2015年06月21日

『海にかかる霧』

海にかかる霧海の上の密室。
闇夜の海に浮かぶボロ船が密室になる。一寸先も見えない濃い海霧が密室を強固にする。密航を手助けするという違法行為が心を密室に押し込める。
これが本当に起きた事件を元にしていると聞いただけでも恐ろしくなる、人間の狂気。密室に押し込まれれば押し込まれるほど、人は人でなくなるのでしょうか。

2001年に起きた「第7テチャン号事件」という、中国人密航者を通気性のない水槽タンクに押し込めたばかりに窒息死させた事件を元ネタにポン・ジュノとシム・ソンボの勧告を代表する2つの才能が映画化したこの作品。

金融危機で経済がどん底状態だった当時の韓国で、ボロ船でも愛船を守りたいと願うカン船長が密輸よりも難しいが報酬のいい密航に手を出すというのはよくある話。
借金に追われるワノ機関長も、色欲船員チャンウクも、金と女には強欲な船員ギョングも、船長の命令には絶対服従するホヨン甲板長も、この違法行為に関しては思うところがあっても、ハイリスクにはハイリターンが付き物とばかりに、高額な報酬に目が眩む。
ただ一人、高校卒業という経歴を持つ新人船員ドンシクだけは違法行為に違和感を覚えつつも、儒教の国でもある韓国社会だけに、縦社会のボロ船の中では意見は言えない。

そんな歯止め役のいない人間関係で、しかも「大不況」「海の上のボロ船」「濃い海霧」「初めての密航」「海洋警察への隠蔽」という思考回路を徐々に制限していく事象が揃った状態で違法行為に手を染めれば、当然問題が起きた時に何も善処出来ない事態になる。

しかもこの映画が面白いのは密航者が中国人ではなく同胞の朝鮮族、つまり様々な密航者と船員が様々な交流を持ってしまうことで、船員たちの心が密室化された漁船の中で欲望や狂気へと傾倒してしまうということ。

純朴なドンシクはホンメという若い女性に恋をし、優しすぎたワノ機関長は話をした教師の男の死を受け入れられず発狂し、ギョングとチャンウクは色欲に溺れ、後がなくなったカン船長は密航者の死という証拠の隠滅を行い、ホヨン甲板長は善悪の判断など一切せずに船長の命令にただ従うだけ。

カン船長は愛船を守りたいだけ。だから真実を知る船員以外は生かしてはおけぬ脅威。
ドンシクはホンメを守りたいだけ。だから船員という家族であっても戦う。

ワノ機関長がカン船長に殺され、ホヨン甲板長はドンシクとの揉め事中に事故で命を落とし、色欲にかられたギョングとチョンウクは正気を失ったまま水槽タンクで溺れ死に、そしてカン船長は守りたかった愛船と共に海の底へと沈んでいく。それはまるで濃い海霧の内側で起きた恐ろしい出来事を大海原が全て隠蔽するかのように飲み込んでしまうようでもあり、またバラバラに解体されて海に捨てられた密航者たちが道連れにと海の底へと引っ張り込んでいるようにも思える哀れな結末。

そしてただ一人生き残ったドンシクにもまた浜辺で気が付いた時には命を懸けて守ったホンメが傍にいないという皮肉に満ちた結末が待っているラスト。

あの密室化した海の上で起きた悲劇を知っている者はこの世に2人だけ。
でもそのうちの一人は探している兄の住むソウルのどこかにいるが密航者という立場上、この悲劇を誰かに伝えることはない。
残りの一人は船員という仲間を失い、仕事を失い、恋した女性にも去られた今、この悲劇を語るだろうか。
もし語らなければこの悲劇はカン船長たちと同じく暗い海の底へと葬られたのと同じ。

そんな虚しさと淋しさが数年後の食堂でも再会どころか、あの母親がホンメであるかどうかも確認出来ないラストも印象的な映画でした。

深夜らじお@の映画館はドンシクが注文した餅ラーメンなるものを一度食してみたいです。

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1. 海にかかる霧 ★★★★  [ パピとママ映画のblog ]   2015年06月22日 20:19
『殺人の追憶』の脚本を担当したシム・ソンボが初監督を務め、韓国の人気男性グループJYJのパク・ユチョンらが出演を果たしたサスペンス。2001年に発生した「テチャン号事件」を基にした舞台「海霧(ヘム)」を映画化し、中国人密航に端を発するドラマを描写する。脚本と...
2. 海にかかる霧  [ 銀幕大帝α ]   2015年10月13日 21:30
SEA FOG/HAEMOO 2014年 韓国 110分 サスペンス/ドラマ R15+ 劇場公開(2015/04/17) 監督: シム・ソンボ 製作: ポン・ジュノ 脚本: シム・ソンボ ポン・ジュノ 出演: キム・ユンソク:船長 カン・チョルジュ パク・ユチョン:新人乗組員 ドンシク キム・...
3. 海にかかる霧  [ E'S STREAM ]   2015年10月14日 19:48
孤立する漁船で起きた悲劇、それは彼らだけの闘争か…。韓国で、とある漁船が中国からの密航を手引きすべく、多くの人間を乗せて、危険な船旅を開始する。海上には、韓国の監視艇が航行しており、いつ密航者を満載した漁船が、捜索を受けるとも限らない。実際に、監視艇から
4. 海にかかる霧  [ だらだら無気力ブログ! ]   2016年09月16日 23:20
中盤からの怒涛の展開が面白い。

この記事へのコメント

1. Posted by    2015年10月14日 19:48
船員たちの独特のコミュニケーションには、危うさというより、大した問題も軽んじる不遜さのようなものも感じました。

政府の監視艇からやって来た役人との取引にも、独特の流儀のようなもの、交渉のイロハを感じましたし、ああした海の世界というのは、実際には避難所であって、自由とはそれが、法との対比である限り、必ずしも、誰にとってもの自由ではなく、強者の論理が通るものでは無いかと思いました。
2. Posted by にゃむばなな   2015年10月16日 00:29
隆さんへ

政府の監視艇に関しては、個人的には韓国のワイロ社会を描いていたものだと思ったのですが、なるほど、そういう見方もあるんですね。
勉強になります。

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