昔の話

2006年12月31日

大晦日に寄せて3

大晦日に寄せて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は良い出会いも、良くない出会いもブログで沢山頂きました。
意図的ないじめも、単なるお忘れのいじめも、無意識意識的沢山の人の思いを頂きました。
これは今から始まった事では無く、私の人生に付き物なんだと思ってます。
わざとの人も、わざとでない人も、私はそんなもんだと悟ってますのでお構いなく!
わざと、ネチネチと嫌味を言う人も、何気なく無視する人も、色んな人が居てこその人間社会ですから、私はブレないで、我が道を、一筋歩いていこうと思います。
重ねて、きっと私の知らない所で、おそらく沢山の人達に不快な思いをさせたり、怒らせたり、悲しませたり・・・気分を害する事が多々あった事とお察しいたします。
決して神様でも仏様でもなく、一凡人ゆえ、お互い様精神で御容赦頂きたい事と思います。
今年、最後に当たり、私の原点「禊」の正面拡大写真にて、今年全ての罪穢れの数々を、洗い流して、まっさらな気持ちで、新たな年を迎えたいと思います。
こんな私ではありますが、お付合い頂ける方は、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年一年、ありがとうございました。
どうぞ皆々様、良い年をお迎え下さいませ〜!滝修行体験



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2006年12月01日

ブログの脅威1

c894fcae.jpg前回から3日も更新をサボったのは、ど〜んより気分に、どうケリをつけるか、考えあぐねていたからである。

 人は心で生きている。

美しいモノに触れて喜ぶ人がいる反面、妬む人もいる

人の不幸に同情する人がいる反面、ざまぁみろと高笑いする人もいる。

 どんな心で触れるかによって、楽しみ、悲しみ、喜び、恨み、嬉しさ、憎らしさ、おかしさ、不平不満、自己満足、自己嫌悪… いかようにも変わるのは、人の心のご機嫌次第だから。

 例えば、今日の写真は、以前アップした正面バージョン。

滝修行体験(先日客人の準備してたらひょっこり出てきた)

私が高3の冬2月に、劇団文学座附属演劇研究所への合格願掛けに、御岳山の山奥で、一週間、雪の中を御祓をした時の、思い出深い一枚である。

これを見て普通の人は “そうふ〜ん、まぁよくやるわなあ”

好意的な人は “すごい、よくそこまでやったねぇ〜”

反好意的な人は “そんな昔の写真引っ張り出してまで、              自慢したい訳。嫌味ったらしい”

と、捉え方は人各々心次第。

それは結構。

いちいち人の感じ方にまで文句を言うつもりはないが、

利用しないでほしい。

私は一般ブログユーザーよりも、性質上面割れしてるから、仕方ないとは思うけど、私の想定外な設定で、想定外な話題にされたくはありません。

ブログユーザーの中には、こんな思いをして、閉鎖する人もきっといるのでしょう。

でも私は、ごく一部の人のせいで、閉鎖する訳にはいかないんです。

あまり嬉しくない人に読まれてるデメリット反面、                   沢山の素敵な面々と知り合えたメリット反面…

人は皆、人生のスネに、傷の1つや2つ、持っているんじゃないですか?

そこそこ健康で、お金の苦労のない生活…だけではダメですか?

私は、こう見えて案外苦労してるし、それなりに頑張ってるんですよ。

今の生活に満足して、普通に生きていきたいという、意思表示をここにして、私は今後もブログを更新しますが、今まで通りの内容になるかは、わかりません。

追い追い、考えながら、自分の人生を見つめてみます…。



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ブログの脅威1

c894fcae.jpg前回から3日も更新をサボったのは、ど〜んより気分に、どうケリをつけるか、考えあぐねていたからである。

 人は心で生きている。

美しいモノに触れて喜ぶ人がいる反面、妬む人もいる

人の不幸に同情する人がいる反面、ざまぁみろと高笑いする人もいる。

 どんな心で触れるかによって、楽しみ、悲しみ、喜び、恨み、嬉しさ、憎らしさ、おかしさ、不平不満、自己満足、自己嫌悪… いかようにも変わるのは、人の心のご機嫌次第だから。

 例えば、今日の写真は、以前アップした正面バージョン。

滝修行体験(先日客人の準備してたらひょっこり出てきた)

