2020年03月13日

『レ・ミゼラブル』

レ・ミゼラブル自由、博愛、情熱、ああ無情。
ここは本当にフランスなのか。花の都と称されたパリなのか。そんな疑問が常に付きまとうのは、私たちが現代フランスについて何も知らない証拠なのかも知れない。
これはヴィクトル・ユゴーの代表作の舞台になったモンフェルメイユ出身のラジ・リ監督が問い掛ける傑作。子供を悪の道に走らせるのはいつの時代も大人なのだと。

ブルー、ブラン、ルージュ。トリコロールの旗が舞う凱旋門に集う様々な人種。ヨーロッパ系、アフリカ系、イスラム系。そんな彼らがフランスのサッカーワールドカップ優勝を喜ぶ姿は、とても色鮮やかな光景だ。

しかしパリ郊外のモンフェルメイユ、ヴィクトル・ユゴー作「レ・ミゼラブル」の舞台となったこの街には、そんな色鮮やかな印象はない。住民の多くはアフリカ系やイスラム系の移民貧困層で、子供による犯罪も多発し、大人同士の抗争も後を絶たず、犯罪防止に勤しむはずの警官も暴力と自己保身ばかり。街のどこを見ても自由はない。博愛もない。情熱もない。寛容もない。そして尊敬もない。あるのはゴミと憎しみの連鎖だけ。

そんなモンフェルメイユの実情は、平和な田舎から赴任してきた警官:ステファンだけでなく、我々にとっても信じ難い光景だ。だから貧困層が暮らす巨大団地も、青いはずの空も、子供たちの服装も、どれもがくすんだ色にしか見えない。ドキュメンタリー映画出身のラジ・リ監督がその手腕で臨場感たっぷりに見せてくれることもあってか、OPとの対比が効いていることもあってか、どこか心が休まることのない日常だけがスクリーンに映し出されている。

そうなると子ライオンを興味本位で盗んだがために警官に追われるイッサ少年でさえ、重犯罪者に見えてくる。友人を守ろうと警官にモノを投げつける子供たちも犯罪組織に見えてくる。グワダがイッサの顔にゴム弾を当て、その様子を撮影されたドローンの始末をクリスが最優先し、そんな身勝手な判断に戸惑うステファンを見るまでは。

怪我をさせた少年を助けない大人が警官だという現実。そんな警官の揉み消しに一役買う闇組織もいれば、この一件を機に悪徳警官をゆすりたいと画策する闇組織もいる現実。大の大人が寄って集ってドローン少年を追いかけ、気弱な少年を匿う大人を脅す現実。これが「哀れな人々:レ・ミゼラブル」が書かれた街の現実。

些細な事件が身勝手な大人の姿をより鮮明に映し出す。そんな現実が日常となっている街で子供たちが最後に選んだ行動は、一見するとステファンの優しさを無にした反省のない行動にも見えるが、その本質はまさに「排除」を目的とした「反撃」だろう。

数の論理で勝る子供たちが次から次へと大人たちに打ち上げ花火を車に撃ち込む。角材で車を壊す。あらゆるものを投げつける。休む暇なく、悪徳警官から闇組織まで、身勝手な対立で自分たちの日常に不安を植え付けてきた大人たちに。「反抗」でなく「反撃」を。それはある意味、現代に起きた小さなフランス革命。

けれどこの作品はあえてラストを明確に描かない。火炎瓶を持ったイッサは銃を構えながら説得を試みるステファンに対してどう行動したのか。フェイドアウトしていく映像は観客の感性にその結論を委ねているが、私たちはその後に突き付けられる「レ・ミゼラブル」の一小節に言葉を失う。

友よ、よく覚えておけ。
世の中には悪い草も悪い人間もいない。
ただ育てる者が悪いだけだ。

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acideigakan at 23:59│Comments(2)clip!映画レビュー【ら行】 

この記事へのコメント

1. Posted by ノラネコ   2020年03月18日 22:10
結局200年前と同じことを繰り返してる。
そう考えると非常に皮肉なタイトルですよね。
今の世をユゴーが見たらどう思うんでしょうか。
2. Posted by にゃむばなな   2020年03月22日 23:48
ノラネコさんへ

ヴィクトル・ユゴーが見たら嘆くでしょうね。
人種が代わっただけで、200年経っても何も変わってないんですもんね。
本当に凄い皮肉なタイトルですよね。

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