2019年06月05日

『最後の追跡』

最後の追跡現代を舞台にした最後の西部劇。
第89回アカデミー賞で作品賞にノミネートされるも日本では劇場公開されず、Netflixでの公開となったこの作品の脚本家はあのテイラー・シェリダン。だからこそ描かれるのは寂れる田舎町の悲しき現状。
取り残された者は、取り残された場所で、何が出来るのか、何をすべきなのか。どんなことをしても、何としてでも。

原題の「Hell or High Water」とは「どんなことをしても、何としてでも」という意味らしいが、人がそんな状況に追い込まれるとはどういう心境か。絶対に守り抜きたいものがあるからこそ、手段は選ばない。まさにそんな状況と心境の下、物語はテキサスの荒野で進む。

乾いた土地で繰り返される地方銀行の小さな支店への銀行強盗。あまりにも古典的な方法で行われるその犯罪を見れば、誰もが思うはず。この犯人たちはすぐに捕まるのではないか。それくらい頭のキレる者たちではないのではないかと。

強盗しか出来ない出所したばかりの兄と、マジメで冷静に計画を練る弟。彼らが銀行強盗を繰り返すたびに犯罪に使われた車は土に埋められる。
だがそのまだまだ使える車が埋められるその土地を守るために、彼らは銀行強盗を繰り返す。先住民から白人が奪った土地を、この現代では銀行が白人から奪おうとしているその現状に抗うために、土地を奪おうとする銀行から強盗を繰り返す。

そんな強盗兄弟を追跡するテキサス・レンジャーの老いた白人と先住民の相棒は、徐々に犯人像を絞って追い詰めていく。
しかし強盗弟の「子供たちへの学資金が払えない」という悩みに、予定外の強盗をやってのける兄の無謀な優しさを見ると、どうしてか犯罪者を追い詰めていくレンジャーに肩入れすることが出来なくなる。
けれど、そんな強盗兄弟に肩入れするのかというと、そうでもない。先住民の相棒をイジる老レンジャーの古臭いが不器用で人間味のある関係性にも、どこかで嫌悪感を感じながらも見入ってしまう。

だからこそ、強盗兄が犯罪歴のない弟を逃し、自分一人で警察や自警団を相手に丘でライフル片手に応戦する様が凄く悲しく見えてくる。
一方で先住民の相棒を殺された老レンジャーが自警団の協力のもと、丘の裏側に回り、そこから強盗兄を一発で射殺した後の、敵討ちをしたはずなのに何も残らないという虚しい表情も凄く印象的に見えてくる。

そんな映画のラストは引退した老レンジャーが強盗弟を訪ねるというもの。
相棒を亡くすも、長年の勘で証拠がなくともこの男も犯罪に手を染めていると確信している老レンジャーと、兄を亡くすも、守りたかった土地を息子たちに譲り目的を完遂した弟。
勝者はいない、敗者もいない。いやハナから敗者しかいない。

そんなアメリカの貧困層:プアホワイトに付け込んだ男が今のアメリカ大統領の座に居座っている。その男はプアホワイトの苦しみを救ってくれたのか。白人に対する現代の侵略者から。

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acideigakan at 23:59│Comments(2)clip!映画レビュー【さ行】 

この記事へのコメント

1. Posted by onscreen   2019年06月08日 13:26
現実のリアルが染み込んでて、切ないところが良かったですね!
2. Posted by にゃむばなな   2019年06月10日 00:01
onscreenさんへ

そうなんですよね、地味に切ないんですよね。
悪役がいないのにクライム映画になってるだけに。

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