今回『デモーニッシュ』で楽曲使用させて頂いてます小谷美紗子というアーティストについて書かさせて頂きます。1977年位の生まれだから、今回の映画に出演頂いた広末奈緒と小関敦子と同年位ですね。なんかこの辺の年代とは縁が有るような無いような。

僕が27か28だった頃、第1回35ミリ監督作品の『イヌ』の撮影で中古のタウンエースで都内に出稼ぎ撮影で愛犬のクロと毎晩、車内生活していた時に寂しさを紛らわすためにかけていたFMラジオから流れていたのが、当時無名の新人シンガーソングの女性の歌『嘆きの雪』だった。歌声やメロディ、歌詞に斬新さを覚え聞き入ってしまった。ただそれだけで、歌い手の名前も何の情報も知らないままだった。ただ、時々歌のフレーズとタイトルだけが僕の脳裏をかすめた。
撮影が終盤に向かい、製作資金を調達する為に工事現場で解体業やデリヘリのドライバーやハウスクリーニングや無修正DVDを販売していたり、売春婦とフォーリング・ラブしている時にも流れた。理由は分からない。得てしてそんなもだと思う。物事の感じ方や現象や流れに理由などはないのだ。何処かの地方の少女の失恋や現状に満たされない想いを綴った痛々しい歌だったと思う。生きている場所も現状も立場も違うのに、なぜかその歌の世界に引き込まれた。それから10年位して長編第3回の『デモーニッシュ』の企画段階で脚本を担当した小林耕一にその『嘆きの雪』の作者でもある歌い手を調べさせた。今でも現役で活躍している方なんだ、それが答えに対する率直な感想だった。

早速、今まで発売されたCDを取り寄せ全曲聴いた。今回、映画で使われている曲以外にも『紫式部』と『眠りの歌』の3曲を選び出して全てを使うつもりだったが、車に引かれた動物の映像集に『紫式部』をWさせるのは理解していただけなかった模様だ。それもその筈、この曲は亡くなった愛犬に捧げられた歌だから。そんな神聖な想いの歌を、車に引かれた犬や猫や狸やらカラスの血だらけの映像に被さるわけだから当然と言えば当然。シーン自体もカットした。

『眠りの歌』は映画の終盤に様々な映画とは全く無関係な普通の人々の顔UPが連なる映像に流すつもりでいたが、東北のどの町でも通行人に顔を撮らせて下さいと頼んでは拒否され続けた為、映像が集まらなかったのがその理由である。
田園地帯で帰宅途中の小学生の女の子に顔撮らせてっ言っても、不審者がられるだけである。そのシークエンスで1本映画が撮れるほどの噺は僕の脳味噌に残っている。
そろそろ酔っ払ってきたのでこの辺で。うぃ、、、