2015年01月16日

阪神大震災から20年

明日で阪神大震災から20年です。あの年に生まれた子供が成人になる、そんな時の流れの残酷さだけをまざまざと感じる、そんな20年です。

思い返せばこのブログでも震災から14年目に当たる2009年から毎年この時期になると震災に関する想いを綴ってきましたが、節目の20年目を迎えるにあたって読み返すと、その記事の内容のほとんどが風化を懸念するものばかり。

それは裏を返せば、あれから20年もの間、この国では様々な自然災害や人災に見舞われてはきたものの、何ら教訓を活かしきれていないどころか、むしろ震災を経験していない大多数の数の論理に負けるかのように、震災経験者の声が拾われてもいなければ集められてもいないようにも感じられるんですよね。

でも確かに大震災や戦争のような命に係わる出来事を経験していない者にどんなに話をしても、話し手と聞き手の間に十分な親密さがあるか、もしくは聞き手に十分な想像力がない限り、経験者の想いは伝わらないのは事実。
そうなると言葉による語り継ぎだけでは限界があると思うのです。

となれば、我々はこの経験をどう次の世代へ伝えていくべきなのか。
20年前に既に生まれていたとはいえ、5〜6歳くらいの子供だった方々には語り継ぐだけの記憶もない。つまり「人生80年」と言われる現代において既に25/80が語り継ぐだけの記憶を有していない、残りの世代はわずか55年しかない。

この事実を直視した時、中越地震でも東日本大震災でも同じ、経験者が年々減っていくこの時の流れに対して我々日本人はどう対処していくべきか。
もはや個人レベルだけではなく、国家レベルで十分な想像力を有する学力を持った世代を育てるなど、教育レベルからもう一度考え直すべきではないでしょうか。

語り部を増やしていくことも大事ですが、聞き手を育てていくことも大事。
そして言葉だけではなく、史跡や町名など形として残すことも大事。

ただそれは我々の先祖が遥か昔から行ってきたこと。
それを改めて見つめ直す時期として、この阪神大震災から20年という節目の年を利用していただきたいと切に願います。

深夜らじお@の映画館にとって1月17日は永遠に特別な日です。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 阪神・淡路大震災から20年を迎えました  [ オールマイティにコメンテート ]   2015年01月18日 00:25
2015年1月17日5時46分阪神・淡路大震災から20年を迎えた。 今から20年前の今日淡路島を震源とする震度7の直下型地震が神戸などを襲った。 ここ地震により64 ...
2. 阪神大震災から20年  [ FREE TIME ]   2015年01月18日 01:45
今日は1月17日。 阪神大震災から20年が経過しました。

この記事へのコメント

1. Posted by Caine   2015年01月16日 01:08
俺はちょうど阪神大震災の年に就職したんですね。忘れもしない、妹がイギリスに旅立ち母と共に成田へ見送りに行った帰り、上野に立ち寄った際に号外を受け取りました。
そこで観たのは燃え上がる街の空撮の写真でした。母と一緒に何か大変なことが起こっていると、いてもたってもいられない気持ちになったのを覚えています。

そして就職してしばらくしてオウム真理教事件、そして函館ハイジャック事件と続いたんです。入りたてのADだった俺は震災を含めてものすごい量の映像を観ました。そして、2年後に別番組のロケで三宮を訪れたんです。まだ市営球場の中に仮設住宅が残っていました。
商店街も空き地が結構残っていましたけれど、関西の方々の持ち前の明るさが凄く逞しく思えたのが印象的でした。

すいません。なんかつらつら思い出しながら書いちゃいました^^;
2. Posted by にゃむばなな   2015年01月16日 23:22
Caineさんへ

いえいえ、そういう自分は経験していなくても生命の危機を覚えるような恐怖を心の底で感じたという経験も語り継ぐべきものだと思いますよ。
中越地震の時も東日本大震災の時も、誰もが恐怖を覚えるような感覚をあの時は持ったはず。それを忘れない限り、風化は絶対にしないと思うんですよね。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る

にゃむばなな

Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載