2016年05月21日

『海よりもまだ深く』

海よりもまだ深く家族の愛は海よりもまだ深く。
過去にしがみついてしまう男は決してダメ男なんかじゃない。大器晩成型なだけ。
ただいつも9回2アウト一発逆転のチャンスにネクストサークルで打順が回ってくるのを待っているのが男の人生観なら、チャンスが来るのを信じて応援席から離れようとしないのが女の人生観。
家族はそんな男と女の集まりだ。

男にとって過去の栄光とは何か。15年前に受賞した文学賞、惚れた女との結婚生活、可愛い息子との時間。
それらを失いたくないともがきながらも、きっと逆転するチャンスが来ると信じる姿は、婚歴の有無に関係なく、特に家族からの無言のプレッシャーを日々静かに感じながら生きる長男という立場にいる男性なら誰しも共感を覚えては愛おしくなるもの。

今を愛して生きる女性とは違い、男は常に夢を見る生き物。しかも次男や三男とは違い、長男は常に未経験が要領を得ない結果を招くという辛さを何度も味わっているのに両親の世話という未来の不安にも向き合わされる気楽とは無縁の立場。

そんな立場だからこそ誰かに甘えたくなる。でも甘えられるのは家族という近親者のみ。
一方で長男という経験が誰かにとって甘えてもらえる存在でいようと無意識に動く。だからこそ年下や後輩には慕われる。長男とはいつもそんな状況下に置かれているのだ。

だからこそ、とにかく「あれ」が随所に登場するのに意思疎通が行われている会話が、良多と話す相手との距離が凄く近いことの現れ、つまりは良多を嫌っている人がいないことの現れであるように、篠田家の長男である良多は誰からも認められ慕われている。

老いた母が「誰かの役には立っている」と息子を認め、小言の多い姉が弟の性格を読んで隠していた通帳をダンボールの切れ端に変え、別れた妻が新しい恋人にも元夫の書いた本の批評に期待を寄せる表情をちらりと見せ、興信所の後輩が嫌がらずに何度も付き合いに応じてくれ、ホームランを狙わない息子が常に父親の財布事情を心配する。
ただ金銭的事情、亡き父親との関係、長男としてのプレッシャーが良多から覚悟を決める場を奪い、大器晩成型にしているだけという現状が苦々しいだけ。それさえなければ、全て上手くいくのにと思ってしまう現状が悔しいだけ。

本来なら過去に上塗りして覚悟を決められる女性のようになれれば、長男という立場でさえなければ、どんな男も不安もプレッシャーもなく前に進めるはず。
でも立場上それが出来ない男たちが前に進むためには背中を押してくれる存在が必要なのに、それが家族でもじっくりと話す時間がないと理解してもらえないのが辛いところ。

だからこそ、テレサ・テンの「別れの予感」を聞きながら香炉の掃除をする良多が母親の話を聞くくだりは、覚悟を決められず生きている情けなさと親の期待通りではない申し訳なさという2つの無力感を、自分が味わった嫌な経験を若人にはさせたくないという優しさに変化させ、台風の夜に息子を公園のタコ型遊具に誘い出すくだりがとても愛おしい。

自分が元妻の足枷になっているのは男としてのプライドが許さない。けれど他の男に元妻を取られるのも男としてのプライドが許さない。
でも本当に覚悟を決めた時、男としてのプライドが許さないのはどちらの方だろうか。無論、前者だろう。ならば男として、父親として、元妻や息子に何を残してあげることが無力感を優しさに変換させることになるのか。

その答えが家族3人で暴風雨のなか、飛ばされた宝くじを拾い集めること。きっと何年後かには3人で「台風の日にあれしたよな、あれ」で会話が成立する、傍から見ればどうでもいいことでも家族にとっては大切な思い出を作るということ。
そんな不器用ながらも愛に満ち溢れた3人家族の姿に思わず涙がこぼれてしまう。自分も家族の思い出を振り返りながら涙を流してしまう。

台風が過ぎ去り、前を向く覚悟を決めた良多が元妻に養育費の支払いを、息子には来月の面会を約束して別れるラストでは、是枝裕和監督は良多の背中をいつまでも追いかけはしない。
ただ駅前を行き交う多くの人たちを映し出す。きっと良多と同じように悩み、覚悟を決められずにもがき、それでも一発逆転のチャンスを信じ、自分にとっての幸せを掴み取ろうという夢だけは諦めてはいないであろう、子供の頃夢見た大人にはなれなかった数多の人たちに愛を込めて。

深夜らじお@の映画館は雰囲気で死を感じさせ、映像で食という生を感じさせる是枝裕和監督の演出が大好きです。

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この記事へのコメント

1. Posted by BROOK   2016年05月21日 17:02
印象的な台詞の数々…
印象的なシーンの数々…
さすが是枝作品だけはありますね。

“元家族”をテーマにこんな風に物語を展開させるとは、素晴らしいものがありました。
2. Posted by にゃむばなな   2016年05月21日 23:33
BROOKさんへ

元家族なんですけど、今もまだ家族なんですよね、この映画に出てくる人たちは。
それが心に響くんでしょうね。切っては切れない縁ってヤツが。
3. Posted by mori2   2016年05月22日 01:24
ず〜っと笑いながらも、骨身に染みました。吾輩も“腐っても長男”なんですよね(^^;。母の愛は無限大ですね。死ぬまで頭は上がりませんわ。
4. Posted by AKIRA   2016年05月22日 10:45
観る前の期待値はさほど高くなかったんですが、
いざ観るとやはりの質の高さ!
好きな映画となりました。

地に足のついた監督のあたたかい眼差しが良いですね。
5. Posted by にゃむばなな   2016年05月27日 22:39
mori2さんへ

長男という立場は辛いですよね。
でもそこが愛おしく感じるのがこの映画のいいところ。
ほんま「腐っても長男」という表現は長男にこそ理解出来る言葉ですよ。
6. Posted by にゃむばなな   2016年05月27日 22:40
AKIRAさんへ

そうそう、見る前の期待値と比べると、本当にいい映画でした。
そして好きになれる映画でもありましたね。
7. Posted by ジョニーA   2016年05月29日 22:29
ダメ長男にことのほか感情移入してしまい、もう他人事とは思えない
気分でした。特に希林さんのお母さんは、もう誰しも思い当たる母親
像を想起させ、しんみり優しい気持ちにさせるんですよね〜〜〜〜。
カルピスのシャーベット、あれ、ウチの母もよく作ってくれたっけーーー・・・
8. Posted by にゃむばなな   2016年06月01日 23:15
ジョニーAさんへ

カルピスのシャーベット、ほんま懐かしいですよね。
多分ほとんどの家庭で母親が作ってくれていたと思うんですよ、少なくとも我々の世代ではね。
あぁ〜、あの味もまたおふくろの味か…。

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