平塚のにし鍼灸治療院

プロスポーツに帯同し経験したにしはらが提案する。「健康的な気持ち良い生活」やトレーナー活動を通し経験した物の見方と、良くするためには、いろいろな方向から多角的に見て、判断し、考察、施術することが大切と考えます。鍼灸はアプローチの一つに過ぎないけど、鍼灸の良いをもっと知って頂く為に。良いもの提供したいために、こだわりを持った職人が綴るブログ。 人が大好き、施術が大好き、喜ばれることにこだわりを持つこんな職人もいます。 ただただ良くなってもらいたいだけ!の話

にし鍼灸治療院&にしコンディショニングサポートを運営している、にしはらです。現在、JR東海道線 平塚駅北口より徒歩3分のところで、ひっそりと治療院をやっています。あらかじめ、お約束して頂くと便利です。当院には予約専用サイトもありますので、ホームページを参照下さい。
お仕事帰りの方にも、ご利用して頂くために遅い時間でも開院しています。

人はケガをすると、今まで出来ていた動作も出来なくなることがある。
意識的に出来ていると感じても、上手く出来ていないので、違和感が生じる。
間違った動作を修正して、正しい動作を出来るようになれば、容易いのだが、物事は簡単ではない。

そもそも、その動作が誤っている。間違っていることを認識する必要がある。
意識的に修正して、反復練習することにより習慣化させることができれば良い。
しかし、なかなか習得した動作の癖は修正しにくい。

例え意識していたとしても、安易に過去の動作が邪魔をする。動作の再獲得は難しい側面もあるが、正しい動作と誤った動作の認識や実感認識が出来れば、動作の再獲得はしやすくなる。

って所までは、トレーナーとしての知識であるが、現状のままでは難しい。
ただの治療院では、選手の練習確認も動作確認も出来ないのであれば、予防策を展開するのは難しい。
良かれと思って行動した先が、実は反対の行為をしている可能性もあるからだ。
練習や行動確認、動作確認が出来るのであれば、対策をフィードバックしながら、修正するのであれば、簡単なんだけど。治療院の先生では、練習見学も時間も費やす必要がある。選手の能力を把握する必要がある。
能力を客観的なデータとして比較する。比較できることはトレーナー業としてもコーチング業としても落とし所である。

長く接していれば、感情も生まれる。その選手にとって、良い方向につながるのであれば、時間を費やす必要があると言う考えが根底にある。
選手にとって、無意味な時間と判断するのであれば、それはお互いにとっても無意味、無駄であると感じる。
ただ単純に施術するだけであれば、簡単な行為である。
お金を入れて商品が出る自動販売機のような施術所であればいい。
施術効果を考えることなく、施療効果の責任も感じることなく考えれば、簡単なことである。

しかし、今までの私では出来ない。
自分勝手でお節介なことかもしれないけど。良い施術は技術やスキルではない。その行為がその人にとって有意義な時間になるかどうかだ。お互いに有意義な時間を共有できなければ、こちら側のモチベーションにも繋がらない。
選手にとっても患者さんにとっても効果的な施術と判断できなければ、継続理由にならない。
その事象が表面的な効果、変化でも、何手か先まで読まれたことを想定内として落とし込まれた行為であっても。
トレーナー業って、想定できる全ての事象を前もって、準備し、想定内に落とし込む仕事である。それが例え想定外としても、冷静かつ慎重に適切な手順の対応、対策ができれば良い。出来ないのであれば、手を出すことはしないし、例え出していたとしても、手を引く判断が必要。選手に対しても患者さんに対しても、必要でないと判断したのであれば。
施術者として有効とは感じない行為を、可能性として未知なるゴール設定をしたとしても、有効と考えなければ、施術はしない。今までも判断してきた。

もっと簡単に考えればいいって進言された。施術の効果があろうと無かろうと判断するのは他人であって、施術者本人ではない。各々に個人的な判断があって、施療効果を判断している。のが一般的なのだから。
一回で治そうとする必要もない。って言われるが、難しい。

