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映画製作者 北田直俊の活動を報告するブログです。

2019年05月

かわいそうな象を知っていますか


昨年末、都内に於いてひっそりと公開された長編ドキュメンタリー映画『かわいそうな象を知っていますか』がネットにて無料配信が開始された。
象チラシ表

 この記録作品は、日本の動物園で飼育されてきた象に焦点を当てたもので、戦争中に上野動物園で起きたいわゆる誰もが知っている象の花子さんの悲劇から始まり、戦後、井の頭公園で飼育されていたもう一頭のはな子さん。そして、現在も日本の各地で存在する象を描いている。

 誰もが知っていると書きましたが、実際のところ誰も「かわいそうな」象の事は知らなかった。序盤に描かれるエピソードの一つに、戦争中に当時の都知事の号令で上野動物園にいた様々な動物たちが殺処分され、唯一毒入りの餌を摂取することを拒み続け結果、とても長い期間をかけ餓死させられたはな子さんの話には、教科書にも絵本にも載らなかった驚愕の事実が存在し、冒頭からして私は当時のお偉いさん達が行ったその命の軽視によるバカバカしいセレモニーからして、今まで自分が歩んできた人生が間違っていたような大いなる敗北に似た無力感に覆われて、客席に深く沈み込んだのを覚えている。
象チラシ裏

 誰も知らなかった。誰も教えてくれなかった。誰も知ろうとしなかった。そんな動物園に囲われた三つの時代の象さんの物語。

 私が最も敬愛する映画評論家の町山智浩氏が以前言っていた言葉ですが、「傑作映画」とは何か?と映画の本質を語っていたのを、この映画を観て思い出した。つまり映画とは一つの人生経験であり、その映画を観る前と、観た後で確実に人間として変わってしまっている。
つまりゲームをして面白かった、ご飯を食べて美味しかったのような感想ではない、その映画を観て明日から生き方を変えよう、考え方を変えようと、その人の人間性までも変えてしまうものが「いい映画」なのだと熱弁していた。

 では、どうすれば「いい映画」を制作することができるのだろうか? 氏曰く、観客は日常生活のフラストレーション発散のために映画を観る。すべての映画はそのために存在する。だが勘違いされやすいが、ここで実は制作者側が現実問題のフラストレーションを解消する手段として映画という媒体を選んだという胆が肝心であると。
その原動力がつまり観客に感動やインパクトを与えるのだと。
現在の映画に足らないのはそこだから観客は心底映画で感銘を受けないし、制作者の原動力が金儲けや、市場リサーチ等、浅はかで不謹慎な映画作りでどうやって素晴らしい映画が作れるだろうか?と嘆いていた。

 そういった意味では、この佐藤栄記監督の『かわいそうな象を知っていますか』は紛れもなく「いい映画」だ! 私自身50年間生きてきて、この映画を観る前と、観た後では大きく変わった。

 動物園に囲われた動物たちは可哀そうにと子供の頃から漠然と感じていたが、ではいったい何が? どういった意味で可哀そうなのか?
この佐藤監督はそれらを具現化して私たちの眼前に提示してくる。そういったエピソードを積み重ねることでしか改めて、人間は想像できない生き物なのだと分かった。頭で理解していたつもりと、その現象を見てしまった事では雲泥の差があることを我々は思い知らされることだろう。

 そして映画の中で度々導入される共同制作者・ずーシャキ氏製作のアニメーションにも心を打たれる。前述した冒頭の、上野動物園でのエピソードと、思わず号泣してしまった中盤以降に登場するで象の水浴びシーンのアニメーションシーンである。
ドキュメンタリーとアニメーションという一見相反する表現媒体が、ここでは素晴らしくリンクし、象の想いを最大限に昇華した奇跡的なシーンへと繋がっている。

 先日、知り合いの二十歳の子にこの映画の感想を伺ったところ、『動物園の動物たちは毎日餌をもらって幸せだと思っていた。だけど、その発想自体間違っていた事に気付かされた』と語ってくれた。勿論、自然界に比べ食料の調達の心配はないだろう。
しかしながらそれと引き換えに自由そのものが奪われた。それはもう生きる意味さえも奪われたと同義である。
そのことは実は我々人間側にも言える事であり、僅かばかりの給料や、日々の約束された糧のために、離婚や転職、はたまた新しい自分探しのためのステップを躊躇している方も多いのではないでしょうか。人間はそんなつまらない枷を相手に求め、そして自ら嵌め込む愚かな生き物なのかもしれません。

