2016年09月18日

『怒り』

怒り彷徨い続けるこの怒りをどこへ向ければいいのだろうか。
2007年に起きたリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件を基軸に、感情の中でもっともエネルギーを要する「怒り」に焦点を当てることで重厚なドラマへと昇華させたこの作品。
感情を向ける相手がいない「怒り」に苛まれた時、人はその想いをどこへ向かわせるのだろうか。

娘を叱れない槙洋平が住む千葉の漁港。風俗街から連れ戻した愛子の目に活力が戻れば戻るほど気になる、娘が愛した田代という素性の知れない男の過去。
忙しさで充実したゲイの藤田優馬が住む東京。余命僅かな母親の笑顔を取り戻したいと思えば思うほど気になる、静かな優しさで包み込んでくれる直人という男の過去。
米軍基地問題という現状に戸惑う小宮山泉が住む沖縄。島人の想いを知れば知るほど欲したくなる、田中というバックパッカーとの息抜きの時間。

血文字で「怒」と書かれた八王子の殺害現場に漂う、不快感しかない異様な湿度が千葉では雨による湿度へと変わる、東京では汗臭さによる湿度へと変わる、沖縄では海風がもたらす湿度へと変わる。
しかも松山ケンイチ、綾野剛、森山未來を見事に融合させた手配写真が、いくら犯人の後ろ姿が森山未來そっくりでも、左利きや3連黒子などの身体的特徴があっても、否応なしに彼ら3人に疑いの目を向けては、その湿度がもたらす不快感が様々な「怒り」という感情へと変化していく。

娘が離れて行く淋しさ、他の女と密会する嫉妬、強姦される悔しさ、他の人のようには生きていけない疎外感、現実逃避する弱さ、立ち向かえない情けなさ、コントロール出来ない衝動。
そのどれもが「怒り」へと変化する前段階の感情ばかり。でもその「怒り」は感情をぶつける相手の有無に関わらず、最終的には必ず弱い自分自身に向けられるものばかり。

感情をぶつける相手がいる「怒り」は抱いた希望が失望へと変わることに対する恐怖から来るもの。
感情をぶつける相手がいない「怒り」は誰も守れない情けない自分自身に対する後悔から来るもの。
共に弱い自分に対する「怒り」が自分自身の中で永遠に彷徨い続ける。その行き場を見つけ出すまで。

だからこそ、借金取りから逃げる人生しか送れない男を疑ってしまう。余命僅かでも胸を張って生きていた男を疑ってしまう。自分の味方になってくれると言ってくれた男を疑ってしまう。素性が知れないという一方的な理由だけで。
誰も助けてくれないから逃げるしかないという抑えるしかない怒りも、あと少ししか生きることが出来ないという静かな怒りも、誰もが自分をバカにするという屈折した怒りも知らずに。

でも相当なエネルギーを要する感情である「怒り」は、他の感情へと変化させることも出来る。
信じることが出来なかった男を迎えに行くという愛に、信じてくれてありがとうと言ってくれた男を同じ墓に入れてあげるという優しさに、信じて裏切られた男への殺害という復讐に。
贖罪という想いを経て、「怒り」は様々な感情へと変化していく。

ラスト、「怒り」をぶつける存在が全て自分の周りから消え去った少女が海に向かって叫ぶ。泉を演じる広瀬すずの表情が行き場のない「怒り」というエネルギーの向かう先を雄弁に示す。

負けてたまるか!

深夜らじお@の映画館は誰もが持つ弱さと怒りを優しいカメラワークと音楽で包み込んだこの映画を傑作と称します。

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この記事へのコメント

1. Posted by BROOK   2016年09月18日 17:07
ほんの少しの希望を見出すことの出来る結末が、何だかとても印象に残りました。

“怒り”という感情を3つのエピソードに織り交ぜ、“人間”を綿密に描いていたと思います。
2. Posted by ジョニーA   2016年09月18日 23:59
とにかく、監督の手腕に驚き、そして最後まで緊迫感が途切れずに見入ってしまう作品でした。
しかし、ストーリー自体は単純で、3つのエピソードに一切接点がなかったというのは、
「どう絡んでくるのか?」と期待してしまった分、肩透かしでした。そもそも、お話自体は映画には向かなかった
んじゃないでしょうか。『64』と似たような読後感に浸っています。結局は3チーム対抗の「本物は誰だ?」だったナァー、と。
3. Posted by mori2   2016年09月19日 01:01
しんどかったですね〜。やり場のない沸々と湧き上がるもの、それが“怒り”なんでしょうね。
ラストで広瀬すずが叫んでいる姿は、今を生きる人の叫びを代弁しているようで、胸に圧し掛かってきました。
4. Posted by にゃむばなな   2016年09月19日 13:28
BROOKさんへ

