2019年05月17日

『僕たちは希望という名の列車に乗った』

僕たちは希望という名の列車に乗った18歳にしてこの決断が出来るか。
未来ある18歳にして国家を敵に回すことが出来るか。分別ある18歳にしてエリート街道を自ら閉ざすことが出来るか。大人の一歩手前である18歳にして正直に生きることを諦めることが出来るか。
これは1956年の東ベルリンで18歳の学生たちが実際に下した決断。ベルリンの壁が出来る前にしか出来なかった決断だ。

1961年に建設されたベルリンの壁は東西冷戦の象徴だが、その壁が出来る前のベルリンは東西に分かれていたとはいえ、列車で往来が可能だったという。特に墓参りや年末年始の親戚訪問などは検閲さえも緩くなっていたという。

だがそんな時代であっても、東ベルリンにはソ連兵が常駐している。国家が、教育が、親が社会主義を褒め称え、未来ある子供たちに思想を押し付けるからこそ、西ベルリンからの情報にはより敏感になる。クルトやテオが映画館で見たハンガリーでの対ソ連への民衆蜂起のニュースも国家を揺るがす「反革命分子」でしかない。

だから学生たちが授業開始からのたった2分間、ハンガリー市民のために黙祷したことでさえも、国民教育大臣さえもが直々に学校を訪れては首謀者を割り出すことに躍起になる。大の大人が寄って集って18歳の学生たちに密告を勧め、卒業資格を剥奪すると脅し、あの手この手で学生たちの仲間割れを模索する。
それは自由世界で生きてきた我々からすると何とも器の小さい行動であり、大人としての模範とは言い難い言動であり、社会主義さえもが愚かに見えてくるものでもある。

しかし同時にもう一つ見えてくることがある。それは多数決により少数意見を封印してまでも黙祷を行った学生たちの行動だ。なぜあの場所で、あの時間帯に、あの人数で黙祷をする必要があったのか。

議長の息子でもあるクルトは自分の想いを遂行することが出来て満足かも知れない。臨機応変に動くことの出来るテオも何とかやり過ごす自信があったかも知れない。
けれど黙祷には否定的なうえに、後々に首謀者割り出しのために心の拠り所であった亡父が裏切者であったという事実を明かされた挙句、自暴自棄になって傷害罪で逮捕されたエリックを思うと、多数決という自由意志を尊重した資本主義の代名詞とも言える制度でさえも大きな危険を孕むものだとも思えてくる。

つまり、この映画には社会主義世界で学生たちが自由意志を貫いたという美談でもなければ、社会主義や資本主義に優劣をつける主張もない。
ただただ学生たちが18歳にしてこのような決断をした。それに対して国家はこのような卑劣な行動を取った。そして校長や親御さんたちは苦悩の果てに、子供たちの決断に対してこのような決断で返答したということしか描かれていない。

だからこそ、18歳という思春期を過ごした方は、誰もがこの映画を見ながら自身の人生を振り返っていただきたい。きっとそこには自由や反抗、独立心、解放、憧れといった言葉の隣に幼稚や未熟という言葉も並ぶだろう。
そして彼らが友を裏切る道を選ばず、卒業資格を得るために母国と家族を捨てて西ベルリンへ行く列車に乗るという決断の凄さを痛感して頂きたいと思うと同時に、授業中に反対意見を封印してまで黙祷を行うという意味までを深く考えずにやってしまったことに対して自己責任をここまで負うことが出来る凄さも実感して頂きたい。

もし彼らの故郷:スターリンシュタットのように、自分の故郷に抑圧者の名前が入っている街で、親が本心では自分と同じ生き方をして欲しくないと思っている環境下で育ったら、果たして我々にはこのような決断が出来るだろうか。

深夜らじお@の映画館が18歳の頃にはこんな決断は出来ませんでした。

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acideigakan at 23:59│Comments(0)clip!映画レビュー【は行】 

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