私が高3の冬2月に、劇団文学座附属演劇研究所への合格願掛けに、御岳山の山奥で、一週間、雪の中を御祓をした時の、思い出深い一枚である。

これを見て普通の人は “そうふ〜ん、まぁよくやるわなあ”

好意的な人は “すごい、よくそこまでやったねぇ〜”

反好意的な人は “そんな昔の写真引っ張り出してまで、              自慢したい訳。嫌味ったらしい”

と、捉え方は人各々心次第。

それは結構。

いちいち人の感じ方にまで文句を言うつもりはないが、

利用しないでほしい。

私は一般ブログユーザーよりも、性質上面割れしてるから、仕方ないとは思うけど、私の想定外な設定で、想定外な話題にされたくはありません。

ブログユーザーの中には、こんな思いをして、閉鎖する人もきっといるのでしょう。

でも私は、ごく一部の人のせいで、閉鎖する訳にはいかないんです。

あまり嬉しくない人に読まれてるデメリット反面、                   沢山の素敵な面々と知り合えたメリット反面…

人は皆、人生のスネに、傷の1つや2つ、持っているんじゃないですか?

そこそこ健康で、お金の苦労のない生活…だけではダメですか?

私は、こう見えて案外苦労してるし、それなりに頑張ってるんですよ。

今の生活に満足して、普通に生きていきたいという、意思表示をここにして、私は今後もブログを更新しますが、今まで通りの内容になるかは、わかりません。

追い追い、考えながら、自分の人生を見つめてみます…。



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2006年08月06日

私のいじめられ体験1

5a8e41d9.jpg私は、小学1年の12月に、返還前の沖縄那覇市に、父の転勤に伴って、家族で移住しました。(当時はアメリカ領だったので、痛い予防注射を打たされました)
当然、“内地の子”といじめに遭いました。
小学3年の2学期に、父の転勤に伴い、元の住所に帰って来て、元の小学校に帰って来ましたが、「沖縄帰りの子」として、またいじめに遭いました。
これは、5年生の頃だったか、別のクラスのワルガキ女子2名に、因縁をつけられて、林でリンチに遭うまでずっと続きました。
一回で済まされなかったので、次回のリンチ告知日まで、私は拒食症になり、告知されたリンチ当日に、異変に気付いた母に問質されて、学校で大問題となり、その日から私には、正真正銘の私を守る為に任命された同学年の近所の男子が、文字通りボディーガードとなって卒業まで、送迎をしてくれました。
今でも、心から感謝しています。
そーゆー意味では私は「いじめ」の先駆者かも?!
アデージョ(艶女)の年になっても、自分が落ち込んでブルーになった時、無性に人恋しく思うのは、この頃の弊害でしょうか?
そんな時に、裏切られたように思える出来事に遭うと余計に凹みます…。
今日は珍しく、ブルー気分の真美先生でした。


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私のいじめられ体験1

5a8e41d9.jpg私は、小学1年の12月に、返還前の沖縄那覇市に、父の転勤に伴って、家族で移住しました。(当時はアメリカ領だったので、痛い予防注射を打たされました)
当然、“内地の子”といじめに遭いました。
小学3年の2学期に、父の転勤に伴い、元の住所に帰って来て、元の小学校に帰って来ましたが、「沖縄帰りの子」として、またいじめに遭いました。
これは、5年生の頃だったか、別のクラスのワルガキ女子2名に、因縁をつけられて、林でリンチに遭うまでずっと続きました。
一回で済まされなかったので、次回のリンチ告知日まで、私は拒食症になり、告知されたリンチ当日に、異変に気付いた母に問質されて、学校で大問題となり、その日から私には、正真正銘の私を守る為に任命された同学年の近所の男子が、文字通りボディーガードとなって卒業まで、送迎をしてくれました。
今でも、心から感謝しています。
そーゆー意味では私は「いじめ」の先駆者かも?!
アデージョ(艶女)の年になっても、自分が落ち込んでブルーになった時、無性に人恋しく思うのは、この頃の弊害でしょうか?
そんな時に、裏切られたように思える出来事に遭うと余計に凹みます…。
今日は珍しく、ブルー気分の真美先生でした。