 劇中、檻を叩き続ける類人猿に、佐藤監督は『出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!』とエンドレスにナレーションを入れた。居た堪れないシーンである。
そこには佐藤監督の強烈なメッセージがダイレクトに表現されている。

 何故なら佐藤監督は元々、TBSの「どうぶつ奇想天外」のディレクターで、かなりの高給取りでもあったという。
その彼が40代半ばで身体を壊し退社した後、全てを失ったゼロの立ち位置から、何かに取り憑かれたかのように一台のカメラを購入し、年収も数倍に落ちた介護職員という当時のディレクターとは水と油のような職業をしながら、これまたTBS時代の組織という枠から最も遠く離れた自主映画という手法を用いて、組織時代では決して表現できなかった世の中の恥部を炙り出すという恐ろしく絶望的な自主映画という世界で、己の手腕を発揮しだしたからで、
その思いがそのまま「出せよ!」に繋がっているとわたしは強く感じた。

 いずれにせよ一億人以上が住むこの国で、あの類人猿の切なる訴えに共鳴し、誰が同じ想いで「出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!出せよ!」と声高に訴え上げる人間がいるだろうか?

 この『かわいそうな象を知っていますか』は、視聴率合戦に沸くテレビ番組でもなく、はたまた金儲け主義の偽善者たちが作り上げた映画商品でもなく、昨今巷に溢れる再生回数を争うだけの暇つぶしYouTube動画でもなく、正真正銘の「映画作品」であることだけは間違いなく言える!

 再生回数100万回の意味の無いお笑い動画よりも、観た人の生き方を確実に変えるこの映画を私は強く支持します。

Zone存在しなかった命


私が自主制作した福島原発事故に伴う半径20キロ圏内の強制避難区域に取り残された動物たちを記録した映画『Zone存在しなかった命』が満を持してYouTubeに於いて無料配信された。

 公開から五年。全国2,800ヵ所以上のTSUTAYAやゲオにリリースされてから三年半。そのリリースに向けて尽力くださったのは昨年『カメラを止めるな!』で空前の大ヒットを飛ばした本編カメラマンの曽根剛さんだという事実はここだけの話(笑)

 もっと多くの方にこの現実を理解してほしいという願いから、この度無料配信に踏み込んだわけです。 

 よく画面が荒れて観づらい部分が多かったというご指摘がございましたが、それもそのはず何故なら警戒区域の中での撮影では、私は殆どカメラファインダーを覗かず撮影していたもので。私も初めて警戒区域に入るまで、中で撮影してはいけないという規制など知らなかったのです。当初は業務用の少し大きめのカメラを用意していたのですが、そちらは目立つので殆ど使えず、たまたま予備で持って来ていた小型のハンディフルハイビジョンカメラがメインに活躍することになりました。20キロ警戒区域に入るには勿論、検問所がそれぞれの道路に設置されていて、私はその都度様々な方法で中に入りました。中にも日本中から駆り出された警察官が被曝しながら常時パトロールしているわけで、もし撮影記録しているのがバレたら逮捕されます。まぁ、私自身が逮捕勾留される分には一向に構わないのですが、一番危惧していたのが協力者さんに迷惑がかかるという想いだったので、撮影中はカメラレンズを被写体に向けてはいるけれど、私の視線は常に辺りをキョロキョロし、いつパトロール中の警察官に遭遇しないかに留意していました。そのせいで画面が一部観ずらい箇所があるのです。
映画ではカットしましたが、何度か警察官と遭遇しカメラを隠したりしているシーンなどが実は存在します。

 思い起こせば、当時東京23区のゴミ収集の運転手として働いていた私が、この映画を製作するにあたってはいろんな思いが馳せられる。若い頃は、劇場用の35ミリ映画をたった一人で完成することができるかという無謀な発想から26歳からほぼ10年かけて白黒長編映画を製作したりしていたが、所詮プロの映画監督になる意思も、業界で下積み生活を送るつもりもなくただ漠然と映画を作っていただけなので、その後同棲中の彼女が自殺したこともあり、自然に自主映画も撮らなくなり(一時は路頭に迷い、当てのない放浪をしていたこともあるが)、2011年の震災時は普通に勤労生活を送っていた一介の運転者だった。(その話はいずれ書きたいと思います。)

