2018年06月02日

『レディ・バード』

レディ・バード親の心、子知らず。子の心、親知らず。
特にこれといったものもない平凡な10代なのに、退屈な故郷を捨てて新天地で輝きたい。その時、親はどう思っているのかなんて、親元を離れてみなきゃ分からない。
同様に親も子と離れてみなきゃ分からない。自分の子がどれだけ物事をしっかりと考え、行動しているかなんて。

女流監督グレタ・ガーウィグの自伝的要素が満載なこの作品で描かれる女子高生クリスティンは、赤く染めた髪を振り乱し、周囲には自分のことを「レディ・バード」と呼ばせながらも、決してモテ組には属している訳でもなければ、特別成績がいい訳でもない、所謂イタい女の子だ。

でも彼女は単に背伸びしたいだけ。10代を経験した方なら誰でもが懐かしくもあり、恥ずかしくもある、特に親にこそ自分を大きく見せたいと張る見栄もないのに見栄を張り続ける、あの痛々しさを伴って青春を謳歌しているだけなのだから。

だからこそ、小気味いいテンポで進んでいく映画を見ながら思うのは、このレディ・バードという女の子は本当に中身のない高校生だと、後先考えずに行動する人間だということ。
特にOP早々から母親と喧嘩した挙句に走行中の車の助手席から飛び降りて右手にギプスを嵌めるも、それをピンク色に染めるなど、お世辞にもセンスがあるとは言い難い。

ただ故郷のサクラメントを退屈な街と決めつけ、金銭問題優先で進学先を選ぶ母親と衝突し、男選びもヘタクソなら、大事なプロムでさえも結局は親友ジュリーと過ごすことを選ぶレディ・バードは、理想通りの充実した青春時代を過ごしたと断言出来ない大人なら、大人になった今だからこそ分かることが沢山あるはず。

故郷の素晴らしさ、親の子を想う心、周囲の目を気にして選んでいた人間関係、本来の目的を見失って後悔が残ったイベント事のどれもが、自分が未熟だったがために起こるべくして起きたことだということを。

そして同時に思うのは、大人として冷静に、かつ不器用に振る舞わずに気持ちを伝えることがいかに大切かということ。片意地さえ張らなければ、新天地に向かう娘の見送りをしなかったことを後悔して空港に舞い戻る母親マリオンの姿を見てそう思ってしまう。

けれど、そんなクリスティンとマリオンという不器用な母娘だからこそ、離れてみて分かる親への感謝が、車を走らせるクリスティンとマリオンを重ね合わせるラストシーンがちょっと寂しく切なくも、でも温かく美しく見えてくる。

後先考えずに処女喪失をしちゃったレディ・バードを生き生きと、かつ痛々しくも演じ切ったシアーシャ・ローナンは間違いなく、この手の役柄では右に出る者がいないほど素晴らしい女優だろう。
そんなシアーシャ・ローナンを見るだけでも十二分に価値のある映画だ。

深夜らじお@の映画館も故郷を離れてと思い描いていた時代がありました。でも不便な片田舎も捨て難いのは、不便が逆に楽しくもあるからなんですよね〜。

※お知らせとお願い
【元町映画館】へ行こう!

acideigakan at 23:44│Comments(4)clip!映画レビュー【ら行】 

この記事へのコメント

1. Posted by ノラネコ   2018年06月06日 21:18
自分の心の傷をえぐられるような、切なくて懐かしい青春。
シアーシャとグレタのコンビでもう一本、これと「フランシス・ハ」の間に入る二十代編を撮って欲しいです。
2. Posted by latifa   2018年06月07日 08:43
にゃむばななさん、こんにちは!
シアーシャ・ローナン、とても上手かったですね。
今でも十分主演女優賞の貫禄ですが、まだまだ若いから、今後の活躍が楽しみです。
ほろっと来る、善い作品でした。
3. Posted by にゃむばなな   2018年06月08日 00:47
ノラネコさんへ

この映画を見ると、みなさんが挙げておられる『フランシス・ハ』を見たくなりましたよ。
劇場公開時は見逃してしまいましたので。
4. Posted by にゃむばなな   2018年06月08日 00:49
latifaさんへ

シアーシャ・ローナンはノミネートされるたびに、いつも最有力候補の次点になっちゃうのが勿体ないところ。
でも常連になるということは、いつかオスカー女優になる日も来るということでしょうね。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
昨日の訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

※オススメです♪※
『KANO~1931海の向こうの甲子園〜』主題歌
ぷろふぃ〜る

にゃむばなな

Twitter始めますた
nyamu_bananaをフォローしましょう
livedoor 天気
ちょいとした広告掲載