2020年01月20日

『リチャード・ジュエル』

リチャード・ジュエル英雄か、容疑者か。
人は見た目で判断される。例えそれが多くの人々を救った英雄であっても、正義感に溢れた一般市民であっても、疑われる十分な証拠がなくても。
それでも尊厳を失わなかった男がいた。多くの命を救った英雄が、自らの尊厳も守り抜いた姿を見て、フェイクニュースが溢れる現代に改めて英雄の意義を考える。

1996年アトランタオリンピックにて起きた記念公園での爆破事件を巡り、人々を避難させた爆弾の第一発見者でありながらFBIやメディアから容疑者として苦境に立たされた警備員リチャード・ジュエル。正義感に溢れた心優しき巨体の持ち主だが、バカ正直という言葉が似合うほどのお人好しでもあるので、これだけ疑われてなぜに怒りの感情を表さない?怒るという感情を知らんのか?と思わざるシーンがとにかく多いこと。

そんな彼にツッコミを入れるが如く接するのが、彼の細やかな気配りと人間性に惹かれ、友人として弁護士として何かと彼の代わりに無能なFBIや無責任なメディアに怒りをぶつけるワトソン・ブライアント。有能な弁護士というよりは、心優しき友人の名誉と尊厳を守るために静かに熱い闘志を燃やすその信念は、OPからBGMもなしに静かに始まるこの映画において、最も一般的な視点だ。

だが事件が起こらなそうな公園担当に任されたFBIのショウ捜査官やネタ探しに行き詰っていたキャシー記者もまた特別な存在ではない。もちろん両者ともプロ根性に欠けたプライドの高い捜査官とロクな検証もせずに同性の同僚から嫌われている記者ではあるが、彼らがリチャード・ジュエルに向ける視線は「人は見た目が9割」と言われている現代社会において、誰もが陥る姿でもある。

つまり英雄は屈強な男前であってほしい、犯罪者は孤独な非モテ男であってほしいという願望がフェイクニュースを作り上げてしまう。そして人々はそこに固執してしまう。真犯人が見つからない焦りや恐怖だけでなく、自分の仕事が上手くいかない理由を転嫁するために。
だから英雄願望に取り憑かれた孤独な中年男に共犯者がいるなんて仮説は、もはやロジックが完全に崩壊している。にも関わらず、それに気付かない背景にはやはり「人は見た目が9割」に取り憑かれた哀れな姿だ。

でもそれは疑われた当事者には迷惑以外の何物でもない。特に英雄と称賛された息子を誇らしく思っていた母親ボビからすれば、追い詰められていく息子を守れない自分自身をも責めてしまう心境に追い込まれるのだから、迷惑を通り越して敵視すべき存在でしかない。

だからこそ、リチャード・ジュエルはワトソン・ブライアントや母親ボビと共に反撃に出る。自分の無実を証明するためというよりも、メディアに英雄から奪い取った平穏な日常を返せと、FBIに自分を疑う証拠を示せと訴えかける。

それは何も特別なことではない。人として当然の権利。見た目だけで疑われるなんて理不尽だ。そんな理由で尊厳を踏み躙られてたまるか。そんな怒りを静かにショウ捜査官にぶつけるリチャード・ジュエル。面談前に備品補充係の仕事ぶりを覗く姿からも、誇りとプロ根性を持って仕事に臨んできた男が自身の尊厳を守り抜いた姿はあまりにも格好いい。

けれどそんな彼も英雄である前に一人の人間。ショウ捜査官から捜査対象にならないという通知を受けた彼が堰を切ったように涙を流す姿は、彼が88日に渡って疑いの眼差しを向けられ続けた日々に耐え続けた証拠。弱い自分を奮い立たせてきた男の姿だ。その姿に思わず涙を流してしまう。

自分に続く英雄が出て来ない状況を作ってはいけない。そう願っていた男は夢を叶えて警官になった。弁護士である友人が誇らしい眼差しで嬉しそうに話しかけるほど。でも彼はその3年後に心臓の病でこの世を去っているが、世界には今もなお彼に続く英雄が現れ続けているはずだ。

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acideigakan at 23:59│Comments(8)clip!映画レビュー【ら行】 

この記事へのコメント

1. Posted by ノルウェーまだ〜む   2020年01月21日 12:04
にゃむばななさん☆
「人は見た目が9割」で犯人扱いされたのではたまりませんよねぇ。
この時代でもメディアによるリンチは酷いものでしたが、SNSで証拠もなしに匿名性を利用して他人を平気で犯罪者扱いするリンチが横行している現代は、もっと恐ろしい時代になっていると思います。
いつ自分が犯罪者扱いされるハメになるか、いつ犯罪者扱いすることに加担してしまうか・・・他人事ではないなと思いました。
2. Posted by onscreen   2020年01月25日 10:49
少なくともイーストウッド映画において
「グラン・トリノ」以来の最高傑作だと
思いました!
3. Posted by きさ   2020年01月25日 22:07
さすがはイーストウッド。スキのない演出で見せます。
ジュエル役のポール・ウォルター・ハウザー、弁護士ワトソン役のサム・ロックウェル、ジュエルの母役のキャシー・ベイツがうまいですね。
冤罪を生む側のオリヴィア・ワイルド、ジョン・ハムも良かったです。
メディア・テロというテーマは今こそアクチュアルですね。
やはりイーストウッド作品に外れなしでした。
4. Posted by FREE TIME   2020年01月31日 21:04
こんばんは。
自分も観てきましたが、あまりにも理不尽な理由で容疑者扱いされたのには閉口しましたね。
SNSのない時代であんな感じだと、今だったら、どこまで追い詰められていたのかと思ってしまいます。
それにしてもイーストウッド監督は、まだまだ健在ですね。
5. Posted by にゃむばなな   2020年02月03日 23:57
ノルウェーまだ〜むさんへ

そうなんですよね、被害者にもなれば加害者にもなれる。
他人の噂やフェイクニュースを無闇に信じちゃいけませんね。
そういえば山本リンダも歌ってましたわ、噂を信じちゃいけないよ!って。
6. Posted by にゃむばなな   2020年02月04日 00:08
onscreenさんへ

あぁ、確かに分かりますわ。
ストーリーが分かり易いということもあって、感情移入しやすかったですもんね。
7. Posted by にゃむばなな   2020年02月04日 00:10
きささんへ

真実を伝えるメディアが、時に人を傷つけるメディアになってしまう。
それをメディア側からではなく、被害者側から見せてくれることで分かり易い映画になってましたね。
8. Posted by にゃむばなな   2020年02月04日 00:11
FREE TIMEさんへ

まだメディアやFBIといった顔の見える存在だったからマシだったものの、顔の見えない匿名性が物凄く高いSNSでは、この比ではないでしょうね。
我々は本当に怖い時代に生きてますよ。

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