 東日本大震災の三日目、原発が水蒸気爆発を起こし放射能が撒き散らされたかもと日本中が迷走し騒がれていた時も、私はどこ吹く風で、池袋の映画館で韓国映画『悪魔を見た』を鑑賞しながら韓国映画の水準の高さにただただ感服し、パンフレットを読みながら悦に入っていたのを覚えている。原発が爆発してもどこか遠い場所での対岸の火事のようだった。

 そんな私でも徐々に事の深刻さを理解し、特に原発事故から数ヶ月が過ぎた頃、テレビニュースで警戒区域に取り残された動物たちは全て救出されたような報道で安心したような記憶がある。日本は先進国だし、むかし『南極物語』が空前の大ヒットを飛ばしたように動物に対して優しい民族だし、日本はそういう国だと信じていたが、更にその数か月後にあるネットに書かれていた「実は警戒区域には多くのペット・家畜が取り残された儘である」という誰かが書いた記事には、正直驚かされた。

 一体、その真相を知るにはどうすればいいのか? やはり自分の目で確かめるのが一番だろうか? 預金口座にはそれなりの余裕もあった。 マジで行こうか? 被曝するぞ! また自主制作で映画ごっこを再開させるのか? お前がやらなくても他に同じ考えの人間がわんさか居るよ! ドキュメンタリーなんて作ったこともないだろ? 放射能数値が高すぎてカメラの撮影データには記録されないかも? そんな自問自答が数日続いた。そんなウジウジした自分が嫌になり意を決し、後戻りできないように数十万する高価な、前述の業務用カメラを購入したのもその頃だった。これで、もう行くしかない!(若い頃は映画はフィルムだった。私が30代半ば頃からデジタル化が進み、デジタルテープで記録する時代で止っていたので、初めてSDカードで記録する方法に当初は躊躇したが…)

 片っ端から警戒区域に通う方々に連絡し、中に入る協力をお願いした。どこの組織にも属さないし何の経歴も無い、ただただ胡散臭いしどこの馬の骨かもわからない人間からそんなお願いをされても、当事者たちも困っただろうが、意外と皆さん結構協力的で、私の取材依頼を断わりを入れてきたのも一例くらいだったろうか? ということは、皆さん必死でどんな媒体でもいいからこの惨状を発信してほしいという願いがあったのだろう。SNSを利用し始めたのもこの頃。

 実際、ある農家さんからこの原発20キロ強制避難区域にカメラを持ち込み記録しているジャーナリストは誰もいないから是非、記録に残してほしいというお願いをされたことがあった。その言葉に気付かされた。「ほんとうだ! 誰も記録していない…」 時々、警戒区域の写真や記事を見掛けるが、ほんの一過的なもので、警戒区域を一つのストーリーとして描く必要に気付かされた。交通費だけでも毎回3~5万円かかるが、地道に通いながらこの警戒区域の朽ち果ててゆく姿を最低でも五年間は記録に収めていこうという想いだった。

  最初は、この先進国日本がこのような残酷な仕打ちをして、しかも大手のマスコミが挙ってそれらを報道しないなんて有り得ないと信じていました。しかし、現実はそうではなかった。中に入り、最初の第一印象は『ああ!全て騙されていたんだ!』という想いでした。映画ではカットしましたが、私が一番最初に出会ったのはたった一頭で何処かの農家の納屋に佇んでいた馬でした。いろんな想いが巡ってその場でボロボロに泣いたのを覚えています。誰もいなくなり生活音が全くしない村、そこにポツンと寂しく一頭だけ取り残されたポニー。私を中に入る協力をしてくださった地元民の方は、そんな私に『もうあんまり泣くなよ…』と優しく声を掛けてくれた事も思い出した。

 そんな平日は東京で仕事し、週末の土日に福島に通う日々が何か月も続くと当然の如く、数百万あった預金も全て使い果たし、平日の夜勤に2t車での新聞輸送の副業も掛け持ちして、まさしく死に物狂いで生活していたことを思い出します。映画の中盤に登場するボランティア活動の女性が独り言のように呟く『こんなに生活破綻するまで続けるとは思いもよらなかった』と愚痴をこぼすシーンがありますが、私自身がまるでミイラ取りがミイラになるが如く、この福島取材によってとことん生活が破綻していきました。