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2006年08月05日

酷暑お見舞い申し上げます3

二十歳の浴衣2
























長い梅雨明け後、日本全国うだるような今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
営業等外回りの方、炎天下での作業の方、部活動の方、等々の皆様。
暑い中、本当にご苦労様でございますm( __ __ )m
こまめな水分補給と、涼所での休憩を忘れずに…
屋内での、お仕事の方、お勉強の方、等々の皆様。
冷房は効き過ぎてはおりませんか?
外気との温度差が大きいと、夏バテしますから、クールビズを心がけて、程々に致しましょう。
ちなみに、3階にある我が家では、南のベランダ側と、北側の窓を開け放して、風を通し、扇風機で頑張っております。
親子でクーラー嫌いなので、外には行かれないほどの超薄着(決してヌードではおりません)で、元気に過ごしております。
がしかし、たまには水行水をして、浴衣に袖を通し、夕涼みに出かけてみたくも思いますが…
まだまだ、続くであろう暑さの中、お互いに体愛しみながら、乗り切ってまいりましょう。
追伸:二十歳の浴衣シリーズはこれでネタ切れなのであしからず(笑)
拓郎名刺拓郎さんの名刺が見たいという要望があり、もうだいぶ昔のものだし、アップしました。
あの後、武道館コンサートにもご招待頂いて、VIP席でアルフィーと一緒に見た事を思い出しました。
確か始まる前に、楽屋にもご挨拶に伺いました。
そう思い出すと、一枚の写真と手紙から、素敵な思い出を色々頂いたものです。
心から拓郎さんに感謝しつつ、これにて拓郎ネタは終わりに致します…。

actmamys at 14:26|PermalinkComments(12)TrackBack(0)clip!

2006年08月03日

吉田拓郎のオールナイトニッポン5

オールナイトニッポン生放送中
昨日の、ブログが想像以上に反響が大きく?!せっかくなので、アルバムから引っ張り出してきました。
左手前の背中が、拓郎さん、その奥の着物姿が私です。
季節が冬だったので、さすがに浴衣は着て行かれなかったので、少しでも御期待に応えようと、和服で行きました。
別の意味で?喜ばれたような…。
山田パンダさんと
拓郎さんは、別のコーナーのオンエア中だったので、パンダさんと「選ばれた5人女子大生」との記念写真です。でも実は結局、写真で好みの子を選んだら誰も女子大生は居なかった(爆)モデル、家事手伝い、専門学校生、女優の卵…みたいな取り合わせでした。

後日談:しばらくたって、バンドのベース担当だった人から自宅電話に「今夜、都内の某ホテルで○ちゃんと拓郎の4人で食事しない?」とお誘いを頂きました。
○ちゃんは、モデルしてた左から2人目の子です。私達だけが近郊に住んでたので呼ばれた…んだと思います、多分。
某一流ホテルのレストランは、客層も上品だから、拓郎さんに気付かれても、誰も騒がず、声もかけず、サインもねだらず。拓郎さんもくつろいで楽しんでました。
だから有名人が、こうゆう一流所は、落ち着いて楽しめるんだろうなと思いました。
大人の紳士2人が、“二十歳の小娘の将来の夢話を面白おかしく聞いて楽しんでた”様な、印象です。
天地神明に誓って!タクシー券頂いて、ちゃんと帰宅しましたよ!!!
昔の二十歳はウブだったし、拓郎さん達も立派な紳士でした。
フォーライフレコード会社の社長吉田拓郎名刺は、今でも記念に持ってます(笑)
元気に長く、歌い続けて頂きたいです。



actmamys at 11:08|PermalinkComments(17)TrackBack(0)clip!

2006年08月02日

拓郎に見初められた、二十歳の浴衣5

二十歳の浴衣





























小さな劇団で、女優をしてたこの頃、ある日、帰宅してラジオをつけたら、ちょうど吉田拓郎の「オールナイトニッポン」が流れてた。
「今時の女子大生ってのは、一体何を考えてるんだ?!今度日本中から5人、呼んでここで話してみたい。とゆーわけで、我こそはと思う日本中の女子大生諸君、是非自己PRと共に写真同封の上、お手紙送ってくれ。来週、選考する…」
という内容を“偶然”聞いた。
カチンと来た。早速(全くファンでもなかったが)手紙を書いた。
「私は、女子大生の年齢ではありますが、高卒で女優を目指して云々カンヌン…。何故、女子大生と限定されてるのでしょうか?5人中1人位は女子大生でない人も呼んでみて話してみては如何でしょう?」
的な手紙を書いて、この浴衣写真を同封して、翌日投函した。
翌週の放送があった次の日にディレクターから電話があった。
私「何でしたっけ?」
デ「昨日のラジオ、聞いてなかったんですか?!貴方、選ばれたんですよ、ダントツで!」
私「これっていたずら電話じゃないですよねー?」
デ「何言ってるんですか、もう。写真のイメージと違うなぁ…」
…とゆーわけで、行きました。オールナイトニッポン、生放送。
録音テープ、どこかにあるとは思うけど、恥ずかしくって絶対聞けない。
そのまま棺桶に入れてもらおう…


actmamys at 11:15|PermalinkComments(22)TrackBack(0)clip!

