2016年02月28日

『サウルの息子』

サウルの息子ホロコーストを音で見せる、想像力から来る臭いで見せる。
第68回カンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞したハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースルー監督作品。それは「悲劇の物語」化しつつあるホロコーストの事実を、「尊厳」をテーマに絞ることで「悲劇の史実」へと戻そうとする崇高な作品。
これが今の今まで我々が知らなかったホロコーストの実情なのか。

ほぼ正方形に近いスクリーン、主人公サウルに焦点を当てることでボヤけた周囲の映像、字幕さえあてられないドイツ語の怒号、そして絶えず耳に入ってくる様々な音。それらが観客に容赦なく、そして容易にアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で行われていることを想像させてしまう。

カメラはほぼ特殊部隊ゾンダーコマンダーとして動くサウルの表情と背中しか映さない。だがゾンダーコマンダーという初めて聞いた部隊の任務を見ると、思わずスクリーンから目を逸らしたくなる、耳を塞ぎたくなる、そして想像力がもたらす死体臭から鼻を覆いたくなる。

ゾンダーコマンダーは全員ユダヤ人。同胞をシャワー室へ誘うために裸にさせ、同胞の苦しむ音を聞かされ、同胞が残した衣服を片付け、同胞の血が滴るシャワー室の床を磨き、ドイツ兵が「部品」と蔑む同胞の遺体を引き摺りながら片付け、山のように積まれた灰になった同胞を川に捨てる。そして4ヶ月ほどを目途に最後は彼らも処分される運命をただただ待つ。

ドイツ兵が無闇に発砲し、ユダヤ人を殺すシーンはほとんどない。けれど人が人として扱われず、まるで工場での流れ作業の如く命を奪われていくシーンが絶えずボヤけた映像で目に入っては、観客の想像力で補正される。
ただその補正が完璧に行われることはない。なぜなら我々は今の今までこのような恐ろしい事実を見たことも聞いたことも、そして想像したこともないから。我々が知っている他人の尊厳を踏みにじる愚行のレベルが遥かに違うから。

そんなこの世の地獄という言葉でさえも表現出来ない世界でサウルは一人の少年をユダヤの教えに則り埋葬したいと願い始める。彼はその少年を息子だ言うが、その確証はない。恐らく赤の他人だろうが、問題はそこではなく、彼がその少年を息子だと思い込むことで尊厳を守ることに固執する行為が、彼の最後まで人であり続けたいという想いの具現化なのだろう。

だから彼は同胞が反乱を企てても、ラビの捜索を止めない。時に裸にされて処分される寸前に陥っても、部品と蔑まれた人込みの中からラビを探す。協力者はいるが、彼らは誰もサウルの行動に希望を見出していない。ただ「せめてもの想い」を絞り出して協力してくれているだけ。

そんなサウルがラビを見つけた頃に同胞が蜂起する。サウルもラビと共に死体製造工場の外へと「息子」を背負って逃げる。
しかし埋葬の途中でラビは祈りをやめて逃走する。埋葬場所の変更を余儀なくされたサウルも「息子」を背負って川に入るが、そこで「息子」は流される。

やがて逃げ延びた森の中の建物で休憩中のサウルの前に非ユダヤの少年が姿を見せる。本来ならドイツ兵への密告を避けるためにも処分せねばならない相手に、これまで無表情だったサウルが初めて笑顔を見せる。まるで戦争もない世界で帰りが少々遅かった息子を出迎えるかのような、先ほど川に流された「息子」が輪廻転生して目の前に現れたかのような、優しい笑顔で。

しかし森の奥へと逃げる少年を映像で見せながら、逃走したユダヤ人を追いかけてきたドイツ兵の銃声がサウルたちの結末を観客に伝える。そして物語は終わる。わずか70年前に人類が他人の尊厳をここまで踏みにじっていたという史実が物語化される危機感を静かに観客の想像力に委ねながら。

人は誰もがこの世に命を貰い受けた時から尊厳も貰い受けるもの。ただそれが奪われ続けてきたのが人類の歴史。特に酷い奪われ方をしたのがホロコーストの史実。そんな史実を物語化してしまっていいのだろうか。若干39歳の新鋭監督が世界に問うている。

深夜らじお@の映画館はスクリーンを巧みに使う最近のヨーロッパ映画に新たな時代の幕開けを期待しています。

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この記事へのコメント

1. Posted by mig   2016年03月01日 01:09
こんばんは☆
外国語映画賞とりましたね。
にゃむばななさん、あいかわらず
わかりやすいレビューですね☆

39歳のまだ若手の監督がこのようなアプローチでとったことが評価に値する、素晴らしいことです。
2. Posted by にゃむばなな   2016年03月01日 23:39
migさんへ

前評判通り、受賞しましたね。
昨年『Mommy/マミー』を見たおかげでしょうか、こういう手法の作品にもすんなり入れましたよ。
分かり易いレビューを褒めていただけたのも、そのおかげかと。
3. Posted by ノラネコ   2016年03月03日 23:08
今まで観たどのホロコーストものとも異なる視点に圧倒されました。
あの川向こうで会った少年は、死んだ息子が天使になって会いに来たと思えたのかもしれないですね。
4. Posted by にゃむばなな   2016年03月05日 23:54
ノラネコさんへ

そうですよね。サウルにとってあの川向うで逢った少年は「息子」の生まれ変わりだと思えたのでしょうね。それが彼にとって人間らしく生きた証でもあったのでしょうから。

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