昔の職場の同僚であり、後輩の柚木先生が唱えた「一回治療一回治癒」に感化されて20年が過ぎた。
一回で治るのであれば、治せばいいじゃん。患者さんの負担も減るし。って。
治ると言う概念が人それぞれ。
単純に痛みだけを言うのであれば、痛みさえ解決出来るのであれば、治ったという人も少なくない。
しかし、私が考える治ったは、状態の変化。再発防止して策も含めて、状態の改善が目的である。
治療院に継続加療しても、腰痛が改善されない。肩コリが改善されないなんてナンセンス。
アスリートも一般もことの事象の原因は同じであると感じる。練習量とか仕事量とケアする時間のバランスが大切である。
練習量とか仕事量というのは、練習・労働体勢、時間、負荷量、疲労度合いって言った所か。
ケア量としては、セルフケアと他力ケアとか自己回復・自己修復時間、能力まで考慮したとしても、そのバランスが崩れれば、傷害(障害)は起こる。
言葉の説明をすれば、どんどん脱線して波及してしまうが、誤解を招いても嫌なので、説明するが、ケガ(傷害)には外傷(防げないアクシデントによるケガ)と障害(慢性疲労が原因などの予防できるケガ)に分類される。これを先天的障害や事故などによる後天的な要因で起こる障害と混同されてはならない。

以前、言葉の意味を混同されて誤解された視聴者から批判のコメントを頂いた経緯があり、ブログに対するコメントを閉鎖した経緯もあるので。

私の心情としては、防げるケガは防ぐべきと考える。その為にはどうするか?施術などのアプローチだけで改善できるのか。運動や体操動作に予防できるのか考え所は多岐にわたる。ただ単純に施術するだけならば、簡単なんだけど。
って言えば、完璧に施術することがって言われちゃうし。プラモデルとか予め完成された行為ならば、完璧に動作ができるけど、完璧に施術するってなんぞや?

個人的な意見とすれば、我はゲーマーであると豪語して来た。ゲーマーはゲームを攻略する。 施術も同じことって考えている。その身体の事象を攻略できれば良い。攻略できれば、事象・結果の再現化は容易である。と考えている。
しかし、それは作業ではない。目的とゴール設定(効果判定)、意識的な動作だからこそ成り立つ。
何も考えずにゲームが攻略出来るのであれば、ただの作業に過ぎない。しかし、作業ではゲームは攻略出来ない。選択肢の1つ1つが攻略に繋がる。
施術の一手一手が攻略に繋がる。

人の体をゲームと同じにするなって言われたこともある。シナリオのないゲームと考えてはいない。身体は機能的に機能するのであれば、それで良いと。

バランスが悪いことが問題ではない。例えバランスが悪いことが原因としても、その動作に支障が無ければ、それでいい。ただ他の人より疲れやすいとか問題が起こりやすいって側面はあるとしても、早めに対処するのであれば、問題はないって考えている。どこを見て仕事をするか?
鍼灸に限らず、全ての仕事に当てはまる。この世界において、万物の事象の法則は物理的に解明されている。作用反作用の法則も含めて。
施術をするからリアクション・反応が起こる。練習をするから効果が出る。とか。仕事の案件を上手く進めるために根回しをするってことも。施術で言えば、事象を解決するために、筋肉だけなのか神経刺激が必要なのか。局所なのか全身なのか。根回し・アプローチの範囲が重要であると。どんなことでも事象の法則は当てはまる。

動作の再獲得であっても、正しく獲得できる条件がクリア出来るのであれば、修正は出来る。プログラムで言う所のバグ処理かな。バグが解消されれば、プログラムはスムーズに動作する。1文字でも違えばプログラムは停止、実行されない。人の体も繊細である。簡単ではない。
ハリを刺す行為は技術の習得であり、簡単な行為。どこぞの競輪選手が鍼灸院に通って、自分へのハリ施術を習得したとしても違法行為であるが、そんなのは関係ない。違法行為を取り締まるべき役所が取り締まっていないだけ。そこを指摘するのは私の仕事ではない。正しくない行為は良くないとは思うが。

だいぶ本性をバラしてるな(笑)

今のホームページは、スマホに対応していない。
当院を知ってもらうために、内容の充実を図り、詳しく書いてあるから。
必要とされるのであれば、よく読むだろうと。
しかし、ここへ来て、検索条件が変わって来た。スマホ対応のサイトこそが、検索上位に入る。
結局の所、最初に作ったGoogleサイトこそが実用的なホームページみたい。


当然スマホにも対応している。
伝えたいことは修正した。
広告がどうであれ、大切なのは施術の質、効果なのだから。

あー!って言いたくなる時がある(笑)

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