昨年末、都内に於いてひっそりと公開された長編ドキュメンタリー映画『かわいそうな象を知っていますか』がネットにて無料配信が開始された。

 この記録作品は、日本の動物園で飼育されてきた象に焦点を当てたもので、戦争中に上野動物園で起きたいわゆる誰もが知っている象の花子さんの悲劇から始まり、戦後、井の頭公園で飼育されていたもう一頭のはな子さん。そして、現在も日本の各地で存在する象を描いている。

 誰もが知っていると書きましたが、実際のところ誰も「かわいそうな」象の事は知らなかった。序盤に描かれるエピソードの一つに、戦争中に当時の都知事の号令で上野動物園にいた様々な動物たちが殺処分され、唯一毒入りの餌を摂取することを拒み続け結果、とても長い期間をかけ餓死させられたはな子さんの話には、教科書にも絵本にも載らなかった驚愕の事実が存在し、冒頭からして私は当時のお偉いさん達が行ったその命の軽視によるバカバカしいセレモニーからして、今まで自分が歩んできた人生が間違っていたような大いなる敗北に似た無力感に覆われて、客席に深く沈み込んだのを覚えている。

 誰も知らなかった。誰も教えてくれなかった。誰も知ろうとしなかった。そんな動物園に囲われた三つの時代の象さんの物語。

 私が最も敬愛する映画評論家の町山智浩氏が以前言っていた言葉ですが、「傑作映画」とは何か?と映画の本質を語っていたのを、この映画を観て思い出した。つまり映画とは一つの人生経験であり、その映画を観る前と、観た後で確実に人間として変わってしまっている。
つまりゲームをして面白かった、ご飯を食べて美味しかったのような感想ではない、その映画を観て明日から生き方を変えよう、考え方を変えようと、その人の人間性までも変えてしまうものが「いい映画」なのだと熱弁していた。

 では、どうすれば「いい映画」を制作することができるのだろうか? 氏曰く、観客は日常生活のフラストレーション発散のために映画を観る。すべての映画はそのために存在する。だが勘違いされやすいが、ここで実は制作者側が現実問題のフラストレーションを解消する手段として映画という媒体を選んだという胆が肝心であると。
その原動力がつまり観客に感動やインパクトを与えるのだと。
現在の映画に足らないのはそこだから観客は心底映画で感銘を受けないし、制作者の原動力が金儲けや、市場リサーチ等、浅はかで不謹慎な映画作りでどうやって素晴らしい映画が作れるだろうか?と嘆いていた。

 そういった意味では、この佐藤栄記監督の『かわいそうな象を知っていますか』は紛れもなく「いい映画」だ! 私自身50年間生きてきて、この映画を観る前と、観た後では大きく変わった。

 動物園に囲われた動物たちは可哀そうにと子供の頃から漠然と感じていたが、ではいったい何が? どういった意味で可哀そうなのか?
この佐藤監督はそれらを具現化して私たちの眼前に提示してくる。そういったエピソードを積み重ねることでしか改めて、人間は想像できない生き物なのだと分かった。頭で理解していたつもりと、その現象を見てしまった事では雲泥の差があることを我々は思い知らされることだろう。

 そして映画の中で度々導入される共同制作者・ずーシャキ氏製作のアニメーションにも心を打たれる。前述した冒頭の、上野動物園でのエピソードと、思わず号泣してしまった中盤以降に登場するで象の水浴びシーンのアニメーションシーンである。
ドキュメンタリーとアニメーションという一見相反する表現媒体が、ここでは素晴らしくリンクし、象の想いを最大限に昇華した奇跡的なシーンへと繋がっている。

 先日、知り合いの二十歳の子にこの映画の感想を伺ったところ、『動物園の動物たちは毎日餌をもらって幸せだと思っていた。だけど、その発想自体間違っていた事に気付かされた』と語ってくれた。勿論、自然界に比べ食料の調達の心配はないだろう。
しかしながらそれと引き換えに自由そのものが奪われた。それはもう生きる意味さえも奪われたと同義である。
そのことは実は我々人間側にも言える事であり、僅かばかりの給料や、日々の約束された糧のために、離婚や転職、はたまた新しい自分探しのためのステップを躊躇している方も多いのではないでしょうか。人間はそんなつまらない枷を相手に求め、そして自ら嵌め込む愚かな生き物なのかもしれません。

 劇中、檻を叩き続ける類人猿に、佐藤監督は『出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!』とエンドレスにナレーションを入れた。居た堪れないシーンである。
そこには佐藤監督の強烈なメッセージがダイレクトに表現されている。

 何故なら佐藤監督は元々、TBSの「どうぶつ奇想天外」のディレクターで、かなりの高給取りでもあったという。
その彼が40代半ばで身体を壊し退社した後、全てを失ったゼロの立ち位置から、何かに取り憑かれたかのように一台のカメラを購入し、年収も数倍に落ちた介護職員という当時のディレクターとは水と油のような職業をしながら、これまたTBS時代の組織という枠から最も遠く離れた自主映画という手法を用いて、組織時代では決して表現できなかった世の中の恥部を炙り出すという恐ろしく絶望的な自主映画という世界で、己の手腕を発揮しだしたからで、
その思いがそのまま「出せよ!」に繋がっているとわたしは強く感じた。

 いずれにせよ一億人以上が住むこの国で、あの類人猿の切なる訴えに共鳴し、誰が同じ想いで「出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!」と声高に訴え上げる人間がいるだろうか?

 この『かわいそうな象を知っていますか』は、視聴率合戦に沸くテレビ番組でもなく、はたまた金儲け主義の偽善者たちが作り上げた映画商品でもなく、昨今巷に溢れる再生回数を争うだけの暇つぶしYouTube動画でもなく、正真正銘の「映画作品」であることだけは間違いなく言える!

 再生回数100万回の意味の無いお笑い動画よりも、観た人の生き方を確実に変えるこの映画を私は強く支持します。