また福島原子力発電所水爆事故の事を考えて思ったのだが、
原発が無くなれば人類は平和に暮らせるのだろうか?
世界中散らばっている核兵器は地球を何百回も破壊させるだけの
能力があるという。
米ソ冷戦時代の50年代に製作された秀作SF白黒映画『未知への飛行』にしても
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『博士の異常な愛情』にしても万能科学を手に入れつつも、
そのジレンマに苦しめられ解決の糸口を掴められない人間の悲しい
顛末を描いた優れた映画。
そう、たとえ核がなくてもピストルでもナイフでもきれっぱしの棒でも
人を殺すことはできる。その気があれば素手一つで人は人を殺す
方法を発見するだろうし実践に移す。
同じくスタンリー・キューブリックの70年代SF映画『時計じかけのオレンジ』に
おいても人間から暴力と破廉恥を排除すれば、それはもうただの二足歩行する
だけで感情を持たない物体だという皮肉たっぷりの真理を描いている。
また68年製作『猿の惑星』で猿が人類よりも上であることを確証するような
呪文を思い出す。それは「猿は猿を殺さない」という台詞。
転じて「人間は人間を殺す」ということであり、ラストで宇宙パラドックスの
法則によりただ一人、絶望の惑星・地球に取り残されたチャールトン・ヘストンは
自由の女神を前にその砂浜で『糞人間共め!』と人間に対しての戒めを
恨み節全開で嘆いた。
この地球上でスポーツ狩猟や釣り及び快楽で他の動物の命を意図も簡単に
奪うのは人間だけだという。一部、猫科の動物で狩猟練習でネズミなどの
小動物を痛め付けて半殺しにする習慣があるみたいだが、それとて生きる
為の手段であり、人間のソレとは大違いである。
昔、子供の頃に深夜テレビで見た『地球壊滅作戦』だか計画だかタイトル
もうるおぼえの映画で世界中のコンピューターが結託し地球の未来の為に
人類を抹殺しようという映画があった。地球上の核兵器を暴発させる。
今後、何万年と地球は放射能汚染で人類共々動植物も絶滅に
追いやられるがいずれ放射線に打ち勝つゴキブリのような生命体が誕生する。
その生命体に地球の未来を託した方が人間優先文化を続けて未来永劫に
続く人間以外の生命体の激痛と苦悩を繰り返すよりも数万倍、意義があると
コンピューター達は究極の答えを弾き出し実行に移すという映画で、
人間文明のおこがましさを痛烈に批判した。
つまり人類はゴキブリ以下の生き物だということを炙り出した作品。
『ターミネーター』や『マトリックス』の先駆け的なB級映画だった。
勿論、偽善者の感動ハッピーエンドはなく、人類は滅亡して終わる
という大変、考えさせられる作品だった。
約30年前に見たその深夜テレビ映画のコンピューターが弾き出した
世界観はあながち間違っていないかもしれないと最近は思うようになった。
地球存続の為に人類は表舞台から下りる必要があるんじゃなかろうか?
また後ろ向きの考えだと非難されるかもしれないが、確実に「人間文明の失敗」
を認め、もう終わらせた方がましじゃなかろうか?
マヤの預言では2012年に人類文明は滅びるらしいが、僕にしてみりゃ、
冷静に分析すればもうとうに人類は破滅しまくっている。その事に気が付かない程、
ドロドロに滴り堕ちてどうしようもない福島の核燃料同様、原因は深く末期症状で
あると言えるだろう。
ノストラダムスが予言した恐怖の大王が空から降ってくる(アメリカ同時テロ)と
その前後アンゴルモアの大王は平和の名の元に世界を征服するだろう(アメリ
カの平和の名の元でのイラク空爆)、その後に世界中で災害が繰り返えされ
(地球温暖化が影響と考えられる記録破りの豪雨災害や干ばつ、砂漠化)、
そして極東の方から現れる新人類によって世界はしばらくは平和がもたらさ
れると預言書には締めくくられているみたいだが、今まで僕はその極東から
の新人類を日本人が画期的な発明をすることだろうと思っていたがどうやら
被曝した人類がDNAを破壊され、まさしく新人類だということに愕然とさせられる。