というフェロミナのような厚い信仰心は存在しない。

だからこそ、このフェロミナの息子を探す旅の結末は彼女にとっては贖罪の旅の結末でもあったのかも知れません。
最後に「このことを記事にしてほしい」とマーティンにお願いしたのも決して修道院への恨み辛みではなく、この50年間写真やフィルムなど息子との時間を記録出来なかったことへの贖罪の意味もあったのではないでしょうか。

深夜らじお@の映画館はこの映画はジュディ・デンチでないと成り立たない作品であったとも思いました。

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acideigakan at 15:09│Comments(4)clip!映画レビュー【あ行】 

この記事へのトラックバック

1. 「あなたを抱きしめる日まで」みた。  [ たいむのひとりごと ]   2014年03月18日 08:55
フツーのおばさんでもどこか非凡さを感じさせてくれるジュディ・デンチ主演の作品。1950年代、アイルランドから米国へ多くの子供たちが養子に出されており、その裏に隠された事実であり非情な実態が実話をもとに
2. あなたを抱きしめる日まで ★★★★  [ パピとママ映画のblog ]   2014年04月04日 20:17
10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話を、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ監督が名女優ジュディ・デンチを主演に迎えて映画化。ジャーナリストのマーティン・シックススミスによる「The Lost Child of Philomena Lee」を基に...
 PHILOMENA  アイルランド出身で、英国に娘と暮らす老婦人フィロミナ(ジュディ・デンチ)は、 50年前に未婚のまま、アンソニーという名の男の子を出産していた。修道院 から養子に出されたまま行方知れずの息子を、フィロミナは捜す決心をする。 BBC
4. 映画:あなたを抱きしめる日まで Philomena デコボコ?コンビが辿り着く先は。  [ 日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜 ]   2014年04月26日 10:28
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5. 劇場鑑賞「あなたを抱きしめる日まで」  [ 日々“是”精進! ]   2014年05月17日 14:42
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7. 息子探しの果てに  [ 笑う社会人の生活 ]   2014年10月16日 07:42
25日のことですが、映画「あなたを抱きしめる日まで」を鑑賞しました。  18歳で未婚の母となったフィロメナは親から強制的に修道院に入れられ、息子をアメリカに養子に出されてしまう。 それから50年 イギリスで娘と暮らしながら常に手離した息子のことを案じ、娘の知...
8. あなたを抱きしめる日まで  [ いやいやえん ]   2014年10月28日 07:47
【概略】 50年前に生き別れた息子を捜そうとする主婦と、その記事に再起を懸ける元ジャーナリストの旅の行方を描く。 ドラマ 未婚で身籠ったため修道院に預けられた挙句、産まれた子供を勝手に里子に出された母親が、50年経ってその息子を探しに行くというお話。

この記事へのコメント

1. Posted by たいむ   2014年03月18日 08:54
人は知っていることしか知らないんだなぁと、フェロミナを見ていてつくづく思ったけれど、そんな彼女の常識とか当たり前にハッとさせられる部分もありました。
環境って大切ですねえ。
2. Posted by にゃむばなな   2014年03月18日 15:26
たいむさんへ

育ってきた環境でその人の常識も変わってくる訳ですが、狭い世界しか知らない人でも広い世界を知っている人よりも知識において優れている分野は必ずあるもの。
それを凄く感じましたね。
彼女が赦しを選んだのもその延長線上なのかも知れませんね。
3. Posted by BROOK   2014年05月17日 14:48
遅ればせながら、鑑賞してきました。

ちょっと修道院の本性に充分にメスが入れられていないとは思いましたが、
主題がそういったことではないので、これでも充分に良かったと思います。

ジュディ・デンチ演じるフィロミナがとてもチャーミングでシリアスな展開ながらも、面白かったです♪
4. Posted by にゃむばなな   2014年05月18日 00:11
BROOKさんへ

観客視点ではこの修道院の本性にもメスは入れてほしいものですけど、あくまでもこの物語はフェロミナの物語。
そこは余分とばかりに描かないところも、レベルの高い映画だと思いましたよ。

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