「平成24年 年初にあたって」

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 平成24年、新しい年がやって来た。思えば昨年は辛くて悲しい年であった。3月11日東日本で起こった大震災は一瞬にして多くの人命を飲みこみ、家財を奪い、さらには原発からの放射能はあまねく近隣を汚染し、心ならずも故郷を離れなければならない方も多い。誠に心が痛む。微力ながら同胞として今後もこうした被災現地を忘れずにいくばくかのご支援をさせて頂きたいと思う。そしてこの新しい年がこうした被災者の皆さんにとってしっかりとした復興の年に、希望の年となるように願わずにはいられない。人は順境な時にはややもすれば自分一人でしっかりと生きていると思いがちである。同時にそれぞれの地域もその近隣だけで立派に生計を立てているとも思いがちである。しかしやはりそれは単なる思い込みでしかないのではないかと思う。震災発生後いち早く被災地域を助けようとそれこそ遠く離れた地域の皆さんがそれぞれの思いで募金をされたり、物資を送られたり、自らが現地に乗り込み復興の手助けを行う方も多かった。またその一方で被災地域がその多くを担ってきた車の部品等の生産が滞り、結果として車の生産に多くの支障が出たような事もあった。こうした事からも分かるように人と人、人と地域、地域と地域は普段はあまり見えないようであっても密接に相互が支え合って世の中は回っている。決して区々たる個人だけで、一地域だけでそれぞれの生活が全うされている訳ではないという事をこうした震災は如実に明らかにしてくれた。私たちは誰しも自分や家族や回りの人たちを大切に思う。しかしその大切な人たちはそれぞれが普段目にすることの無い遠方の方々によっても支えられ、その遠方の方々もまた見えざる遠方の方によって支えられている。よく考えれば当たり前の事なのだがこの当たり前のことをついうっかりと失念してしまいがちであるのも事実であろう。私自身もこの機にあたりこの事を今一度しっかりと踏まえたいと思っている。

「被災地にはいつ春が訪れるのだろうか。」

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 およそ日本国民なら誰しも忘れることが出来ないであろうあの3月11日から7か月の歳月が過ぎ行こうとしている。震災発生の直後から全国各地からの様々な善意あふれる支援は被災者の多くを元気づけている。メディア情報で見る限り、一時のどこから手を付けたらよいのかと思うような現地の惨状から見ればがれき等の撤去もずいぶん進んで来てはいるようだ。しかし一方では原状復帰にはまだまだ時間も費用も掛かる現実がある。
放射能汚染の問題一つをとっても完全な収束にはほど遠い。炉が安全に停止し、散逸した放射能ガレキを除染作業によって全ての地域を、安全基準を満たすレベルにまで持っていくのはどれだけの時間、費用がかかるのか? 試算値はあるのかもしれないが一般人には誠に見えにくい。仮に除染が順調に進んだとしても除染の為に漉き取ったガレキをどこに持っていくのか大きな課題が残る。各地域へそれぞれ応分の割り当てをしようものなら今のわが国の現状では当然ながら五山送り火や花火大会で起こったような抗議行動がそれ以上の大きな声でまい起こってくるだろう。実に大変で難儀な問題だ。
確かに放射能に汚染されたガレキや土砂が自分の身辺に有るより無い方が良いに決まってはいる。小生だってそうは思う。
 しかし残念な事に、辛い事に既に我が国にはその放射能が原発地域を中心に周辺に降り積もっているという現実がある。どこの責任か誰の責任とかいう問題とは別にこの冷厳な事実があるのだ。
やはりこうした悲劇は国難と思わざるを得ないのではないか。されば国難は(残念だし辛くもあろうが)我々国民一人一人が過不足ない形でここはやはり受け入れざるを得ないのではないだろうか?! そうでなければただでさえ大きな負の影響を受けている被災者や原発周辺地域の住民が今の大きな負の影響を受け続けなければならない事に他ならないからだ。こんな理屈は小学生にも分かる事だ。
このような中で東京都はその一部を受け入れるという。私もその東京都民の一員である。
そうした都民の一人として決して望んでいるとまでは言えないがやむを得ないとは思う。そして都の英断を評価したくも思う。一人一人は順境の際は自分の甲斐性で糧を得、今の生活を維持しているととかく思いがちである。私もご多分に漏れずかもしれない。しかしその生活が維持できているのはそれぞれの甲斐性がベースになっていたとしても自分の周りや見た事も無い全国の人たち同士の見えざる協力関係があってこそ、その甲斐性が活かせているのも事実であろう。まさに持ちつ持たれつだ。そうは考えられないだろうか?
原発汚染の問題と同様に家族を亡くされた方、職場や家を失った方、そして立ちはだかるローン問題等々、まだまだ復旧、復興への道は茨だろうが、どうか希望を持って再起していただきたい。微力ながら分に応じての応援もして行きたい。
 そしてこうした人たちに一日も早く心の春が訪れるように願わずにはいられない。

「震災発生から100日余が過ぎて」

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 今年初に弊職のブログのコーナーを社のスタッフにお願いしてつくってもらった。
 日々折々に感じた事を素直な気持ちで書き綴り、「ある時はそれを自戒としたい、ある時は皆様に聴いてもいただきたい。」そんな気持ちで勇躍スタートしたのも束の間、あの信じがたいようなまさに悲劇の坩堝のような大震災が起こった。
 現地から刻々ともたらされる惨状を目の当たりにして小職は発すべき言葉を失った事もあるしその状況があまりに多様でありまた変化するためこうした具象を自分なりにどう考えるのか、考えて行けば良いのか、まさに困惑と混乱の極みであった。
 不惑の齢をとうに越えながらこうして惑ったり、困惑するわが身を情けなくまた恥ずかしくも思うが、一方で惑いながらも惑わぬふりをしてしたり顔で物事を語ったりする能力も勇気も残念ながら持ち合わせていない事を正直に言うしかない。
 そして発生から100日以上が過ぎた。この間 当社のメンバーは本社や支店、運営させていただいている各地域の施設でそれぞれが懸命に募金活動に従事してくれた。チャリティーバザーも各所で行ってくれた。まだまだ微力な企業である当社がさせて頂けることなどたかがしれたものであるのかもしれないがそれでも「貧者の一灯を灯そう」と小さなローソクに火をつけるべく頑張ってくれた社員が数多くいた。休日を利用して被災現地の後片付けに駆けつけた者もいた。前日まで遅い勤務をこなしながらも・・・。
 その姿を垣間見るにつけ自身胸にこみ上げるものを禁じ得なかった。
 だが現地ではまだまだ厳しい現実に必死で立ち向っておられる方が数多くいる。
 まさに行く末が五里霧中であろう。 愛する我が子を、大好きな両親を亡くされた人たち
家財や仕事場を失った人たち、直接的には地震津波の影響を免れても放射能の影響で避難を余儀なくされている人たちが多くおられる。そしてその放射能汚染は収束の目途すら立っていないという現実もある。まことに復興に立ちはだかる障害は大きくしかもその道程は長い。
 人はややもすると時がたちゆくにつれてそうした現実を忘れがちになっていくものであろうと思う。しかしながら、だからこそ微力な私たちだが今後も長いスパンで自分たちが出来得る事を見えない所でしっかりやって行こうと自身に命じている。
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