2015年08月04日

『野火』

野火大地は美しい。しかし戦争をする人間は汚らわしい。そんな人間の血で大地を汚すのか。
これは崇高なる反戦映画だ。そして最初から最後まで一片の澱みもなく「塚本晋也」でもあるパワフルなインディーズ魂が失われていない作品だ。
戦後70年。本当に見るべき反戦映画はこの作品である。ただ「塚本晋也」を理解出来ない方には難解な作品でもある。でもそれが最大の魅力の作品でもある。

『鉄男TETSUO』の頃から未だ衰えぬインディーズ魂がBGMという形で表現されるOPから異様な世界観を覚悟させるこの作品。

そんな作品がまず描くのは肺結核を患い部隊からも野戦病院からも追い出される田村一等兵の薄い表情とは対照的なカラフルなレイテ島の自然と、汚らしい部隊長や病院長、そして空腹に苦しむ日本兵たちの表情。
生命力溢れる大自然の中で小さな芋が通貨代わりのように扱われ、空腹に苦しむ兵士たちが仲間を出し抜いてやろうという汚い表情でその芋を奪い合う。いったい誰と戦い、何のために戦っているのかも分からない、そんな異様な場所、戦場で。

しかしそんな戦場では決して芋を多く喰った者が、多くの仲間を出し抜いた者が生き残る訳ではない。
元気な病院長が敵機々銃に倒れ、肺結核を患っている田村が生き残る。美しい歌声から一転喚き続ける現地の女性が銃弾で頭を撃ち抜かれ、その女性を誤って撃ち殺した田村が塩を持ち逃げして生き残る。夜間移動を決行した日本兵たちが敵の機銃に次々と命を落とし、遅れて移動しようとした田村が生き残る。人肉を喰ったと言っていた伍長が蝿が集るほどの死臭を放ち、その伍長にインテリと呼ばれていた田村が生き残る。

田村が誰かの死を見届ける度に、戦争をする人間の血が大地を汚していく。その汚していく様も徐々に酷くなっていく。
銃弾で破壊された頭部から飛び散る血、道なき道に点在する兵士たちの遺体、機関銃で撃ち抜かれた身体から流れ落ちる臓器や脳みそ、そして千切れた腕を自分のものだと取り合う日本兵たち。

ズル賢い負傷兵もどきの安田と「猿の肉」を喰わせてくれた永松に再会した時、田村はこの世で最も汚らわしい人間を見る。
別々の意味で自分以外の人間を利用する安田と永松。空腹という状況と戦場という環境が人間性を奪い、安田と永松を見た目も中身も本当に汚い人間へと変えていく。
特に安田に下っ端扱いされていた永松は安田を喰って田村に言う。「お前も俺を殺して喰うんだろ?」と。

田村はなぜ人肉を喰ったのか。
それは伍長の「お前が死んだら国に残した好い女は、他の男に抱かれるだろう」という言葉が田村を「生きる」から「生き残る」にシフトさせたからではないだろうか。
だから田村は「猿の肉」も喰った。安田が手榴弾を炸裂させた時に左肩に乗った「人の肉」も永松に隠れて喰った。

ただ白旗を掲げて降参を表しても原住民の女性に銃殺される日本兵を見て、安田を殺して生のまま喰おうとする永松を見て、撃ち殺してしまった女性の太腿の記憶と共に田村の「生き残る」は再び「生きる」へと戻ってしまったことが戦後も彼を苦しめ続けたのではないだろうか。
彼が妻と一緒に食事をしないのは決して執筆に忙しいだけではないだろう。戦争が終わり「生きる」ための「食事」になったとはいえ、彼の「食事」の概念は「生き残る」ためのもの。つまりは戦場で出逢った同胞や原住民との記憶なのだから。

戦後70年。今もなお美しい大自然の中で戦争をする人間が点在する場所だけが、その流された地で汚されていく。
その汚された大地は野に放たれた火で燃やさぬ限り浄化されることはないのだろうか。
戦争をしなければ汚されぬという考えには至らぬのだろうか。

あの戦争で、無責任で無計画な大本営の失策で命を落としていった日本兵は約230万人。しかしその命の結末をこの国は230万通りも知っているのだろうか。
70年経っても230万通りの結末を知らないこの国が今、安全保障について議論している。そんな時代に作られた映画だからこそ、これは本当に見るべき崇高な反戦映画である。

深夜らじお@の映画館にとってこんなにも見入ってしまったがために上映時間87分が2時間以上に長く感じた映画は初めてでした。

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※ネットカフェで無料鑑賞できることとなり、ようやく観れることにーーー 昨年のナンバーワンに推す人もいたので、気になっていた作品!! {{{[http://eiga.com/movie/80686/ eiga.com 作品情報 『野火』]}}} {{{: ■解説:1959年に市川崑により映画化された大岡昇平

この記事へのコメント

1. Posted by とらねこ   2015年08月08日 23:03
こんばんは。こちらにお久しぶりです。
原作有りの作品を塚本晋也がやる、というのが驚きだったのですが、
いやいや、いつもの塚本映画で驚きましたよ。
しかも大傑作ですよね。

>本当に見るべき反戦映画はこの作品である。

本当にその通りだと思います。
2. Posted by にゃむばなな   2015年08月08日 23:18
とらねこさんへ

お久しぶりです。
いやはや、塚本晋也作品で原作ありで戦争モノですから少しは普通の映画になるかと思いきや、塚本ワールド満載でしたね。
でもだからこそ本当に素晴らしい映画でしたよ!
3. Posted by ノルウェーまだ〜む   2015年08月08日 23:27
にゃむばななさん☆
まさにその通りですね。
戦後70年の今年に観るべき映画と言ったら、コレでしょう!!
なのに、「はだしのゲン」を図書館から追い出そうとするような人たちが多くて、苛烈な映像にしり込みをするのが残念でなりません。
4. Posted by にゃむばなな   2015年08月08日 23:44
ノルウェーまだ〜むさんへ

真実はそれを体験した人にしか分からないもの。
そしてそれがどのような残酷な内容でも「人が犯した以上」伝える義務が発生するもの。
それが分からぬ人間が「はだしのゲン」にケチをつけるんですよね。
もしこの映画の存在にもケチをつける輩がいたら、「日本人として」許しませんで!
5. Posted by ノラネコ   2015年08月22日 21:31
敗戦後70年の節目の年に相応しい傑作でありました。
まさに塚本監督の執念がそのまま映像として結実した作品です。
是が非でも観るべき映画なのですが、単館なのが勿体無いですねえ。
6. Posted by にゃむばなな   2015年08月22日 22:48
ノラネコさんへ

何やら常盤貴子さんがご自分の出演している映画を宣伝せずにこの映画の宣伝をされていらっしゃるとか。
これもまた塚本晋也監督の執念が為せる業なのでしょうね。
本当に単館上映なのがもったいない。
7. Posted by ジョニーA   2016年05月10日 10:29
マイブログに、トラバ&リンク&引用、
貼らせてもらいました。宜しく!
常盤さん以外にも、何人かの役者さんが
自分の映画そっちのけで、「野火」絶賛
コメントを舞台挨拶などでやったみたい
ですねーー。その映画が可哀想な気もし
ますが・・・
8. Posted by にゃむばなな   2016年05月12日 01:13
ジョニーAさんへ

引用の件、了解です。ご自由にご活用ください。

自分が出演している映画よりも、本当に見るべき映画を伝えたい。
そう思う映画好きがたくさんいたというのは素晴らしいことではないですか。
そっちのけにされた映画には申し訳ないですけど。

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