2006年07月29日

映画の話4



先日、他界された黒木和雄監督の時代物です。題名はあえて内緒です。私は、知恵遅れの遊女役でした。
当時、マネージャーに連れられて、監督に会いに行き、少し話をして、役が決まりましたから、面接オーディションだったんですねぇ。
真夏の太秦撮影所で、昼の素顔の遊女です。


これは夜になって、仕事に行く為に“白塗りだけした”シーンです。面接時、監督に
「もしかしたら、着物をはだけて胸出して客を誘ってもらうかもしれないけど、出来る?」って聞かれて、
「はい、出来ますけど、知恵は足りないし、胸もはだけてペッタンコだったら逆にお客さん逃げていきませんか?それでも良ければ…」
と賭けに出て応えたら、楽しそうに笑われて、お陰でヌードは免れました。


遊女仲間の、中心的存在の方です。
どなかかは、各自のご想像にお任せします。
とても気さくで真面目で素敵な方です(事務所からクレームが来たら削除しますので)


こっちは多分クレームは来ないでしょう(笑)この頃はまだ可愛さが残ってました。
ちなみに、一番右の方は、その後、物真似界に転向して、グランプリになられました。あ、こっちからクレームが来るかも?!
どなた様も、コメントに実名は御遠慮下さい。
ある意味、ちょっとした「お宝画像」なので、私もドキドキものです。
※当ブログ内の無断転載は固くお断りします。
追伸:師匠のお手伝いがかなり早く終わったので、思いがけなくぽっかり時間が空き、久々にPCからブログアップ出来ました。
この後また、行ってきますが…

actmamys at 15:26|PermalinkComments(12)clip!

2006年07月20日

私の痴漢体験1

教諭がわいせつ画像を送信

最近は、山本といい、ヤギといい、とにかく“わいせつ事件”が後を絶たない今日この頃。教師が生徒にこんな事をしてもたいして驚かれない時代の風潮は、情けない限りです。

私も今までに、何度か、痴漢に遭遇しました。

|羈慇源代に、チャリで走ってたら白いセダンに呼び止められ、「○○はどっちですか?」と聞くので教える。

すると又、別の場所を聞いてくる。

何度か、そんな事を繰り返してて、ふと相手を見たら、自分で触りながら私に質問してる。

びっくりして、チャリで逃げ出したら、40代位のきつね顔のオヤジのせせら笑いが背後に聞こえました…これが痴漢初体験だと思います。

高校時代に、駅から帰宅しようとチャリに乗ったら、パンクさせられてて、仕方なく引いて歩いてたら、後ろからチャリに乗って、自分のを触りながら私の横に来た。

「ギャァーーー!」っと大絶叫したら、すっとんで逃げてった。

※見せたい痴漢が多かった…。

9盥残務愡代に、小田急線の電車内でも何度も逢った。

そ優時代に、中央線で後ろから押し付けられた時は、アッタマに来て持ってた傘で相手の足先を刺してやった。

※触りたい痴漢が多かった…。

ソ電で、終点まで行っちゃって、自宅まで戻ったタクシーの運転手に

「胸を見せてくれたらタダにしてあげる」とも言われた。

家から代金持ってきて、放り投げてやった。

※欲求不満のエロ運転手だった…。

私も幼かったから、親にも言わず、自分で消化処理してたように思うけど、今、同じ目に遭ったら、即刻、通報するだろうに…。

ある意味、大人だったのだろうか?痴漢というものに、社会全体がまだ疎かった時代かもしれない。

人生、嫌な事も体験するものです。

写真は、遊眠社時代の舞台「贋作・桜の森の満開の下」の妾役だったかな?この役も実はあまり好きじゃなかった…

 





actmamys at 17:49|PermalinkComments(10)TrackBack(0)clip!