これは個人的な考え方なんだけど。
無駄なことはしたくないだけの話。

治す気持ちの無い人に施術はしたくないだけ。せっかく施術しても無意味にしたくないだけ。

施術をして一時的に症状が寛解しただけで治ったって言う人がいる。
治ったという概念自体が違う。
多くの人は言う。
あなたにとって治ったとは?
痛みが無くなったこと。

私の考え方は違う。
治ることは状態の変化
痛みも単なる症状。炎症の中の1つの状態に過ぎない。
皮膚のキズが治る様に、治るってことは状態の変化と捉えている。
痛みが無くなったといえ、組織回復した訳ではない。単に痛みが無くなっただけ。
痛み=治った訳ではない。

治したい気持ち=願望だけでは動機に過ぎない。動機。動かすための機会。

初手となる動機は大切だけど、本当に大切なのは動き。動き=実行。

治したい気持ちって動機から治療を受ける動き。治療を受けたその先は?
状態を治していく動き。だろ。

単なる一過性の動きでは勿体ない。
痛みって症状だけに一喜一憂して、本来の状態である痛くない身体になった方が得策だろって考える。

同じ治るって考えても誤差が生じる。
見えてるビジョンが異なる人と同じ会話は成立しない。私の治すことへの道筋に共感して実行した人だけが変わるだけ。

全ての人に共感しろとは言えないし、共感した人だけ、良くなればいい。
先日もそれがお客様への態度か!って怒鳴られて警察に通報してやるって言われたけど。
患者さんはお客様ではない。
患者さんは治すために頑張る存在であって、治すための共同パートナーとしか考えていない。
その症状を寛解すべく精一杯頑張るのは私。お互いの協力が無ければ到達できない。それがスポーツトレーナーの考え方。選手とトレーナーの関係。

頑張る選手にしか仕事してきていない。
昔、サッカーの試合でプロ契約だけど、練習試合に出たくないって奴がいた。
私はトレーナーとしてテーピングを巻く必要があったけど、やる気の無い選手に準備は不要だからテーピングは巻かなかったし、集中力の欠けた状態で試合されてもケガのリスクも上がるので、やる気の無い選手の準備はしないと監督に伝えた。
監督は選手にサッカーをさせる仕事。
トレーナーは選手の準備を手伝う仕事。
やる気の無い選手にサッカーをさせるのは私の仕事では無い。

なんでだ?って監督に言われたけど役割が違う。監督の構想にある選手で召集をかけてある選手な訳だから、やる気が無くても出場してもらわないと困るのは監督の考えだろう。

そのやる気が無い選手をやる気にさせたのは監督の手腕だったがケガもなく試合が終わったのは良かった記憶がある。

今も変わらない。
治す気持ちも大切だが、行動も大切。
姿勢が悪いって実感している人に、姿勢を気にした方がいいですよ!って言って何が悪い?たったそれだけのことで。
お客様への態度はって言われても困る。

トレーナーはサポーターでは無い。
トレーナーは指導者である。
悪いところを修正する指導をしただけ。

怒って帰られてもいい!
勝手に帰ればいいだけ。
私は施術を受けてとはお願いしていない。施術を受けたいってお願いされているのは患者さん自身なのだから。
怒られた時点で施術をする義理はないし、無駄な時間に付き合う必要もないから、帰ってもらうし。早く帰れ(笑)

ただそれだけのこと。
頑張る人だけ応援してる。