3つのエピソードがそれぞれ独立し交わらずにあのラストを迎える。
ほんの少しでもそれが希望であれば、人は生きていける。
そんなメッセージさえ感じる作品でしたね。
5. Posted by にゃむばなな   2016年09月19日 13:30
ジョニーAさんへ

私はハナから3つのエピソードは絡まないものだと思っていたので肩透かしはありませんでした。
こういうオムニバス作品も個人的には好きですけど、まぁあの予告編を見るとそう期待しちゃうかも知れませんね。
6. Posted by にゃむばなな   2016年09月19日 13:32
mori2さんへ

自分の中で消化しきれない怒りを無関係の他人にぶつける輩が多い昨今、その怒りというエネルギーを生きる糧に変換するラスト。
これが本来我々の生きる道なのかも知れませんね。
7. Posted by YUKKO   2016年09月19日 20:47
犯人が誰か途中で解るのですよねえ。でも、愛する人を疑ってしまう…特に妻夫木くんの演技に見入ってしまいました。だけど、全員が切ないのに、犯人の山神だけは許せない!彼の怒りには同情の余地もないです。原作で確かめてみたいと思います。
8. Posted by にゃむばなな   2016年09月19日 22:41
YUKKOさんへ

そうですか。私は彼の怒りも分からんでもなかったですね。
自分より弱い者をバカにする世の中に対する怒り。
通り魔犯罪などはその怒りが負のエネルギーとなって現れるもの。
彼もまたそういうふうに怒りというエネルギーの持って行き方を間違えた一人だと思いましたよ。
9. Posted by mig   2016年09月19日 23:17
こんばんは。私も最後のコメントのお返事のにゃむばななさんの意見に同感。

左利きや3連黒子の偶然はないだろう、、、っておもいつつまぁ、それ置いといてうまくやっていたなぁと思います。映画として見応えあって面白かったです。
10. Posted by にゃむばなな   2016年09月20日 23:38
migさんへ

社会という具体的に怒りをぶつける相手がいないという状況下において、徐々に冷静さを奪われた犯人が、その怒りというエネルギーを犯罪へと持って行ってしまうもどかしさ。
誰でも犯人になりうる=素性の知れない人が犯人かも知れないという構図。
ほんまによく出来た構図ですよね。
11. Posted by yukarin   2016年09月21日 22:26
こんばんは。
普通に犯人探しのお話じゃなく深いものがありました。
犯人の顔が何気に3人に似せてるのですぐにはわからないのでいろいろと深読みしてしまいましたがわかった時は何とも言えない切ない気持になりました。
12. Posted by にゃむばなな   2016年09月21日 23:14
yukarinさんへ

そうですよね、3人の誰が犯人でもおかしくない状況下で、彼が犯人だと分かった時の切なさ。
犯人判明前のあのタレコミ男の話を思い出せば思い出すほど、その切なさも増していきましたね。
13. Posted by FREE TIME   2016年09月27日 00:05
こんばんは。
怒りは人によって表現の仕方がさまざまである事を認識した映画でしたね。
最後まで交わる事のなかった3箇所を、1つの殺人事件で結びつける構成は見事だったと思います。
14. Posted by にゃむばなな   2016年09月27日 00:46
FREE TIMEさんへ

怒りと言っても一概にみな同じではない。
それぞれの事情や環境によって異なるからこそ、そこに怒りから派生する新たな感情も生まれるのでしょうね。
15. Posted by kajio   2016年09月28日 22:31
サスペンスの要素が低いのと、3つのエピソードが全くリンクしないのは事前に頭に入ってましたが、

物語が別のエピソードが切り替わっていくきっかけとして、東方神起の曲やら整形後の写真公開等の特定のキーワードが微妙にリンクしているのは、李監督のこだわりが感じられて唸らされました。

それでラストの慟哭と絶叫…凄い映画でしたね。
16. Posted by にゃむばなな   2016年09月30日 00:41
kajioさんへ

ラストの坂本龍一教授の音楽が全てを包み込む。
これもまた凄い演出ですよね。

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