2016年05月10日

『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』

アイヒマン・ショー埋もれてはいけない歴史を映し出す。
1961年に全世界で放映された、ホロコーストに関与した元ナチス・ドイツ親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンへの裁判、いわゆるアイヒマン裁判。
この人類史上初の裁判放送を通して描かれる罪。それは決してナチスが犯したものだけではない。事実を知らぬこともまた罪である。

アルゼンチンへと逃亡していたアドルフ・アイヒマンをモサドが捕らえたのは、アウシュヴィッツ収容所が解放された15年後の1960年。
しかし日本のヒロシマやナガサキの被爆者と同様に、この15年間でホロコーストの生き残りが同胞から受けてきた仕打ちはあまりにも残酷だ。

ホロコーストの事実を語れば、誰も信じてくれない。誰もが嘘だと言う。だから生き残った方々は次第に口を閉ざしてしまう。そんな悲劇が日本でもイスラエルでも平然と行われていた史実。

もしアイヒマン裁判が開廷されなかったら、もしこの裁判が放映されなかったら、果たして我々はホロコーストの史実どころか、ホロコーストという言葉さえ知らないまま生きていたかも知れない。
それはイスラエルから撮影監督として依頼を受けたレオ・フルヴィッツが危惧していた、誰もが時と場合が不幸にも合致すればナチスと同じ愚行を犯すことと同じ。歴史は繰り返されるのだから、特に信じられないような悲劇という史実を知らぬは大きな罪でもあるのだ。

ホテルの女将、ミセス・ランドーがレオに感謝の言葉を重ねたように、このアイヒマン裁判を全世界へと放映することは、生き残ったユダヤ人の使命でもある。そして史実を知ることはユダヤ人全員の使命であり、人類全員の使命でもある。

ただその使命は現実の恐ろしさを突きつけられたうえで果たさなければならない。何人もの証言者の話を何時間も聞く。信じられないような悲劇の話を信じられないほどの犠牲者が出た事実を胸に刻みながら聞く。話を聞いているだけで吐き気を感じるほどの事実を知らなかった自分と向き合いながら。

アドルフ・アイヒマンは殺人モンスターだったのか。アイヒマン裁判はそれを決める場だけであったのだろうか。
そもそもアドルフ・アイヒマンは単に仕事熱心な男だと思われる。ただその仕事内容に疑念を持たなかったことが恐ろしいというだけで。

そんな事実も我々はあの裁判を見るまでは誰も知らなかっただろう。誰もがアドルフ・アイヒマンのようになってしまうということも考えたこともなかっただろう。

その無知の恐ろしさを全世界へと伝えたアイヒマン裁判を映し出した男たち。彼らの行為は人類の宝であるが、この映画はその宝の価値をきちんと理解出来ていないため、どうしてもインパクトが弱い。どこを強調すべきかという強弱もない。それが残念でならない。

埋もれてはいけない歴史が埋もれようとしている。
存在していない歴史が埋もれずに地上に残ろうとしている。

まだあの世界に大きな悲劇を残した戦争が終わって100年も経っていないのに…。

深夜らじお@の映画館は歴史好きなので記録映像と共に見せてくれるシーンには好印象を持ちますが、そのシーンが映画全体にもたらす影響力の小ささが少々残念でした。

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1. アイヒマン・ショー / 歴史を映した男たち  [ 風情☭の不安多事な冒険 Part.5 ]   2016年05月12日 13:59
 イギリス  ドラマ  監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ  出演:マーティン・フリーマン      アンソニー・ラパリア      レベッカ・フロント       ...
2. アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち  [ 象のロケット ]   2016年05月22日 17:46
1961年、かつてユダヤ人絶滅計画を指揮した元ナチス将校アドルフ・アイヒマンが、アルゼンチンで拘束されイスラエルへ移送された。 アメリカのテレビプロデューサー、ミルトン・フルックマンは、アイヒマンの裁判を世界中にテレビ中継する放映権を獲得する。 番組の監督を
3. 「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち 」  [ ここなつ映画レビュー ]   2016年06月06日 12:22
マスコミ魂を描いた秀作。たまたまであるが、「スポットライトー世紀のスクープー」を観た次の鑑賞作品がこちらであった。どちらも真実を暴くドキュメンタリーの制作過程を追ったものであり、その制作過程で発信者がどのように仕事を行い、苦悩するかの様が描かれている。「
4. 『アイヒマン・ショー』をHTC有楽町2で観て、アイヒマン萌え萌えふじき★★★★  [ ふじき78の死屍累々映画日記 ]   2016年06月12日 22:35
▲きゃーアイヒマン様よおおおおおおおおおおぅ。 五つ星評価で【★★★★勝利のドラマのように見せかけて、実は敗北しているみたいな皮肉な映画が好き。そしてアイヒマンが出 ...

この記事へのコメント

1. Posted by さすらい日乗   2016年07月31日 21:57
4 職としてやるべきことをやっただけというアイヒマンの論理は、日本人には理解しやすいものでしょう。
しかし、神の下の倫理性、道徳を考えている西欧人には理解できないものだったと思います。

さらに、昔丸山眞男が言ったことですが、「ナチはドイツ社会の異端児でならず者だったが、日本の戦前の天皇制国家の首脳は、一部の狂信者を除き、高級官僚や高級軍人で日本社会の最上位に属する者だった」ということにも強く関係していると思います。

多くの普通のドイツ人は、ナチは自分と関係ない連中とみなせるが、日本では、岸信介が戦後首相なったように、自分たちから排除すべき人間ではなかったということです。
2. Posted by にゃむばなな   2016年07月31日 22:44
さすらい日乗さんへ

倫理や道徳が間違った勤勉さに負けてしまうのが日本やドイツの特殊なところかも知れませんね。
間違っていない勤勉さというのも難しいものですけどね。

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