2020年02月24日

『37セカンズ』

37セカンズ私の、私であるが故の37秒。
素直に心に染み入る映画だ。思わず涙が流れ出てしまう作品だ。世間的にはタブー視されている障碍者と性というテーマを扱っていながらも、実際に脳性麻痺を患っているヒロインであっても健常者と同じように描く新人監督の作風に、本当の愛を知った心地よさと、本当にタブー視されるべきことは何かと考えさせられる。

生まれた時に37秒間呼吸が止まっていた。これが原因で脳性麻痺を患っている23歳で車椅子生活を送る貴田ユマの周りには偽りの愛が溢れている。脱衣から入浴だけでなくハンバーグを一口大に切るところまで過保護な母親、親友にゴーストライターをさせながら表舞台には自分しか出ない売れっ子漫画家、そしてそんな生活に疑問を抱きながらも「誰も私なんか見ていない」と自分を卑下するユマ。

誰もが障碍者であるユマに対して対等に接しようとはしないが、アメリカで映画を学んできたというHIKARI監督はそんな彼女を一切障碍者としては描かない。あくまでも訳あって車椅子生活を送っている一人の化粧っ気のない女の子としてしか描かない。

だからHIKARI監督の代弁者でもある、エロ本に出逢ってアダルト系雑誌社に作品を持ち込むユマに「作者にセックスの実体験がないといい作品が描けない」と指摘した藤本編集長と、男娼との行為に失敗したホテルで偶然に出逢ったデリヘル嬢の舞という2人の年上女性の存在は、我々の目もまたユマを障碍者として見ることを忘れさせてくれる。

特に何かとユマを色んな世界に連れ出す舞は、化粧から服装選び、果てはバイブ選びまで付き合ってくれる「何でも相談できるお姉さん」のような存在であり、そんな姉妹のように遊び歩く2人を見ていると誰もが自然と『最強のふたり』を思い出さずにはいられないだろう。

そして新しい世界を知るたびに「いい表情」になっていくユマを、同じ脳性麻痺を患っているもオーディションでこの役を勝ち取った佳山明が見事に演じているのも素晴らしく、なかでも娘の変化を拒み続ける母親との喧嘩を経て、父親捜しの家出をしたり、双子の姉の存在を知ってタイまで逢いに行くほどアクティブになる度に見せるあの「いい表情」の数々は健常者の演者には決して出せない、この女優にしか出来ない見事なものだ。

けれどそんなユマの「いい表情」とは対照的に描かれるのは、障碍者の娘を想うが故に過保護になった母親の苦悩と後悔の表情、妹の存在を知りながらも障碍者だと知って会いに行けなかった姉の懺悔の表情、そしてどんな時も隣で見守ってくれる介護士である俊哉の優しい表情だ。

恐らく母親に関しては、子供を健康な状態で産んであげられなかったことをずっと後悔し続けてきただけでなく、そんな罪悪感が優先順位を狂わせたが故にユマだけを引き取り、ユカを選ばなかったという新たな罪悪感の連鎖に繋がってしまったのだろう。娘たちへの愛よりも先に懺悔の想いが出てしまったのだろう。

でも死ぬ間際までユマに逢いたいと願っていた父親の想いを知り、泣いて懺悔をした姉の気持ちを知り、一緒に暮らしてきた母親の想いを考えながらユマが俊哉に語った想いは、「私で良かった」という言葉は、あの37秒間も含めて生きてきた自分を初めて愛したから出て来た本当の想い、いや愛だろう。

だから帰宅したユマを優しく迎えた母親が、娘が報告代わりに見せてくれたユカの似顔絵を見て大粒の涙を流すシーンでは、私も思わず自分の親のことを想ってしまい、涙を流さずにはいられなかった。

そう、この映画は障碍者の娘が母親を始めとする家族との絆を再確認する作品ではなく、障碍者とか健常者とか関係なく、一人の人間が酒も人生も失敗を経験することで学んでいくことで自分の世界を無限に拡げていく物語。

ラストで藤本編集長が同業者に「いい作家がいるのよ」と電話をしているところも、温かな日差しが差す街中を進むユマの心情と相俟って、本当に心が温かくなること。

そんな素晴らしい映画が第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で観客賞にあたる最高賞と国際アートシアター連盟賞を受賞したこともまた本当に心が温かくなる。

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acideigakan at 23:54│Comments(4)clip!映画レビュー【さ行】 

この記事へのコメント

1. Posted by Yoko Kayama   2020年02月25日 00:04
ストーリーの捉え方がわたしと近くて嬉しいです。さらに、タイのあの子は「自由」だったかもしれないけれど、「母の愛」を受けずに育った寂しさが、あの言葉(ユマちゃんが一番…)に込められていて、抱きしめたい衝動にかられました。
『37セカンズ』を語り合う会ができないかなぁなんて思っています。素敵な映画評ありがとうございました。
2. Posted by ノラネコ   2020年02月25日 22:43
描いていることはヘビーなんだけど、とても明るく気持ちの良い読後感のある作品。
日本映画ではこのカラーは珍しいなと思ったら、やはり海外にいる方の作品と知って納得です。
母と娘両方のドラマとしてとても見応えがありました。
この作品と佳山明との出会いに感謝!
3. Posted by にゃむばなな   2020年03月02日 23:24
Yoko Kayamaさんへ

父子家庭には父子家庭で育った子供の、母子家庭には母子家庭で育った子供のわだかまりがあるというのも、ある意味一方の視点でしか物事を見れなかったメタファーなんでしょうね。
それは障碍者は云々と言われているのと同じ。
成長とは様々な視点から自分を見つめ直すことでもあるのでしょうね。
そう見ると、本当に奥が深い映画ですわ。
4. Posted by にゃむばなな   2020年03月02日 23:26
ノラネコさんへ

そうなんですよね、日本映画でありながらヘビーなのに明るい。
それがこの映画の根底に流れている愛とか希望なのでしょうね。
これからの日本映画に新しい風を吹き込む作品ですよ。

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