2018年04月23日

『タクシー運転手〜約束は海を越えて〜』

タクシー運転手伝えてくれ、この事実を世界に。
1980年5月に韓国・光州市で軍隊が自国民に対して発砲し、多くの市民を殺害した「光州事件」を世界に報道したドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼を乗せたタクシー運転手が伝える、人間として持つべき勇気と使命感。
あの日、平凡で無力な市民が命を賭けて伝えたかった想いがこの映画には詰まっている。

11歳の娘と暮しながらタクシー運転手をしているマンソプの耳に飛び込んできた、とある外国人を厳戒令が敷かれている光州市に送って戻ってくるだけで10万ウォンが手に入るという、一見おいしそうに思える話。

陽気なマンソプは深くは考えず、片言の英語で日本からやってきたドイツ人のピーターを乗せて光州市へと向かうが、幾つもの検問を越え、そして峠を越えて辿り着いた光州市はソウルとは違い、異様な空気が支配する街。

朴正煕暗殺後に発足した軍事政権に対して民主化を求める市民に対し、共産主義者というレッテルを貼ったうえに、無差別な暴力を繰り返す軍人たち。
本来自国民を守るはずの軍人が市民に対して暴力を振るうという現実を受け入れられないソウル出身のマンソプは、あえて現実を受け入れずに用事さえ済めばソウルへ戻ろうとピーターに促すが、野戦病院と化した地元の病院を見て、光州で出逢った人たちが額から血を流す姿を見て、彼は怖気づいてしまう。

だがそれは当然の反応だ。妻が他界し、娘には自分しか家族がいないという状況下で、何の縁もない光州のために自分が危険な目に逢う必要など、どこにもないのだから。

しかし英語が話せる学生でもあるジェシクやテスルを始めとする光州のタクシー運転手たちとの出会いが、徐々にマンソプの心に疑念を持たせる。私服軍人に追われ、殺されかけたのだからと帰路に就いた先で、一つ峠を越えただけで事実を捻じ曲げた報道を真実と思い込んでいる人たちがいるという現状を目の当たりにして、マンソプの心に人間としてすべきことは何かという自問自答が生まれる。

自分が亡き後も何とか暮らせるようにとタクシー購入資金を貯めてくれていた妻と同じ様に、親身になって何かと助けてくれた光州の優しき同業者たちが、歌謡祭に出たいと夢を語っていた若きジェシクが、この事実を世界に伝えてくれとピーターとマンソプを頼っている。

そんな家族同然な彼らのために自分は何が出来るのか。若きジェシクが命を落とした事実を世界に伝えられるのは、韓国の新聞社が軍事政府に従うと決めた以上、ピーターだけだ。怪我人を助けようとした一般市民を殺害する軍隊から市民を守れるのは車を楯に出来るタクシー運転手の自分たちだけだ。

そんな自分が無力だと分かっていても、今出来ることを命を賭けて行う姿も世界に伝えてくれという光州市民の想いを汲んで、後ろ髪を引かれながらマンソプがピーターを乗せてソウル・金浦空港へと向かう。

私服軍人の追手を文字通り身体を張って止めてくれた光州のタクシー運転手たちの安否も心配だが、ピーターはこの事実を世界に伝えなければならない。マンソプはピーターを無事に国外に脱出させねばならない。

だがマンソプは別れ際にピーターに「キム・サボク」という仮名を伝える。自分の本名が漏れると娘の命までもが脅かされるからか。一度は逃げた身の自分は表に出るべき存在ではないと思ったからか。自分よりも光州の地で散っていった人々のことを想ってか。それとも自分はタクシー運転手として「お客さんを連れて帰っただけ」と謙遜したからか。
彼の真意は不明だが、そんな彼は事件後も優しさを携えてタクシーを走らせている。

真実を世界に伝える使命感と勇気を持って行動した人々は誰もが特別な人間ではない。どこにでもいる市井の人々だ。
ただ彼らはみな優しい人々だった。愛の意味を知っている人々だった。

それを忘れてはならないということも、この映画は静かに語っている。

深夜らじお@の映画館はソン・ガンホの役者としての素晴らしさを改めてこの映画で堪能させていただきました。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

acideigakan at 23:59│Comments(6)clip!映画レビュー【た行】 

この記事へのコメント

1. Posted by ノラネコ   2018年04月29日 14:42
さすが高地戦の監督だけあって、みごとイデオロギーを超越する傑作を作ってきました。
普通の人々の心意気に泣けました。
ソン・ガンホは最高!
2. Posted by にゃむばなな   2018年04月30日 23:15
ノラネコさんへ

さすがソン・ガンホ。この芸達者は本当に素晴らしい!
そしてあの光州のタクシー運転手たちよるにカーチェイス。
そこに流れる心意気は泣けましたね〜。
3. Posted by mig   2018年05月08日 22:05
こんばんは〜
20年後も変わらぬ姿で気のいいタクシー運転手でいたのがなんか微笑ましいラストでした。
どんな話が知らずに見たけど、よかったですー。ソンガンホ好き。
4. Posted by にゃむばなな   2018年05月08日 23:20
migさんへ

ソン・ガンホ主演だからこそ、あのラストの微笑ましさがより印象に残るのでしょうね。
命を賭けて世界に事実を発信したことを心にしまったままの穏やかな人生。
でもピーターとは再会してほしかったですよ。
5. Posted by BROOK   2018年07月22日 16:09
こちらでは遅れての公開でしたが、ホント観て良かったです!!
前半のコメディタッチの展開から後半のシリアスな展開へ…
マンソプを通じて知る光州事件…
ソン・ガンホの演技が素晴らしかったです。
6. Posted by にゃむばなな   2018年07月22日 22:43
BROOKさんへ

これは本当にいい映画ですよね。
光州事件を世界に知らしめるべく命を賭けたジャーナリストとタクシー運転手たち。
特にあのカーチェイスシーンは思い出しても涙腺が緩みますよ。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る

にゃむばなな

Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載