 この『Zone存在しなかった命』製作時にはまだ残された動物がいるとレスキューするという大義があり、それなりに達成感もあったのは事実で、本当に私自身を精神的にズタボロにさせたのは、この後に製作した姉妹編『みえない汚染・飯舘村の動物たち』でした。こちらも昨年末から無料配信を開始しましたので、是非ご覧くださればと思います。その映画では、そこに悲惨な動物たちがいるのに何もできないという法治国家であり放置国家そのものの日本に心底失望し、東京と飯舘村との果てしないギャップで離人症のような症状に悩まされて以降心から笑うこともなくなりました。(こちらの映画はまた改めてご紹介したいと考えています。)

 話を『Zone存在しなかった命』に戻します。朽ち果ててゆく警戒区域を五年単位で記録してゆくという当初の予定は、映画の後半に突如として現れた一匹の柴犬との出会いで大きく舵を切ることになりました。あまりにもボロボロの姿で発見されたその犬(のちにキセキと名付けられ私が里親として引き取った。)に「五年も悠長なことを言ってる暇はないぞ!」と教えられたような衝撃だった。他の出演者さんも皆、早く仕上げてほしいという要望もあり、撮影取材は八ヶ月ほどで打ち切り編集作業に入ることにした。とはいうものの撮影データは優に150時間を超えた。

 知り合いの格安映画編集者の元へ電話し、編集を依頼したが今はもう編集業務を廃業した旨を聞かされた。仕方なく、また別の知り合いの学生の子に編集をお願いし、構成プランを打ち合わせし、データを渡した。だが膨大すぎるデータを前に、泣きの連絡が入り私自身、途方に暮れながら撮影だけ済ませておいて、編集のことを一切考えていなかった現実に心底、己を恨んだ。一体、どうすれば完成できるんだ?

 パソコンもろくに扱えず、文字変換さえできなかった私が一念発起して編集ソフトを購入し、自分で編集し仕上げるだという思いに駆られたのもそういった背景からだった。Wordすら使ったことがないのに、いきなりプロ並みのフルハイビジョン動画編集である。日々、説明書と睨めっこして数ヶ月かけて完全独学でマスターした。人間の執念とは凄いものである。一日二箱吸っていたタバコをやめた! 酒も完全断酒し編集に没頭した。(お酒の方はその後また飲むようにはなったが)様々な、活動家さんや農家の方々、取り残された動物のために一所懸命に走り回る人々、切っても切っても撮影素材は残った。結局、3時間3分で完成し、すぐに英語字幕を入れ20ほどの海外国際映画祭のコンペに応募した。だが、どれも落選した。やはり長いか? そして現在の117分に仕上がるまで、更に一時間以上を泣く泣く切った。当初の五年間記録していたら、いったい何時間の映画になっていたことか?

 しかし、この時の編集に於けるピンチがなければ永遠に自分で編集ソフトをマスターしなかっただろし、編集技術を得たからこそ次回作の『みえない汚染・飯舘村の動物たち』や、最近作の『アジア犬肉紀行』http://www.adg-theater.com/asiandogs/ への製作にと移行する事が出来た。ちなみに若い頃に映画の専門学校で映画フィルム編集の勉強は少しだけしていたのだが中退しました。日本映画の編集の世界では大御所の鈴木晄先生の元で、同期で大親友だった西原昇氏は現在、大阪の住之江区長を務めています。

 そんな完全自主ドキュメンタリー映画の『Zone存在しなかった命』ですが、各方面でも話題になり名古屋大学の論文にも取り上げられたりもしました。映画の内容自体は女優の杉本彩さんがご自身のブログにてご紹介してくださっているので、映画のタイトルと杉本彩さんを検索していただけると出ると思います。こちらですね。 https://ameblo.jp/sugimoto-aya/entry-11835040555.html

 そうそう、前述した柴犬のキセキは私が引き取って6年半が過ぎましたが、今でも元気で暮らしています。

 それでは、どこのマスコミでも記録されることのなかった福島強制避難区域ZONEへ、ようこそ!
是非、ご覧になってください!
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