2015年12月15日

『母と暮せば』

母と暮せば「母と暮せば」ではなく、「息子と暮せば」になってますよ。
着地点はほぼ決まっているのに、そこに辿り着くまでが凄く長い。なのに着地点が見え始めると、意外とあっさり着地してしまう。
映画的演出で見せる面白さもあれば、映画的演出を避けるべきところは全く避ける気はない。良しも悪しも全てが山田洋二監督作品らしい映画でした。

黒木和雄監督作品『父と暮せば』の対であり、同じ想いを継いだ作品なのに、母・伸子と息子・浩二の両方の気持ちを描こうとしたことが逆効果となってしまったこの作品。

そもそも『父と暮せば』が娘主軸の物語なんですから、「母と暮せば」も息子主軸にしなければならないはず。なのに母親主軸で描いてしまっているので当然タイトルと内容にズレが生じてしまう。けれどそのズレを修正することは一切ないのがこの作品の悪いところ。

また舞台劇のような『父と暮せば』は父親が襖の向こうの暗闇から出入りすることであたかも生きているように描いいたのに対して、この作品では終始映画として見せ切っているがために、息子がふと消えてしまうのはあまりにもファンタジーすぎて逆に淋しく感じてしまうところ。
せめてこの部分だけは舞台的演出を用いて隣の部屋の暗闇から出入りすることで、あたかも生きているような感じを残して欲しかったですね。

さらに兄の亡霊が帰宅したとか、恋人・町子が心を決めて婚約者を連れてきたのに肝心の浩二は幽霊なのに映画を見に行って大事な場所にいないとか、子供には幽霊が見えるというのも本編には何にも関わってこないなど、ムダなシーンは凄く多いのに、その町子の幸せを願う伸子と浩二を忘れたくない町子のやりとりといった心情を描くシーンは凄く短い。

結局、二宮和也という若き有能な役者と吉永小百合という名女優がどんなにいい演技をしても、肝心要の脚本が何を描きたいのかハッキリしていないがために、全てが中途半端に感じてしまうのがこの作品。

冒頭の浩二が自分が死んだことを振り返る白黒シーンは凄く斬新に感じたのに、その斬新さが続かず、最後も伸子が浩二たちのいる世界へ行きましたという予定調和な終わり方。
本来ならそこに原爆で唯一の家族を亡くした母の淋しさや悲しさを静かな怒りとして描くべきところを描いていないようでは反戦映画としての使命は果たしておらず。

もしくは生き残った者は原爆に命を奪われた者の分まで幸せに生きなければということで町子夫婦と幸せに生きるという流れで反戦映画としての使命を果たすべきだったはず。

この物語はただの親子の物語ではなく、原爆という非人道的兵器により家族を亡くした者と生き残った家族を想う者の「親子の絆を通して描く反戦」の物語。
その辺りをきちんと理解されていないように感じる脚本が何とも残念でした。

深夜らじお@の映画館は個人的に山田洋二監督はもっと寡作であってもいいべきだと思います。

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