2018年04月25日

『さよなら、僕のマンハッタン』

さよなら僕のマンハッタンThe Only Living Boy in New York.
マーク・ウェブ監督らしい作品だ。ウブな青年が様々な経験を重ねて「少しだけ」成長する物語に不思議な温かさを感じさせる、この監督ならではの作品だ。
この結末は現実にはあり得ないかも知れない。でもあり得ないとは言い切れない。
大都会ニューヨークだもの、逆にあってもおかしくもないだろう。

親元を離れてマンハッタンで暮らすトーマスには、彼氏持ちだが気になる女性・ミミがいる。だけど友達という域を抜けることが出来ない。それどころか、彼女は勉学のためにクロアチアに行くと言い出す。
加えて今度は父親の浮気現場を偶然にも見てしまう。あの若くて綺麗な女性は誰だ?精神的に不安定な母親にバレたら、我が家はどうなることか。

さて色々と大変だ、どうしようか…と悩んでいる時に、アパートに引っ越してきたばかりの奇妙な隣人W.F.が声を掛けてくる。

この初老の隣人は悩みを聞いてくれる。そして間接的な助言をしてくれる。気になる女性には嫉妬させろ。窓を見つけて飛び出せ。

ということで、まず謎の女性ジョハンナと接触を図る。父親と別れてくれというために。
ところが彼女はトーマスのことを知っている。けれどなぜか彼女が話す内容に所々よく分からない点がある。トーマスが知らない父親のこと、母親のこと。それをジョハンナは知っているというのか?

そんなことを考えているうちに、徐々にジョハンナに惹かれていくトーマスは父親の浮気相手と浮気してしまう。ミミという気になる女性がいるのにも関わらず。

でも深入りはさせてくれない大人の女性であるジョハンナ。彼女のことが好きになっていくにつれて、今度はミミがトーマスのことを気にし始める。

父親の気持ち、母親の気持ち、ジョハンナの気持ち、ミミの気持ち。
それらを全く知らないトーマスが現状打破のために、全てを打ち明ける。
ミミにはジョハンナとの関係を、父親にもジョハンナとの関係を。

けれどそこで気付かされる。自分は何も知らなかったということを。
父とジョハンナは本当に愛し合っていること。その父は作家になる夢を諦めたこと。母は毎日ベンチで同じ作家の本を読んでいること。そしてW.F.が書き上げた新作に込めた想い。

作家になる夢を諦めた青年と親友の作家は同じ女性を愛した。そしてその女性と恋に落ち、結婚することになった青年は子供を作れないが故に親友に父親になる作業を託した。
だがこの3人は芸術家。試験管には頼らぬ作業は、作家と女性の愛し合うたった一度の行為。
それが青年に息子には苦労をさせたくないという想いを生んだ。女性に息子への罪悪感を生んだ。作家に成長する息子を見守っていたいという想いを生んだ。

大人の世界に足を踏み入れたばかりの若人は、自分の周りにいる大人たちの気持ちなど知らないまま大人になろうとするが、実際は自分の周りにいる大人の気持ちを理解しないと大人にはなれない。

トーマスは育ての父親と共に歩きながら、これからのことを話し合う。
母親に赦しの想いを伝えて、メガネを外して、自分の本心を伝える。
そして生物学上の父親に息子として再会する。

大都会ニューヨークは昔とは違う街になった。この街に住む人々も昔とは違う大人になった。
けれど街も人も昔と変わらぬ顔も未だに持ち合わせている。

そう、人も街も変わっていく。変わらないでいる。
それを受け入れることが成長というもの。そこに秘められた想いを知ることが成長というもの。

私たちもまたそうやって大人になってきたのだと、マーク・ウェブ監督の映画を見て思う。

深夜らじお@の映画館『(500)日のサマー』から8年も経っていることに感慨深くなってしまいました。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

acideigakan at 20:00│Comments(0)clip!映画レビュー【さ行】 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る

にゃむばなな

Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載